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2010/12/05

ここ数回、小真面目なネタに走りすぎたせいもあってか、
やや息切れ感が出てしまいまして…と、
1ヵ月振りの更新になった言い訳を、まずはさせていただきつつ。

今回は、軽めの、というか、ごく個人的な話を少々。
お題は、好奇心のアンテナの張り方、について。

大学院生というと、四六時中、研究のことを考えている、
なんてイメージを持つ方もいるかもしれない。

が、しかし。
こう言ってしまうと、各方面に角が立ちそうな気もするが、
どちらかというと、研究のことを考えていない日の方が多い。

勿論、一般論ではなく、あくまでも個人的な話だ。
世の中には、マジメな人間とそうでない人間が居る。

そもそも。
「情報科学」を専攻しているくせに、
先端技術にびっくりするほど興味が沸かない。

電子書籍元年だ、スマートフォン元年だ、なんだ、と、
世間では、騒いでいるのか、あるいは、踊らされているのか。

3Dテレビ、拡張現実(AR)なんてものも登場してきたが、
技術的にできるようになったから、とりあえずやってみたけど、
活用方法はこれから考えます、な感が否めない。

一応、触ってはみるようにしているのだが、
いかんせん、「うん、開発者はがんばったんだろうな」ぐらいの、
どうしようもない感想しか浮かんでこない。
たぶん、一生開発する側の人間にはなれそうもない。

ただ、断っておくと、情報科学というテーマを選んだことを、
後悔しているとか、そういうことでは決して無く。

情報化社会、などと呼ばれはじめて久しいこの世の中だが、
テクノロジーがある程度浸透してきたことで、
新しく生まれる技術が、「利便性」やら「効率」やら、
そういう尺度でしか語られなくなってきていることに、
ひどく違和感を覚える、という話。

「怠惰を求めて勤勉に行き着く」
とは、某漫画のセリフだが、
みんな、便利だ便利だと新しい技術に飛びついていくが、
それを使いこなしているようで、よく考えれば振り回されている。
そんな経験がある人も多いのではないか。

違う、そこには自分のアンテナは伸びない。
そんな思いが、ここ数年、どんどん強くなってきている。

たぶん、本当の情報化社会は、技術至上主義が一段落して、
さあ、じゃあそれを使って俺たちはどうやって生きるのよ、
という話が、出てくる時にやってくる。

自分の研究活動の目標は、きっとそこにある。

で、そういう研究を進める上で、モチベーションになるもの。
それはひとえに、刺激、なのかな、と。

およそ自分の研究テーマと関係の無いモノに触れることで、
それをガソリンにして、日々蠢く。

宇多田ヒカルが、「人間活動に専念したい」と言った意味が、
実は少しわかる気もする。

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だからというわけじゃないが。
何故か、アートに傾倒しがちな、今日この頃。

これまで真っ当にアートを学んだことなど無いので、
ゲイジュツカ、なるものは、超有名人しか知らない。
ルノワールとか。

ただ、若干こじつけるならば、
予備知識が無いが故に、すっと入ってくるものが、たぶんある。

アンテナに引っ掛かるモノは何かと言えば、
「グッ」とくるモノ、としか言えない。
それが言語化できるならば、そもそも苦労は無いのだが。

さて、そんなこんなで、
暇を見つけては、気になった美術館やらをぶらつく毎日。

先日は、勢い余って、瀬戸内海まで出張し、
「瀬戸内国際芸術祭」なるものを見てきた。
http://setouchi-artfest.jp/

大小いくつかの島々を舞台に、開催されたこのアートイベント。
中でも有名なのは、直島、だろうか。
安藤忠雄建築の地中美術館などなど。
芸術祭期間だけではなく、常設のアート展示も数多く点在している。
http://www.benesse-artsite.jp/

ただ、個人的に、圧倒的に「グッ」ときたのは、犬島、という島。

「精錬所」という、かつて銅の精錬を行っていた遺構を活用し、
新たにアートとして生まれ変わらせた場所が出色。
改めて、自分の中の廃墟属性を再確認することになった。
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面白かったのは、この島、
犬島という名前にも関わらず、猫が断然支配的であること。
だからどうしたと言われると、返す言葉も無いのだが。
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それ以外にも、そもそも、島に流れるスロウな時間が、
何よりも宝物を見つけたような気持ちにさせられた。
この感覚はきっと、「ブータン」にも相通じるのかも、
とか、これまた無理矢理、自分の興味とこじつけながら。

そりゃ、女子も、独り海を眺めて佇みたくなるというものだ。
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と、いろいろ充電をして帰ってきたわけだが、
勿論、なにか直接的に研究に役に立ったということは何も無い。

さらに厄介なことに、刺激を受け過ぎたせいか、
なにかしら創作活動がしたいとか、
そっちの芽が、むくむくと育ってきてしまっている。

残念なことに、絵も描けないし、楽器も弾けないので、
溜まりたまった、インプットを発散する方法が無いのが、
いまのところ、不幸中の幸い。

すっかり本末転倒になりかけているのだが、
案外、現状に満足しているので、まあいいか。

という、何の生産性も無い話で締まりもないところで、
今回はお開き。

2010/09/06

今夏の3週間のアジア周遊。
その旅の目的のひとつが、
「ブータンの情報化事情」をこの目で見ること、だった。

ブータンは、地球最後の秘境と呼ばれるほど、未開の地であった。

その国が、1960年代を境に近代化に着手したわけだが、
その開発コンセプトは、伝統文化と自然保護を最優先とする、
言わば、ブレーキをかけながらアクセルを踏むような、
ある種、矛盾した、危ういバランスを保ちながらの前進だった。

世界中が「情報化」を叫び出した1990年代に入っても、
ブータンでは依然としてテレビ放送、インターネットを禁止し、
その影響力が国内にもたらす混乱を抑えようとしてきたのだ。

そのブータンにおいて、
テレビ放送、インターネットが解禁されたのが、1999年のこと。

2003年には、携帯電話もサービスを開始し、
こと、情報化のツールにおいては、先進諸国と同じレベルに立った。

それから10年が経ったいま。
ブータンの人々は、情報ツールをどのように使いこなし、
また、国家としては、どのような方向に舵を切ろうとしているのか。

それを確かめるべく、今回、初めてブータンの地に降り立った。
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とはいえ、どこから見たらよいものやら、実は途方に暮れていた。

本気でフィールドワークをしようにも、
ブータン滞在には1泊200ドルの公定料金が定められており、
しがない学生の身には長期滞在どころか、1週間腰を据えることも難しい。

短時間でポイントを押さえて調査しなければならないのだが、
初訪問の、書物やインターネットの知識しか持たない状態で、
それこそ、あまりポイントを絞ってしまうのも、的外れになりかねない。

まずは、見るともなく見る。
どこから着想が得られるかわからないなら、とにかく歩く。
というのが、自分なりに出した結論だった。

それに基づいて、
街中を歩き、
農村を歩き、
さまざまなお店を覗き、
いろいろな人に話を聞いた。
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それら、見聞してきたことを、帰国してから少しずつ整理しているが、
正直、まだ、そこから何か、本質を掴まえる萌芽のようなものを、
上手く見出せたとは言えない状況ではある。

なので、あまり切れ味のいい話はできないのだが、
それでも、自分なりに好奇心を刺激された話を、いくつか紹介したい。

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まずは、携帯電話に関して。

ブータンにおける携帯電話の普及率は、実はかなり高い。
数字そのものは50%前後というあたりだが、
そもそも携帯電話を使えない、あるいは使わないような、
高齢者や子供を除けば、その普及率は限りなく100%に近くなるという。

もちろん、それにはいくつかの理由がある。

「昔は、固定電話をひくことが夢だった時代もある」
というほど、ブータンではそもそも、電話が普及していなかった。
国土全体が山がちであるため、電話線をひくためには大金が必要であり、
そんな金を払える人間はごく少数だったのだ。

つまり、ブータンでは、ついこの間まで、
隣村との連絡手段は手紙(それも1日2日がかり)しかなかった。

そこへ、アンテナを1本立てるだけで通話が可能になるという、
携帯電話が流通しはじめると、ブータン人は我先にとこれに飛びついた。

リアルタイムで、隣村どころか、国の端と端でも話ができる。
こんな革命的なことは、いままでなかったのだ。

端末の価格や通話料金については、日本に比べれば格段に安い。
端末は安い物でNu.1,000(≒2,000円)くらい、
通話は1分間Nu.2(≒4円)前後、
SIMカードはNu.75(≒150円)くらいから手に入るとか。
(ちなみに、SIMロックフリーだ)

実際、街中で携帯端末を売っている店を覗いた感覚では、
下はNu.1,900から、上はNu.7,500くらいまで揃っていた。
インドかタイあたりから流れてきた中古端末が多いという。
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金銭的な面から見れば、非常に恵まれた環境だとも言えるが、
「こと通信手段に関しては、インドの衛星国状態になっている」
との声も聞かれたように、通信回線の敷設やその品質は、
大部分をインドの技術に負っており、
そのおこぼれに縋っているのが実態、という現実もあるようだ。

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次いで、テレビについて。
幸いにも、国営放送であるBBSの編集長という方にお話を聞く、
貴重な機会を得ることができた。

1999年まで、ブータンにはテレビ放送が無かった。
テレビを所持し、インドの衛星放送等を受信している者もいたそうだが、
公式には、テレビは20世紀末になるまで存在しなかったのだ。

そんな状況下において、テレビ放送を導入した意義を、
彼は次のように語ってくれた。

裸足の人が靴を手に入れれば、皆喜ぶだろう。
国民はテレビの導入を歓迎してくれたと私は思っている。

だが、同じ靴でも、NIKEがいいとか、Reebokがいいとか、
そういうブランド志向が出てくると話は変わってくる。
もっと、もっと、という気持ちは幸福には繋がらない。

いま、テレビ放送、特に国営放送は大きな岐路に立っているそうだ。
ブータンでは、国営放送のほかに、CATVが普及しており、
50を超えるチャンネルを視聴できるため、皆こぞって加入している。
そのあたりは、NHKよりも民放に群がる日本人心理に少し似ている。

そして、CATVで、例えばインド等の過激なバラエティ番組を視聴して、
その影響を受ける子供が急増している、というのだ。

もちろん、因果関係は定かではないが、
昔は窃盗などの軽犯罪すらほとんど無かった国で、
ドラッグ犯罪などが横行している、という現実がある。

アメリカでは、人が1人死んでもニュースにはならないだろう。
ブータンでも、軽犯罪はニュースにならなくなってきた。

彼はこんなことを言って、その状況を憂いていた。

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少し大袈裟ではあるが、ブータンはいま、
産業革命と情報革命が一緒にやってきたような、
そんな大きなうねりの中にある。

もちろん、まだまだ、
テレビは、エンタテインメントツールに過ぎないし、
携帯電話は、コミュニケーションツールに過ぎない。

インターネットはといえば、
観光客向けのホテル等は、wi-fiも導入され先進国レベルなのだが、
実は、民間にはまだほとんど普及していない。

何よりも、パソコンは高価だし、
識字率がまだ高くないため、読めなければ使えないから、
というのがその理由だ。

話す聞く、と、読み書きとの間には、厳然たる溝がある、
ということを、改めて気付かされる言葉だった。

そのブータンでも、いま、教育水準も少しずつ上がりはじめ、
しかも、これからのグローバル社会を見越して、
全ての授業を英語で行っていると聞く。

が、それに対して、自国の言語をないがしろにすることは、
伝統文化保護の原則に反している、との批判もあるようだ。

情報化と一口に言っても、その背後のあらゆる事情を噛み砕かなくては、
議論が先へ進まない、まさに分岐点に、いまあるのかもしれない。

この問題、探れば探るほど、深みにハマっていくような感覚もあるが、
だからこそ、学問の面白さを内包している宝の山のようにも見える。
今はまだ、登山道の入口を見つけたに過ぎない状況のため、
これから少しずつ、その深淵に足を踏み込んで行きたい。

2010/07/08

7/6付で、NTTドコモが来春、SIMロックを解除すると一斉に報じられた。
SIMロックとはなんぞや、という方は、まずは下記を確認いただきたい。

SIMロックとは電話機側に施される、特定のSIMカード以外は利用できない様に制限する機能である。日本の携帯電話の販売体系は、キャリアが携帯電話機メーカーから端末を買い取って販売するという、キャリア主導型である。キャリアはインセンティブ(販売奨励金)を出して代理店に端末を安く販売させる場合があり、その場合に端末の設定により他のキャリアのSIMカードを差しても使用することが出来ないようにすることが多い。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)

SIMロックが何故いま、議論を呼んでいるのか、拙筆ながら説明すると、
キャリアと端末をセットにして、高性能かつ安価に提供されるほうがいいのか、
多少高価でも、端末は端末、キャリアはキャリアで自由に選べるほうがいいのか、
その狭間で揺れ動いている、ということになるだろうか。

日本では長く、前者のSIMロック型サービスを提供してきており、
そのことが、近年では「ガラパゴス携帯」などと揶揄される原因にもなってきた。
曰く、日本の携帯電話は、「ワンセグ」や「おサイフケータイ」など、
その機能において日本独特のものが多すぎて、グローバル市場から孤立している、
ということらしい。

そんな世論を受けてか、今年の4月、
総務省が各キャリアを呼びつけて、こんなことをやっていた。
携帯電話端末のSIMロックの在り方に関する公開ヒアリング

上記の中で、主要3キャリアの主張は、正に三者三様といった様相だ。
ドコモは、「解除してもいいけど、こんなことが起こるよ」とオトナぶってみせ、
KDDIは、「他の解除してる国ではこんなことが起きてるよ」と言って話を逸らし、
ソフトバンクは、「解除なんか絶対させないもん」とひたすら駄々をこねる。

このあたりの話に、さらに突っ込んで語ることもできるが、
各種報道でも大いに触れられていることなので、ここでは割愛する。

兎に角、皆、大きな声では言わないが、実のところ、
ここまでSIMロック解除の動きを加速させたのは「iPhone」だろう。
今回、ドコモがいち早くSIMロック解除を発表した、その真意としても、
他社(特にソフトバンク)への牽制、という見方が趨勢であるように思う。

詰まるところ、SIMロック解除という魔法のコトバは、
日本の「ガラパゴス携帯」を海外市場でも戦えるようにするためではなく、
海外市場で大人気の端末が、もっと日本でも普及しやすくするため、
という、真逆の作用を引き起こそうとしているように思われてならない。

今後、iPhoneに限らず、android端末などが次々に登場してくれば、
ますます、日本市場が食い物にされる傾向は顕著になってくるだろう。

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さて、急になんでこんな話をしはじめたのかと言うと、
本コラムでは、ブータン、ブータンと声高に繰り返しているが、
実のところ、一応、自分の専門領域は「情報科学」という分野だったりする。
せっかくだから、たまには真面目な話もしてみようと思い立ったわけだ。

ところで、先に登場した「ガラパゴス携帯」という俗称の起こりは、
おそらく、野村総合研究所が2008年に発表した、
「ガラパゴス化」する日本』というレポートであろう。

個人的には、そもそも、
この「ガラパゴス化」という表現に、大いに疑問がある。
まるで、「ガラパゴス」=「世界から取り残された島」、
かのような言い草じゃあないか。

まず、「ガラパゴス」という言葉の意味するところに酷い誤解がある。
たしかに、ガラパゴス諸島では、その独特な環境下において、
生物が独自の進化を遂げたことが知られている。

しかしそれは、ガラパゴスが、世界から取り残されていることを意味しない。
もちろん、ガラパゴスが、世界に比べて劣っているということも意味しない。

かのチャールズ・ダーウィンが説いた進化論において、
進化とは、優れた者が生き残り、劣った者が敗れ去る、というものではない。
偶然ある変異を起こしたものが、結果的に環境に適応し、結果的に生き残る、
その変異の方向のことを進化(Descent with modification)と呼ぶのである。

いわゆる進化の訳語である「evolution」は、
しばしば、上向き矢印付の現象を想起させるが、実情はそうではないのだ。

詳しくは、個人的にお薦めの下記書籍をご一読いただきたい。
ダーウィン以来―進化論への招待』 (ハヤカワ文庫NF)

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なんだか、結局、情報科学の話ではなく、生物学の話になってしまった感もあるが、
話を少しだけ元に戻そう。

「iPhone」のような外来種に対抗するために、
日本固有種を、世界市場という環境に適応させなければならない。
ここまでは、ガラパゴスうんぬんは抜きにして、
市場のメカニズムとしてはわからない話ではない。

が、何よりも違和感を覚えるのは、至って個人的な印象だが、
「グローバルスタンダード」という言葉があまり好きじゃないのだ。

そんな画一化された世界のどこが面白いというのだろう。
ガラパゴス、大いに結構じゃないか。

とココロの隅で思ってしまう。

時節柄、サッカーにかこつけて話をするならば、
南米の個人技を活かしたサッカーも、
アフリカの身体能力を活かしたサッカーも、
どちらも日本人には不向きだと良く言われる。

日本人は、日本人のサッカーをするしか、世界と戦う術はないのだと。

たぶん、それは携帯電話の世界でも、概念的に相通じるものがあるはずだ。
日本人には「iPhone」のようなプロダクトを作ることはできないだろう。
ならば、独自の進化を遂げた「ガラパゴス携帯」でもって、
どう世界と相対していくか。
いま、真に考えるべきはそこだろう。

初めから、世界スゲー、と思って呑まれてしまっている時点で、
それ以上の「進化」は望むべくもない。

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