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前回にひき続き……
第2回『翔んだカップル』観劇隊出陣式の翌日に
Nと国鉄の最寄り駅で落ち合うことにした。
陽はすでに私の丸刈りの頭頂部を焦がすように照りつけていた。
待ち合わせ時間より20分も早く着いた私は、知り合いに出くわすことを恐れて、
ワンルームほどのちっぽけな待合室に入らずに駅舎の陰に隠れていた。
漆黒の壁にもたれながら、ちらちらと駅前に規則的に目配せを繰り返した。
8時をやや回ったころ、チャリを飛ばすNの姿を横目で捉えた。
「おおっ」
20分にも及ぶ眼球トレーニングの賜物か、はたまた単なる偶然か、
私の視野角は魚類化していた。
一人爽やかな感動に包まれながら、
チャリを止めて眠そうな面でこちらに歩いてくるNに握手の手を差し伸べた。
Nはそんな感動など露知らず、にやけ顔と真顔をほどよくブレンドして握りかえした。
駅員にもことさら怪しまれずに最大の難所を突破したNと私は、
国外逃亡を図る指名手配犯のように緊張した面持ちで
何も考えずにホームに滑りこんできた上り電車に飛び乗った。
鈍行を乗り継ぎ、見知らぬ街を右往左往して2時間後。
民族大移動ならぬ中坊エロ移動の末、
ようやく私たちは目的の映画館にたどり着き、
ポスターの中でほほ笑む薬師丸ひろ子とご対面したのであった。
私はすでに大仕事を成し遂げたような高揚感に包まれ、
××中学エロ移動。
1980年に三重県で起きた中学生のエロスを追求した崇高なる移動のこと。
この移動が、とある中学生における思春期の萌芽と発露の分岐点となった。
とマイ歴史教科書にゴチック体で書き留めておきたかった。
興奮が冷めやらぬ中、私とNは慌ただしく席につき、
待ちに待った『翔んだカップル』が始まった。
薬師丸ひろ子と鶴見辰吾の派手な取っ組み合いあり、
薬師丸がゴミ捨て場の段ボールに自転車で突っ込むシーンありで、
原作のコミックより演出は過激だった。
私はワクワクしながらお目当てのシーンを待ち構えた。
しかし待てど暮らせど、
鶴見が海パン一丁でスイカをかぶりついたり、立ち小便をしたりと、
私にとってはどうでもいいシーンばかり続き、
次第にこれは失敗したか、と頭を抱えた。
(この川縁での立ち小便のシーンは、今改めて観返すと
カメラを鶴見の頭上に据えて俯瞰の状態で捉え、
徐々に下へ回転させていくなかなか面白いアングルだ)
隣りのNもハチに刺されたような顔をしている。
あきらめモードに入りかけていたとき、
薬師丸と鶴見が夜明けのリビングで今までにない求愛モードに突入しはじめた。
これはいよいよかと目を見張った。
Nも前の座席に両手をついて視線はスクリーンに釘付けになっている。
求愛モードの二人は絡み合いながらソファの向こうに倒れた。
と思うやいなや、
ジョギングをする鶴見と自転車で伴走する薬師丸の
健康的な姿に切り替わった。
茫然自失のうちに、エンドロールとなった。
帰りの電車で私とNは無言だった。
Nの浮かべる苦渋は、落城の迫った戦国大名を彷彿させた。
車窓に反映された私は、のどに魚の骨が刺さったようなあどけなさを残していた。