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2015/01/13

気がつけば、あっという間に、2014年が終わって2015年になっていた。
時間が年々加速しているように感じるのは、やはり歳のせいだろうか。

一説によれば、
小さい頃は、その1年がそれまでの人生に占める割合が大きいのに対し、
(例えば、10歳のときの1年は、人生の10%を占める)
大人になると、その割合が年々減少していくので、
(例えば、30歳のときの1年は、人生の3%ちょっとしかない)
相対的に、短く感じるんだとか。

合点がいくような、いかないような…


さて、昨年も、あちこち飛び回っていた一年だった。

一応、ブータン研究者を名乗っているので、今回はブータンの話をしよう。
とはいっても、もう既に、昨年の現地旅行記は全3回に渡って書いたので、
http://www.junkstage.com/fujiwara/?p=583
http://www.junkstage.com/fujiwara/?p=592
http://www.junkstage.com/fujiwara/?p=601
今回は、一歩引いた目線から、現地で考えていたこととかをば。

ブータン、という国で特筆すべきことは、
まず第一に、山岳国家である、という点だと思う。
ブータンを訪れれば訪れるほどに、その印象は強くなっていく。

日本も山岳国家と言われることもあるが、ブータンはちょっと次元が違う。
スイスも山岳国家とか言っているが、一度ブータンを経験すれば、
あんなの平地にちょっと山があるだけに見える。
それぐらい、ブータンには、どこまでも山しかないのだ。

ところで、ブータンの国土面積は、九州と同じ程度しかない。
日本全土に比べて1/10程度、世界全体では136位に相当する。
にもかかわらず、ブータンで東西横断(九州の南北とほぼ同じ長さ)すると、
車で走り続けても、二泊三日コースで20時間くらいかかる。
本州縦断(青森から山口まで)するのと同じくらいだ。
筆者は、そのブータンならではの道路事情を、
延々といろは坂を走っているようなもの、と形容することにしている。

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(写真:ブータンの山道)

単純な平地に比べて、山地のほうが、
同じ底面積に対して、表面積は多い。
もしも、国土面積を厳密な表面積をもとに測ったならば、
ブータンは世界で何位になるのだろうか?

今回、ブータンの、どこまでも続く山道を走りながら、
そんなことに思いを巡らせていた。


ところで、以前どこかで触れたかもしれないが、
ブータンには未だ、世界遺産が存在しない。

世界遺産は、現在、世界中で1,000を超える件数が登録されている。
その中で、文化遺産と自然遺産の両方の条件を兼ね備えた、
いわゆる複合遺産は、たったの30件ほどしかない。
その代表格は、ペルーの「マチュ・ピチュの歴史保護区」だ。

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(写真:マチュ・ピチュ)

ちなみに、日本には複合遺産は存在しない。
2013年に世界遺産に登録された富士山は、
当初、自然遺産としての登録を目指していたが断念し、
「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」という名称で、
文化遺産として登録された経緯がある。

個人的には、富士山は複合遺産を取れてもおかしくないと思うが、
それだけ、複合遺産に登録されるのは難しい、ということになる。

閑話休題。

ブータンは、本当かどうかは定かではないが、
かつては、あえて世界遺産に申請していなかった、と言われている。
その理由は、多くの観光客が訪れることで、重要な信仰の対象が、
単なる観光名所として消費されてしまうことを恐れたのだとか。

2001年に世界遺産条約を批准し、
これまでに8件の暫定リスト(要するに登録候補)を載せているが、
現在まで、そのいずれも登録には至っていない。

参考)ブータンの世界遺産暫定リスト
http://whc.unesco.org/en/statesparties/BT/

自然遺産候補も、文化遺産候補も、優れたものを保持しているものの、
現実的に、登録のためには、その保存体制の継続性なども審査対象となり、
その障壁を乗り越えるのは容易ではない。

例えば、ブータン最大の聖地と呼ばれ、多くの外国人観光客も訪れる、
タクツァン僧院という寺院がある。
この寺院は、標高2,000mを超えるパロ谷の断崖絶壁に位置しており、
また、8世紀にチベットから仏教を伝えた高僧が虎に乗って飛来した地、
という伝承の残っている由緒ある仏教史跡である。

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(写真:タクツァン僧院)

しかし、1998年、火災により全焼。
2005年に再建されたものの、残念ながら、その歴史的価値に瑕がついた。
本来であれば、単独での登録も十分可能な重要史跡であったはずだが、
現在、暫定リストにおいて、
「パジョ・ドゥコム・シクポとその後継者たちに縁のある聖所群」を
構成する史跡の一つに数えられるに留まっている。

さらに、2012年には、ウォンディ・ポダン県の県庁であり、
宗教上の中心地でもあるウォンディ・ポダン ゾンの焼失事件も起きた。
こちらは未だ再建のメドが立っていないものの、やはり、暫定リスト上で、
「ゾン群 : 世俗的権威および宗教的権威の中心地」を
構成する史跡の一つとなっている。

こうした事実が、ブータンにおいて、歴史的建造物を保護し続けることが、
いかに難しいか、という負の証明になってしまっている点は否めない。

今回、ブータンの山々を抜け、いくつかの仏教寺院や史跡を訪問した。
その中で考えたのは、一つ一つの史跡や自然景観の登録が困難であれば、
もういっそのこと、ブータンの国全体を、
「ブータン-チベット仏教史跡群を擁するヒマラヤの大渓谷」とか、
そういう名称で、複合遺産登録してしまえばいいのに、
という、身も蓋もない発想。

さすがに乱暴すぎるだろうか。
一応、「バチカン」が国をまるごと世界遺産登録した、という前例もあるし、
ブータンは、国家政策で「自然環境保全」と「伝統文化保護」を謳っており、
あながち有り得ない話でもないと思っているのだが…

2015/01/13 12:00 | ブータン, 雑記 | No Comments

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