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2011/09/18

ブータンへのフィールドワーク、
帰国後すぐに、JunkStage第3回公演の準備、そして本番、
続けざまに、所属するゼミの合宿、
と、ハードなスケジュールが続く今年の夏休み。

まあ、夏休み、という時点で、世の社会人方からは、
「ハードとか言って、どうせ自分で蒔いた種だろ」と、
叱責を受けそうなところだが。

で、次のスケジュールはというと、
来週月曜(というか明日)から、またしても海外。
行き先は、東欧。

と言うと、チェコとかポーランドとか、
どうやらそのあたりを連想するらしく、
大概、「似合わねー」と一蹴される。

何を以て、自分がチェコとかポーランドが「似合わない」のか、
小一時間ほど問い詰めたいところだが、それはさておき。

「いや、ウクライナとかベラルーシとか」と応えると、
「あー、へー、ふーん」と、途端に曖昧な反応。

どうやら、国の名前は知っているものの、
どこにあるのか、なにがあるのか、あまりイメージが湧かないらしく、
「危なくないの?」と、大抵こうくる。

そりゃまあ、日本より危なくない国はそうそうないし、
よほど大掛かりな暴動でも起きていない限り、
その日の治安なんて、その日になって、現場に行ってみないとわからない。
そして、自分の場合、「わからない」ことは躊躇する理由にはならない。
ただ、それだけのことだ。

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さて。
危なくないのかどうかは、外務省の海外安全情報でも見てもらうとして、
「何しにいくの?」なら、もちろん答えられる。

タイトルで書いてしまっているのに、ここまで引っ張る意味もなかったのだが、
そう、一番大きな目的は、「チェルノブイリに行くこと」だ。

ただ、それが「何しにいくの?」という問いに100%答えているか、
というと、自分の中でも少し疑問がある。

というのも、自分がチェルノブイリに行ってみたところで、
それが、「何かの役に立つのか」どうかは、全くの未知数だからだ。

原子力発電所についての専門知識があるわけでもない。
放射性物質について研究しているわけでもない。

声高に原発反対を唱えているわけでもない。
その逆でも、またない。

身の丈に合った疑問設定とその能動的解決、
こそが、研究者として取るべきスタンスだとするならば、
今回の旅は、研究者としてではなく、
ただの一個人としての旅、でしかない。

誤解を恐れずに言えば、好奇心に突き動かされた旅、だ。
チェルノブイリを五感でただ感じたい。
それ以上でも、それ以下でもない。

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今年の夏は、節電の夏だった。
そう記憶されるのだろうか。

節電は、何のための節電だったのだろう。
いま、目の前にある危機を乗り切るため、だろうか。

例えば、
「夜の時間帯は電力需要がそれほど高くないから節電は無意味だ」
という人が居る。
たぶん、それは正しい解釈なのだろう。
いまを乗り切るための節電、ならそうだろう。

でもいま、
自分の頭の中をよぎっているのは、
「来るべき未来に慣れる」ための節電だったのではないか、
という思い。

ヒトが、湯水のように電気を使う時代は、
あの日を境に、唐突に終わったのではないか、
という思い。

もし、そうであるならば、
ヒトは、昼だろうが夜だろうが、電気を制限して使う、
ということに慣れなければならない。

そして、そのことが、すとんと肚に落ちてから初めて、
未来のエネルギーを何に託すべきか、という話が、
感情論ではなく、真剣に議論できるようになると思うのだ。

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実は。
気付いている人は気付いていたかもしれないが、
去る、3月10日。
そう、あの震災の1日前。
自分は、このコラムで、こんなことを書いていた。

33.チェルノブイリに悲しい雨が降る
http://www.junkstage.com/fujiwara/?p=173

包み隠さず、正直に言うならば、
あの震災の後だからこそ、より強く、かの地を訪れたいという思いと、
自分のような物見遊山の輩が訪れていい場所ではないのでは、という思いと。
その葛藤は、まだ、解消されてはいない。

或いは、チェルノブイリを訪れた後のほうが、
その葛藤は、より一層、強くなるのかもしれない。
その無力感は、より一層、深くなるのかもしれない。

それでも。
25年という、歳月の重みを、その深淵を、少しでも知ることが、
きっといつか意味を持つと、そう信じて、歩みを止めずに居たい。

12:00 | 大学院生活, 雑記 | 51.いま、チェルノブイリへ はコメントを受け付けていません
2011/09/10

記念すべき、第50回。
本当は、第0回があるので51回目だが、細かいことは気にしない。

さて、そんな今回は、少し趣の違う話だ。
もっと言えば宣伝の類に属する話だ。

実は、というか読者の多くはご存知なのかもしれないが、
このジャンクステージで、筆者はスタッフを務めている。
一応、肩書は代表理事、ということになっているのだが、
他の理事2人がコワいので、いつも損な役回りだ。

それはさておき。
ここのところ連日、From Staffが、他のライターコラムが、
9月11日の「ジャンクステージ第3回公演」一色なのだが、
そんな流れの中、ひっそりと裏方として準備に精を出してきたわけだ。

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特設サイト上は、「WEB・映像制作」としてクレジットされている。
いや、むしろ、特設サイト自体、作ったのは自分なので、
クレジットしたのは自分な訳だが。

もうひとつのクレジット、映像制作は、といえば。

今回の公演、話の大筋は演劇だ。
脚本、演出をライターのスギタクミさんが手がけ、
主演は、かつて(いまも?)ライターだった、イトウ帯金コンビ。

そこに、サルサやら、ジャズやら、パフォーマンスが絡んでくるのだが、
もちろん、ネタバレになってしまうので、どう絡んでくるかは秘密。

そんな、ちょっと一風変わった演劇に、
これまた一風変わった映像演出を、ということで何故か白羽の矢が立った、
というのがそもそものきっかけ。

当初は、オープニングとエンディングにちょろっと、
ぐらいの話だったのが、あれよあれよと映像注文が増えていき、
気が付けば、台本を1ページめくるたびに、こまごまと「映像」の文字が。

いままで、友人の結婚式のサプライズ映像、
くらいしか作ったことのない男が、こんな大それたことをしていていいのか、
と疑問に思う暇もなく、あっという間に流れ流れて今日に至ってしまった。

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さて、なんとかギリギリになって映像制作は完了。

クオリティは…まあ見てのお楽しみということで。

で、問題は、当日の映像オペレーションまで担当する、
という割とヘビーな役割が残っているところだ。

当然、結婚式の映像と違って、演劇の流れの中で、
役者や音響などとも呼吸を合わせながら映像出しをしなければならない。
しかも一発本番。

昔、会社員時代に、割とエラい人たちが集まる割とデカい会議の、
プレゼンテーションのオペレーション、というのは経験したことがあるが、
結構、そのときに近いくらいのプレッシャーのかかり具合だ。
むしろ自分が壇上に上がってしまったほうが、いくらかマシなぐらいだ。
とかなんとか言ってると、来年は壇上に居かねないので、
あまり大きなことは言わないでおこう。

とにかく、はてさて、無事に乗り切れたものか。

妙なところでトンチンカンな映像が出ても、
どうか知らんぷりしてやってほしい。
むしろ、それすら演出だと思って楽しめる、ぐらいの気概のある方に、
ぜひとも、会場を埋め尽くさんばかりの勢いでお越しいただきたい。

急遽、キャンセル分を当日券(3,600円)で販売することになったので、
そのあたりの準備も抜かりない。

冷やかし、歓迎。

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…全然、宣伝になっていないのは内緒だ。

12:00 | 雑記 | 50.ジャンクステージ第3回公演 はコメントを受け付けていません
2011/08/25

「iPadまで持ってるくせに、なんでスマホにしないの?」
と、最近割とよく聞かれる。

さらに言えば、iPod touchまで持ってる。

自分でも、なんでこれがiPhoneじゃないのか、
自分を小一時間問い詰めたくなることもしばしば。

所詮、iPadも、3Gがついてないwi-fiモデルだ。

別に、某ソフトバンクに、何の恨みつらみがあるわけでもない。
出遅れたから意固地になっているわけ…でもな…い。

Facebookも、twitterも、
「スマホじゃなきゃ、本当の良さがわかんないよ?」
とか言われるたびに、
(本当の良さがわかんないと使っちゃいけないのかよ)
(大体、本当の良さってなんだよ)
と、思わずやさぐれたくなる日々。

いままで、普通に「携帯」と呼ばれていたモノを、
いつの間にやら「ガラケー」と呼び始める輩が現れて、
気が付けば「スマホ」を普通の携帯扱いしようとしているこの空気感。

やっぱり、意固地になってる…の…か?

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が、ひとつ大きな理由がある。

スマホは、たぶん間違いなく便利だ。
特に、gmailユーザーとしては、AndroidだろうがiPhoneだろうが、
外で簡単にメールチェックできるようになるのは魅力的だ。

…本当にそうか?

メールをチェックできる、ということは、
メールを返さなければいけない、ということだ。

いや、返すのは当たり前なんだが、問題は、送った相手が、
「あいつはスマホだから、メール見たらすぐ返事してくるはずだ」
とか言い出すんじゃないか、という、一種の被害妄想だ。

検索性能だって、飛躍的に高まる。
例えば、どこか居酒屋で待ち合わせでもするとして。
たぶん、相手がスマホを持っていると知っていれば、
店の名前だけ教えて、「あとはググれ」と突き放すだろう。

優しくない。

これ以上あくせくしたくない。

考え過ぎと言われればそうだろう。
でも、思考を止めて、利便性に身を委ねることは、今はできない。

何にも追われずに、自分で自分のやりたいようにやる分には、
今のところ、いままでの携帯で十分事足りそうだ。

勿論、ごくごく個人的な話であって、他人様がどうかはまた別の話。

そもそも、iPadとiPod touch持っててそれを言うか?
と詰め寄られれば、呆れるくらい返す言葉も無い。

うっかり、来週くらいに、機種変更している可能性も否定できない。

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要するに、意固地になっているのだ。

12:00 | 情報科学, 雑記 | 48.スマートフォンにしないわけ はコメントを受け付けていません
2011/06/19

来年の2月でパスポートが切れる。
20歳になってすぐに10年パスポートを取ったので、
実に久しぶりの更新を迎えることに。

まだ有効期限まで半年残っているが、
実際には、残存期間半年以上残っていることが入国条件、
という国が割と多い。

結果的に、実質有効期間は9年と半年だったりする。

という、小さいツッコミはまあ置いておいて。

替えることそのものはやぶさかではないものの、
良くありがちな、
若気の至りでクッソ恥ずかしい写真だったので早く替えたい、
とか、そういう強い希望も特に無かったので、
香辛料、もとい、更新料16,000円の出費が実に手痛い。

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古い(実際にはまだ使えるが)パスポートをパラパラとめくってみる。

海外一人旅に目覚めたのは20歳を過ぎてからだったので、
一人で訪れた国の全てのスタンプが、このパスポートに押されている。

あまり出入国でトラブルを起こしたことはないが、
タイに紙袋ひとつで入国しようとして、検査官と揉めたことや、
モロッコ警察に追いかけられ、慌ててスペインに逃げ込んだことや、
成田に着いたら、荷物がカナダに置き去りだったことや、
そんなことを、走馬灯のように思い出す。

ヤバい、この昔を懐かしむ展開、
2時間ドラマだったら死亡フラグが立ってる流れだ。

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さて、旅行好きな人なら誰しも、
旅行計画を立てているときが一番楽しい、
なんて気持ちが分かるもの。

実際には、金銭的、あるいは日程の都合で実現しない場合でも、
ガイドブックを眺めるだけの妄想旅行、なんてのも悪くない。

ただ、一人旅愛好家の困った癖で、
(もしかしたら自分だけかもしれないが)
妄想のはずが、気付いたら格安航空券サイトを検索しはじめ、
Google Mapsで周辺地図を見ながら交通手段を検討しはじめ、
ついでにAmazonで「地球の歩き方」を購入してしまい、
あっという間に、渡航決定、となってしまうパターンが多…
くもないが、割とある。

なにぶん、一緒に旅行する相手に相談するプロセスを経ない分、
無駄に決断までの時間が短く、誰もそれを止めてくれない、
という致命的欠点を抱えている。

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そんな旅にまつわる与太話はまた後日、折を見て。

まっさらなパスポートに最初に刻まれる判は、
おそらく、次のブータン研究旅行、ということになりそうだ。
たぶん、8月。

9月にも、できれば東欧あたりに足を伸ばしたいと画策している。

たぶん、あのページが白いと寂しくなってしまうので、
また次から次へと、これからも旅を続けることになるのだろう。

12:00 | 雑記 | 43.パスポート更新 はコメントを受け付けていません
2011/03/25

世は、卒業式シーズン真っ只中。
だが、街を見渡しても、この時期に大挙現れるはずの、
袴姿の女子大生はどこにも見当たらない。

さすがに、卒業式を「不謹慎」と後ろ指さされるいわれはないが、
周囲を包む「自粛」の空気は、いかんともし難いものがある。

勿論、「自粛」だけが中止の主な理由ではなく、
そこには、交通の混乱や、さらなる余震への警戒など、
イベント運営につきもののリスクへの最大限の配慮が見え隠れする。

当然、我がゼミ恒例の、夜通し騒ぐ卒業コンパもあえなく中止。
「ただひたすらに呑む」
その一点のためだけに、都内に旅館まで手配して開かれる、
饗宴ならぬ凶宴が開かれないのは、不幸中の幸いか。

そんな状況下にあって、なんのなんの、
被災地では、手作りの卒業式が挙行され、感動を呼んでいると聞く。

文字や映像が混じると涙腺が緩んでしまう恐れがあるので、
ここは、写真だけでその様子を伝え知ることにしよう。

被災地での卒業式の様子┃NAVERまとめ
http://matome.naver.jp/odai/2130077106455007001

一方、卒業式を「自粛」した埼玉の高校では、
ネット上に掲げられた校長からの祝辞が、ちょっとした話題を生んだ。

高校生諸君よりも、大の大人に響いてしまいそうなメッセージ。
そして、大学に身を置く者としては、少し耳の痛いメッセージ。

いまこのときに、卒業を迎えようとしている全ての若者が、
必然的に背負わなければならないモノの重さを思うと、少し辛い。

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。┃立教新座中学校・高等学校
http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

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さて。

この時期、卒業式だけでなく、その他のイベントも何かと騒がしい。

例えば、元同僚の送別会。
例えば、元同僚、さらに元同級生の結婚式。

あるものは延期になり、
あるものは中止になり、
あるものは決行された。

いつまでも、日本中でお通夜をしているわけにもいくまい。
かといって、どうやら、3.11以前のような馬鹿騒ぎもやれまい。

その狭間で、誰もがバランスを取りながら、
もっと嫌らしい言い方をするなら、空気を読みながら、
しばらくは日々が続いていくことになるのだろう。

当の自分はと言えば、
大学院の新学期開始が、ゴールデンウィーク明けに延期と相成った。

降って湧いた、1ヵ月の猶予期間を無駄にするわけにもいかない。
微々たる戦力ではあるが、第二の故郷である仙台へ赴き、
自分に出来る限りの支援活動を行うことにしようと考えている。

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今回の大震災で人生観が変わった、なんて話を耳にする。

助けられた小さな命が、大きくなったら「自衛官」になりたいと言う。
物資を運ぶ「トラック運転手」が、実は命を繋ぐ大切な仕事だと気付く。
常に危険と隣り合わせの「原発職員」のリアルな姿を知る。

ただ、勘違いしちゃいけないとも思う。
命を張ることが美しい、という風潮が、時に蔓延するけれども、
本当に目指さなければいけない社会とは、
「誰も命を張らなくてもいい」社会なんじゃないか。

ほんの少し冷静になった今、そんなことを思いはじめている。

12:00 | 大学院生活, 雑記 | 35.それぞれの卒業 はコメントを受け付けていません
2011/03/16

最初の一報は、バスの中で聞いた。

そのバスは、バングラデシュ南西の街クルナから、首都ダッカへ向かう、
およそ9時間の行程の、だいたい中間地点に差し掛かっていた。

友人からのメール着信を示すランプが灯る。

「緊急」と書かれたタイトルと、
「震源地は三陸沖、宮城県北部で震度7」の文字。

すぐさま、仙台の実家の番号をダイヤルする。
が、繋がらず。
その後も、数回に渡り電話をかけるが、コール音は鳴らない。

メールを入れてはみたが、やはり返事は無い。

ただ、このときはまだ、
これほどまでに甚大な被害が出ていようとは、想像だにしていなかった。

オンボロのバスは、対向車との正面衝突の危機を何度も迎えながら、
そんなことは日常茶飯事と言わんばかりに、
のどかな田園風景に囲まれた一本道を、猪突猛進していた。

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ダッカでは、ある程度まともな宿を確保することにした。
状況を確認するために、テレビくらいは見れた方がいいだろう、
そう思ったからだ。

はじめに映ったのは、CNNが地震を伝える様子。
「世界で五本の指に入る巨大地震が日本を襲った」
そう繰り返し報じていた。

かろうじてネットが繋がり、NHKも受信できるようになり、
さらに情報を集める。

わかってきたのは、とにかく地震後の津波の被害が大きいこと。
被災地域は非常に広範囲に渡り、ライフラインも壊滅状態であること。

仙台の実家は、海からは多少離れた地域にあるものの、
それでも、隣の地区で数百人の遺体が発見されたという報には、
やはり一瞬、息を呑んだ。

このときはまだ、仙台から、無事の報は届いていなかった。

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翌朝。

バングラデシュの英字新聞も、大きく地震を伝えている。

昨夜は結局、夕食のことも忘れてテレビに見入っていたので、
ホテルの朝食を摂りにロビーへ下りる。

すぐさま、バングラデシュ人の従業員が、声をかけてくる。
「おい、ジャパニーズ、昨日の地震は知ってるか?」

朝食の間も、他の滞在客、給仕たちが、次々と言葉を投げかけてくる。
「ごめんなさい、お悔やみを申し上げることしかできなくて」
「大丈夫。俺たちも去年、酷い洪水があったが、こうして立ち直った」

温かい言葉のシャワーを浴びながら、
ああ、この旅はこれで切り上げよう、と密かに思った。

元々、この日はマレーシアのクアラルンプールへ発つ予定の日だった。
そのままマレーシアに1週間ほど滞在し、その後帰国、
というのが当初のスケジュール。

2月末日に研究旅行に出てから、2週間が経とうとしていた。
残り1週間、このまま、旅を続けることもできただろう。

ただ、直観的に、それは難しいだろうな、と感じていた。

まだ、家族の無事が確認できていなかったことも勿論だが、
この、大きな “Pray for Japan” のうねりの中で、
一人の Japanese として、
安穏と旅を続けることへの、強い抵抗感が芽生えはじめていた。

………………………………………………………………………

クアラルンプールから成田への便はすぐに手配することができた。
ダッカからクアラルンプールに飛び、一泊して、翌朝成田へ飛ぶことに。

成田便の欠航や遅延が頻発していることや、
首都圏の交通網も相当マヒしていることは伝え聞いていたが、
一昼夜空ければ多少回復しているだろうという希望的観測と、
それでもなお、足を止めるよりはマシだろう、という思いが背中を押した。

遠いバングラデシュの地から、
たしかにそのとき、生まれて以来、一番強く、
日本へ、そして3年間過ごした第二の故郷への思いが溢れていた。

その後、
実家からの無事の連絡は、成田便に搭乗する直前に入った。

12:00 | アジア周遊, 雑記 | 34.バングラデシュより愛を込めて はコメントを受け付けていません
2011/03/10

今回の話は、ひどく不謹慎な話かもしれない。
しかし、あえて今、書いておきたい。

実は、密かに、チェルノブイリに行ってみようと思っている。
そう、1986年、世界最悪の原子力発電所事故を起こした、あの場所に。

チェルノブイリ原子力発電所事故│Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/チェルノブイリ原子力発電所事故

なんでまた、急にそんなことを言い出したのかというと、
というのも、昨年末に、こんなニュースが飛び込んできたからだ。

原発事故のチェルノブイリ観光を解禁へ│CNN.co.jp
http://www.cnn.co.jp/world/30001211.html

その後の続報がぱったり途絶えてしまったので、
今夏なのか、まだ先になるのか、それはまだわからない。
ただ、解禁になったら、できるだけ早く訪れたい。

チェルノブイリの名を初めて耳にしたのは、
正に、この事故が起きたときのこと。
当時、まだ小学校にも上がっていなかった自分には、
もちろん、何が起きているのかなどわかっていなかったと思うが、
その土地の名前は、耳の奥にずっとこびりついていた。

あれから25年、ふいに耳にしたその名前が、
気が付いたら、四六時中、頭から離れなくなっていた。

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もちろん、かの地には、今もヒトは住まない。

しかし、山には動物が戻り、川には魚が戻ってきた。
木々は、ヒトのいない街を我が物のように覆っているという。

ただ、そのどれもが、どこか現実離れしていて、
写真で見せられても、強い違和感が残っていた。

自分の目で、いまそこで何が起きているのかを見たい。

その好奇心は、あるいは今回は暴走しているのかもしれない。
報道では、放射能汚染の可能性は著しく低いとされているが、
それだって、ある意味、行ってみなければわからない。
いや、行ってみたところでわからないかもしれないし、
行ってみたら、それで手遅れになるのかもしれない。

自分が汚染されて日本に帰ることで、
それが身近な人に悪影響を与えるかもしれないし、
そんなことは起こりえないのかもしれない。

で、普通の人は、あらゆる可能性を鑑みて、
きっと、行かない、という結論を導き出す。

そんな何もかもをわかっていて、それでも行くことは、
もしかしたら、それだけで罪なのかもしれない。

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記事の中にもあるが、実はいまでもチェルノブイリに行くことはできる。
調べてみたところ、以下のようなツアーが見つかった。

Ecological Tour to Chernobyl Nuclear Power Plant│Chernobyl Tour
http://tourkiev.com/chernobyltour/

ウクライナの首都キエフからの日帰りで、
あらかじめ企画されたグループツアーが1人160ドル(≒13,000円)。

これを高いとみるか安いとみるかは、意見の分かれるところだろう。

高いカネを払って、さらにリスクを重ねるなんて正気の沙汰じゃない、
と思う人がいて当然だし、安いと思う人にはきっと相応の根拠がある。
そして、たぶんその議論は、どこまでいっても平行線を辿る。

自分は、いま、160ドルなら、間違いなく払う。
そういう人間だし、これからもそういう生き方しかできそうにない。

12:00 | 雑記 | 33.チェルノブイリに悲しい雨が降る はコメントを受け付けていません
2011/02/17

理由はあまり説明できないが、昔から「鳥獣人物戯画」が好きだ。

どれぐらい好きかって、
そのためだけに、縁のある高山寺(京都市)まで、
うっかり一人で訪れてしまうくらい好きだ。

ちなみに、高山寺には、現在、写本が置いてあるだけで、
ホンモノは、東京国立博物館、京都国立博物館にそれぞれ保管されている。
もちろん、知っていて行った、ああ、もちろん。

で、思わず食い付いてしまったのがこのニュース。

鳥獣戯画、元は表裏に絵 江戸時代に分離? │ 京都新聞
http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20110215000155

要するに、元々両面に描かれていた絵を、
剥がして台紙に貼って補修した跡がみつかったんだとか。

何が凄いって、その補修したヤツの勇気だ。
江戸初期とはいえ、既に数百年経って文化財と化している絵巻を、
真ん中からひっぺがそうなんて、およそ考えられない大胆な策。
あるいは、ただ無頓着なだけだったのかもしれないが。

この「鳥獣戯画」、マンガのルーツとも言われており、
日本でマンガが盛んなのは、コレがあったからだ、
なんて無理矢理こじつけられたりもする。

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さて、せっかくだから、無理を承知で、
そんなこじつけに乗っかって、少しマンガの話を。

先日、[朝日新聞グローブ] 第57号に、
「MANGA、宴のあとで」と題する特集が掲載された。
http://globe.asahi.com/feature/110207/index.html

いつの頃からか、日本のマンガは、
海外で、「COOL JAPAN」なんてもてはやされるようになった。
あくまでも子供の読み物である「COMIC」と区別して、
日本のマンガを「MANGA」と呼ぶ、なんて話もある。

そんな「MANGA」が欧米でよく売れている、
という時代は、最早、過去のものになりつつある、
というのが、前述の特集の論旨のようだ。

だが、考えてみれば、それも当たり前の話。
日本のマンガが、欧米市場に持ち込まれて一世を風靡したのは、
まさに、先進国が、発展途上国を食いものにする構図そのもの。

マンガ未成熟市場を、焼き畑的に食い荒らしただけの話で、
きちんと耕していなければ、そこから新たな芽が出るはずもない。

それにしても、各国のマンガの年間売上高、
というものが載っていたので、それを1人あたりに換算してみると、
なかなか衝撃的な数字が出てきた。

日本 4187億円(127百万人)→3300円/人
フランス 111億円(65百万人)→170円/人
アメリカ 114億円(319百万人)→35円/人

フランス、アメリカでマンガが流行ってるなんて言ったところで、
日本人の熱の注ぎようは、やはり桁違いであることがわかる。
諸外国からしてみれば、1億総オタク国家ニッポン、なわけだ。

経済産業省では、「クールジャパン戦略」なんて銘打って、
コンテンツ産業のテコ入れに必死になっているが、
なんだか、そのクールは、「カッコイイ」の意味ではなくて、
「冷ややか」の意味に聞こえなくもない。

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さて、唐突だが、ここでまた京都に舞台を戻そう。

京都は、高校生の頃にひどく憧れた街で、
今でも、2年に1度くらいのペースで訪れることにしているのだが、
だからといって、京都らしいことをした記憶があまりない。

大体、行くと大概、宿泊先がマンガ喫茶では、趣きも何も無い。
それこそ、外国人にとっては、
KYOTOでMANGAに囲まれて眠るなんて、最高にCOOL、
だったりするのかもしれないが。

個人的には、清水寺も、銀閣寺も、本願寺も、
それ相応にクールだとは思うが、あまり自分の琴線には触れない。

メジャーな寺の中で、一番のお気に入りは、龍安寺。
だが、残念ながら、寺として好きなわけではない。
いや、それを言ったら、高山寺も結局そうだし、
とても失礼なことを言っているとは重々承知しているのだが。

ハマったのは、「吾唯知足」と記された蹲踞(つくばい)だ。
そこかしこで聞いたことのある言葉だったのだが、
それが龍安寺にあると知って、やはりそのためだけに訪問した。

英訳すると、”I learn only to be contented.” となるらしい。
和歌の英訳は、韻の関係もあってことさら難しいようだが、
個人的には、この訳は、音感も良くてなかなかどうして、と思う。

今回は、いや今回も、そんな何にとりとめのないところで。

12:00 | 雑記 | 30.そうだ京都、行こう はコメントを受け付けていません
2011/02/11

前回の記事から早一週間。
エジプトは、依然、争乱の最中にある。

しかし、遅かれ早かれ、時代が動くことになるのは間違いない。
願わくば、武力衝突ではない方法で、政権移行を果たしてほしい。

さて。
今回は、そんなエジプトの話を教訓にしながら、
前回、問題提起した、インターネットが「革命」を促すキーではなく、
「民主主義」を推進するアクセルになりうるか、を考えていきたい。

「インターネットを使った民主主義のことなら、
『エストニア』を調べてみるといいよ」

実は、つい先日、そんな話を聞かされた。
ちょうどチュニジア政変が起きたばかりのころ。
まだ、エジプトの話は微塵も出てきていないころのことだ。

エストニアは、いま八百長問題で揺れる大相撲の把瑠都の出身国、
と聞いてピンとくる人は、まあそう多くはないだろう。
バルト海に面した、ヨーロッパの小国。

すぐ東にはロシア、北にはフィンランドがある。

estonia
ここだ。

………………………………………………………………………

調べてみると、なるほど、
エストニアはICT先進国だということがすぐにわかった。

2005年、地方選挙において、世界で初めてインターネット投票を実現。
2007年、オンラインで確定申告を行った人は86%にも上ったという。
国民は電子IDカードの所持が義務化されており、
ネットバンキング等、さまざまなサービスを受けられるとか。

ICTを国家戦略に活用するバルト海の小国・エストニア │ マイコミジャーナル
http://journal.mycom.co.jp/articles/2008/10/28/estonia/

北欧の小国エストニアは電子政府の先進国! │ NTT GROUP MAGAZINE
http://www.ntt.co.jp/365/book_data/book_vol25/04-wwt/

日本では、住基ネットの導入だけでも四苦八苦していたわけだが、
エストニアは、二の足を踏む先進諸国をあっさりと置き去りにした。

これは、1991年に独立を果たしたばかりの新興国であることが効いている。
どうせ新しく仕組みをつくるなら、当時の最先端を取り入れてやろう、
そんな気概があったことは想像に難くない。
人口140万足らずの小国であることが、その足枷を軽くした面もありそうだ。

また、北欧は、どういうわけか、先端技術が生まれる土地柄であるようだ。
携帯電話メーカーとして世界No.1を誇るノキアはフィンランド発。
いまやWebサーバー運営に欠かせないOSとなったLinuxも同上。
そして、世界中の通信業界を震撼させたSkypeを生んだのが、エストニアだ。

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そんなエストニアは、しかし、
2007年、皮肉にも、国家規模のサイバー戦争の最初の標的となった。
日本ではおそらく小さな扱いだったので、記憶に無い方も多いだろう。
恥ずかしながら、筆者も全く覚えがなかった。

詳しくは下記リンク先を読んでもらえればいいのだが、
かいつまんで説明すると、(おそらく)ロシアからのサイバー攻撃を受け、
エストニアのネットインフラはパンクに追い込まれた。
前述の通り、社会サービスの多くをインターネットに依存している同国は、
一時、大混乱に陥り、一度、国外とのネット通信を遮断し事態を収拾した。

初の”サイバー戦争”!? 狙われたIT先進国エストニア │ マイコミジャーナル
http://journal.mycom.co.jp/articles/2007/08/14/blackhat1/

銀行とめたエストニアへの攻撃「犯人」は分からぬまま │ 朝日新聞 GLOBE
http://globe.asahi.com/feature/101004/02_1.html

他の国ならいざ知らず。
この事件は、間違いなく、エストニアにおいては民主主義の危機であった。

だが、このことは、残念ながら、インターネットが、
「民主主義」を推進するアクセルであることを意味しない。
せいぜい、「民主主義」を牽引する、牽引車、といったところだ。
自走式ではない。

インターネットが民主主義的であると言われるゆえんのひとつは、
国家主権の及ばない連帯を生み、コミュニティを育てるからだ。
エジプト政府は、だからこそ、インターネットを遮断した。
その連帯を断つために。

ただし、普段の生活の中では、情報は一部の企業に集積され、
情報を与える側と与えられる側というヒエラルキーは変わらない。
それが、政府か、民間か、という違いだけだ。

あるいは、民間にその権力を委ねる方が、
よっぽど危険なような気がしなくもない。

12:00 | 情報科学, 雑記 | 29.続・インターネットデモクラシー はコメントを受け付けていません
2011/02/02

いま、中東がアツい。
何がって、残念ながら、アジア杯優勝の話ではない。

そう、エジプト政変の話だ。

いや、実際のところ、アジア杯で日本が大盛り上がりのその裏で、
中東各国は、その火消しに躍起になっていた。

正直言って、政治にはあまり関心が無いのだが、
この話、食い付きポイントは、インターネット発、という部分にある。

そもそものきっかけは、
エジプトと同じく北アフリカに位置する、チュニジアの政変。
1人の若者の焼身自殺が、革命の口火を切ったと言われている。

本来、イスラム教の戒律では、自殺はタブー中のタブーだ。
しかし、禁忌を犯してまで、生活の困窮を訴えた若者の姿が、
携帯メールなどを通じて国中に発信され、怒りの声が上がり始める。

やがて、Facebookをフックに、抗議デモの時間と場所が通知され、
火種は瞬く間に、独裁政権を呑み込んだ。

厳しく言論統制が敷かれた独裁国家の多い中東諸国では、
こうした革命の形態など、もちろん初めてのことであり、
それだけでも、近隣諸国は戦々恐々となっていたのだ。

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そこへ来て、今回の一件は、エジプトへと飛び火した。
まだ現時点では、その決着を見ていないのだが、
どうやら、30年に渡るムバラク政権の打倒は時間の問題のようだ。

エジプトでも、やはり「ソーシャルネットワーク」が力を発揮した。
奇しくも、同タイトルの映画が絶賛上映中というのだから、
どうにも話が出来過ぎている気がしなくもない。

ちなみに、残念ながら筆者はまだ同映画を見ていない。
見ておいた方が良さそうな気はしているのだが、
どうにも、「全米大ヒット」な類の映画への拒絶意識が拭えない。

それはそうと、エジプト政府は、対抗策として、
まず、twitter、Facebookへのアクセスを遮断。
次いで、全てのインターネット接続を遮断するに至った。

あからさまな言論統制に打って出たわけだが、それも最早、後の祭り。
火の点いた群衆は、そう簡単には止まらない。

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ここへ来て、続々とインターネット発の革命が起きつつあるわけだが、
さて、果たしてインターネットに、本当にそんなパワーがあるのか。

これまたタイムリーなことに、
1月25日発売の『クーリエ・ジャポン vol.076』に、
「“つぶやき”では革命は起こせない」という記事が載った。

発売時期から言って、中東の政変が起こる前に書かれた記事であろう。
あるいは、政変後に書いたのだとしたら、その勇気に感服したい。

いずれにせよ、そこに書かれていた論調はこうだ。

フェイスブック流の社会運動が成功するのは、
「多大なる犠牲を払ってもいいから、その運動に参加しよう」
というモチベーションを人々に与えるからではない。
むしろ、そうした大きな犠牲を払うのは嫌だという人に対し、
さほどのモチベーションがなくてもできることに取り組もう、
といったことを薦めるのだ。(Malcolm Gladwell)

たしかに、犠牲を払う人がいなければ、革命に火は点かない。
焼身自殺という、壮絶な死が無ければ、今回の革命は起きていない。

また、社会運動の成功には、
ヒエラルキー構造や、キング牧師のような指導者が不可欠だと指摘し、
インターネットを基盤としたネットワーク構造では弱い、
という論法にも一理ある。

ただ、この論は、旧来型の革命と、SNS型の革命、という
極端な二元論で物を語り過ぎだろう。

SNSはマッチ箱のようなもので、誰でも簡単に火を点けることができる。
これまでの社会運動のように、いきなり火炎瓶に火を点けるところから、
というやり方に比べて、はるかに敷居は低くなった。

まず、大きな犠牲とともに、革命の最初の産声が上がる。
SNSがそれに火を点け、徐々に広がり、各地でデモが発生。
そして、指導者として、ノーベル平和賞受賞者のエルバラダイ氏を擁立。
と、双方の型を取り入れた、ハイブリッド型の革命が完遂しつつある。

無論、まだまだ予断を許さない状況ではあるので、
あくまでも、2011年2月1日現在のコラムとしてお読みいただきたい。

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さて、インターネットが登場して間もないころ、
しきりに、インターネットは民主主義的であると叫ばれた時期がある。

多対多の通信を可能にしたことや、
情報という力を民衆に与えたことなどが、その根拠に挙げられていた。

たしかに、今回のケースが示しているように、
言論統制を敷かれている国において、それは有効に働く面が大きい。
インターネットが巻き起こした民主化革命として、
長く世界中で記憶されていくことになるだろう。

だが、そのことは、インターネットが「革命」を促すキーとなっても、
「民主主義」を推進するアクセルになることを示してはいない。

果たして、インターネットは、民主主義にどう作用するのか。
あるいは、あくまでも中立的な技術であり続けるのか。
そのあたりの話を、次回、もう少し突っ込んで考えていきたい。

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LINKs

Anger in Egypt │ Al Jazeera English
http://english.aljazeera.net/indepth/spotlight/anger-in-egypt/

#egyjp(日本語) │ twitter
http://search.twitter.com/search?q=%23egyjp

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