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2010/06/12

京都は、連日快晴です。

だけど、例年は、もう梅雨に入っています。

うーん、気象の変化を実感する毎日です。

変化と言えば、1秒前と変わることは当たり前のことで、

同じ状態が継続しているように見えるのは一種の錯覚でしょうね。

万物は流転する。物質は常に運動をしている。と、いうことでしょうか。

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しばらく医療ネタが続きましたので、視点を変えて、

日本の「ボランティア」の歴史と未来についてお話をしたいと思います。

長文ですが、気楽読めるものです。それと、最後に未来への提言があります。

是非、最後までご一読くださいませ。

一般的に日本では、ボランティア活動の始まりは、阪神大震災と、語られます。

確かに、めざましい変化がありました。私も、職場から救援物資をもって駆けつけました。

でも、歴史を紐解くと、仏教が伝来し「徳を積む」ことの大切さが広まると、仏教寺院などで、

様々な取組みがされてきました。 これは、キリスト教社会でも同じです。

次に、大きな変化が見られるのは、室町時代で、「有徳思想」、という考えが広まります。

「豊かなものが徳を施すべし」と言うことで、「すべし」とあるところが注目です。

室町時代には、貴族や武家だけではなく、一般庶民の中にも経済的に豊かな人が登場します。

そういう人々が、貧しい人への施しを始めます。大変すばらしい変化です。

ただ、残念なのは、この思想と実践は長く続かず、時代は、応仁の乱から戦国時代に入ります。

当時の方には、「ボランティア精神」などは頭の片隅にもなかったでしょうね。

今を生きてゆくのに精一杯ですから。

(この時代を見るにつけ、「万事は平和の上に成り立っている」とシミジミ実感します。)

ながい戦乱の時代を経て、江戸時代に入ると、社会のシステムが相当なレベルまで成立し、

庶民への搾取が、まさに国家規模で始まります。

例えば、御三家の紀州藩では、その体面を保つためお金が必要だったんでしょう。

百姓に最高税率は約81%です。 これは紀州藩だけではなく、きっとあちこちの藩が

同様な財政状態であったと思います。ただ、この時代救いなのは戦争がなく、

困難な財政状況にあるにも関わらず、一般庶民の知識レベルが一気にあがります。

これは、例えば寺子屋など経済的ゆとりが無い庶民でも教育を受けられたことが大きい。

これも、広い意味で、「ボランティア」であったと思います。

時代は、ブームの幕末まで来ます。下級藩士でも、一般庶民でも、政権交代を目指し立ち上がり、

一気に開国、倒幕、明治維新と流れ込みます。このあたりから、原爆が広島・長崎に投下されるまで、

「富国強兵」の流れに沿い、(他国も含む)多くの一般の方の血が流れることになります。

終戦に契機に、国家は、大きく舵をきり、国民主権をうたう憲法を採択することになります。

ところが、ここから日本のボランティアは徐々に冬の時代を迎えることになります。

——

国は、暗い時代の分まで取り戻そうと言うのでしょうか、「福祉」に力を入れることになります。

特に1970年代は、革新系の知事があちこちに登場するなど、「福祉を重視した政策」が広まります。

本来、日本は、「資本主義」の国なので、 「福祉」を重視すると言うのは、その経済システムに相反します。

このあたりは、資本主義がその経済システムを 維持するために、社会主義・共産主義的な要素を上手に、

取り入れたと考えてよいと思います。

その思惑通り、日本の経済は大きな発展をとげ、「国民総中流」と呼ばれるほどの経済力をつけます。

ただ、ボランティアの世界では、大きな変化が起こります。

「社会的問題の対応は行政がやること」と言う考えが広がり、行政もまだ財政的に余裕があり、その要求に応える政策を

打ち出していました。結果、市民運動の力を奪ってゆくことになります。

これは、資本主義の総本家的な イギリスでも同じことが起こります。

「ゆりかごから墓場まで」の政策に従い、国家が市民活動が得意とする分野に入ってきました。

よって、多くのボランティア団体はその存在意義を失い、市民活動が低調な時代が訪れます。

さて、話は日本に戻します。

日本では、 経済的繁栄を謳歌することになるのですが、このあたりから「利己主義」が幅を利かせるようになります。

家電、家、車など物質的な豊かさを追い求めその結果、コミュニティーの破壊など、旧来のシステムが壊れてゆき、

治安やモラルの低下を招くことになり、同時に経済成長が低調になると、破綻する行政や大手企業が出てきて、

一気に先行きの不透明な時代に突入しました。

しかし、このあたりから日本のボランティアは再び力をつけ、国家と対等に向き合えるだけの力をつけたNGOなどが登場します。

私は、国家のピンチのときが、実はボランティアの世界にとっては、 好機だと考えています。

今の日本はまさにそういう時代だと思います。

—–

21世紀は「利他主義」で。

これが私の夢であり、未来像です。

21世紀は20世紀のように「戦争の世紀」にしてはいけないと強く考えています。

一方、国家に何事も任せきりにするのではななく、 明治初期に強くあった自治意識を、

大切にすることが、21世紀に相応しい生き方を演出してくれるとも考えています。

自治は「自分たちの利益を守る(増やす)」と言うことになるんでしょうが、

私はここに、他者の利益を優先すると言う考え方を持ってきたい。

他者の利益が、ゆくゆくは自分の地域の利益につながる。

そういう世の中が21世紀型だと。

市民だけではなく、企業も、1円でも多くの利益をあげ、株主や従業員など構成員で山分けする、「最大利潤」を

求めるのではなく、運営に必要な経費を除き、利益は世のため人のために使う。そんな経営が当たり前の世の中になる。

何かと引き合いに出される、「マクドナルド」ですが、この企業が、労働者や、農家の犠牲の上に立つのではなく、

また、健康に問題があると指摘されるようなものをだすお店から、例えば、労働者や、すべての食材の生産者にも、

正当な利益を配分し、(安心安全な食事を妥当な価格で提供する)お客にも、優しい企業になったとします。

これは大きな時代の変化を示すことになります。マクドナルドの様な世界的な大企業だからその影響力は計り知れない。

「自分の利益第一から、他者の利益を優先する」そんな時代が必ず来ます。

これは理想論ではなく、人間はそろそろお金に使われることから開放され、

まさに人間らしい生活を営みたいという潜在的な意識が顕在化する時代を迎えようとしていると実感するからです。

こんな時代だからこそ、「ボランティア」の活躍する場は増えています。

そう、有徳思想が今も生きているし、もっと発展的なものになっています。

「JunkStage」も、そういう思想で運営されていくならば、とても素敵な事だと思います。

皆さんが関わる企業、団体に変化はありますか?

きっと、利他主義の精神が活かされる形になろうと「変化」していると思います。

一度、じっくり見てみてください。

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次回からは社会の「変化」を数回にわけて取り上げたいと思います。

キーワードは、「コンパクトシティー」、「ベーシックインカム」、「極端な貧困」です。

では、次回をお楽しみに。

2010/06/12 04:12 | ボランティア | 1 Comment

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