Home > 情報科学

2011/08/25

「iPadまで持ってるくせに、なんでスマホにしないの?」
と、最近割とよく聞かれる。

さらに言えば、iPod touchまで持ってる。

自分でも、なんでこれがiPhoneじゃないのか、
自分を小一時間問い詰めたくなることもしばしば。

所詮、iPadも、3Gがついてないwi-fiモデルだ。

別に、某ソフトバンクに、何の恨みつらみがあるわけでもない。
出遅れたから意固地になっているわけ…でもな…い。

Facebookも、twitterも、
「スマホじゃなきゃ、本当の良さがわかんないよ?」
とか言われるたびに、
(本当の良さがわかんないと使っちゃいけないのかよ)
(大体、本当の良さってなんだよ)
と、思わずやさぐれたくなる日々。

いままで、普通に「携帯」と呼ばれていたモノを、
いつの間にやら「ガラケー」と呼び始める輩が現れて、
気が付けば「スマホ」を普通の携帯扱いしようとしているこの空気感。

やっぱり、意固地になってる…の…か?

………………………………………………………………………

が、ひとつ大きな理由がある。

スマホは、たぶん間違いなく便利だ。
特に、gmailユーザーとしては、AndroidだろうがiPhoneだろうが、
外で簡単にメールチェックできるようになるのは魅力的だ。

…本当にそうか?

メールをチェックできる、ということは、
メールを返さなければいけない、ということだ。

いや、返すのは当たり前なんだが、問題は、送った相手が、
「あいつはスマホだから、メール見たらすぐ返事してくるはずだ」
とか言い出すんじゃないか、という、一種の被害妄想だ。

検索性能だって、飛躍的に高まる。
例えば、どこか居酒屋で待ち合わせでもするとして。
たぶん、相手がスマホを持っていると知っていれば、
店の名前だけ教えて、「あとはググれ」と突き放すだろう。

優しくない。

これ以上あくせくしたくない。

考え過ぎと言われればそうだろう。
でも、思考を止めて、利便性に身を委ねることは、今はできない。

何にも追われずに、自分で自分のやりたいようにやる分には、
今のところ、いままでの携帯で十分事足りそうだ。

勿論、ごくごく個人的な話であって、他人様がどうかはまた別の話。

そもそも、iPadとiPod touch持っててそれを言うか?
と詰め寄られれば、呆れるくらい返す言葉も無い。

うっかり、来週くらいに、機種変更している可能性も否定できない。

………………………………………………………………………

要するに、意固地になっているのだ。

2011/08/18

気が付けば、丸一ヵ月もご無沙汰してしまい、大変申し訳ない。
忙しかった、なんて、世の社会人の方々に比べれば口が裂けても言えないが、
7月後半から8月にかけては、前期末のレポート三昧の日々で、
強いて言えば、何の面白みも無い生活をしていた、のが主な理由。

言い訳です、完全に。

さて。
修士2年になり、今年度中に論文を仕上げなければならない。
この夏は、言わば、勝負の夏。

「ブータンの情報化」がテーマの論文。

研究途上なのであまり詳しいことは書けないし、
何より、アカデミックな話は、得てして、こういうコラム向きではないが、
どんな研究をしているのか、かいつまんで説明してみることにしよう。

………………………………………………………………………

既に何度かこのコラムで書いてきたが、
ブータンは、テレビですら20世紀末にようやく解禁されたくらいに、
情報化後進国、であることは疑いの余地が無い。

いまだ国民の7割が農民の国。
いまだかつて、工業化されたことが無い国。

その国が迎える情報化、というのは、単なる先進国の後追いなのか?
という疑問が、そもそもの出発点。

これまで調査を進めてきて、少しずつ見えてきたことは、
ブータンは、何も闇雲に情報化を推し進めてきたわけではない、ということ。
情報化から得られるメリットとデメリットの相克に揺れ続けながら、
それでも、他の国に流されること無く、ブータンなりの選択を続けてきた。

いま、その選択の結果が、少しずつ目に見えて現れはじめている、
そんな気がしている。

………………………………………………………………………

ブータンには過去2回、昨夏と今春に訪問した。

初回は、まずはブータンという国を知ること。
2回目は、政府や企業の立場から、情報化に関する話を聞くこと。
が、それぞれ目的だった。

で、今回。
ぜひトライしようと思っているのは、街頭インタビュー。
つまり、ブータンの、街の人々の、生の声を聞くこと。

実際、携帯電話なり、インターネットなりの普及が進んできたことで、
彼らはどんなコンテンツに触れていて、
そして、彼らの暮らしにはどのような変化があったのか。

そういった点を探っていきたいと思っている。

ただし、そこはそれ。
日本ですら、突撃インタビュー的な経験が無い中で、
果たして、ブータン人の本音にどこまで迫れるのか。

大体、ブータンで街頭インタビューを敢行している不審な日本人は、
果たして連行されたりしないのか。

諸々、不安要素はあるものの、
もう、これが公開されるタイミングでは出国直前なので、待ったなし。

乞うご期待。

2011/07/18

先週の続き
http://www.junkstage.com/fujiwara/?p=242

SNSのユーザー離れを、「疲れ」ではない観点から掘り下げてみよう、
というのが本稿の主旨だ。

「疲れ」論は、言わばヘビーユーザーサイドに立った論であって、
大多数を占めるライトユーザーにはピンと来ないのではないか、
という疑問が、まず湧いてきた。

一説には、新規登録したユーザーのうち、
6割が1ヵ月以内に放置状態になってしまう、なんて話も。
この数字の精度はさておき、現実的には、ハマる層よりも、
全くハマらない層、適度な距離で付き合ってる層、のほうが、
割合としてはかなり多い、というのは想像に難くない。

そんなライト層のSNS離れは、どういう構造で進んでいくのか。
2つのキーワード、「空き」と「飽き」から紐解いていきたい。

ただし、あくまでも私感であって、
調査に基づくアカデミックな解釈ではないので、あしからず。

………………………………………………………………………

まずは、「空き」の構造。

mixiしかり、Facebookしかり、あるいは、twitterもしかり。
SNSは、ある程度使い方に慣れてくると、
家のPCの前にどっしりと腰を据えて取り組む、
という類のモノではなくなっていく。

通勤、通学の電車の中など、ちょっとした合間を利用して、
ニュースを読む感覚で、他の人の書き込みをチェックしたり、
日記(ツイート)のためのネタになるかな、なんて考えてみたり。

コネクトすることを楽しむというよりは、
「空き」時間の有効活用、つまりは暇つぶしのために、
自他ともに垂れ流す書き込み(=コンテンツ)を消費し合う、
という互恵関係がそこに生じてくる。

この関係は、 “双方が同程度ひまな場合” にのみ成立し得る。

もちろん、SNSは1対1関係ではないので、
一人一人と対等関係である必要は無いが、それでも、
とあるコミュニティの中で、誰か一人だけがひたすら喋り続ける、
という状況下においては、互恵関係が維持できない。

また、当然のことながら、忙しいとき=「空き」が少ないときは、
コンテンツの量そのものが減るので、やはり関係は崩壊し易い。

そして、一度、関係が悪化(といっても、実際の人間関係が悪化
しているわけではない)しはじめると、ドミノが倒れるように、
連鎖的にバタバタと書き込みが途絶えていく。

俗に、社会人になるとあっという間にmixi人口が減っていくのは、
こうした構造が裏で働いているからだと考えられる。

………………………………………………………………………

もうひとつ、「飽き」の構造。

身も蓋も無い言い方をすれば、
実際、ただ単純に、なんとなく「飽き」た、という層が大半なのでは、
という話だ。

ヒトは3年も同じことをしていれば、大概のことには飽きる。
同じ人の日記を3年も読み続けていれば、
そこにあるのは類似体験の蓄積でしかなく、面白みは薄れていく、
と、そこまで言ってしまっては言い過ぎか。

SNSは、通常のコンテンツと違って、
人間関係そのものを売りにしているため、
人間関係に飽きる、なんてことは無い、
という反論を受けそうなところだが、
個人的には、上で述べたように、SNSが提供しているのは、
疑似人間関係でも、ネット上のリアルな人間関係でもなく、
書き込み(=コンテンツ)を掲示する場、でしかないと考えている。

「mixi疲れ」が囁かれはじめた2006年以降、
「mixiアプリ」「mixiボイス」「mixiチェック」などなど、
サービスを増やすことで「飽き」が来ないように仕向けたが、
結果的に、アプリをやる人であればアプリをやる人とだけ、
コンテンツを共有するなど、互恵関係の分散化を招き、
その面白さが目減りしてしまった、ように思われてならない。

このあたりの構造は、
世に言う「ゲーム離れ」の構造と良く似ている。

………………………………………………………………………

さて、SNSの継続運用というのはなかなかに難しい、
という、こんなご時世に、わざわざ新規参入を試みてきた、
天下のGoogle先生について、最後に少しだけ触れておこう。

先月からテスト版が動き始めている、「Google+」がそれだ。

ぶっちゃけてしまえば、
いまのところ、中に入れる人間が絶対的に少ないので、
全く面白くはない。

世間では、Google+はFacebookに勝てるのか!?
みたいな論調が主のようだが、
タイミング的には、勝手にFacebookが下がってくるだろうから、
その後釜に納まるためにはいまぐらいにサービス開始しとけば、
もろもろ丁度いいかな、というふうな思惑を感じずにはいられない。

どうせ、インターフェイスやら何やら、
細かいところで、手を変え品を変えてみたところで、
それが、決定的な差別化に繋がるとは到底思えない。

乗っかってくるコンテンツを作るヒトは、同じ「友達」なのだから。

2011/07/11

最近、自分の周囲でも、Facebook利用率がにわかに高まってきた。
いつの間にやら、自分のアカウントでも、
マイミク人数より、Facebookのフレンド数の方が多くなってしまった。

ほんの3ヵ月前に、下記のような記事を書いたのだが、
まさにその後の勢いは、mixi全盛期の伸び率に匹敵するのでは、
と個人的には感じている。

38.Facebook症候群
http://www.junkstage.com/fujiwara/?p=199

昨年来、どうにも、
「一生懸命Facebookを広めようとする一連の活動」
 =映画公開、マニュアル本出版、マーケッターの提灯記事etc…
が、じわじわ拡散してきているのを感じていたが、
ここへきて、どうやらそれが実を結びつつあるようだ。

という書き方をすると、なんだかFacebookが、
商業主義的アメリカナイゼーションのカタマリ、
みたいな批判的な捉え方をしていると思われがちだが、
さはさりながら、タダでサービスを享受している以上、
自分自身も同じ穴のムジナなわけだ。

ムジナは、アナグマの別名、またはタヌキのこと、なわけだ。
栃木では、アナグマを「タヌキ」、タヌキを「ムジナ」と呼ぶそうだ。
ややこしい。

………………………………………………………………………

閑話休題。

そんな、絶賛流行中のFacebookなのだが、
それと同時に、「Facebook疲れ」なる声が聞かれはじめてもいる。

はじめてすぐ疲れるとか、
「『スペランカー』の主人公ばりにひ弱過ぎるだろ!」
という、一部ゲーマーにしかわからないツッコミを入れそうになるが、
実はこれ、Facebookのお膝元、アメリカでの話。

アメリカでは、いままさに、
Facebookユーザーがジャンジャンバリバリ減少中、
という窮地に立たされている、という。
1ヵ月で600万人減(ちなみに、日本の全ユーザー数は500万人くらい)、
というのだから、その急降下っぷりはハンパではない。

各地で急速に広がる「Facebook疲れ」なる新現象! │ ギズモード・ジャパン
http://www.gizmodo.jp/2011/06/tired-of-facebook.html

「フェイスブック疲れ」の到来は2012年9月ごろ? │ web R25
http://r25.yahoo.co.jp/fushigi/jikenbo_detail/?id=20110621-00020467-r25

この減少、じゃない、現象は、先に日本が体験した、
いわゆる「mixi疲れ」をそっくりそのままトレースしたようにも思える。

最近では、「オワコン(終わったコンテンツ)」などと揶揄され、
一定数のコア層は維持しつつも、凋落と迷走ぶりが著しいmixiも、
ほんの5年ほど前には、飛ぶ鳥を落とす勢いだった。

そして、そんな絶頂期に囁かれはじめたのが、
「mixi疲れ」という現象だった。

………………………………………………………………………

当時、主流だった論調は、概ね下記のようなものだった。

コメントの義務化に見る『mixi疲れ』の秘密 │ FPN
http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=1561

「mixi疲れ」を心理学から考える │ ITmedia News
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0607/21/news061.html

ただ、個人的には、これら一連の現象を、
「依存→義務化→疲れ」
という構造で説明しようとすることに、若干の違和感を覚えていた。

ダメだと分かっていてものめり込んでしまう、のが依存であって、
依存しているものが「義務化」する、というのは逆説的過ぎる。

そもそも、ユーザー「離れ」を、
「疲れ」だけで捉えようとすることに、土台無理がある。

と、散々毒を吐いてみたのだが、
だんだんと長文化してきたので、この続きはまた次週。

2011/05/11

長い長い春休みが終わった。
大震災後の計画停電等の影響を受け、授業開始が延期されていたのだが、
GW明けに、ようやく再開される運びとなった。

で、大学再開で慌てふためく。
そういえば、3月、あの地震が起きた、まさにあのとき、
自分は、バングラデシュに居た。

(そのあたりの経緯は、過去の本コラム参照)

で、バングラデシュで何をしていたのかというと、
日本の一大事を傍目に、呑気に観光を…していたのも事実だが、
一応、大義名分としては、JICAが推進する、
ICTを活用したBOP層農民所得向上プロジェクト
なるモノを見学しに行く、ということだった。

で、その見学した結果をまとめ…
なければならないのを、すっかりしっかり放置していたわけだ。

もうかれこれ2ヵ月余りが過ぎてしまったが、
なんとか思い出しながらレポートしてみることにしよう。

………………………………………………………………………

バングラデシュの首都、ダッカ。
本来あるべきサイズの何倍もの人口を呑み込んだこの街では、
至るところでクラクションと怒号が響き、
異様な喧噪と熱気に満ち満ちていた。

そんなダッカの中では珍しく閑静な住宅街の一室に、
目指す、プロジェクトのオフィスがあった。

まずは、JICAのコーディネーター(日本人)から説明を聞く。
話によると、まだプロジェクトが立ち上がって半年と日が浅く、
現時点では準備がようやくメドが立ってきた、という段階らしい。

というわけで、プロジェクトサイト(実際の農地)には足を運ばず、
「ひとつ、プロジェクトの会議に出てみませんか?」
という提案を受けた。

有難い申し出と、即、快諾してしまったのだが、結果として、
何故か、6人のバングラデシュ人と卓を囲んで会議をすることに…

もちろん、話されている言葉は、現地の言葉(ベンガル語)。
かろうじて資料だけは英語で配られたので、
パワーポイントと資料とを食い入るように見つめること1時間半。

自分も相当、狐につままれたような心境だったが、
同席のバングラ人たちは、おそらく、より一層、
「あのジャパニーズはなんだったんだ?」状態に陥ったことだろう。

何はともあれ、
その後、改めてプロジェクトマネージャー(バングラ人)から、
プロジェクトのあらましについてじっくり話を聞くことができた。

それによると、要するに、
「農業専門のソーシャルネットワークを構築し、
農民は、各農村に置かれたテレセンター(通信端末)、
または、個人の携帯電話等からアクセスすることができるようにする。
農民の他に、研究者、卸業者も参加し、
農民からの質問に答えたり、実際に作物の取引をすることもできる」
というものを作ろうとしているようだ。

もちろん、まだプロジェクトは軌道にすら乗っていない状況。
現時点では、何らかの評価を下せる状態では無い。

素人考えでは、農民、特に貧困層の人々の間では、
コンピュータリテラシーがまだまだ低く、
こうしたシステムを果たして使いこなせるのか、大いに不安も感じた。

とはいえ、バングラデシュの人々は、案外簡単にICTを習得し、
そんな心配は杞憂に終わるかもしれない。

………………………………………………………………………

さて、ここで日本の農業にも少し触れておこう。

日本の農業(水産業も含む)は、
今回の大震災で、計り知れないダメージを負った。

6月に結論を出すと言われていたTPPについても、
どうやら先送りとなりそうな情勢だ。

既に各所で議論が噴出しているが、
特に、東北地方の農業は、これを機に、
一気に大規模化に舵を切ろうかとか、若返りを図ろうとか、
そんな抜本的な案も飛び出してきているようだ。

個人的には、大規模化にはだいぶ抵抗があるが、
若返りは、必要不可欠であろうと思う。

例えば、
これまで、農業に従事してきたお年寄りの元に、
農業に就きたい若者を就労させる、
いわゆる、徒弟制度のようなモノを制度化してもいいかもしれない。

あくまでもフラッシュアイデアでしかないが、
もしかしたら、バングラデシュで立ち上がろうとしているシステムは、
これからの日本で、これから農業に従事する若者を主体とした、
有用な農村コミュニティを構築できるかもしれない。

全ては机上の空論でしかないが、
ふと、そんなことを考えてみた。

2011/04/28

Facebookが、今、爆発的にキテいる!

と、言ったら、みなさんはどう感じるだろうか?

「Facebook? たしかに流行ってきてる気もするけど…」
「最近はじめてみたけど、イマイチ、使い方がよくわからない…」
「半年くらいやってみて、ようやく楽しさがわかってきた」
「ようやく来たか。俺はもう2年以上前から使ってるぜ!」

などなど、おそらく反応はさまざまだろう。
自分の周りでも、じわじわとキテいる感覚はあるが、
それでもまだまだ利用者は圧倒的に少数派だ。
数年前、mixiが、それこそ爆発的に普及した頃の勢いでは無い。

さて、前置きが長くなってしまったが、
実は、冒頭の話、日本のことを指しているのではない。

ヒマラヤ山麓の小国、ブータンで、いまFacebookが大流行中なのだ。
そう聞いて、ブータンに対する見方が変わる人も居るのではないだろうか。

だって、まさか、1999年にようやくテレビ放送がはじまった、
あのブータンで、日本に先駆けて…(以下略)

いや、正直にいえば、早いから凄いとか、
そういうことは露ほども思わないのだが、
しかし、驚嘆に値する事実であることは間違いない。

………………………………………………………………………

昨年8月に初めてブータンを訪れる前から、実は、
ブータンでFacebookが流行りはじめている、という噂は耳にしていた。

しかし、その時は、さほど気にも留めていなかったし、
実際、ブータンを訪れた際に、お世話になった農家の長女が、
「Facebookアカウントを交換しよう」
と言ってきた時も、
「おー、ほんとに流行ってんだ、すげー」
ぐらいにしか思っていなかった。

が、それからわずか半年。
この3月に、再びブータンを訪れると、状況は一変していた。

インタビュー調査のため、官公庁や企業を訪問すると、
どこへ行っても口をついて出てくるのは、
「みんなFacebookばっかりやっていて、仕事にならない」
と、こうだ。

ある国営企業では、こんなことを言っていた。

Facebookへのアクセスが多く、朝晩は通信が混雑する。
業務効率が下がるので、業務中はアクセスを遮断している。
始業前1時間、昼休み、終業後1時間だけアクセスできる。
多くのオフィスで、同じようにアクセスをブロックしている。
社員からは、自由の侵害だ、という苦情も出ている。

仕事場に来てFacebookばかりやっていて自由も何も無いと思うのだが、
そこはそれ。

ブータンは、ごく最近まで農業で生計を立てている人が圧倒的多数で、
会社勤めをする、なんていうこと自体、初めての経験なのだ。
農作業中にぼんやりとラジオを聞く、くらいの感覚、と考えれば、
なるほど、わからなくはない異議申し立てなのかもしれない。

また一方では、こんな意見もある。

Facebookの普及によって、みんながオフィスに居るようになった。
(各家庭にはPCは普及していないので、オフィスのPCを使うから)
用事があるときに居てくれるので捕まえやすくなった。

なんだかもう、呆れるを通り越して微笑ましくすらある。

………………………………………………………………………

なぜ、ブータンでは、すんなりFacebookが受け入れられたのか?
なぜ、日本では、Facebookが普及するまで、時間を要しているのか?

ブータン人に、普及した理由を尋ねてみても、いまいち釈然としない。
冗談めかして、「離婚率が高いからさ」なんて言う人も居た。

曰く、
離婚する→新しい出会いを求める→FacebookへGo!
と、こういう図式らしいのだが、真偽のほどは定かではない。

そもそも、流行っている流行っていると騒ぎ立てているものの、
実際、どれくらいの人数が利用しているのか、
そこのところが、もうひとつよくわからない。

Facebookは、世界中で普及が進んでいるが、
ことブータンについては、その広がり方そのものが、
情報化の広がりとリンクしている節が多分にあるのではないか。
そんなふうに思われてならない。

どうやら、この謎の解明が、
今夏のフィールドワークの新たな課題になりそうだ。

2011/04/18

前回から早10日。
その後、徐々に関連する調査や提言が出始めてきたので、
ここで改めて、整理してみることにしようと思う。

まずは、野村総研が発表した、メディア接触動向に関する調査。
震災時に重視した情報源は何か、との問いに対する回答が以下。

1位 テレビ放送(NHK) 80.5%
2位 テレビ放送(民放) 56.9%
3位 ポータルサイト(Yahoo!、Google等) 43.2%
4位 新聞 36.3%

7位 ソーシャルメディア(twitter、mixi、facebook等) 18.3%

テレビが相変わらず重要なのはこれまで通りだが、
ポータルサイトが新聞を上回ったというのは興味深い結果。
ソーシャルメディアも、順位は低いが2割近い人が触れている。

ただ、この調査には、ちょっとしたからくりがある。
それは、調査対象が、「関東(一都六県)在住の20歳から59歳の
インターネットユーザー3,224名」という縛り。
まず、被災地である東北が含まれておらず、
さらに、被災した多くがお年寄りであった点ともズレる。
インターネットユーザーに絞っていることも、
ポータルサイトやソーシャルメディアの値を引き上げていそうだ。

震災に伴うメディア接触動向に関する調査┃野村総合研究所
http://www.nri.co.jp/news/2011/110329.html

野村総研はまた、震災復興に向けた緊急対策の推進について、
という提言もまとめており、順次発表している。
その中にICT(情報通信技術)に関する内容があった。
固い部分の話はこの際置いておくことにして、
以下に、掲載されている要約の、そのまた抜粋を引用する。

大切なことは、ICTはあくまでも“手段“であり、ICTを導入することが目的ではない。当該自治体の住民ニーズや課題に対して、関連主体と歩調を合わせながら、ICTが貢献できることを見極め、しっかりとやり抜くことが肝要である。

それができれば苦労は無い、という小綺麗な文句なのだが、
そこと経済合理性をどこでどうやって折り合いをつけるのか。
例えば、携帯電話が有用であったならば、皆が携帯を持つ必要がある。
普段全く使わないお年寄りに、災害時のためだけのために買わせるのか。
かといって、1人1台、国が携帯電話を支給、というわけにもいくまい。

震災後のICTインフラ整備及びICT利活用のあり方┃野村総合研究所
http://www.nri.co.jp/opinion/r_report/pdf/201104_fukkou7.pdf

その他にも、慶応義塾大学を中心として幅広く識者を集めた、
「IT復興円卓会議」なるものが立ち上がっており、
4/13には第1回が開催されたようだ。

震災後のメディア状況を時系列で追った資料が掲載されていたので、
興味のある方はご確認いただきたい。

発表資料(慶応義塾大学・菊池尚人)┃IT復興円卓会議
http://ithukko.com/wp-content/uploads/2011/03/20110413_kikuchi.pdf

………………………………………………………………………

ここで少し、震災後ずっと追いかけてきた、
twitterの功罪について、少し持論を述べておこう。

個人的には、twitter上でのつぶやき(ツイート)は、
街中での噂話レベルと大差無いと考えている。

電車に乗っていたら、隣の席の女子高生の会話が聞こえてきた。
それがつぶやき。

それをRT(リツイート)するというのは、
耳にした噂を、「いまこんなのが流行ってるらしいよ」と、
したり顔で誰かに話す、そんなレベル。

もちろん、登場人物が女子高生であることに特に意味は無い。
知り合い同士のお喋りでも、テレビで芸能人が喋った内容でも、
普段の生活の中で聞いたら、ただの世間話程度のことが、
なまじタイムラインにいつまでも残ってしまうせいで、
思わぬ副産物を生んでしまったりする。

皆、あまりにもtwitterにメディア能を抱かせたがるが、
せいぜい、井戸端会議の延長線がいいところで、
話題の真偽を議論する以前の段階のように思う。

………………………………………………………………………

実は今、このひと月ほど、実家のある仙台に居る。
被災地の人々と接して感じたこと。

圧倒的に多い、お年寄り。

もちろん、彼らからは、
twitterという言葉を、まだ一度も耳にしていない。
テレビも滅多に見ていないし、せいぜいあるのはラジオの情報。
そして、避難所での口コミ情報。

ソーシャルメディアも含めて、多くのメディアは、
あくまでも、被災者のためではなく、支援者のためのメディア。

先に紹介した野村総研の調査や提言も、
どうやら支援者のためのメディアでありICTについて触れられている。

もちろん、それはそれで立派な役割がある。
一瞬の力で引き裂かれた地を復興させるには、
多くの支援者が多くの時間を費やさねばならない。

ただ、その一瞬の被害を最小限に留める。
そのためのICT(情報通信技術)の在り方も、やはり考えねばなるまい。

ICTを活用する、という道筋だけではなく、
その分野に置いては、ICTを一切排して、人力に頼る、という、
一見真逆の解決策も含めて。

どうせ、ライフラインを断たれてしまえば、
情報は、人から人へと伝えていくしかないのだから。

2011/04/08

大規模災害時の情報ツールの活用について、
語られだしたのは、いつの頃からだろう。

1995年「阪神淡路大震災」のとき。
インターネット元年と呼ばれたのがちょうどこの年ではあるが、
まだ、そういった話は、うすぼんやりと影があるだけだった。

2004年「新潟県中越地震」のとき。
携帯電話やインターネットはある程度普及してきていたが、
まだまだ、マスメディアが支配的な地位を占めていた。

おそらく、世界的に見て、
情報化と災害を結びつけて語るようになったのは、
2010年「ハイチ地震」あたりからではないだろうか。

酷く曖昧な根拠になるのだが、一応目安として、
単純にGoogleの検索件数を拾ってみると、以下のようになった。
(全て、2011年4月7日時点)

「関東大震災」 約 16,400,000 件
「阪神淡路大震災」 約 74,900,000 件
「新潟県中越地震」 約 1,100,000 件

「スマトラ沖地震」 約 408,000 件
「Indian Ocean earthquake」 約 1,020,000 件

「ハイチ地震」 約 1,210,000 件
「Haiti earthquake」約 31,300,000 件

「東日本大震災」 約 60,500,000 件
「東北地方太平洋沖地震」 約 184,000,000 件

「新潟県中越地震」に比べて、「阪神淡路大震災」の件数が多いのは、
その当時に多くの情報が飛び交ったわけではなく、
日本においては、この15年間、災害についてのあらゆる調査や研究が、
「阪神淡路大震災」をベースに構築されているためであろう。
さらに遡れば、1995年以前、その地位は「関東大震災」が担っていた。

この数字から見て取れるように、今回の震災の情報の拡散ぶりは、
発災からわずか1ヵ月足らずにも関わらず、群を抜いている。
発災直後の「東北地方太平洋沖地震」という名称と、
4月1日に命名された「東日本大震災」という名称を合わせると、
実に、2億5千万件もの情報が、ネット上に掲げられていることになる。

ただし、これには、発災直後だからこそ、という側面もあるだろう。
個人の日記から何から、あらゆる場面で、今回の震災に触れるのが、
ある種の約束事のようになってしまっている。
これは、時間が経てばやがて収束し、件数も減っていくものと思われる。

本来ならば、「阪神淡路大震災」等も同じ時間が経過した段階で、
検索件数が拾えていれば比較のしようもあったのだが、
いまとなっては、それも難しい。

………………………………………………………………………

さて、情報、情報、と何の気無しに使ってきたこの単語。
もちろん、その内容はピンからキリまで。

まだ落ち着きを取り戻したとは到底言えない今においてなお、
海の物とも山の物ともつかない情報が溢れては消えていっている。

twitterは、今回、そんな泡のような情報の発生装置のひとつとなった。

例えば、「#prayforjapan」のハッシュタグは、
瞬く間に全世界を駆け巡り、秒速10tweetを超えたとかなんとか。
気が付けば、prayforjapan.jp なるサイトが立ち上がっていた。

あるいは、「#edano_nero」なんてハッシュタグも登場。
震災前には見向きもされなかった枝野官房長官が、
何故か俄然人気になり、不眠不休のヒーローとしてもてはやされた。

被災者の切実な声、安否情報、避難所、給水所、支援物資etc…
急を要する多くの声が、叫ばれ、拡散されていった。

さらには、
節電を呼びかける「ヤシマ作戦」や、
買い占めへ警鐘を鳴らす「ウエシマ作戦」など、
twitter発のさまざまな試みが、同じように、拡散されていった。

ここまでは、それはそれは、美しい話。
日本人は世界一モラルが高い、などと海外メディアからも称賛を浴びた。
そして、その裏側で、歪みが少しずつ広がっていた。

節電は、最初は純粋な善意からスタートした。
計画停電も不発に終わるほど、想定外の善意の輪が広がった。
しかし、やがて節電が当たり前のことになり、
節電をしなければ国賊のような扱いを受けるようになる。
煌々と灯りをつけて営業するパチンコ店は目の敵にされ、
プロ野球セ・リーグは開幕延期に追い込まれた。

いつしか、合言葉は節電から自粛に代わり、
卒業式、花見、結婚式、祭り、花火、あらゆるものが中止になった。
これじゃあまるで、自粛じゃなくて萎縮だと誰かが言った。
何をやるにも、周りの目を気にしなければ動けなくなっていった。

twitterで何か発言をする。
自身のフォロワーはさほど多くなかったとしても、
フォロワーのフォロワーのそのまたフォロワーへ伝わるうちに、
その数はねずみ算式に大きくなる。
うかつなことを言えば、1億総スカンを食う羽目になりかねない。

この、現代版「隣組」の仕掛けは、自由に情報を発信できる傍らで、
密かに思想統制が行われる可能性を孕んだ諸刃の剣にもなる。

………………………………………………………………………

震災後、いろんな支援サイトが立ち上がった。
何万人ものヒトが、それを「いいね」と言った。

これみよがしに、新しいメディアの誕生と祝福する声が上がった。

ただ、自分は、どうしても手放しでこれを受け入れられない。
イイモノだ。
なくてはならないモノだ。
と、どうしても胸を張って言えない。

情報科学を研究している一人として、
人一倍、情報の果たす役割には懐疑的でありたい、とも思う。

ただ、古いタイプの人間だから、かもしれない。

今回の震災で、インターネットが活用された、と口々に言われているが、
「インターネットを通して情報が広まった」ことと、
「インターネットが震災時に有効なツールである」ことは、
似て非なるモノ。

拡散し、やがて集積し、綺麗に整ったところで満足している。
なんてことはないだろうか。
情報は、時間財なので、
綺麗に整った段階では、実はもう役に立たないことも多い。

ところで。
今回、被災者の多くはお年寄りだった。
当然、ITリテラシーの低さは言うまでもない。
彼らにとって、twitterも災害伝言板も、役に立ったとは思えない。
これからも、たぶんそうなるだろう。
技術が進めば進むほど、情報格差は確実に発生する。

ITリテラシーが高かった者がより多く助かったのか。
これが一つ目の問題。

ITリテラシーが高かった者だけが助かればいいのか。
これが二つめの問題。

いずれも、やがて、そう遠くない未来に、
解決すべき大きな問題となって立ちはだかることになるはずだ。

2011/02/11

前回の記事から早一週間。
エジプトは、依然、争乱の最中にある。

しかし、遅かれ早かれ、時代が動くことになるのは間違いない。
願わくば、武力衝突ではない方法で、政権移行を果たしてほしい。

さて。
今回は、そんなエジプトの話を教訓にしながら、
前回、問題提起した、インターネットが「革命」を促すキーではなく、
「民主主義」を推進するアクセルになりうるか、を考えていきたい。

「インターネットを使った民主主義のことなら、
『エストニア』を調べてみるといいよ」

実は、つい先日、そんな話を聞かされた。
ちょうどチュニジア政変が起きたばかりのころ。
まだ、エジプトの話は微塵も出てきていないころのことだ。

エストニアは、いま八百長問題で揺れる大相撲の把瑠都の出身国、
と聞いてピンとくる人は、まあそう多くはないだろう。
バルト海に面した、ヨーロッパの小国。

すぐ東にはロシア、北にはフィンランドがある。

estonia
ここだ。

………………………………………………………………………

調べてみると、なるほど、
エストニアはICT先進国だということがすぐにわかった。

2005年、地方選挙において、世界で初めてインターネット投票を実現。
2007年、オンラインで確定申告を行った人は86%にも上ったという。
国民は電子IDカードの所持が義務化されており、
ネットバンキング等、さまざまなサービスを受けられるとか。

ICTを国家戦略に活用するバルト海の小国・エストニア │ マイコミジャーナル
http://journal.mycom.co.jp/articles/2008/10/28/estonia/

北欧の小国エストニアは電子政府の先進国! │ NTT GROUP MAGAZINE
http://www.ntt.co.jp/365/book_data/book_vol25/04-wwt/

日本では、住基ネットの導入だけでも四苦八苦していたわけだが、
エストニアは、二の足を踏む先進諸国をあっさりと置き去りにした。

これは、1991年に独立を果たしたばかりの新興国であることが効いている。
どうせ新しく仕組みをつくるなら、当時の最先端を取り入れてやろう、
そんな気概があったことは想像に難くない。
人口140万足らずの小国であることが、その足枷を軽くした面もありそうだ。

また、北欧は、どういうわけか、先端技術が生まれる土地柄であるようだ。
携帯電話メーカーとして世界No.1を誇るノキアはフィンランド発。
いまやWebサーバー運営に欠かせないOSとなったLinuxも同上。
そして、世界中の通信業界を震撼させたSkypeを生んだのが、エストニアだ。

………………………………………………………………………

そんなエストニアは、しかし、
2007年、皮肉にも、国家規模のサイバー戦争の最初の標的となった。
日本ではおそらく小さな扱いだったので、記憶に無い方も多いだろう。
恥ずかしながら、筆者も全く覚えがなかった。

詳しくは下記リンク先を読んでもらえればいいのだが、
かいつまんで説明すると、(おそらく)ロシアからのサイバー攻撃を受け、
エストニアのネットインフラはパンクに追い込まれた。
前述の通り、社会サービスの多くをインターネットに依存している同国は、
一時、大混乱に陥り、一度、国外とのネット通信を遮断し事態を収拾した。

初の”サイバー戦争”!? 狙われたIT先進国エストニア │ マイコミジャーナル
http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/08/14/blackhat1/

銀行とめたエストニアへの攻撃「犯人」は分からぬまま │ 朝日新聞 GLOBE
http://globe.asahi.com/feature/101004/02_1.html

他の国ならいざ知らず。
この事件は、間違いなく、エストニアにおいては民主主義の危機であった。

だが、このことは、残念ながら、インターネットが、
「民主主義」を推進するアクセルであることを意味しない。
せいぜい、「民主主義」を牽引する、牽引車、といったところだ。
自走式ではない。

インターネットが民主主義的であると言われるゆえんのひとつは、
国家主権の及ばない連帯を生み、コミュニティを育てるからだ。
エジプト政府は、だからこそ、インターネットを遮断した。
その連帯を断つために。

ただし、普段の生活の中では、情報は一部の企業に集積され、
情報を与える側と与えられる側というヒエラルキーは変わらない。
それが、政府か、民間か、という違いだけだ。

あるいは、民間にその権力を委ねる方が、
よっぽど危険なような気がしなくもない。

2011/02/02

いま、中東がアツい。
何がって、残念ながら、アジア杯優勝の話ではない。

そう、エジプト政変の話だ。

いや、実際のところ、アジア杯で日本が大盛り上がりのその裏で、
中東各国は、その火消しに躍起になっていた。

正直言って、政治にはあまり関心が無いのだが、
この話、食い付きポイントは、インターネット発、という部分にある。

そもそものきっかけは、
エジプトと同じく北アフリカに位置する、チュニジアの政変。
1人の若者の焼身自殺が、革命の口火を切ったと言われている。

本来、イスラム教の戒律では、自殺はタブー中のタブーだ。
しかし、禁忌を犯してまで、生活の困窮を訴えた若者の姿が、
携帯メールなどを通じて国中に発信され、怒りの声が上がり始める。

やがて、Facebookをフックに、抗議デモの時間と場所が通知され、
火種は瞬く間に、独裁政権を呑み込んだ。

厳しく言論統制が敷かれた独裁国家の多い中東諸国では、
こうした革命の形態など、もちろん初めてのことであり、
それだけでも、近隣諸国は戦々恐々となっていたのだ。

………………………………………………………………………

そこへ来て、今回の一件は、エジプトへと飛び火した。
まだ現時点では、その決着を見ていないのだが、
どうやら、30年に渡るムバラク政権の打倒は時間の問題のようだ。

エジプトでも、やはり「ソーシャルネットワーク」が力を発揮した。
奇しくも、同タイトルの映画が絶賛上映中というのだから、
どうにも話が出来過ぎている気がしなくもない。

ちなみに、残念ながら筆者はまだ同映画を見ていない。
見ておいた方が良さそうな気はしているのだが、
どうにも、「全米大ヒット」な類の映画への拒絶意識が拭えない。

それはそうと、エジプト政府は、対抗策として、
まず、twitter、Facebookへのアクセスを遮断。
次いで、全てのインターネット接続を遮断するに至った。

あからさまな言論統制に打って出たわけだが、それも最早、後の祭り。
火の点いた群衆は、そう簡単には止まらない。

………………………………………………………………………

ここへ来て、続々とインターネット発の革命が起きつつあるわけだが、
さて、果たしてインターネットに、本当にそんなパワーがあるのか。

これまたタイムリーなことに、
1月25日発売の『クーリエ・ジャポン vol.076』に、
「“つぶやき”では革命は起こせない」という記事が載った。

発売時期から言って、中東の政変が起こる前に書かれた記事であろう。
あるいは、政変後に書いたのだとしたら、その勇気に感服したい。

いずれにせよ、そこに書かれていた論調はこうだ。

フェイスブック流の社会運動が成功するのは、
「多大なる犠牲を払ってもいいから、その運動に参加しよう」
というモチベーションを人々に与えるからではない。
むしろ、そうした大きな犠牲を払うのは嫌だという人に対し、
さほどのモチベーションがなくてもできることに取り組もう、
といったことを薦めるのだ。(Malcolm Gladwell)

たしかに、犠牲を払う人がいなければ、革命に火は点かない。
焼身自殺という、壮絶な死が無ければ、今回の革命は起きていない。

また、社会運動の成功には、
ヒエラルキー構造や、キング牧師のような指導者が不可欠だと指摘し、
インターネットを基盤としたネットワーク構造では弱い、
という論法にも一理ある。

ただ、この論は、旧来型の革命と、SNS型の革命、という
極端な二元論で物を語り過ぎだろう。

SNSはマッチ箱のようなもので、誰でも簡単に火を点けることができる。
これまでの社会運動のように、いきなり火炎瓶に火を点けるところから、
というやり方に比べて、はるかに敷居は低くなった。

まず、大きな犠牲とともに、革命の最初の産声が上がる。
SNSがそれに火を点け、徐々に広がり、各地でデモが発生。
そして、指導者として、ノーベル平和賞受賞者のエルバラダイ氏を擁立。
と、双方の型を取り入れた、ハイブリッド型の革命が完遂しつつある。

無論、まだまだ予断を許さない状況ではあるので、
あくまでも、2011年2月1日現在のコラムとしてお読みいただきたい。

………………………………………………………………………

さて、インターネットが登場して間もないころ、
しきりに、インターネットは民主主義的であると叫ばれた時期がある。

多対多の通信を可能にしたことや、
情報という力を民衆に与えたことなどが、その根拠に挙げられていた。

たしかに、今回のケースが示しているように、
言論統制を敷かれている国において、それは有効に働く面が大きい。
インターネットが巻き起こした民主化革命として、
長く世界中で記憶されていくことになるだろう。

だが、そのことは、インターネットが「革命」を促すキーとなっても、
「民主主義」を推進するアクセルになることを示してはいない。

果たして、インターネットは、民主主義にどう作用するのか。
あるいは、あくまでも中立的な技術であり続けるのか。
そのあたりの話を、次回、もう少し突っ込んで考えていきたい。

………………………………………………………………………

LINKs

Anger in Egypt │ Al Jazeera English
http://english.aljazeera.net/indepth/spotlight/anger-in-egypt/

#egyjp(日本語) │ twitter
http://search.twitter.com/search?q=%23egyjp

« Previous | Next »