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2014/12/06

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まさかどうにかなるとでも
本気で思っていたのか?

まだ気が付かないのか?
ここから何処へも行けやしないと
いうことを.

そうだ諦めは、諦めはつくのか?
じきにやって来るだろう
そのときの自分に.

それでもなお懲りること無く
沸き上がるものに向けて
もう一度問いかける

「ここから先は、何処へも行けやしない」
「初めから、行くつもりもなかったくせに」.

Model/Kei. Simomachi Kumamoto.

熊本での撮影を中心に展開している新作です.

キャプションはいつものように好き勝手な物語を
後付けしたもの.

もう少し的確に冴えたキャプション書けるように
なりたいけれど..無い物ねだりかな.

ブログ、twitter、Facebookいろいろありますが
とっておきの「これ」っていうものは
このコラムで初めて公開するように決めていて.
今回の2点もまた同じく「これ」っていう2カットです.

近々では来年3月の福岡WALDでの
「MONOCHROM SHOW」へ向けての作品創り…
のはずなのだけど、色味と彩度の落とし具合だったり
ノイズ上等、ハイキーで淀んだ感じだったりから
離れられずにカラーで編集してうんうん..となったりして.

結局最新鋭のカメラ、描写力の上がったレンズと
道具が変わっても落としどころは同じなのかなとも
感じたりしています.

激しく動いた2013年から2014年ももう年末だけど
どこか変わったのか、変わらないものがあるのか
それはいずれ作品を観てもらえる方々に
感じてもらえればいいかな..と思っています.

でも3月へ向けてはちゃんと構想練っていますので
いずれご報告できたらと思います.

今回熊本での撮影は2度目になりますが
いつも作品創りを前提に撮らせていただくときには
モデルさんに、撮影した全てのデータと、
編集、レタッチしたデータに加えて、
A4サイズ程度に伸ばしたプリントをファイルに綴じて
お渡しするようにしています.

インクジェットで出したものではなくて
「印画紙」にプリントしたものを、です.

最近のインクジェットプリンタの性能も
充分なものだと思いますが
やっぱり「写真として印画紙に焼いたもの」
というのは、特別なものだと思っています.

実際にモデルさんにお渡ししたときの反応は、
たくさんの撮影経験がある方でも
すごく新鮮な感じ方、応え方をしていただけて
やっぱりそれが何より嬉しくて.

ポートフォリオと聞こえは良いけれど
僕との作品創りなので…宣材にはならない.

もちろん、データをDVDにするだけよりも
プリントするのはコストかかることだけど
そこの部分のコストを惜しんでいるようだったら
僕の場合、作品そのものが進まないような気もしていて.

データとして渡す、webに掲載することと
プリントして手渡しで渡す..というのは
たぶん、届き方が違うのかなって思います.

と同時に思うこと、願っているのは
「プリントで観たい」
そう思ってもらえる作家でいたいってこと.

これはもう初個展のときから思っていることで
デジタルで数値合わせれば同じものが創れるよ..ではなくて

「これと同じものはもう二度と焼けないし創れない」

そう思える瞬間を、作品観てもらえる方々と
同じ空間で感じていたい..出来ることなら何度でも.

自分自身そうありたいし
観る側にとってもそう思ってもらえる
作品創りをしていたい.

あまりこういう言い方好きではないけれど
フィルムからデジタル、暗室からモニタ…

使うものも環境も変わってく中、気が付くと
結局は何処へも行けやしなかったし
行こうともしなかった.
そんな自分がいるように思えます.

なんかタイトルと全然関係ない話ですね…
といって全然関係無いかと言えば
そうでもないかな…

次回が今年、2014年最後の回になると思います.

2014/11/26

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無辜か穢れか
そのどちらかを
選ぼうとしているような
顔をしてみたりもするけれど

その気になりさえすれば
ほんとうはどちらにでも
身を振ることができるのだ.

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二律背反
相容れないものたち.
何かを薄めたような物言いに
味を占めて重ね続ける
暴かれることのない嘘.

Starring by Kei.

前回のコラムで臼杵の竹宵のことを書かせてもらって
それを「芸術の秋」として取り上げてもいただき
すごく嬉しく思っています.

打って変わって…というか
ここは熊本、下通り…早い話が歓楽街です.

歌舞伎町にしろ中洲にしろ、そしてここ熊本にしろ
結局のところ歓楽街という場所で
撮ることと、そこでまた好き勝手な物語を綴っては
新作に繋げていこうとしている自分がいて.

そういうものかなと思うのと同時に
最近は、モデルの方々から
若い作家、写真家のお名前を聞くことも
多くなっていて.

移り変わりとか時間経過とか
次第に変遷していくものが
確実にあるのだなと思ったりもして.

次世代、新世代と口にするようになる前に
今の自分で、もっと出来ることが
あるのか、無いのかを
見定めながら、作品として残すべきものを
考えなければなのかな…とも思ったりしています.

それでも、カメラ片手に歓楽街や
なんのことはない路地で
実録っぽい出たトコ勝負の撮影に
魅入られてしまうのだけれど.

変遷、移り変わり…
そんなことはもう少ししてから考えよう.

でもたぶん、それって自分につく嘘で
暴かれることのない嘘そのもの
なんだろうと思います.

そのお話の続きは、またいつか…

2014/11/03

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竹宵2014./大分県臼杵市.

「人の想いの灯り」

日本にはたくさんのお祭りがあって
秋の宵を愉しむ夜祭りもまた
たくさんあったりするけれど

僕は祭りというものをあまり…
というかまったく写真とか撮ったりはしてなくて.

ただ、この大分県臼杵市で毎年11月に
たった二夜だけ開催される
「臼杵/竹宵まつり」は別で.

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僕にとって何か大きなことを
決めようとするとき、いつもそこに

竹の灯りと、仄かに照らされた
臼杵の路地がそこにあって.
僕はそこで写真を撮っている.

夢、針路…岐路.

その時々によって様々だけれど
竹宵の夜に、臼杵の路地を歩き
光と闇とが交錯する空間に身を置きながら
カメラを構えながら、その時の僕は
すごく大切なことを決めようしている.

もう…ずっと以前からそうしているような気がする.

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どうしてなのか、いつからなのか
その理由も今はもう忘れてしまったけれど
この夜にいる自分は、やっぱり何かすごく
大切で大きなことを決めようとしてきたと思う.

竹宵の夜はたったの二夜で終わって
灯りとオブジェも消えてしまうけれど

幻想的な光景の向こうに灯る明かりは
ずっと消えないものになっていく.

尽きせぬ灯り…「人の想いの灯り」.

それをきっとこの臼杵の夜は
教えてくれているのではないだろうかと思う.

そして再び、いつ以来かのこの臼杵の宵に
訪れることが出来た僕は、
何を決めようとしているのだろう.

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ただ、今は到着直前まで降っていた雨が
奇跡みたいにあがって
濡れたままの路地と枝葉に乱反射して
今までのどの竹宵よりもずっと
美しくて、幻想的だった時間.

それをしっかりと抱きしめながら
この夜に決めたことの一つ一つを
大切にして行きたいと思うのだ.

尽きせぬ想いに繋がるようにと…

2014/10/24

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そこに吹いていた新しい風が
何かを揺さぶり、動かすものと
なり得るか…何を纏っているか.
試されているのは果たして…

model/Kei.

新しい作品に向けて動いています.
今回は昨日撮り下ろしたばかりの
「作品候補」です.

先日、東京工芸大学で観させてもらった
森山大道「アクシデント」で
作家自身が書いて添えていた文章が
あまりにも簡潔で美しかった.

だから僕もこの新作たちには
あまりたくさんの言葉を使わずに、
「今、ここで起こった」
という感じのものだけをシンプルに
伝えていきたいと思っています.

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風が連れて来るものなど
その程度のものなのだと

何を纏うものでもない
いつの間にか感じるように
なっていたけれど

「もしかしたら」

という縋りにも似た気持ちが
きっと私を葬り去るものとなるのだろう.

もう、そのことを認めなくてはならない.

2014/10/21

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秋の気配深まる10月の東京.
晴れ渡った青空の下、Place Mを再訪しました.

あの夏のことが、遙か遠くに思えるくらい
過ぎてしまうものの速度は速く感じています.

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移ろい行くものたちや過ぎて行ってしまうもの
そして新たにこれから来るだろうこと…

そんな、今までは曖昧にしていた…していてもよかったものを
今度は確かなものにするためのアクションとして
今回の再訪の意味でもありました.

そういうものの中で、残したもの、残されたもの
それは一体何なのだろう..過ぎ去ったものへ向けてではなく
「これから」来るべきものたちへ向けて
僕が残せるものって何だろう…

「曖昧」に..なんかじゃなくて、確かなものとして
ひとつだけでもいいから、残せるものがあったなら…

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そんな衝動に駆られつつも今年の夏の、
この場所までの道程とその渦中を想うと
そう軽々に再びこの場所を目指す..とは言えないけれど.

新しい何か…近い未来に、作品となるものへの
想いが、自分の中で既に動き始めていて
何かを形作ろうとしていることもまた確かでもあって.

そういう挑戦していこうとする自分を騙せないし、止められない..
離れられない..それでも良いのかなとも思っていて.
キツイのは間違いないのだけれど…

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そう考えてみると、始まって〜終わって..と
流れは過ぎてしまうものばかりだと考えてしまっていたけれど、
「今居る場所から」もっと目を凝らして、見つめること、耳を傾けることから
もう一度、始めてみることで「これから」が見えて来るのかな..と感じていて.

それは、ひとつ今年の夏にここまで辿り着いたっていう
「積み重ね」たことによって、
今までは見えなかったり感じ切れなかったものを、
出来るようにさせてくれているのかなとも思えて.

それってたぶん、すごく「豊か」になっている..
いうことなのかもしれないって思っています.

今までより少し、違う場所..決して高くはないけれど
そこで見つめたり感じたりしている自分がいて.

結局は、一つ一つ積み重ねることで、
諦めかけていた、届きそうで届かなかったものに
もう一度…いや何度でも手を伸ばすことが出来るのかなと.

そうやって今までよりたくさんの想いで溢れたり、
もっと細かなところで心豊かになって行くことで
そこで初めて僕は、残すというのは過ぎ去ることではなくて
重ねていくものなのだと、「その先」を見据えながら
言えるようになるのだと思っています.

それをしっかりと胸に刻むため..
しっかり掴んで「これから」に向かうための「確信」.

あの夏、残したもの、残されたものを考える…
今回はそんな東京、新宿再訪でもありました.

滞在した3日間、東京はずっと青空で
そこで観たもの、感じたこと全部が
ずるいくらいに素敵で、やたら切なくもあって.

少しだけ嫉妬と寂しさを覚えて、羽田を後にしました.

■今月のJunkStageのFacebookページの
カバー写真に、僕の写真を使っていただいています.
遅れましたが、感謝を…

自分の写真が、サイトの看板写真になるのは
すごく珍しいし、柄では無いなーと思ったりしてて…
気恥ずかしいですが、よかったら観てもらえると嬉しいです.

2014/09/23

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9月2度目の更新は次回の作品展示のお知らせです.
このコラムが初の公表になります.

2015年3月にWALDにて開催される
「MONOCHROM SHOW」への参加することが決定しました.

写真だけのグループ展ではなくて美術、現代アート
様々な作家の方との企画展です.

様々なジャンルの作家の方々が270×270のパネルに
「白と黒」にとことん拘った(偏った)展示をします.

ちらりと参加される作家を視てみましたが
錚々たる作家が集っていました.

「MONOCHROM SHOW」というと2010年に参加させていただいた
ギャラリー・ルデコ渋谷 での「白黒ショーVol.2」を
連想しますが、あの場末のストリップ劇場での
「白黒ショー」との関連は無いとのことでした.

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それでもやっぱり僕は写真作家として参加するわけだから
モノクロームのトーンと階調の表現には
やっぱり拘りたいところ.

昨年と今年の「深入り」での作品もモノクロで
そのトーンにはある程度納得もしていたけれど
ギャラリーの光源に依って赤味が出てしまったり
まだまだトーンや階調を突き詰めていく余地が
あるとも思っていて.

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「何の役にも立ちやしない」
そんな自身の終わりを見届けようとする.
似たようなものばかりが溢れる世界で
それだけは確かなもののようにも感じて.
終わりだけが、確かな世界
だらだらといつまでも続く.
Useless II.

デジタルで作品撮影するようになって
カラーからモノクロ変換とトーンの追い込みは
初めからモノクロフィルムで撮って暗室でプリント
というのとは、当たり前だけどそのプロセスもだいぶ違います.

このカットは「色」を残して置くべきかな、残したいな…とか
そんな迷いとか「色」に対する未練とかも感じたりもする.

モノクロに変換してそこにトーンを乗せていきながらの過程は
前作「深入り」ではモノクロでの展開が大前提だったのとは違って
新作は使う機材やライティングも変化している中で
少し新鮮だったりもして.

使うカメラやレンズが違えば、そこで現れるトーンも
コントラストもまた違っていたりもするから、
やっぱりそこに戸惑いも出て.

自分のトーンというものが、
すごくシンプルなことだったはずなのに
出来ることが増えたせいなのか、
あれこれと手を加えようともしてしまう.

それでも、この機会に今自分が現せるモノクロームの
階調、トーンをこのタイミングでとことんまで追い込んでみるのも
面白いのかなと、思っています.

新機材、完全新作、さらにその先で
解き明かされものが何なのか.

その上でフィルム、暗室ワークでの経験もありつつ
今デジタルを使ってモノクロームを求めることが出来ることに
少し嬉しい気持ちも感じています.

それに写真だからこそ出せる「白と黒」って何だろう…
って考えられるから、現代アート、美術系の作家方々とやれるのは
すごく嬉しいことだと思う.

■P.S.
Junkstage運営さまの方へお願いして
プロフィール写真を替えていただきました.
新宿PlaceM、個展会場での一枚です.

Junkstageとの出会いもまた
僕がそこへたどり着けた
かけがえない理由の一つだから
このコラムに一番似合うのではないかなと
思っています.

2014/09/03

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いつか描いた、あの日の物語に
追い付くことが出来たなら.

8月は2度目の更新をお休みさせていただきました.
楽しみにしてくれた皆様、申し訳ありませんでした…

改めて9月.

少しずつだけど、次の展開を見据えながら
動き出していて.数年がかりの一大叙事詩を、
いったん終えてしまうと、なかなか次の展開へ
踏み出せなくなるのは、いつもの自分の悪いところ.

そんなとこも含めての自分だし、写真だと思うので
次何かを目指すなら、大作志向ではなくて
ちょっと小品だけど、届くものはしっかりと在る…
そんな感じで創っていけたらと思っています.

そして、あといくつか積み重ねることが出来たなら
少しだけ、大きな場所で..今所蔵している作品たちを
アーカイヴして回顧展とかしてみたいと思っています.

手焼き無光沢バライタ印画紙プリントの
大全紙パネル30点、しっかりと残っているし
「深入り」の作品たちと合わさるのもすごく興味深くて.
それはまだもう少し先のことになるけれど…

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コラムでは機材とかのこととか、
あまり詳しくは触れないんですが
新宿での展示を契機に、作品撮りのための機材を一新しています.

今はその実写テストの段階.
ズームレンズよりも単焦点レンズを使って撮影していて.

単焦点でズームに頼らず、
被写体、レンズの前にあるものに向けて
自分の脚で距離を計りながら創ってくことが、
すごく新鮮だったり、難しかったりで
その試行錯誤がなんていうか、すごく楽しくて.

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馴染んだ機材だったら、自在に行き来していた
距離みたいなものが、なかなか思い通りにならずに
迷子になってるような眩暈混じりの違和感とか
あー自分てこんなにも写真、下手だったんだな…って
あらためて思ったりもして.

機材が新しいと、画質とかも当然変わるのだけど
初めこそよく言われるような「解像感」とか「ボケ味」とかの
デジタル感満載でクリアーでパキパキに撮れることに、
おぉ!とか思ってそれを活かして撮ろうともするのだけど…

だんだんと撮り進めていくに連れて、結局はいつものように
高感度設定にして、NR(ノイズリダクション)とかを
オフにして仕上がったものに、
あーやっぱりこれだなぁ…って感じるものがあって.

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画質、機能..手応え…
それも含めて新機材を駆使しながら、
これから撮り、創るだろう写真はきっと
暗中模索の連続だろうけれど
そんな模索の中から産まれるものが
きっとあるとも思うから.

機材を新しくすることだけで
全部を新しくすることは出来ないけれど
物語を写真が追い付く…追い抜いて行く瞬間を
何度でも視てみたいと思うから.

覗くファインダーが変わる
その向こうに広がるものたちが、未知の視野を教えてくれる.

そしていつか描いた、あの物語に追い付くために.

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2014/08/16

強い風は思いも寄らぬところから…

自分が起こした行動の、
そのたったひとつの些細なことが
思いもよらないものと結び付くことがあって.

何かをやることによって
初めて繋がっていく、今までは縁の無い世界の
魅力的な住人たちとの出会い.

今から書くことは、その例のひとつ.

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これは最近のではなくて、けっこう前のもの.

ドイツの演出家、ペーター・ゲスナー氏が
主宰、旗揚した地元北九州の劇団「うずめ劇場」.
今は東京にその拠点を移して活動されている.

そのうずめ劇場が、2003年9月に北九州演劇祭で演じた
「ペンテジレーア」のポスターを、思いもよらぬところから
ペーター・ゲスナー氏直々のお声がけをいただき
担当することになった.

2003年と言えば昨年写真展をしたギャラリー、
WALD ART STUDIOが、未だモダンアートバンクWALDと
名称されていた頃で、そこで「Apartment」という
ギャラリー内に「アパート」を模した建築物を創って
各室に住人として作家それぞれが部屋に入居する…
という現代アートの企画展に参加していた頃.

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これがそのときの模様.ちょうど2001年の個展
「自己嫌悪病棟 case1:夜来るもの」の流れで
その作品をベースにして、いっそそのまま空間を創ってしまえと
「病で白くなった部屋」を創ったわけだけれど、当時もオーナーに
言われたことだけど、まあチカラ入り過ぎてる..そんな感じ.

他の現代アートの世界の作家さんたちと
一夜限りのクラブでのアートイベント的なものでなく
きちんとしたギャラリーで初めてコラボレート
させてもらったのはこれが初めて.

今まではそうしたことを企画して集めるサイドにいたところから
参加作家として呼んでもらえたのも、これが初めてだった.

その頃からそうしたカタチで、しっかりと企画されたものや
招待いただいた場所の、アウェイな感じに
なかなか溶け込めないのは今も変わらないとこだけど…

でも、そういう感度の高い企画に呼んでもらえて
今まで繋がり無かった写真の世界の外側、
自分とは全く違う場所とそしてそこで創り続けている
作家たちと繋がれるのは自分がちゃんと最前線にいることが
出来ているようにも思えてすごくドキドキする.

写真で何かをやれたからこそ出来た繋がり
それも単に「写真」という括りに留まること無く
全く別の世界の「表現」たちと出会えること.
そのことの僕は大きな意味があると思っている.

それはどことなくこの「junkstage」にも通じているようにも思う.

ちょっと話が逸れたけれど「異なる世界へ繋がること」
それは僕がこの「Apartment」で自分の世界の外側と
繋がれたからこそ、そこからまた別の、異なる世界と繋がる
発端が産まれることになっていった.

それが冒頭に書いた演出家、ペーター・ゲスナー氏との邂逅だった.
このポスターで使用する写真を選ぶにあたって、
氏からは特別な指示はまったくなかった.

ポスター用として、演目ハインリヒ・フォン・クライストの
描いた悲劇「ペンテジレーア」を意識することなく
一通りこの戯曲の筋やリハーサルを何度か観ただけ..という状態で
何しろ演劇の世界、そこそのものが僕にとっては初めての世界だった.

だから、あえて演じられるものに合わせて写真を提出する
ということからは外れて、その時自分が撮影していて
リアルタイムで進行していたものの中から
幾枚かのカットを劇団員の方、ペーター氏に観ていただいて
使用する写真が決まっていった.

ポスターに使用されたものの原板はこちら…

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モノクロフィルムの増感処理で撮ったもので
これをそのままではなくてデザイナーさんの手を経て
鏡面反転とカラー化と画像調整が加えてある.

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演劇など観たこともなく、知識もないような
自分が撮ったこの一枚に、その世界では一線にいる方々に
何かがちゃんと伝わった..と感じたことを今でもよく覚えていて.

たったひとつの展示、たった一枚の写真
それがまったく予想外の世界と結び付いて
強い風が吹き、別の何かを残すことが実際にあって.

今自分がいる場所とは異なる世界でそこに棲み、
自分と同じように、またより以上に
何かを伝えようとしている住人たち.

そんな世界を知ってしまうと、
なかなか止めるのも難しくなって.

「Apartment」とはよく言ったもので
薄壁一つ隔てた向こう側、すぐそこにそれは存在していて
その隙間が見えるか、入れるか..でその後の展開も
また自分自身が創るものにも影響していく..
きっと、全ては関係性の中で響き合っているのだとも思う.

きっとまた何処からか、風は吹いて来る.

さあ、今こそわたしは
わたしの胸の中へ降りて行く、
竪穴へ降りて行くやうに、
そしてそこから鑛のやうに冷たい、
一切を絶滅させるやうな
感情を掘り出すのだ

『ペンテジレーア』

2014/07/26

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2014年の夏の日、僕は新宿にいた.

何に生きる方途も見出せないままの
単位も持たない落ちこぼれ学生が
図書館の一隅で出逢ったあの写真集から始まった夢は、
その写真集が描いていた街まで繋がっていた.

そんなことがあるのかと
自分でも思うけれど確かにそこに在った.
なんだか他人事のように感じたりもしていて.

もういつだったかなんて
忘れてしまったけれど
「写真」が始まったあの日も
夏だったことを、今でも覚えている.

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写真展が始まってしまえば
既にひとつの終わりが始まっているようなもので

在廊出来る一日と、来場者と交わす言葉と、
ひとときの時間を刻み付けようとするけれど
どうしてもこの手で上手く掴むことが出来ずに
過ぎ去っていくのを止められない.

福岡では得られない作品を観る眼や
言葉たちに、焦燥や嫉妬すら感じてしまう.

この場所での時間が、週末へ向けて
ただ過ぎていくようで息苦しい感じがしていて…
この気持ちは何なのだろうとずっと考えていた.

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夏の東京、新宿で写真展をやる.
カメラを手にして滞在する宿を出てギャラリーへ向かう.

この街の、この地下鉄のこの駅の階段を上がる.
福岡のそれとは違う、夏の太陽と空と空気がそこに在る.

いつもとは違う場所へと向かう道程.

この往来のために経てきたものが頭を過ぎる.
そしてこの道程を歩くことの出来る残りの回数が明滅する.

僕は一体いつくらいから
この道を歩くことを思い描いていただろう.

どうしてここではこんなふうに歩けて
こんな眼差しで街を眺めることが出来るのだろう…

そして何故こんなに胸が高鳴るのだろう.

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新宿駅東口、地下鉄丸ノ内線、四谷…
歩きながら目覚めていく或る感覚.

きっとそれは、恋をしているような…
いつ以来かの、激しい恋をしていたんだと
思いはっとする.

何に?誰に?

それは恐らくもっと大きくて、そして大切なこと.
自分の作品と、そこで自分が把握できる
可能な限りの広い世界で、「写真」を通して
起こり、触れられ、想いが織り成すものたち…
その全部に「恋」をしていたんだと思う.

そんな感触が、展示を終えた今、
達成感や疲労より先に残っている.
そしてそれはこれからもずっと、
胸を焦がし続けるものになる.

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人はそんな何か、例えば恋ひとつ…
きっかけひとつで何にでもなれると思うし
どこへだって繋がっていける.

事実、僕はこうして2014年の夏を
胸の高鳴りと共に憧れでしかなかった場所で
過ごすことが出来た.

通り過ぎたものたちを、元に戻すことは出来なかったけれど、
それでも想いひとつでここに立つことが出来た.

大学の図書館で唐突に始まった写真と恋と波乱含みの物語は
20年後、新宿という街に結ばれ、続いていた.

そんな気持ちを胸に抱えながら歩く時間は
2014年の7月20日、ふっと無くなってしまったけれど
その日々が残してくれたものが、きっと次の何処かへと
繋がっていくのだろうと思う.

あのときのままで、ここまで来れたのだから、
どこへ向かったとしても、やれるはずだから.

だから大丈夫..と誰に向けるとも無く言い聞かせる.

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およそ5年の歳月を費やしたこの「深入り」という作品は
想定してはいなかった福岡での展示を経て
この新宿・Place Mという思いもしなかったような
途方も無い場所へ着地して役割を終えた.

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夏の東京、新宿で写真展をやり終える.

カメラを手にしたまま、撤収を完了したギャラリーを出る
あの地下鉄に乗り、雷雨を越えてより深い新宿へ向かう.

どうしてここではこんなふうに撮れて、歩けて
こんな眼差しで街と夜空を眺めることが出来るのだろう…

そうしてまたいつか、

そんな気持ちに再び出会えることに
胸を焦がし、高鳴らせながら
「あの日も確か、夏だった」
と、ここではない何処かでそう思うはずだ.

2014.夏.新宿にて.

古賀英樹.

 

2014/07/14

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古賀英樹写真展「深入り-tokyo-」
2014.7.14-7.20 Place M M2 gallery.

この回のコラムの下書きを書いているのは7/12.

そして恐らく更新するだろう日は
新宿での個展初日.

でも大体は書くことは前から決めていて.
今、たぶん東京の、何処かの端末から更新していると思う..

まず、この新宿への写真展へ結び付け
繋げてくれた、方々と、そこで出会えた方に.

そして20年前から、
連綿と紡がれて来た想いたちに
僕に今出来る、全ての感謝を捧げたいと思う.

僕は今、写真家、写真作家として
確かにこの場所にいるけれど、
それはイコール職業としてのカメラマンや
プロカメラマンとして成功しているわけでは決して無くて.
明かしてしまうなら「やっていけなかった」人間で.

もう7年くらい前になるか
まだ機材を積んで撮影に駆け回っていた頃
まさにこれから..というときだった.

車を運転している自分が、
「片眼」で運転していることに気付いてしまう.
そしてそれは、運転の時だけでなく、撮影の現場でも
右眼が引き攣ってどうしても開かない.

周囲の方から「大丈夫ですか」と声をかけられる.
カメラを覗くのは左眼だし、体調そのものに変化はないので
そう言われたときの違和感はすごく強いものだった.

そしてそれは日増しに大きくなって行った.
カメラマンの眼が開かない..特に車の運転が出来ない、
というのはカメラマンとしては致命的で.

片眼の生活では身動きが取れないまま
今度こそはと掲げた事務所の看板を放り出して
治療を求める日々が始まった.

幾つもの病院へ通うも確たる病気の正体も不明
ただ「〜性〜症」と漠然と薬の量と
曖昧な処方が増えていくだけで.

その後、ふと訪れた地元柳川の医師と出会って
この病気がストレス・精神失調から来る
「眼瞼痙攣」という病で、
本来は女性に多いこと、そして現状では
治療法は確立されていないこと.

そして幾つものクリニックを点々とした中で
処方され、服用していた様々な薬が、
自律神経を崩し、まさに廃にしようしている…
ということを告げられた.

「墜ちる」ときっていうのは、ほんとにもう
何をどうしようと歯止めが効かないものでもあって.

この眼瞼痙攣で身動き取れなかった時期に
僕が逸したものは計り知れない..というか
その後の生活まで一変させるものでもあって.

内側も外側も含めて、自分そのものが全部
一変してしまうことになった。

ようやく病名が判明して大きな病院を紹介され
一貫した治療へと向かっていくことになるのだけれど
「片眼が開かない」
というのは、所謂「障害」というのに当てはまる.

そして眼は開いたものの、仕事先取引先を失い、
プロカメラマンとしての前途を絶たれた今となってもなお
未だに通院している身であったりする.

長々と身の上話など書いて来たけれど
だからと言って、病気がなければ..とか
そんなふうには思ってなくて.

どちらかというと、当然の帰結だと..
そういうところで、そういうふうに
どうにかなるくらいな稜線上でやってきた.

こうなることも含めて、自分の「写真」
だったのだとも思う.

でも、ただ「このやり方でやる」と決めたなら
物理的にも精神的にも膨大な壁に当たるのは当然だと
思っていたし、それこそ病気、障害の一つや二つ
抱えながらでもそれを通すことが出来たならきっと…

あの日の笑顔
あの日々の涙
あの時の傷

忘れることのできないそんなものたちに、
少しだけでも自分の写真で、作品で、
報いることが出来るなら..
いや出来るだろうと考えてもいた.

でも、そんな考えもまた、とんだ甘えだということを
知らされるだけの日々でもあった.
そうなるにはそうなる理由が
あるのだと納得もした.

それでも行くのか、退いて引き返すのか…
そして自分が選んだ先の「写真」は、
生きて味わう、地獄そのものだった.

ブレずに…負けずに…折れずに.
それは言うほど簡単ではなくて.
何度も何度も負けたし、
すごくたくさん心折れたと思う.

声高に人生賛歌を謳うわけではないし
精神論でどうにかなるとも思わないけれど

ただ、今ここにいて、この場所で
写真展している..という現実だけが
自分が抱えて来たもの、やって来たことの
一つの結末を語ってくれているようにも思えて.

降りるべき場所、止められる時は
いくつもあった..だけど僕は降りることも
止めることも出来なかったし
降りようともしなかった.

純なものも、濁ったものも
全部抱えたままで、ここまで来た.

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

「写真」は想い.

それはたぶん自分が残せる唯一の証だと思う.

たくさんのことを犠牲にしたし、諦めなきゃ
ならないこともたくさんあった.

だけど、自分を形作るものを全部剥ぎ取って
何も残らないかつてのような自分よりも
何か一つが残るだけでも、それはきっと幸福だと思う.

僕は、その一つを大切にしたい.
ようやく得た、確かなものなのだから.

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

そのドアの向こうに…
その花の向こうに…

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