« | Home | »

2010/07/08

7/6付で、NTTドコモが来春、SIMロックを解除すると一斉に報じられた。
SIMロックとはなんぞや、という方は、まずは下記を確認いただきたい。

SIMロックとは電話機側に施される、特定のSIMカード以外は利用できない様に制限する機能である。日本の携帯電話の販売体系は、キャリアが携帯電話機メーカーから端末を買い取って販売するという、キャリア主導型である。キャリアはインセンティブ(販売奨励金)を出して代理店に端末を安く販売させる場合があり、その場合に端末の設定により他のキャリアのSIMカードを差しても使用することが出来ないようにすることが多い。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

SIMロックが何故いま、議論を呼んでいるのか、拙筆ながら説明すると、
キャリアと端末をセットにして、高性能かつ安価に提供されるほうがいいのか、
多少高価でも、端末は端末、キャリアはキャリアで自由に選べるほうがいいのか、
その狭間で揺れ動いている、ということになるだろうか。

日本では長く、前者のSIMロック型サービスを提供してきており、
そのことが、近年では「ガラパゴス携帯」などと揶揄される原因にもなってきた。
曰く、日本の携帯電話は、「ワンセグ」や「おサイフケータイ」など、
その機能において日本独特のものが多すぎて、グローバル市場から孤立している、
ということらしい。

そんな世論を受けてか、今年の4月、
総務省が各キャリアを呼びつけて、こんなことをやっていた。
携帯電話端末のSIMロックの在り方に関する公開ヒアリング

上記の中で、主要3キャリアの主張は、正に三者三様といった様相だ。
ドコモは、「解除してもいいけど、こんなことが起こるよ」とオトナぶってみせ、
KDDIは、「他の解除してる国ではこんなことが起きてるよ」と言って話を逸らし、
ソフトバンクは、「解除なんか絶対させないもん」とひたすら駄々をこねる。

このあたりの話に、さらに突っ込んで語ることもできるが、
各種報道でも大いに触れられていることなので、ここでは割愛する。

兎に角、皆、大きな声では言わないが、実のところ、
ここまでSIMロック解除の動きを加速させたのは「iPhone」だろう。
今回、ドコモがいち早くSIMロック解除を発表した、その真意としても、
他社(特にソフトバンク)への牽制、という見方が趨勢であるように思う。

詰まるところ、SIMロック解除という魔法のコトバは、
日本の「ガラパゴス携帯」を海外市場でも戦えるようにするためではなく、
海外市場で大人気の端末が、もっと日本でも普及しやすくするため、
という、真逆の作用を引き起こそうとしているように思われてならない。

今後、iPhoneに限らず、android端末などが次々に登場してくれば、
ますます、日本市場が食い物にされる傾向は顕著になってくるだろう。

………………………………………………………………………

さて、急になんでこんな話をしはじめたのかと言うと、
本コラムでは、ブータン、ブータンと声高に繰り返しているが、
実のところ、一応、自分の専門領域は「情報科学」という分野だったりする。
せっかくだから、たまには真面目な話もしてみようと思い立ったわけだ。

ところで、先に登場した「ガラパゴス携帯」という俗称の起こりは、
おそらく、野村総合研究所が2008年に発表した、
「ガラパゴス化」する日本』というレポートであろう。

個人的には、そもそも、
この「ガラパゴス化」という表現に、大いに疑問がある。
まるで、「ガラパゴス」=「世界から取り残された島」、
かのような言い草じゃあないか。

まず、「ガラパゴス」という言葉の意味するところに酷い誤解がある。
たしかに、ガラパゴス諸島では、その独特な環境下において、
生物が独自の進化を遂げたことが知られている。

しかしそれは、ガラパゴスが、世界から取り残されていることを意味しない。
もちろん、ガラパゴスが、世界に比べて劣っているということも意味しない。

かのチャールズ・ダーウィンが説いた進化論において、
進化とは、優れた者が生き残り、劣った者が敗れ去る、というものではない。
偶然ある変異を起こしたものが、結果的に環境に適応し、結果的に生き残る、
その変異の方向のことを進化(Descent with modification)と呼ぶのである。

いわゆる進化の訳語である「evolution」は、
しばしば、上向き矢印付の現象を想起させるが、実情はそうではないのだ。

詳しくは、個人的にお薦めの下記書籍をご一読いただきたい。
ダーウィン以来―進化論への招待』 (ハヤカワ文庫NF)

………………………………………………………………………

なんだか、結局、情報科学の話ではなく、生物学の話になってしまった感もあるが、
話を少しだけ元に戻そう。

「iPhone」のような外来種に対抗するために、
日本固有種を、世界市場という環境に適応させなければならない。
ここまでは、ガラパゴスうんぬんは抜きにして、
市場のメカニズムとしてはわからない話ではない。

が、何よりも違和感を覚えるのは、至って個人的な印象だが、
「グローバルスタンダード」という言葉があまり好きじゃないのだ。

そんな画一化された世界のどこが面白いというのだろう。
ガラパゴス、大いに結構じゃないか。

とココロの隅で思ってしまう。

時節柄、サッカーにかこつけて話をするならば、
南米の個人技を活かしたサッカーも、
アフリカの身体能力を活かしたサッカーも、
どちらも日本人には不向きだと良く言われる。

日本人は、日本人のサッカーをするしか、世界と戦う術はないのだと。

たぶん、それは携帯電話の世界でも、概念的に相通じるものがあるはずだ。
日本人には「iPhone」のようなプロダクトを作ることはできないだろう。
ならば、独自の進化を遂げた「ガラパゴス携帯」でもって、
どう世界と相対していくか。
いま、真に考えるべきはそこだろう。

初めから、世界スゲー、と思って呑まれてしまっている時点で、
それ以上の「進化」は望むべくもない。

2010/07/08 12:00 | 情報科学 | No Comments

Trackback URL
Comment & Trackback
Comments are closed.
No comments.