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2016/08/07

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WALDエントランスより展示全景.

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WALDエントランス左側 第一部展示及び記帳スペース.

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展示・第二部.

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展示・第三部(Erika).

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展示・第四部及びキーアート作品「逸れたところの道」.

2016年の写真展「帰還者」、7月16日をもって
無事閉幕となりました.

あらためて、たくさんの方のご来場、応援
本当にありがとうございました.

これで、「深入り」「化身」「帰還者」と続けて来た
福岡でのギャラリー「WALD三部作」は
ここでいったん完結、、というカタチになります.

今年の「帰還者」は、2013年のすごく細く、繊細だった「深入り」よりも
それはずっと「太く」て、昨年のわりと中性的だった「化身」よりも
ずっと「どす黒い」もので、それは元々僕自身が本来作品創りを続けて来た場所に近いもの、
若しくは「定位置に戻って」そんな写真展になりました.

三部作完結に当たって作品として、もうここでシロかクロかを
はっきりつけられるようなものにしてしまおう…
構想段階からそんな気持ちがずっとありました.

構成として、古いものだと2008年くらいの作品もある中で、
どんな流れで四部構成とするのか、どう集束へ向かわせていくのか
設営ギリギリまで試行錯誤しながらようやく
これで落ち着いたかな…という流れを構成することが出来たかなと思います.

ギャラリー正面、入場して一番初めに目に入るだろうという
位置に第三部、えりかさんパートを持って来てはどうか..と
WALDオーナー森さんのアドバイスもあっての構成で
第三部から大判で焼いた作品「逸れたところの道」を挟んで
第四部へと集束していく流れは、これはなかなか良いところへ
着地出来たのではないか…と自分では感じています.

ご来場いただいた方から「写真と写真の間、物語がイメージ出来ますね」と
言っていただいたのはすごく嬉しくて、各章被写体も時間軸も異なるけれど
その「幕間」を読んで貰いながら観て頂くことは僕の理想としている
カタチのひとつでした.的を得た言葉は何よりも嬉しい.

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四部構成の作品展示の中で、各章は「往きつ戻りつ」を繰り返していて
それがハッキリと解るものもあるし、そうじゃないものもあって.
でもそれはたぶん、想いの「寄せては返し」を重ね合わせているようでもあって.

僕が写真やアート通して進んだり戻ったりをして来た道中で
かつて、そして今、僕が居させてもらえている場所と人と
そしてそこを中心に円環を成しているな、って思える場所は
たぶん唯一ではなくて、きっといくつかがあって.

僕はそこで織り成されるものたちにいつだって感じさせられ
驚嘆し、時には背を向け、時には向かって行きながら
そしてそれを誰かと、個人、複数人問わず
伝え語ったり、共にしたりしながら
「そこにいたから」見えたもの、視なくてはならなかったものを
重ねて来たのではないか…そしてそれをそう感じられる展示に、
写真展に出来たことこそが、僕自身の「帰還」ではなかったか.

個展としては12年振りとなった、2013年から
2014年の新宿を挟んで2016年までずっと…
ほんとにずっと続いた「夏」の写真展は、会場まで汗を流し歩いた時間と
作品に囲まれて過ごすギャラリーの空間と、まるで「夏」が
円環を成してずっと続いていたのではないかと思えて来るようで
胸を突くような気持ちさえ感じています.

いつか記した、ベッドから起き、息を切らして地下鉄の階段を上がり
夏の陽射しと青空の下、自分の作品が在るギャラリー向かうときの鼓動と
出逢う人たちとの時間、独りで過ごす時間、
お昼からワイン、モヒートを飲みつつ、素敵な人たちが集う、手作りのレセプションの夜.

こんな夏がずっとこれからも続いて欲しい…
そう思わないではないけれど
いったん還る必要があると、そう決めたのは自分自身だから.

ひとまずは、この終わりのない夏の円環の中で
出逢い、交わすことが出来た人たちに大きな感謝を.

何にも代え難い「終わらない夏」を身をもって感じることが出来たのは
皆さんのおかげです.

想いを写し、想いに支えられ、想いに抉られ、
想いを創った日々から少し離れ、そして次は何処へ…
今は未だ何も決めていないけれど、きっとまたどこかで
こんな季節に包まれる時が来るのかなと..少し先に目を馳せています.

胸を焦がすものはまだ自分の中に在る..
そんな気がするから.

2016/07/08

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宛て処のない「帰り道」を思い浮かべながら
一度は辿った想いの道程と帰り道、
引き返しながら思い出さされ、炙り出される、
かつて自身が「痛み」と呼んだそこに在りしものたち。
それでもなお、その帰途で描き出されるものへ向けて
今度は戻ろうとする。その道を一途、還ろうとしている。

今やただひたすら眩しく光る道と、その先に見えるものを
以前より少しだけ近くに臨みながら、そこから一つ逸れた場所で
全てを抱えたままで振り返ろうとする。

かつて「想い」に向けて踏み出した者の、往きと帰りの物語は
やがて以前よりずっと静かに「帰り道」がはじまる。

確かさと不確かさ、ただ失うばかりではなく、
得たものを抱えて還る場所もまたその目的地なのだから。

「帰還者」展示冒頭文より

写真展「帰還者」、始まってしまえば早いもので
もう二週目になりました.

昨年の写真展「化身」では、初日に作品を構成する
一翼である被写体のケイさんに来場していただけたけれど
もう一つの翼であるところのえりかさんには
残念ながらご来場いただくことが叶いませんでした.

もちろんそこには、いろんな事情があったのだけれど
来場できなかったことを誰より悔しく感じていたのは
他ならぬえりかさん自身でした.

そして今年の写真展で、ようやく
えりかさんにご来場してもらえて、自身を写した
作品と共に撮ることが叶ったのでした.

自分が残した想いのカタチ、それを観ることを
誰よりも望みながら、身体が、心が動かない.
そんな忸怩たるものの中で、彼女にとっては
ギャラリーWALDへの道程は、果てしなく遠いもの
だったのかもしれません.

作品の前に立つえりかさんからカメラ越しに
伝わって来るのは、今日ここに立つまでに
日々感じ、考えたであろう、いろんなものが
綯い交ぜになった、強い想いそのものでした.

脚を運び、再びかつての自分が残したものと
対峙すること..「あのとき」の「あの時間」へ
還って「視る」、という決断をしてもらえたこと.
何よりそのことが、今回のこの「往きと帰り」の写真展に
すごく相応しいような気がして、僕自身胸が一杯になりました.

来た道をもう一度辿ってみる..
そこで感じられること、得られるものは、
帰り道だからこそのものでもあること.
それを教えてもらえたような気がしました.

作品としての区切りが、ひとつ付けられたような
今はそんな気がしています.

2016/06/27

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区切り04

区切り03

ちょっとコラムの方、間を開けてしまってごめんなさい。
写真展「帰還者」開幕まであと二日になりました。

今回は自分にとっても一区切りの写真展ということもあって
今までの写真展では足りてなかった部分
キャプションというか言葉というところを
ちょっと注視しつつ構成しています。

展示は大きく4部から構成されているのですが
その幕間に言葉の歯切れを挿入します。

ここに挙げたうちの全ての言葉を使うことはないと思うけれど
構成する各部各章を断片的に言葉で表してみて
写真から放たれるイメージを、観る人それぞれが
広げてもらえたらな..と思っています。

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区切り05

とはいえ、あまり言葉に寄りすぎることは危険なので
そこの扱いは慎重にしながら、展示作業したいと思っています。

この言葉たちは、写真展用にと考え抜いたものでもなくて
普段の日常の中で、ふっと浮かんだものを
書き留めておいたものだったり
それぞれの写真をフックにして浮かんだものです。
だから会場作りしてく中で外れる言葉もあると思います。

全作品45点を構成する作業の中で
どの言葉が生きて、どの言葉が外れるのか
僕自身も興味のあるところです。

それでもやっぱり、言葉は写真のスパイス…
そういうところで留めておくのが良いとも思います。

写真展のベース部分でもある
「想いの、往きと帰り」の如く、往路と復路..
行き着いては戻ること、その繰り返されることの迂遠さ、果てしの無さ.
そうして巡回するように観ていただけたなら
この写真展「帰還者」の意味は届いた..
と言えるのかもしれない..と思っています.

いよいよ明日、搬入〜展示作業になります。
自分自身が望んだ、ひとつの旅路の先まで、あと僅かです。

2016/05/06

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-還るという選択肢
その道を一つ逸れた場所で起こったこと-

感じたことを感じたままに
目の前で起こったことをそのままに
視たことを視たままに
そのままで道を往こうとする
まるでそうすることが当たり前だったかのように.

在る地点まで進めたときに想う
自分の居場所、立ち位置に対する、不安や苛立ち、焦り.
どうしても進んで来た道を確かめようとしてしまう.

それが決して歪まず、真っ直ぐな道ではなく
湾曲し、抜け道と裏道の連続だったことを
そしてそれが一度ならぬ裏切りの道であったことを
よく知っている.

かつて願った、白く光る真っ直ぐな道
それをほんの少しだけ逸れたところの道で
そこで待っていたもの、視たもの、知ったもの
そして喪失したもの.

果たして今、自分がいる場所を想い
やがて「還る」という選択肢とその道が現れる.

その「帰り道」を思い浮かべてしまうとき
そこで思い起こされる、一度は辿った想いの道程
引き返しながら思い出さされ、炙り出される、
かつてそこに在りしものたち.

それでもなお、その帰途で描き出されるものへ向けて
今度は戻ろうとする.その元へ帰ろうとしている.

今やただひたすら眩しく光る道と、
その先に見えるものを以前より少しだけ近くに臨みながら
そこから一つ逸れた場所で全てに向けて振り返ろうとする.

やがて以前よりもずっと静かに「帰り道」がはじまる.

写真展「帰還者」/展示冒頭文草稿より.

写真展「帰還者」のギャラリー掲示用にする予定の
ポスターと、展示冒頭に持って来るキャプションの第一稿です.

コラムを草稿代わりにするのはとても申し訳ない気がしてて
ほんとはもっと早く4月中には書く予定だったのですが
そんなこんなで5月に入ってしまいました.

これを原文としてあれこれ錯誤しながら
完成文にしたいと思っています.

今回の写真展はほんとにかみ砕いて言葉にするのが難しくて
「想いの往きと帰り」…大変なとこに手を付けてしまったな..と
感じているところです.

感じたものをそのままにカタチにして進む
その中で誰しも一度ならず自分の居場所というものを確認しようとする.
ただそれだけのことに安心したりひどく不安になったりもする.

自分が思っていたより多かれ少なかれ、
道を逸したところに来ていることを知ったとき
そこで「還る」道を選んだ者の、その「帰路」で想い感じること.

往く先ばかりではなく、そしてただ失うばかりではなく
得たものを抱えて還る場所もまたその目的地なのだから.

それがこの写真展の、「帰り道のはじまり」です.

2016/04/04

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「必ず戻ると、伝えてほしい.」

写真展「帰還者」ポストカード
アラベール スノーホワイト/200kg/1000部

ほんとはだいぶ前に完成していたのですが
いろいろあって、コラムで初公開の
写真展「帰還者」のポストカードです.

昨年までの個展と統一感を出したかったことと
やっぱりお気に入りでもあるので、紙はいつもの
アラベールスノーホワイトをセレクトしました.

ちょっとモノトーンに照明差によって
色の偏り..マゼンタが出たりしているものの
やっぱり安心出来る、安定の仕上がりです.

添えてある言葉は、今までは先に写真があって
降って来た言葉を添えるパターンだったのだけれど
今回はまず先に言葉があって、その言葉に合わせるように
写真を選ぶ作業になりました.

何度か書いて来ましたが、今回の写真展は
一人の作家の歩み中で、その「往きと帰り」を
意識したものになっています.

ただ感じるがままに進むこと、往くことばかりでなく
「帰路」を意識したときに起こり、出逢うだろう様々な想い.
そんな空間を創り上げることが出来たら…との
願いを込めてのポストカードです.

「必ず戻ると、伝えてほしい.」

それは誰宛でもなくて、
かつて無垢で、純粋に往くことだけを
望んでいられた自分へ向けて.

そしてその帰路でのこと.
ひいては自分自身のこれからそのものへ向けて.

2016/03/16

帰還者フライヤー表

帰還者フライヤー裏

写真展「帰還者」先行告知フライヤー
A5判/マットコート135kg/1000部/

往きて帰りし想いの行方.

それぞれの往く宛て
それぞれの相応しき帰路.

視なくてはならなかったもの
視ずには帰れなかったもの

行き着いた果てで
帰すことを望んだ者のみが辿る
その帰途で経る擦過と
帰還した先で待つ
その末路となれの果て.

もうこの時期になるのですね..早い…
4年連続になってるかと思いますが
コラムにて今夏の写真展「帰還者」の先行フライヤーを初公開です.

写真展タイトルは「帰還者」.
サブタイトルに「帰り道の出来事」.

大まかな骨子として、「往きと帰り」…
特にその「帰路」、「帰途」に比重を置いた作品創りになっています.

今までの自分の写真作家としての活動を考えるとき
想いというものを追いかけ続けることを「往き」とするなら
ならば一度ここで還ることを考えてみる..
その時に、帰途で出逢うものは何があるのだろうと..

ただ純粋に、夢見るように写真というものを
追いかけただけではなかったこと
そこには浅はかさや、嘘もあったし裏切りもあったこと
そんな一度ならず裏切ることさえもあった写真というもので
ここまで来たけれど、そこで一度還ろうと望んだときに、
その帰途で、また帰り着いた先で、何が待っているのか.

そもそも還ることが許されるのか
自分に帰り着く先はあるのか.

往くことばかりではなく、自分が歩んで来た道の
その帰路でのことを写真展というカタチに描くことが出来たなら…

それが、今回の写真展「帰還者」となりました.
帰還者とは他ならぬ自分自身です.
一度は辿った想いの道程、引き返し
思い出さされ、炙り出される、
かつてそこに在ったものたち.

それは或いは一度、裏切りしものの為に.
.
.
.
次回引き続いての制作物として
ポストカードもお知らせ出来ると思っています.

2016/03/08

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2016.MONOCHROME SHOW vol.2
出展作品「Kの槽Ⅱ」.

デジタル/モノクロ銀塩プリント
グロッシー/アクリルフォト加工20mm厚
作品サイズ270×270mm

MONOCHROME SHOW vol.2も無事開幕.
好評開催中です.
昨年と同様にコラムの方で出展作品のことについて
少し書いてみたいと思います.

作品は昨年と同じ「アクリルフォト」
前の作品のアクリルの厚みが10㎜だったのを
今年は20㎜厚として制作しています.

今年はギャラリーで用意されたパネルのカタチも変わって
下板が作品面より内側にあって掛けてあるので
昨年に比べてより浮かび上がらせるような効果が出ていると思います.
東京の方で初めてアクリルフォトを眼にしたときと
ようやくほとんど同じ効果的な展示にすることが出来ました.

これが、僕のアクリルフォトの完成型です.

加えて、展示する場所をギャラリーのライトだけでなく
外光も入り込むような位置に展示させていただいて
厚いアクリルの四方からいろんな光が差し込むような
そんな展示になっています.

そうすることで、入り込んだ光が屈折して反射しながら
いろんな角度から、モノクロプリントをより際立たせてくれます.

作品の遠近感と浮遊感、ご来場していただく方が
側面からも観ていただけているのは狙い通りです.

Modelさんは今撮らせていただいているKIKOさん.
彼女自身がもつ透明感もまた、今回の作品の
大切な要素です.

MONOCHROME SHOWに参加することは
写真だけじゃなく、美術様々な作家の方々が
参加しておられるということもあり
個展することと違って、僕にとっては
すごく実験的な場だと考えてるとこもあって.

様々なカタチで表現された「モノクローム」作品に
囲まれて、自分の「モノクローム」で出したときに
果たして自分の作品がどう並ぶのか…
そのことにすごく興味があります.

ただ課題点も今回あって、アクリルによって
たくさん光が差し込むぶんだけ元のプリントが
しっかりしていなければならなかったこと.
ちょっと黒が浅めになってしまって
思うような深い「黒」が出せなかったことがちょっと悔しいところ.

浮揚感と光を取り入れる、どこまでも透明な立方体
そこに願いをひとつ浮かべながら、自分自身の
「モノクローム」の白と黒の見せ方が見えて来る…

MONOCHROME SHOW vol.2は僕にとってそんな展示です.
福岡にお住まいの方、また来られる方ぜひご来場いただければ嬉しいです.

■MONOCHROME SHOW vol.2 ー白と黒の間に

3月2日(水)〜3月19日(土)
12:00〜18:00

絵画・写真などの、モノクローム作品展。

■休み:日、月、火曜日
■料金:入場無料
■場所:ヴァルト アート スタジオ
[092-633-3989 福岡市博多区千代4-12-2]

2016/02/26

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Model KIKO.

あのときの、あのトーンへと戻る..戻りたい.
たったそれだけのために
どれほどのものを削られたとしても
それが自分の「帰途」であるなら
僕は必ずそこを通らねばならない.

2月も終わり、3月から開催される
「MONOCHROME SHOW Vol.2」への作品創りも終えて
MONOCHROME SHOWの出展作品..なかなかお気に入りなので
良かったらぜひ、WALDで観てもらえたら嬉しいです.

そしていよいよ夏へ向けての作品セレクトから
具体的な構成、組み上げへと動いています.

今回はカラーではなくてモノクロへ再び戻って
「自分のトーン」というものをもう一度探りながら
回帰していくための、ちょっと過程が多め..
そんな難しい制作になっています.

難しさの一つとして、プリントが「銀塩であること」
大前提となるものだけど…と、これが言うほど簡単ではなくて
デジタルの時代になって、デジタルでの写真の
モノクロプリントというものがすごく壁になっていることでもあって.

インクジェット出力などではモノクロ専用紙などもあって
特に自家プリントならいろんな紙の選択肢があったりします.
超光沢から無光沢マット調、半光沢..かつてのモノクロ印画紙を
再現したものまで、ことモノクロだとインクジェット出力の方が
より多彩な選択肢があります.もちろん品質的にも
良いものを出力することが出来ます.

でも僕は2013年に「深入り」で12年振りに写真展を開催してからずっと
「銀塩」での出力で作品制作をしてきました.

コスト的にも選択肢としてもインクジェット出力に
気持ちが揺らがないと言えば嘘になるけれど
写真であること…それも「銀塩」「印画紙」であること
それは古い考え方かもしれないけれど
写真が一番、写真らしく観てもらえる、感じてもらえる姿が
「銀塩プリント」ではないか..と思うからです.

そこでやっぱり壁となるのはかつての暗室時代のように
印画紙が選べない..ということです.
デジタル・銀塩モノクロプリントのための専用印画紙が
あるわけでもなく、カラープリント用ペーパーへのプリントするしかない.
モノクロのトーンをカラープリント用ペーパーへプリントするとき
そこに完全なモノトーンを現すことがとても難しいのが今の現状です.

「深入り」で散々悩まされたラボ、ギャラリー、自宅と
それぞれの光源の違いによって異なる色味が出てしまうこと
マゼンタっぽい赤味が浮いてしまうこと.

プリントした時期、季節、その日のプリント機の液の温度によって
出て来るトーンの違いの問題…
これは、各方面の方々のご協力を得ながら
もう焼いてみるしかないのが現実だったりします..
となるとコストが…

写真というものがこれからどんな進化、変化をしていくのかは
わからないけれど、モノクロのトーンを描写することにおいて
インクジェットプリントが銀塩プリントを上回ってしまうのかもしれない..

だけど写真というものが「銀塩」からどんどん離れてしまうのは
やっぱり寂しいし、残さなくてはいけないものだとも思うから.

だから今回も僕はやっぱり銀塩プリントで作品創りしていきます.
もちろん、いろんな問題点を注視しながら..今までよりもっと慎重に.

しかも今回はおそらく自分の写真展では初となる「グロッシー(光沢紙)」での
作品になること…モノクロのトーンに関して言うと
今までのマット紙「ラスター」よりかなりデリケートな感覚を求められます.

そんな壁や問題山積でプリントしつつ、次はいよいよ
ポストカード、印刷物へ向けても動いていきたいと思っています.

もう「インク」より「銀塩」そんなこだわりは
時代遅れなのかもしれないとも思いながら…

2016/02/01

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一巡りした意識の
不確かで透徹されたものの行く宛て.

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繰り返された邂逅と擦過の往き道で
見て来たものとやがて訪れる
帰るべき時間.

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ただひとつ、見て来たものだけを手繰るように
想いは帰る道を探している.
今日も、そしてきっと明日も.
それぞれの相応しき帰途を.

2月.
時間が経つのってほんと早いものですね.

例年、この時期に公表していることなので
わりと大切なことなんだけれど書くことにしました.

今夏の開催を予定している写真展のアウトラインというか
骨子の部分に持って来たものは

「かえりみち.」

写真展の仮タイトルは

「帰還者.」

です。作品展開は2008年頃から撮らせていただいていた
初出となるカットから2015年までの最新作まで
ちょっと僕自身の活動のクロニクル的なものになりそうです.
作品は全てモノクロです.
自分的にはモノクロに「還って来た」と感じています.

「深入り」で12年振りに個展を開催させてもらってから
僕はいろんな事象を「見る」機会に恵まれました.
作品そのものを、新宿まで運んで行って
そこに「それ」が在る風景を見ることも出来ました.

出逢ったもの、今はもう見れないもの
かつて触れ得たもの、今はもう触れ得ないもの.
そんな一つ一つの事柄が今まだ撮り、創り続けている自分を
形作っているということ.

そのことを「往く道」の中で感じた上での
そろそろ訪れる帰りの時間…
ではいったんそこで「帰(還)って」みようかと.

「想い」を描き、撮り続けた数年を経ての
「かえりみち」それは何処へ繋がっていて
どんなものと結びつくのだろう…
またその帰途でどんなことを思うのだろうと.

そう考えて「かえりみち」「帰還」という言葉を
選んでみました.

見て来たもの
見なくてはならなかったもの
それぞれの想いとその帰りみち.
その道は何処へ続いているのでしょうか.
帰還した者を、迎える場所は果たして.

一人の写真家の、旅の始まりからその帰還…
2016年夏へ向けての第一歩です.

2016/01/15

2016コラム

Part1.

2016コラム02

Part2.

年末からいろんなことが停滞気味で
ずいぶんと遅くなってしまいました。
2016年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年のコラムも年賀状のあれこれ、
種明かしからはじめたいと思います。

まずPart1ですが、前年同様
昨年の個展へご来場いただいた方へ
向けてのお礼状も兼ねて制作しました.

2015年の僕にとってすごく重要な位置を占める
4人の被写体さんを配しています.
それは来たるべき新作へ向けての
予告という意味も含めています.

確かさ・不確かさ
それぞれの想いの行方…

まだ叩き台段階ではありますが
自分自身にとっての写真というものそのものを
「縦走」するような作品になるのかなと思います.

それが果たしてどういうカタチとなって
目の前に現れるのか…
怖くもあるし、楽しみでもあります.

Part2の方は2015年に主にアートに関連して
僕が観たり触れたものをコラージュしたものに
なっています.

訪れた美術館やアートフェス…
そこで出逢ったものたちは
驚きと感動、発見の連続でした.

そんなふうに観たり、触れたりすることの
一つ一つを大切にしていくこと
確実にそれを自分自身の活動に繋げられたら…
と思っています.

また悪戦苦闘の日々が続きますが
今年も良いコラムをお届け出来たらと思います。
どうぞよろしくお願いします。

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