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2014/02/28

さて、前回まで2回に渡り、
「ブータン研究者が、なぜ東北でまちづくりをするのか」
というテーマについて連載した。

ブータンでは、情報化について研究し、
気仙沼では、まちづくりについて実践を交えて学んでいる最中である。

正直に言って、震災を機に気仙沼に関わりはじめ、
そしていま、まちづくりの現場にこれほど深く入り込んでいるのは、
様々な偶然が重なった結果、という以外に無い。
そうでなければ、それまでほぼまちづくりについて素人同然だった人間が、
したり顔で「まちづくりやります」などと言ったところで、相手にされなかっただろう。

そんなわけで、当然、ブータンの研究を気仙沼の現場で活かす、という気もなければ、
逆に、気仙沼の経験をブータン研究に応用する、なんて場面も全く想定していなかった。

が、しかし。
ここへきて、まさかのコラボレーションが実現することになった。

そう、まさかの、気仙沼における「ブータン講座」開講!
自分がブータンについて研究している、という話をちらっとしたところ、
地元の方の食いつきが思いの外良く、あれよあれよという間に、そういう運びになった。

詳細はコチラ↓
140316_Bhutan-Kesennuma

いまのところ長期講座ではなく単発の予定だが、
もしかしたら、好評であれば引き続き…、なんてお声もかかるかもしれない。
さて、どんな話をしたら良いものか。

おそらく、気仙沼の人たちは、ブータンについての知識が、
「あの猪木に似た国王がいる国」
「王妃様が若くて美人だった!」
という程度の知識しかないわけで。
つまりは、2011年秋の国王訪日時のメディア報道のみがニュースソースなわけで。
やっぱり「幸せの国」について知りたがるんだろうなあ、と思うわけで。

難しいのは、このコラムでも昔書いた気がするが、
ブータンは、「幸せ」を目指す国であることは間違いないが、
いま現在「幸せ」な国かと言われると、ちょっと言葉に窮する。

少なくとも、日本でブータンに詳しい人達の前で、
「ブータン=幸せの国」という図式は、一種のタブーになりつつある。
一応、自分も、日本ブータン友好協会というところで、
縁あって幹事という立場にあるので、そう軽率な発言もできない。

ただ、一方で、真実をありのままに伝える、ことだけが重要というわけでもない。
気仙沼という地で、ブータンについて話をすることの意義はなにか。
気仙沼の人たちに、ブータンのどんな姿を伝えれば意味があるのか。
それ無しで、ただブータンについての知識をひけらかすような場にはしたくはない。

講座の開催は、3月16日(日)。
それまで、しばし悶々と悩んでみようと思う。
さて、どういう話をすることにしたのか、気になる人は、ぜひ気仙沼へ!

2014/02/28 12:00 | ブータン, 大学院生活 | No Comments

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