2010/11/09

コンペティション部門で最初に観賞したトルコ映画『ゼフィール』は

強いインパクトを残した。

zephyr.jpgCopyright © 2009 FC ISTANBUL (Film Company Istanbul)

舞台はトルコの黒海東部の丘陵地帯。

多感な思春期を迎える少女ゼフィールは夏の間、

田舎にある祖父母の家にあずけられている。

山で遊んだり祖父母の手伝いをしてのびのび過ごしているように見えるが

内心は母親が迎えに来てくれるのを心待ちにしている。

しかし、やっと現れた母親はつかの間の滞在後、

ボランティアをするためにゼフィールを残して単身外国に旅立とうとする。

母親と離れたくないゼフィールは、必死で立ちふさがり、

ついには悲劇を招いてしまう……

ストーリーは単純で途中から結末が見えてしまうが、

牛の親子をゼフィールと母親にたとえてゼフィールの寂しさを描写したり、

ゼフィールがトカゲの死体を埋葬して彼女の死に対する畏れを表現したり、

生き物の使い方にベルマ・バシュ監督の独特の持ち味がでている

23_2.jpg

Copyright © 2009 FC ISTANBUL (Film Company Istanbul)

特に両性具有の象徴といわれるカタツムリの動きを

スローズアップで追いかけるシーンは

ゼフィールの混沌とした心理をうまくとらえていて秀逸だ。

Video URL

http://www.imdb.com/video/wab/vi162400537/

2010/11/09 10:05 | 映画 | No Comments
2010/10/23

昨年の東京国際映画祭で見事サクラグランプリに輝いた

『イースタン・プレイ』(邦題『ソフィアの夜明け』)が

渋谷の「シアター・イメージフォーラム」で本日10月23日より公開された。

大阪、京都、名古屋その他の都市でも順を追って公開される予定だ。

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©Waterfront Film, The Chimney Pot, Film I Väst AB

『ソフィアの夜明け』公式サイト

http://www.eiganokuni.com/sofia

昨年このコラムでも取り上げたが、心にしみる作品だったので、
配給がついて日本で公開されることになってほんとうに嬉しい!

まだご覧になっていない方はぜひ、

イツォ役で主演の故フリスト・フリストフ氏が抱えた生への緊張と

そのほとばしりが生み出す迫力を目の当たりにしていただきたい。

以下は私の批評です。

『ソフィアの夜明け』映画評 

監督のカメン・カレフは幼馴染でドラッグ依存症に苦しむ彫刻家フリスト・フリストフからこのストーリーの着想を得て、同じ設定のイツォという人物をつくり、その役にフリストフ本人を起用したという。ドキュメンタリーではなくフィクションで、彼の本質を損なわぬままイツォという衣装を重ね着した魂の行方を追う野心的な試みがこの映画に込められている。
カレフ監督はイツォについて表現する手段として、過去の回想シーンを挿入するといった類の直接的な手法を用いない。代わりに他の登場人物の行為を、あるいはイツォの傍に彼らを置いてその関わりを、淡々と描写する。それが観客の感性を刺激し、イツォについて様々なイマジネーションを喚起させている。
ネオナチ集団に入る反抗期の弟ゲオルギの繰り広げる行為は、イツォのトラウマの回想ともみなせる。実父と継母への不信と反発。将来への希望を捨て荒む友人から感染する絶望感。現代と前近代が混在するソフィアの街並みが生み出すカオス。これらがゲオルギの精神を蝕んでいく過程を描写することでイツォの苦難が腑に落ちる。
また、ゲオルギの集団が襲ったトルコ人一家の娘ウシュルとの交流を描く中から、イツォと同じ不安を乗り越えた彼女の軌跡の向こうにイツォの辿る未来の可能性を連想することもできるのだ。
この抑制された描写によって豊かなイマジネーションが喚起される象徴的なシークエンスがある。ドラッグの症状のため一晩中街を徘徊するイツォをハンディカメラが背後からマークするように追いかけ、ぶれるフレームが彼の不安定な魂を緊迫した臨場感を伴って立ち上がらせる。徘徊の果てに夜明けの街頭で出くわした老いた男にイツォは荷物を運ぶ手伝いを頼まれる。アパートの老人の室まで運んだ彼は、老人と向かい合って肘掛椅子に坐ると、疲労のためそのまま寝入ってしまう。イツォが目覚めると、椅子には老人ではなく乳児が坐っている。
カレフ監督はこれだけの情報しか観客に与えない。しかし、そのうっかり見落としてしまうくらい淡い描写から様々なイメージが立ち上がってくる。老人をイツォの辿る未来、乳児を苦難が浄化された過去とみなす、魂の再生。あるいは、老人を病みつかれたイツォの現在、乳児を苦難の取り除かれた爽やかな未来とみなす、魂の浄化。その崇高なドラマがもたらす時間の遡行と早送り。シンプルな描写の背後に時間の圧縮による異空間が映し出される。それは演出の絶妙な抑制によって、フレーム外で雄弁に観客の感性を鼓舞した結果、生まれるものだ。
あえて語らない、あえて隠す。それによってスクリーンを飛び越えてイツォの魂が我々観客の胸に深く届き、多彩なイマジネーションを投げかける。映画が撮影した素材を二次元のスクリーンを通して観る者各々の頭の中に幻想として蘇らせるものだとすると、この作品はその醍醐味を堪能できる逸品である。

2010/10/23 10:17 | 映画 | No Comments
2010/10/11

第23回 東京国際映画祭
今年も東京国際映画祭の季節がやってきた。
http://www.tiff-jp.net/
10月23日(土)から31日(日)の9日間に渡って、
TOHOシネマズ六本木ヒルズとシネマート六本木を舞台に開催される。

時間に限りがあるためコンペティション部門15作品の一部しか見られないが、
また観賞後にレポートしていきたい。

今回のマイ注目はエルサレム映画祭2010 最優秀長編作品賞受賞作『僕の心の奥の文法』

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(C)Libretto Films – Norma Productions

監督・脚本  ニル・ベルグマン
キャスト     ロイ・エルスベルグ    オルリ・ジルベルシャッツ    イェフダ・アルマゴール                                                                       エヴリン・カプルン    ヤエル・スゲレスキー       リフカ・グル   
あらすじ
1960年代初頭のイスラエル。新世代の若者は、ホロコーストなど二度とあり得ないと思っていて、好戦的でもある。しかしヒンダの息子アハロンは、繊細で暴力的ではない。彼が真に求めているのは教養や芸術であるが、家にいては手に入らない。彼はどうすればいいのか? ホロコーストの生き残りである彼の父親にとって、人間の存在意義は、戦争とそこから生き延びることでしかない。アハロンは両親のようになるのを拒み、3年間一切成長することをやめてしまう。しかし自分にも責任があることを知り、少年から青年になる境界線を越えるための、危険で内なる旅に出ることになる。

  引用 http://www.tiff-jp.net/

あまりなじみのないイスラエルが舞台というだけでなく、設定がどこか古典的名作『ブリキの太鼓』を彷彿させてユニーク。

パレスチナ問題が内容に絡むのか、絡むとしたらどういう切り口なのか?

楽しみな一作だ。

2010/10/11 05:15 | 映画 | No Comments
2010/09/23

剛柔流空手家 H君へ。

今週も空手のレッスンをありがとう。
健診でバリウムを一気飲みするアラフォーの手習いとしてはきついけどおもしろい。
はまってしまいそうだ。
ただ剛柔流という流派名のとおり、
行きはしゃっきりでも
帰りは全身の筋肉が腰痛になったタコおやじと化している。

『ベスト・キッド』観たよ。
上映中のジャッキー・チェンのだけではなく、
パット・モリタの1~4シリーズもね。

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沖縄、丹田呼吸法、鶴立ち

1~3シリーズでパット・モリタ扮するミヤギ老人が
いじめられっ子ダニエル(ラルフ・マッチオ)に伝授する空手はやはり剛柔流だね。

技を繰り出すのと同時に息を吐くのが、君がいつもいってくれる
他の流派にはない剛柔流の特徴だから。

そしてディフェンスを軸とした技も理にかなっていて
最小限の動きで最大の防御力を発揮してくれる。

腰痛でかかりつけの医者は空手なんかとんでもない。
フルコンタクトでなくて型だけでもだめだといってるけど
せっかくの巡りあわせだ。
型がダッチロール状になるまで続けるよ。

それまでミヤギ役をたのむ!

2010/09/23 09:53 | 映画 | No Comments
2010/09/09

3か月にわたってお休みをいただきご迷惑をおかけしましたが、
今日から再びコラムを復活いたします。

先月の下旬に天才工場代表の吉田浩さんが懇意にされている
中島央監督の長編処女作『リリィ』の試写会に参加した。

『リリィ』公式サイト

http://lily-movie.com/

『リリィ』予告編

http://www.youtube.com/user/Lily2010Movie

この『リリィ』という映画は、端的にいうと
ひとりの脚本家を通して「愛」と呼ばれるものを追求していく物語だ。

私たちが脚本家に抱いている優雅に物語を仕上げていくイメージを
脚本家でもある中島監督は引っぺがえして
書きあぐねる主人公とその彼女の間で「愛」がどう変遷していくのかを
主人公の意識下に目を配りながら表現していく。

ストーリー
新進気鋭の脚本家ヴィンセント・ナイトは5年前に華々しくデビューを飾ったが、
その後はずっとスランプに陥って、期待される脚本を仕上げられないでいた。
ヴィンセントは打開策として自分自身と同棲中の彼女の体験をベースにした
物語を描き始めるも、すぐにアイデアに詰まって書きあぐねてしまう。
映画会社から1週間以内に仕上げるよう最後通牒を突きつけられたヴィンセントは
アイデアを得ようと焦るあまり、彼女との関係に変化をきたしてしまう。
二人の関係を変えた脚本は、やがて彼らの実人生をも浸食していく……

日本での公開はまだこれからなので、詳しくは触れないが、

男女の空間が生み出す特殊なタイムラグがこの映画の持ち味だ。

男女が向き合うとその時間軸は伸び縮みを起こす。
その特殊なタイムラグが人への想いを鮮やかに立ちあがらせる。
それがどんな種類の想いであれ……

真剣な瞬間であれ緩んだ瞬間であれ、時間のエアポケットに不意に陥り、
あるいは愛情から嫌悪へ、あるいは無関心から愛情へ、 
または熱い愛情から落ち着いた愛情へ、
猜疑から嫌悪へ。
様々な移ろいが心のクリーンに鮮明に映し出される。

恋愛ものはガラじゃないと、あまり観てこなかったが、
この『リリィ』を観ているうちに、かつて自分に好意を寄せてくれた女性を思い出した。

今回、私のキャラではないがその彼女に向けたメッセージとしたい。

こっちが好きになってアプローチして振られることもきついけど、
まあ自分というものの価値を見定め、人生は所行無常と納得し、
いつの間にか自然と心はリセットできているのものだ。

しかし逆バージョンはモテと縁のない私にとってはなかなか気付かないし、
気づいたところで相手を好きになるとは限らない。

かつての私のスクリーンには、何とも思わなかった君が
去って行った瞬間に、私に気がなくなった瞬間に
君のさまざまな思いやりの断片がマルチ・アングルで映し出された。

これはある意味こっちが先に好きになって振られたよりも

メンタルとボディを歪ませ続けてくれた。

あのときの私は君の良さが身に沁みず、うかつなアホでした。
今はアホにすらなれませんが、おっさんにはなれてます。

2010/09/09 08:46 | 映画 | No Comments
2010/06/26

JunkStageをご覧の皆様、こんばんは。
いつもJunkStageをご訪問いただき、ありがとうございます。

現在、「ソウルに響く映画評」執筆中のライター・東出達也さんが私事多忙のためこちらのコラムを一時休載とさせていただいております。
再開は9月初旬です。
連載を楽しみにしてくださっている皆様には申し訳ございませんが、再開をお楽しみにお待ちくださいますよう、お願い申しあげます。

(JunkStage編集部)

2010/05/23

紆余曲折の最果て、第9地区の宗谷岬に流れ着いたころにバンド名が決まった。

全員ボーカル兼ギター4人にベース1人、ドラムとキーボードはいないスタイル。
斬新と残念をかけてZZN’S(ジージーエヌズ)に着地した。

曲はOさんからは『精霊流し』というビーンボールが投げられたり、
ついでいうと、私からもドアーズの『ジ・エンド』というチェンジアップを投げて
エイリアンらしさを見せてやろうとしたが、
Y先輩がすかさずジャストミートして場外に運んだ。

直球、カーブ、スライダーとエイリアンたちがまた思い思いの乱れ投げを演じたが、
結局、ZZN’Sのネルソン・マンデラ、Y先輩によって
『true love』というベタベタモンスーンな当時の披露宴定番ソングに閣議決定された。

私たちZZN’Sの「似合わねーよ」の大ブーイングを
「あと3日しかないんだ」というY先輩の非暴力不服従オーラでみなは黙った。

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あと3日ということは?
練習できるのは昼休みの正味3時間てことだ。
いやリアル正味の時間は昼飯かき込む時間を除いた45分×3で135分間。
あぜんとする私たちZZN’S

「1分て100秒くらいに増やせられないのかな~」
とどこまでものどかなベース担当Hさん。

あんたの体重じゃないんだという全エイリアンの無言の突っ込みもむなしく、
そして、私たちは、途方に、くれた。

「エイリアンと指が連動するギター」

たとえるならそんな感じで
私たちは3倍速のスピードで、ストロークをした。

しかし、ストロークする右手は3倍速にできても
探りながらコードを押さえる左手は3分の1倍速。
ラヴ・バラードがデス・メタルになり
ZZN’Sを激励に来たI君を昇天させた。

しかし、そこはエイリアン、
当日は懸命に時空のゆがみを矯正して
ハードコア・パンクに押しとどめることで
カップルの前途をなんとか保つことができた。

めでたし、めでたし。
めでたく、ないか…

2010/05/23 12:22 | 映画 | No Comments
2010/05/07

「つゆ雨を、集めて臭し、目黒川」

連日の雨のため、工場沿いを流れる目黒川のプランクトン繁殖も
峠を越し、

「春過ぎて 夏きにけらし、ボディコンの、衣ほすてふ、大崎2丁目」

一首詠むごとに東京砂漠に変わり果てた工場の一角にも時は流れ、
夏が訪れようとしていた。

この間、ホンジャマカの石塚を陰気くさくしたようなHさんが
何を思ったか新たに逆指名でエイリアンズ入りを果たし、
エイリアンズの生涯未婚率は一気に60パーセントに跳ね上がった。
一角だけ21世紀を前に、ひと足早く無縁社会に突入していた。

そのころには私も『第9地区』の主人公のように指がピック化しはじめた。
「シー・ラヴズ・ユー」や「ノーファア・マン」などのいくつかのビートルズナンバー。
ブルーハーツやブームをストローク弾きできるようになっていた。
マーシャルのアンプでオーバードライブをかけて音を歪ませて
トリップに拍車がかかっていたころだった。

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会社の後輩I君が結婚することになり、
2次会でわれらエイリアンズに1曲やってほしいという
アンビリバボーな依頼が舞い込んだ。

離婚の新記録を樹立する気なのか。
結婚相手の写真を見せてもらう。
かわいい子だった。

I君はおとなしくまじめな好青年だった。
一角を訪れたレコードはない。
これはまずい。
どうやら我々がエイリアンだということを認知していないらしい。

式は9月初めだという。
あとひと月あまりしか時間はなかった。
しかもエイリアンズで練習できる時間はトリップタイムに限られている。

このままではこの二人は二次会後に別れてしまう。
I君カップルの名をギネスに掲載させてはならない。
ちなみに世界最速離婚レコードは中国浙江省のカップルで3時間、
ショービズ系は20世紀初めのハリウッドスターの6時間だった。

残念だ。上には上がいた。ワールドレコードは無理か。

しかしまだ日本レコードの心配がある。

これはトリップなんぞして遊んでいる場合ではない。
I君のために一刻もはやくバンド名を決めなければ。

さっそく一週間後、
第9地区会議場(工場のコンクリート上)にて
貴重なトリップタイムを削って、
私たちは第一回バンド命名会議を開いた。

私を含む5エイリアンが出席。
議長はYアンニュイ・レノン先輩だった。

Y先輩 「では、よい名前を思いついたエイリアンから意見をお願いします」
  私  「プアーズはどうでしょう?」
Y先輩 「却下」

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フラジャイルなカルテット、ドアーズと
将来の上野公園デビューを控えたエイリアンズを
メタフィジックに融合させた私の名案は秒殺された。

パールジャムをもじったセミプロS君の「パール妖怪人間ベム」も
寸殺でお蔵入りした。

「色ものバンドじゃないんだから。もっとマジメにやろうよ!」
Y先輩は憂いを帯びたレノン顔でみんなを見渡した。

最年長三十半ばのHさんが巨体をゆすっておずおずと挙手した。
「パンクバンドっぽくてもいい?」
Y先輩の顔がレノンからマッカ―トニーへぱっと変わった。

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「おっ、どうぞどうぞ。カッコいいやつあります?」
「セックス・ムエンボトケーズてのは……」
Hさんが最後まで言い終わらないうちに、
Y先輩はレノン顔で肩を落として首を横に振った。

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ふと背後に人間の気配に気づいて振り返ると
泣きそうな顔をしてこちらを見つめる
第9地区デビューのI君と目があった。
続きはまた次回。

2010/05/07 10:32 | 映画 | No Comments
2010/04/21

今回は楽器にまつわるなつかしい思い出を書いてみたい。
20代半ばのころ、会社にギターのうまいYさんという先輩がいた。
Y先輩はビートルズが公式録音した213曲を
譜面なしにそらで弾けるという動くDVD並のフリークだった。
 
私はドアーズが好きでビートルズにはあまり興味がなかったが、
触発されてビートルズを聴くようなり、
ギターを弾きたくなってY先輩に弟子入りを志願した。

楽器といえば、ガキの頃にタテ笛とカスタネットの乱れアンサンブルで
まったりしたノラネコ界隈にアナーキーな緊張感を張り巡らせた杵柄があるくらいで、
ギターはほとんど触ったことがなかった。

こうして「3コード進行がロックだ!」の掛け声とともに、
私のラキンローラーへのトリップの日々がはじまった。

「レノンは○○○○に殺されたんだ!」
暗殺犯、マーク・D・チャップマンに話が及ぶと、
普段温厚な先輩は、阿修羅の形相で買ったばかりの私のフェンダーストラトをひったくり、
弦をぶち切らんばかりの勢いで『ゲット・バック』をかき鳴らし、
ぬるい5月の昼下がりを真夏に染めていった。

その緊張感は、かつてネコの毛もよだつ
ノラネコのタンゴならぬグルーヴを生んだ恍惚を
私の脳裏にゲットバックさせた。

それ以来、Y先輩がギターを持っているときに
だれかがチャップマンの名を口にしようものなら、
先輩はパブロフの犬のごときタイトさで反応し
『ゲット・バック』をストロークした。

1時間ある昼休みを15分で飯を食べ、残り45分間がトリップタイムだった。
ただし、腹が減ると、掘っ立て小屋を彷彿させる事務所の時計の針を進めて
弁当を食べ終えるとまた戻したので、実際の時間はカオスにつつまれている。

カーキの作業服の上から黒の皮ジャンをはおり
紅白ボディのフェンダーを抱えた私は、
即席ラキンローラーというより
無目的にカスタマイズされたチンドン屋だった

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毎日昼休みに工場の一角でフェンダーを抱えて
Y先輩とギター・アンニュイ劇場を上演しているうちに
どこから嗅ぎつけたのか、ギャラリーに同じ部署のOさんやSくんの顔があった。

運送会社から転職してきたばかりのSくんは、
ギターはセミプロ級のテクでレコーディングにも参加したことがあるという。

Oさんは会社では先輩だったがまだ20代前半と私より年下で、
かつ彼が神とあがめるさだまさしと見た目年齢が同じという
一人時間差攻撃による相手への心理的ゆさぶりを得意としていたナイスガイだった。

Oさんは休憩時間には大学ノートに詩をしたため、
定時を回るとイヤホンをして一目散に帰途についた。
最寄り駅で階段にかかれた矢印通りに上り降りしない乗客と
つかみあいになるくらいルールにタイトな一面も持っていた。
Sくんいわく生まれた瞬間からトリップ中のOさんは
自慢のマーチン・ギターを持参し、
さだまさしのナンバーを歌いながらつま弾いた。

その西方浄土から響くようなリリカルな裏声と
作業服から時折のぞかせる年季の入ったランニングシャツの捻じれが
周囲を仮死状態にした。

こうしてファンタスティックなメンバーが集った工場の一角は、
隔離されたエイリアンの住む『第9地区』さながら
女子の人口密度はマイナス537人を計測し、
寄ってくるのはアリだけというアンタッチャブルな空間になっていた。

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続きはまた次回。

2010/04/21 10:06 | 映画 | No Comments
2010/04/06

痛い。
これは文字通り「痛い」映画だ。
十字架上の死に至るまでのキリストの受難を描いたものだが、
この十二時間には人間が体現できる全てのドラマが煮詰まっている。

監督のメル・ギブソンはキリストの苦しみを描くツールとして
映画を効果的に使っていることに感心する。

映画のもつ効力とは。
それは絵画や小説を凌駕する立体感。
視覚と聴覚を同時に刺激して他のメディアを圧倒する臨場感。

ジム・カヴィーゼル演じるイエスの身体に
ローマ兵の鞭が振り下ろされ、皮膚が裂け、鮮血が飛び散る。
自分の身体が切り裂かれたような疑似体験。
思わず目をそむけたくなる。
血のにおいすら漂うほどのリアリティだ。

リアリティを感じるのは拷問の場面だけではない。
ローマ兵に合図するためにユダがイエスに口づけする場面では
二人のこわばった表情から
イエスのこれからの過酷な運命を予感させる不安が漂ってくる。
観ている者の第六感まで刺激して目覚めさせるカヴィーゼルの演技は見事。

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観る前はメル・ギブソン本人が敬虔なクリスチャンときいて、
さてはプロパガンダか、布教活動かと警戒したが、
自分を痛めつけるローマ兵へのイエスのセリフに
クリスチャンかどうかなど関係なく
魂を鷲づかみにされ、ゆすぶられた。

メル・ギブソンの一切妥協のない作りこみと
それに応え身体を壊しながらイエスを演じ切ったジム・カヴィーゼル。

彼らの「パッション」が、この受難劇をプロパガンダとは別次元にもっていった。

2010/04/06 07:02 | 映画 | No Comments

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