やぁ、いらっしゃい。
雑”科”屋よせあつめにようこそ。
あっと言う間に時は流れておりまして。
かつて、ガリレオ・ガリレイが星空に望遠鏡を向けてから早や400年。今年2009年は、その400周年を記念して世界天文年とされております。
そして、そんな記念すべき年に日本で皆既日食が見られるということで、この七月は七夕もあいまって、天空が大いに賑わってますね。
皆既日食なんて、滅多に見られない素敵な天文ショーだ、というのは現代に生きる我々の感想です。
普通に生活していたのに突然、太陽が欠け出す。真昼だというのに、急激に外は暗くなり星空が見え始め、やがて黒い太陽が闇の中に輝く・・・予備知識が無かったら、ちょっと不安になりませんか?
太陽が隠れるため、日食時は気温も下がり肌寒くもなります。暫くすれば、再び太陽が顔を出すとは言え、かなりの衝撃だと思います。
それでは、かつての日本では日食はどのように捉えられていたのでしょう。
日本の天文を扱う宿曜道、或いは陰陽道の星宿を紐解いてみますと。
星占いに用いる主だった九つの天体を九曜と呼びます。
日曜星(太陽)
月曜星
火曜星
水曜星
木曜星
金曜星
土曜星
羅睺星
計都星
以上の九つです。聞き慣れない星が二つあると思います。羅睺(らごう)と計都(けいと)なんて天体聞いた事も無いかもしれません。この二つの天体は目には見えない暗黒星で、羅睺星は日や月を食べる星として不吉な物とされています。計都星は、彗星のとされる場合もあります。
さて、この羅睺星に太陽が食べられてしまうと、日食が起こる訳ですが。それはそれは不吉な予兆とされていました。羅睺星は大凶で、もう大騒ぎです。
やれ物忌みだ、方違えだなどなど・・・
しかし、時は流れて太陽と月と地球が一直線に並び、月の影に隠れて太陽が見えなくなるのが日食という予備知識があると、それはもう一大イベントになる訳です。
この日食を切欠に何かと話題に上る太陽ですが。その表面に黒子のように黒い点がぽつぽつとあります。太陽の黒点ですね。
この黒点の数で太陽の活動周期を知る事ができるのです。その活動の極大期から極小期まで11年の周期を繰り返しています。
が。
いま、極小期のまま13年目を迎えております。つまり、本来ならそろそろ太陽はテンション上げ始めてもおかしくないのに、何故か足踏みして一歩踏み込んで来ていないのです。
そうすると、再び気になるのが地球温暖化が騒がれる少し前、世間を賑わせていた地球寒冷化説。
太陽の活動が極小になり、どんどん気温が下がってやがて地球は再び氷河期に入るという説が30年程前に流行ったのですが、いつしか地球温暖化が主流となっているのです。
ガリレオの時代にも天動説と地動説という全く異なる学説がぶつかり合っておりました。
何が正しくて、何が間違っているのか。
時代によって、場所によって。
変化するのは当たり前なのだから、色々と疑問を持って問題に向き合うことが重要なのかもしれません。
やぁ、いらっしゃい。
雑”科”屋よせあつめにようこそ。
気が付けば、梅雨ですね。今も外は雨が降っております。
この梅雨、なにゆえに梅の雨なのかとよく話題に上るかと思います。「つゆ」、或いは「ばいう」、読み方によっても由来や説が色々とある訳です。
この季節、非常に雨が多く湿気でモノが腐りやすいです。食べ物が黴菌でカビてしまうのです。
腐った食べ物はでろでろになって潰れて溶けてしまう。これが「潰(つい)える」、或いは「潰(つ)ゆ」と表現されています。腐り易い季節で「潰(つ)ゆ」。
または、そのものズバリ黴菌の雨、「黴雨(ばいう)」と呼ばれていたものの、流石にその字面は美しくないと。季節柄、同じ音の梅の方が美しいから「梅雨(ばいう)」と表現するようになったとか。
その二つが合わさって「梅雨(つゆ)」とも読むようになったとか。
説は色々ある訳で、どれが正しいとかでは無いですが、言葉一つで色々と考えを巡らせられる季節です。外に出るのも億劫ですしね。
長雨の中、ぼんやりと物思いに浸るわけです。
それでも、そんな雨の中、外を歩いて見ますと。
目にも鮮やかな紫陽花が、そこここで街を彩っていて和みますね。
さて、この紫陽花、よくよく見ると花の色が赤だの青だの紫だのと場所によって色が異なっていたりします。
一般的に、土が酸性だと花が青い、土がアルカリ性だと花が赤いと言われております。
まぁ、一概にそれだけで色が決定する訳ではないのですが、pHというものは様々な場面で色に関係しております。
理科の実験でお世話になったこともあると思いますが、「リトマス試験紙」。
これはリトマス苔という地衣類から取り出した色素で、pH指示薬として利用します。酸性で赤、アルカリ性で青に染まります。
他にも紫キャベツを磨り潰して煮出した溶液もpH指示薬として使えます。
こちらは、酸性では赤、中性で紫、弱アルカリで青、アルカリ性で緑、強アルカリ性で黄色となります。カラフルですね。
ちなみにこの色素、アントシアニンというものでpHによって構造が変化して色が変るのです。
紫陽花の花の色もアントシアニンによるものなので、本来はpHによる色変化は紫キャベツのようになるのかと、思われます。しかし現実には、酸性で青、アルカリ性で赤と反対になっております。
紫陽花の花の色を決める要因としては地中のミネラルの種類や量といった諸々の影響があるため、土のpHでミネラルの溶解度を変えると、紫陽花中のミネラル濃度が変わります。その結果、紫陽花の花の色が変る訳です。
単純にpHのみによる色の変化ではないので、ちょっと毛色が違うのですね。
と、今回はpHによる色の変化を扱ってみました。
追記ですが、紫陽花には毒があるので、くれぐれも食べないように。
去年の今頃も、料亭で彩りに付けられた紫陽花の葉を食べてしまって中毒になったという事件が起きたりもしました。
意外に身近に化学ってあるものなんです。
やぁ、いらっしゃい。
雑”科”屋よせあつめにようこそ。
ケーキを食べ、珈琲を飲む。まったりとした優雅なひととき。
このケーキは某有名店の季節モノでね、珈琲もブラックバーン農園のスペシャリティの豆を用意してさ・・・と語るのは、まぁ雑学としましょうか。
このケーキの脂質、糖質、カロリーが云々、珈琲にはカフェインが・・・と語るのは栄養学。
さらにその栄養分が、どのように代謝されてエネルギーになって行くのかと見て行くと生化学。
この辺りで、化学という言葉出てきましたね。
化学はその名の通り、「化け学」。つまり物質の変化を学ぶ学問です。変化する素材も、変化して出来上がったモノも扱うので、扱う範囲は突き詰めれば身の回りの「物質」です。
例えば、ケーキも卵や砂糖、薄力粉、バターなどから出来る訳ですが。その成分をレシチンがどうこう、グルコースが云々、パルミチン酸が・・・といわゆる物質名で呼ばれ始めると途端に美味しそうじゃなくなってしまうのも不思議なものです。
化学式や構造式など、見た瞬間に
「あ。化学は専門ぢゃないので、ちょっと」
と拒否反応を示したくなりますが、意外と身近な学問なんです。
コンビニに行けば、先ずガラスが目に入ります。二酸化ケイ素が主成分。壁際に並ぶ雑誌の紙は、セルロース。インクや、棚の素材も細かく見て行けば化学式にぶつかります。ジュースの缶はアルミニウムや鉄の合金。ペットボトルは、ポリエチレンテレフタレート、などなど。
身の回りに溢れる「物質」。それらを合成したり、分析したり。
かつて、様々な物質を変化させて金を求めた錬金術。その流れを受けて物質の変化を学ぶ化学。alchemist(錬金術師)からchemist(化学者)へ、知識の連鎖は続いているのです。
そう考えると、ちょっと化学も面白そうじゃないですか?
それでも、ケーキを作る時に材料を混合後、過熱しメイラード反応を進行させ香気及び表面の褐色化を生じさせ、珈琲豆を熱水で固液抽出して抽出液として珈琲を得る、なんて表現してたら、気持ち悪いですけどね。
やぁ、いらっしゃい。
雑”科”屋よせあつめにようこそ。
赤と青と色の話が続いた訳ですから、今回は緑を扱ってみようかと思います。
光の三原色とくれば「赤・緑・青」な訳で、今こうして眺めているパソコンのモニターでもRGB表示などでお馴染みかと思います。
光の三原色と言われるように、こも赤・緑・青の組み合わせで目に映る世界の色を表現することができるのです。
三色が混ざると白になり、光が無ければ黒というか闇になるという所です。
これらは、あくまで光についての話であって、絵の具などの色素で赤・緑・青を混ぜても白にはなりません。ごちゃごちゃとした黒っぽい何か、になってしまいます。
この違いが、何かというと。色がどのように知覚されるかという話になります。
世界の色彩は、光の吸収と反射で生じております。
例えば、ある物体が赤と青を吸収して、緑を反射したとすると、その物体は緑に見えます。青を吸収して、赤と緑を反射すると、赤と緑が混じって黄色く見えます。
色素が色づいているのも同様に、見えている色を反射してそれ以外を吸収している訳です。色素同士を混合すると、反射する色が混じって色は混ざるのですが、吸収する色も増える訳です。
吸収される色や光が増えると、暗い色になってしまいます。
そのため、絵の具を色々混ぜると黒に近付きます。
さてさて、本題の緑ですが。
新緑が目に眩しい季節です。葉っぱが鮮やかに緑に染まっております。
つまり、赤と青を吸収して緑を反射しているのですね。
植物は、葉緑素が光を吸収して光合成を行っています。
まだ芽吹いてばかりの葉はまだあまり光を吸収しないため、明るい淡い緑となり、その後しっかりと栄養を蓄えるために光をたくさん吸収すると、反射する色彩が暗くなりビリジアンのような深い緑になります。
しかし、ただ光を吸収するのならばエネルギーの高い青を吸収すれば良いのに、日の出や日の入りの際の赤もしっかり吸収するというあたりに自然のしたたかさを感じますね。
さて、光の三原色RGB(Red Green Blue)については先に触れましたが、色素の三原色はCMY (Cyan Magenta Yellow)となります。プリンターの印刷などでCMYKとなっているので見たことがあると思います。K(Key plate)として鮮やかな黒を表現するために別途にインクを用意するのが一般的です。
しかし、世界を表現する色彩が基本的に三原色で表現できるというのも凄いことですね。
陰陽五行説によれば万物は木・火・土・金・水の五大元素から成ると言います。これら五つの元素はそれぞれに色も象徴しており、それぞれ青・赤・黄・白・黒となります。
世界が色素の三原色CMYに明暗の白と黒を加えた五色で表現される。理に適ってますね。やはり長い時間をかけて得られた知識というものには様々な理が含まれているのでしょう。
かつての先端科学は現代にも通用する、のかもしれません。
やぁ、いらっしゃい。
雑”科”屋よせあつめにようこそ。
身近な珍奇なるものを幅広く取り揃えておりますので、お気に召すものをどうぞごゆるりとご覧下さい。
え?
おすすめですか?
そうですね・・・では、今回は前回に引き続き朝焼け夕焼けから空の色に絡めて、色について少しお話をしましょうか。
それでは、小噺に少々お付き合い下さい。
晴れた日の空を見上げると、抜けるような青空が広がっていてとても気持ちの良い季節ですね。新緑も目に眩しく、これからどんどん日差しが強くなっていくことを予感させます。
さて、この抜けるような青空。どうして空は青いの?とよく子供の質問として挙げられるため、意外と一般的な解答が世に出回っていると思います。まずは手始めにこんな話題から。
光が空気中で散乱することで、青く見えると言うことですが、この微粒子による光の散乱をレイリー散乱と呼びます。
光は様々な色を含んでいる訳で、赤・橙・黄・緑・青・藍・紫と虹の七色が含まれています。光の波長もこの順で短くなって行きます。
波長が短いということは、一回の振動で進める距離が短いということです。つまり、同じ距離を進むためにはより多く振動する必要が在るのです。振動の回数が多くなると、それだけ障害物に衝突する確率が高くなります。より小刻みに動き回っている訳で、一歩が大きい人よりもちょこちょこと小刻みに走り回る子供の方がつまづき易いのと似たようなものですかね。
そうして、空気中の障害物に衝突して散乱することで、空に色が映る訳ですね。当然、最も波長の短い紫が一番散乱し易いです。が、散乱し過ぎて目に届く前に拡散して力尽きてしまうのですね。目に届くところまで色の強度がある色が青なので、空の色は青く見えるのですね。
ただし、朝焼けや夕焼けの時のように日の出や日の入りの時の太陽光は、日中の頭上から届く光よりも長い距離がかかるために、さらに青も拡散してしまい最も波長の長い赤が残り、赤く見える訳ですね。
ええ、つまり理論上は空気が非常に薄い高地なんかでは光が拡散し切っていないために空は紫がかった青になりますし、空気が澄んだ場所の日の出や日の入りは偶に緑の光が見られることがあります。特にこの緑の光はグリーン・フラッシュと言って、見ると幸せになれるそうです。
と、まあ、一般論を長々と語った訳ですが。
ペルシャの神話によると、大地はサファイアで出来ているため、空はその宝石の深い青を映して青い色をしているのだそうです。
青い色というのは、空や海を思わせる不思議な色合い。青い石として、トルコ石やラピス・ラズリなども珍重され、青の都サマルカンドのような都市も生まれる訳です。シルクロードの文化の交差点で、海や空を一つの都市に閉じ込める。そのために青い石を求めるって何だか素敵ですね。
ちょっぴり世界遺産の話に触れ、今回の不思議はひとまず終わりとさせて頂きます。
さぁ、いらっしゃい。いらっしゃい。
もう間も無く開店だよ。
え?何がって?
このJunk Stageに新しく雑“科”屋がオープンするんだってよ。
何?今更、雑貨屋何て新鮮味が無い?
あぁ、違うんだ。某店舗のような面白グッズが所狭しと並ぶような雑貨屋じゃあないんだ。そこは雑“科”屋なんだ。
科学の科なんだ。つまりは百科事典のように様々な科を扱うのさ。
あくまでも雑“科”であって、専門店ではないから。そう、肩肘を張らなくていい。気楽に適当に眺めて、偶に気になるものがあれば立ち止まって見たり、手に取ってみたりすればいいんだ。その辺りは普通の雑貨屋と何も変わる事は無い。美味しいとこだけ、面白そうなところだけでも摘んでくれたら、それでいいんだ。
気が向いたら、今度覗いてみておくれよ。
・・・はい。お初にお目に掛かります。この度、一筆寄せることとなりましたイネナガです。
一応は、化学を専攻しておりまして、修了の後はこれまた化学系企業で現在研究開発に携わっております。サイエンスエッセイとのことですが、身近な疑問をゆるゆるまったり考えてみたいと思っております。
雑”科”屋と銘打っておりますので、化学に拘らず幅広く科学を散りばめたいものですね。ここで扱う科学とは、客観的に再現可能な情報として理に適っているかどうか。つまり、理に適ってさえいれば、昔話の中にだって科学的な話題は転がっているものです。
例えば、「朝焼けの時は雨、夕焼けの時は晴れ」なんて昔から言われている訳ですが、ヨーロッパの方にも似たようなので「朝焼けは羊飼いの憂鬱、夕焼けは羊飼いの喜び」といった言葉があります。何故、遠く離れた土地で同じような言葉があるのでしょうか。それは、朝焼け夕焼けの後の天候が長い繰り返しの中、再現性を帯びているから。
つまり、科学的な解釈が可能な訳です。
回転する物の上を移動しようとすると、真直ぐには進めません。何も無い土台の上ならば直進するボールも、土台が回転していると回転の方向に進路が逸らされて行きます。この逸らして行く力をコリオリの力と呼びます。
回転する球体、つまり地球の自転においてもコリオリの力は働きます。地球の上を進むもの、赤道から極に向かう風はこのコリオリの力によって曲げられ偏西風となる訳です。
西から東へと流れる風になる訳です。
風が西から東へと流れると、雲も当然西から東へ流れます。さて、朝焼けが見える時、東の空は晴れています。晴れてないと太陽が見えないですしね。ただ、綺麗に赤く空が染まるためには雲や水滴など色が映るスクリーンが必要となります。すると、その西の空にあった雲が風に流されて東に流れてくる。晴れていた空を雲が渡る。天気が崩れますね。
夕焼けの時は逆に、日が沈む西側が晴れています。空を染めるスクリーンとなる雲は東にあり、さらに東へと遠く流れていきます。西側からは晴れた空が流れてくる訳で、翌日の天気は晴れるということになるのです。
・・・と、まぁ、こんな感じで扱いたいのは「すこし不思議」や「sence of wonder」。かつて夢見たSFな世界が現実味を帯びてきている昨今。結局、これってどうなの?といった小さな疑問を種に、小噺の花を咲かせましょう。
珍奇なるものを雑多に集めた『驚異の部屋(ヴンダーカンマー)』のような、雑“科”屋がいつか出来上がることを期待して。開店準備の自己紹介とさせて頂きたいと思います。










