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2010/02/21


人は極限状況に置かれたとき、
自分では気付かなかった才能を発揮することがある。

それは、無我夢中で生きていると、
無意識のうちに思いがけないところである日突然開花するのかもしれない。

私の職場は大学にあるが、学生食堂で遅い昼食を摂っていたときのことだった。

 

その学生食堂は広くオープンなスタイルで一般の人も自由に利用できる。
セルフサービスで食券を券売機か窓口で買ってそれをカウンターで料理と交換する。
食べ終えた食器はトレーにのせたまま返却口に戻すシステムだ。

 

時間は午後2時を回っていたため、客は4割くらいの入りだった。
私はカレーを食べ終えて、返却口まで食器をのせたトレーを下げにいった。

 

返却口にはコンベアが常時動いており、トレーを置くと洗い場まで運ばれていく。

トレーを両手で持って返却口に近づくと、妙な不自然さを感じて立ち止まった。

 

コンベアの前に初老のおっさんが佇んでいる。
茶フレームのメガネに同系色のブルゾン。

 

おっさんやら子供やらはたいていいるので、
おっさんそのものは珍しくはないのだが、
違和感を醸し出している原因はおっさんの逸脱した行為だった。

 

トレーをコンベアにのせて速やかに去っていく。
それが返却口で皆がとるノーマルな行動である。
それ以外のことをここでする人はいない。
ここで歌ったり、お茶を飲んだり、寝たりすることは常識外の行為となる。

 

おっさんはトレーも持っていないのに返却口から離れなかった。
左手にスーパーの買い物袋をさげ、右手に箸を握り、じっとコンベアを見つめている。
箸はシザーハンズのようにおっさんの掌と一体化している。

 

この返却口常識を覆す彼の出で立ちが私の足を止めさせ、
彼の後方斜め45度の位置からおっさんを見守った。

 

学生らしき若者たちがトレーを連続してコンベアに置いた。
おっさんは流れてくるトレーの方へ軽やかなステップを踏み、
トレーとおっさんが重なった。

 

皿にはコロッケが1つ残されている。
血管の浮き出た右手が眼にもとまらぬ速さで動くと
その瞬間、きつね色の総菜は消えておっさんの口が動いた。

 

おっさんは体勢をととのえると、次のトレーを凝視し、
シザーハンズ化した箸を一閃させると
瞬く間に小鉢の漬物が消え、口のなかに投げ込まれた。

 

その見事な箸さばきと好奇の目をものともしない集中力に
私は打たれた。

 

おっさんは残りものを片づけると、何事もなかったかのように
飄然と去っていった。

 

その後ろ姿を茫然と見送りながら
おっさんは空腹のために追い詰められていたのかもしれないと思った。

 

長い間のひもじい想いがおっさんの眠っていた「才能」を開花させたのかもしれない。

 

コンベアの前に浮かぶおっさんの残像と
『やわらかい手』の中年主婦マギーが重なった。

 

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 夫を亡くしてロンドンの郊外に独り住む平凡な中年主婦マギーは
難病を患う孫オリーの高額な治療費を工面する必要に迫られていた。

 

それは孫が助かるにはオーストラリアで
6週間以内に手術を受けなければならないという差し迫ったものだった。

 

息子夫婦には今かかっている入院費と治療費を工面するのが精いっぱいで
オーストラリアへの渡航費と手術費を調達する余力はもはや残されておらず、
マギーは自分がなんとかせねばと焦りの極にいた。

 

イギリス版ハロワに出向いても学歴もキャリアもスキルもない中年のマギーは
紹介どころか一昨日来いとばかりにまるで相手にされない。
絶望してロンドン中心街を彷徨っているうちに
マギーは風俗街ソーホーに迷い込んでしまう。

 

ふと目に飛び込んできた「接客係募集 高級」の張り紙に
「接客係」が何を意味するかも知らず藁をもすがる気持ちでドアをノックするマギー。

 

面接の相手をしたロシア人オーナーは、
はじめはウェイトレスの仕事を想像していたマギーの世間知らずさにあきれていたが、
そのやわらかい手に「隠れた才能」を感じとり、積極的にスカウトしだす。

 

マギーは「接客」が、手で男をイカせる係だと知った途端、
嫌悪感を露わにして立ち去ろうとするが、
オリーの苦しむ顔を思い出して苦渋の中で「接客係」になることを決意する。

 

かわいい孫のために嫌悪感を押し殺して仕事に従事するマギーだったが、
隠れた「才能」が開花して、店はおろかソーホー中に
そのゴッドハンドぶりが響き渡る。

 

孫の命を救いたい一心で飛びこんだ平凡な主婦とは無縁な世界で
思いがけずにスターになったマギー。
それまで自分とは無縁の世界にいると思っていた
社会から疎外された人々とかかわるうちに
人生の歯車が予期せぬ方向にまわりはじめる……

 

シザーハンズおっさんとゴッドハンド中年女。
マギーは映画という虚構だが、おっさんは現実だ。

 

マギーの人生は「才能」が開花するまでクリアにされているが
おっさんがどんな人生を辿って「才能」を開花させたのかはまるでわからない。

 

わかっていることは目撃できた「才能」だけ。

 

そのたった一つ事実を手掛かりに

残りの「隠された」人生を想像で埋めていくのが映画の使命なのかもしれない。

2010/02/21 11:14 | 映画 | No Comments

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