今夏の3週間のアジア周遊。
その旅の目的のひとつが、
「ブータンの情報化事情」をこの目で見ること、だった。
ブータンは、地球最後の秘境と呼ばれるほど、未開の地であった。
その国が、1960年代を境に近代化に着手したわけだが、
その開発コンセプトは、伝統文化と自然保護を最優先とする、
言わば、ブレーキをかけながらアクセルを踏むような、
ある種、矛盾した、危ういバランスを保ちながらの前進だった。
世界中が「情報化」を叫び出した1990年代に入っても、
ブータンでは依然としてテレビ放送、インターネットを禁止し、
その影響力が国内にもたらす混乱を抑えようとしてきたのだ。
そのブータンにおいて、
テレビ放送、インターネットが解禁されたのが、1999年のこと。
2003年には、携帯電話もサービスを開始し、
こと、情報化のツールにおいては、先進諸国と同じレベルに立った。
それから10年が経ったいま。
ブータンの人々は、情報ツールをどのように使いこなし、
また、国家としては、どのような方向に舵を切ろうとしているのか。
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とはいえ、どこから見たらよいものやら、実は途方に暮れていた。
本気でフィールドワークをしようにも、
ブータン滞在には1泊200ドルの公定料金が定められており、
しがない学生の身には長期滞在どころか、1週間腰を据えることも難しい。
短時間でポイントを押さえて調査しなければならないのだが、
初訪問の、書物やインターネットの知識しか持たない状態で、
それこそ、あまりポイントを絞ってしまうのも、的外れになりかねない。
まずは、見るともなく見る。
どこから着想が得られるかわからないなら、とにかく歩く。
というのが、自分なりに出した結論だった。
それに基づいて、
街中を歩き、
農村を歩き、
さまざまなお店を覗き、
いろいろな人に話を聞いた。
それら、見聞してきたことを、帰国してから少しずつ整理しているが、
正直、まだ、そこから何か、本質を掴まえる萌芽のようなものを、
上手く見出せたとは言えない状況ではある。
なので、あまり切れ味のいい話はできないのだが、
それでも、自分なりに好奇心を刺激された話を、いくつか紹介したい。
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まずは、携帯電話に関して。
ブータンにおける携帯電話の普及率は、実はかなり高い。
数字そのものは50%前後というあたりだが、
そもそも携帯電話を使えない、あるいは使わないような、
高齢者や子供を除けば、その普及率は限りなく100%に近くなるという。
もちろん、それにはいくつかの理由がある。
「昔は、固定電話をひくことが夢だった時代もある」
というほど、ブータンではそもそも、電話が普及していなかった。
国土全体が山がちであるため、電話線をひくためには大金が必要であり、
そんな金を払える人間はごく少数だったのだ。
つまり、ブータンでは、ついこの間まで、
隣村との連絡手段は手紙(それも1日2日がかり)しかなかった。
そこへ、アンテナを1本立てるだけで通話が可能になるという、
携帯電話が流通しはじめると、ブータン人は我先にとこれに飛びついた。
リアルタイムで、隣村どころか、国の端と端でも話ができる。
こんな革命的なことは、いままでなかったのだ。
端末の価格や通話料金については、日本に比べれば格段に安い。
端末は安い物でNu.1,000(≒2,000円)くらい、
通話は1分間Nu.2(≒4円)前後、
SIMカードはNu.75(≒150円)くらいから手に入るとか。
(ちなみに、SIMロックフリーだ)
実際、街中で携帯端末を売っている店を覗いた感覚では、
下はNu.1,900から、上はNu.7,500くらいまで揃っていた。
インドかタイあたりから流れてきた中古端末が多いという。
金銭的な面から見れば、非常に恵まれた環境だとも言えるが、
「こと通信手段に関しては、インドの衛星国状態になっている」
との声も聞かれたように、通信回線の敷設やその品質は、
大部分をインドの技術に負っており、
そのおこぼれに縋っているのが実態、という現実もあるようだ。
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次いで、テレビについて。
幸いにも、国営放送であるBBSの編集長という方にお話を聞く、
貴重な機会を得ることができた。
1999年まで、ブータンにはテレビ放送が無かった。
テレビを所持し、インドの衛星放送等を受信している者もいたそうだが、
公式には、テレビは20世紀末になるまで存在しなかったのだ。
そんな状況下において、テレビ放送を導入した意義を、
彼は次のように語ってくれた。
裸足の人が靴を手に入れれば、皆喜ぶだろう。
国民はテレビの導入を歓迎してくれたと私は思っている。だが、同じ靴でも、NIKEがいいとか、Reebokがいいとか、
そういうブランド志向が出てくると話は変わってくる。
もっと、もっと、という気持ちは幸福には繋がらない。
いま、テレビ放送、特に国営放送は大きな岐路に立っているそうだ。
ブータンでは、国営放送のほかに、CATVが普及しており、
50を超えるチャンネルを視聴できるため、皆こぞって加入している。
そのあたりは、NHKよりも民放に群がる日本人心理に少し似ている。
そして、CATVで、例えばインド等の過激なバラエティ番組を視聴して、
その影響を受ける子供が急増している、というのだ。
もちろん、因果関係は定かではないが、
昔は窃盗などの軽犯罪すらほとんど無かった国で、
ドラッグ犯罪などが横行している、という現実がある。
アメリカでは、人が1人死んでもニュースにはならないだろう。
ブータンでも、軽犯罪はニュースにならなくなってきた。
彼はこんなことを言って、その状況を憂いていた。
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少し大袈裟ではあるが、ブータンはいま、
産業革命と情報革命が一緒にやってきたような、
そんな大きなうねりの中にある。
もちろん、まだまだ、
テレビは、エンタテインメントツールに過ぎないし、
携帯電話は、コミュニケーションツールに過ぎない。
インターネットはといえば、
観光客向けのホテル等は、wi-fiも導入され先進国レベルなのだが、
実は、民間にはまだほとんど普及していない。
何よりも、パソコンは高価だし、
識字率がまだ高くないため、読めなければ使えないから、
というのがその理由だ。
話す聞く、と、読み書きとの間には、厳然たる溝がある、
ということを、改めて気付かされる言葉だった。
そのブータンでも、いま、教育水準も少しずつ上がりはじめ、
しかも、これからのグローバル社会を見越して、
全ての授業を英語で行っていると聞く。
が、それに対して、自国の言語をないがしろにすることは、
伝統文化保護の原則に反している、との批判もあるようだ。
情報化と一口に言っても、その背後のあらゆる事情を噛み砕かなくては、
議論が先へ進まない、まさに分岐点に、いまあるのかもしれない。
この問題、探れば探るほど、深みにハマっていくような感覚もあるが、
だからこそ、学問の面白さを内包している宝の山のようにも見える。
今はまだ、登山道の入口を見つけたに過ぎない状況のため、
これから少しずつ、その深淵に足を踏み込んで行きたい。