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2010/09/09

3か月にわたってお休みをいただきご迷惑をおかけしましたが、
今日から再びコラムを復活いたします。

先月の下旬に天才工場代表の吉田浩さんが懇意にされている
中島央監督の長編処女作『リリィ』の試写会に参加した。

『リリィ』公式サイト

http://lily-movie.com/

『リリィ』予告編

http://www.youtube.com/user/Lily2010Movie

この『リリィ』という映画は、端的にいうと
ひとりの脚本家を通して「愛」と呼ばれるものを追求していく物語だ。

私たちが脚本家に抱いている優雅に物語を仕上げていくイメージを
脚本家でもある中島監督は引っぺがえして
書きあぐねる主人公とその彼女の間で「愛」がどう変遷していくのかを
主人公の意識下に目を配りながら表現していく。

ストーリー
新進気鋭の脚本家ヴィンセント・ナイトは5年前に華々しくデビューを飾ったが、
その後はずっとスランプに陥って、期待される脚本を仕上げられないでいた。
ヴィンセントは打開策として自分自身と同棲中の彼女の体験をベースにした
物語を描き始めるも、すぐにアイデアに詰まって書きあぐねてしまう。
映画会社から1週間以内に仕上げるよう最後通牒を突きつけられたヴィンセントは
アイデアを得ようと焦るあまり、彼女との関係に変化をきたしてしまう。
二人の関係を変えた脚本は、やがて彼らの実人生をも浸食していく……

日本での公開はまだこれからなので、詳しくは触れないが、

男女の空間が生み出す特殊なタイムラグがこの映画の持ち味だ。

男女が向き合うとその時間軸は伸び縮みを起こす。
その特殊なタイムラグが人への想いを鮮やかに立ちあがらせる。
それがどんな種類の想いであれ……

真剣な瞬間であれ緩んだ瞬間であれ、時間のエアポケットに不意に陥り、
あるいは愛情から嫌悪へ、あるいは無関心から愛情へ、 
または熱い愛情から落ち着いた愛情へ、
猜疑から嫌悪へ。
様々な移ろいが心のクリーンに鮮明に映し出される。

恋愛ものはガラじゃないと、あまり観てこなかったが、
この『リリィ』を観ているうちに、かつて自分に好意を寄せてくれた女性を思い出した。

今回、私のキャラではないがその彼女に向けたメッセージとしたい。

こっちが好きになってアプローチして振られることもきついけど、
まあ自分というものの価値を見定め、人生は所行無常と納得し、
いつの間にか自然と心はリセットできているのものだ。

しかし逆バージョンはモテと縁のない私にとってはなかなか気付かないし、
気づいたところで相手を好きになるとは限らない。

かつての私のスクリーンには、何とも思わなかった君が
去って行った瞬間に、私に気がなくなった瞬間に
君のさまざまな思いやりの断片がマルチ・アングルで映し出された。

これはある意味こっちが先に好きになって振られたよりも

メンタルとボディを歪ませ続けてくれた。

あのときの私は君の良さが身に沁みず、うかつなアホでした。
今はアホにすらなれませんが、おっさんにはなれてます。

2010/09/09 08:46 | 映画 | No Comments

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