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2016/01/21

先週末、全国各地で行われた、大学入試センター試験。
筆者は、いまから16年前、20世紀最後の年に受けた(年齢がバレるが、まあいいだろう…)わけだが、なぜか今年、無性に「もう一度受けてみたら、果たして何点取れるのか??」という疑問がわき上がってきた。

ちなみに、18歳当時の自分は、正直言って、少なくとも、こと「試験」という形態においては、人生で一番勉強ができた時期だと思う。
自慢か?と言われれば、まあ自慢なのだが、実際、自分でも「ちょっと神がかっていた」という自覚はあるくらい、あの時の自分は確変モードに突入していた。

今の自分は、あの時からどれだけ衰えたのか??
なんか、もうそんなことが知りたかったのだ。
なんでそんなドM思考に取り憑かれていたのか、今思えば謎でしかないのだが…。

が、そんなちゃちな動機は、「英国数理社の全科目を解くだけで、単純計算で6時間40分を要する…」という事実の前にあっという間にしぼみそうになる。
あまりにも、そう、あまりにも面倒くさい。

とはいえ、一度、ネタになると思い立ってしまったからには、背に腹は変えられない…
という謎の信念に導かれ、気がついたらペンを握っていた。
何とも損な性格だ。


さて。
前置きが長くなったが、ここから実際の時間割順に解いていくことにする。
最初は、「社会」だ。

地理、歴史(日本史・世界史)、公民(現代社会・倫理・政治経済)から1科目選択。
現役当時と同じ科目を、ということで、ここは「現代社会」を選択する。

何でまた現社なんてマイナー科目を、とお思いの方も多いだろう。
が、こんなことを言ったら怒られそうだが、現役当時も正直「どれでもいい」と思って適当に選んだ。
本当にどれでもよかったのだ。
なぜなら、二次試験に進むために、社会の点数は関係なかったから…

というわけで、「現代社会」を解く。
60分の試験時間の半分程度で解き終わる。
それはそうだ。
わからん問題は全部何も考えずにすっ飛ばしたのだから。

結果。
100点中 48点

なんとも微妙だ。
ある種、常識に属するような問題もあるので、50点は超えたかったところ。


続いて、「国語」。
これはいけるんじゃないかと思っていた。
国語力なんてそうそう落ちないだろうし、落ちてたらちょっと日本人としてヤバい。

結果。
200点中 166点

悪くない。
現役時(180点)よりは若干落ちたが、そこは試験慣れの差だろう。
自分でも驚いたのは、古文、漢文も案外解けた、ということ。
どうやら例年より問題が簡単だったようだが、それでも、16年のブランク(その間、古文、漢文なんて触れてもいない)があっても、案外、いけるもんだ。


そして、「英語」。
これは、国語以上にいけそうな気がしていた。
というか、正直、英語だけは現役の時より明らかにできるようになっているはず…

結果。
200点中 172点

残念ながら、現役時(184点)に一歩及ばず。
リアルな場での英語力は、間違いなく当時より格段に延びているはずだが、こと「試験」となると、細かいミスが多発した。
それでも、8割5分取れたので、御の字だろう。
正直、ここまでの3科目を終えて、「おいおい、まだ全然いけるじゃん!」とノリノリだったことをここでご報告しておきたい。

そう。
当然、この後に地獄が待っていた…


次は問題の「数学」だ。
現役時代、最も得意だった科目。
事実、数学IA、数学IIBともに、16年前は満点だった。
そう満点だったのに…

結果。
数学IA 100点中 58点
数学IIB 100点中 47点
計 200点中 105点

まさかの50%OFF。
いや、薄々感づいてはいた。
高校数学ってやつは、「公式を暗記する科目だった」ということに…

国語、英語は、記憶力ではなく思考力を試される試験だ。
それゆえに、思考の瞬発力や正確性が問われる。
しかし、数学は、公式を覚えていなければ、もはや絶望しかない。

何がしんどいって、グラフ、図形問題が特にしんどい。
三角関数(sin, cos, tan)ってなんだっけ…?
指数・対数ってあったなあ…
微分・積分とか懐かしいわあ…
など。

単語だけが走馬灯のように頭を駆け巡るが、肝心の解き方が一切浮かんでこない。
そして、圧倒的に時間が足りない。
むしろ、よく半分取れたとさえ思う。

が、そんな数学の悲劇すら忘れさせる、衝撃の展開が待ち受けていた…


どんじりに控えていたのは、「理科」。
物理・化学・生物・地学からの選択。
もちろん、現役時と同じ、「地学」を選ぶ。

現社を超えるどマイナー科目、地学。
50万人を超えるセンター受験生のうち、毎年わずか数百人しか受けない、幻の科目、地学。
それは16年前から変わらない真実なのだが、なぜか、当時の自分は、地学に心底ハマっていた。
そう、ハマっていたのに…

結果。
100点中 26点

これはあかん…
四択を全て適当に答えた確率とほぼ変わらない得点率に、呆然とするしかない。
いや、実際、「わかった」と確信を持てる問題は2,3問で、あとは全部勘で答えた。
それほどまでに、全く「わからなかった」。
どれもこれも、一度は耳にした言葉が羅列されているのだが、「単語」としての記憶でしかなく、正確な意味が抜け落ちているので、何もわからないに等しかった。

例えば、こんな問題。
「プルームとホットスポットについて述べた文として誤っているものを、次の①〜④のうちから一つ選べ。
 ①アフリカの下にはマントルの底から上昇するプルームがある。
 ②海嶺に沿ってマントルの底からプルームが上昇している。
 ③ホットスポットでは玄武岩質マグマが噴出する。
 ④太平洋プレート上にはホットスポットを起点とする火山島の列がある。」

たぶん、地学の授業を受けたことがない人にすれば、「プルーム」ってなんやねん!?と思うだろうが、安心してほしい。
プルームという言葉は知っていたとしても、全部正しいような気しかしない。

こうして、国語、英語でコツコツ稼いだ自信は、数学、理科で根元からバッキバキに叩き折られた。


戦いは終わった。
最終結果は以下のようになった。

満点 2016年 2000年
得点 全国平均 得点 全国平均
現代社会 100 48 55.84 64 44.39
国語 200 166 125.90 180 112.92
英語 200 172 114.67 184 119.62
数学 200 105 106.84 200 131.04
地学 100 26 40.57 96 66.23
合計 800 517 443.82 724 474.20

かろうじて全国平均は超えたものの、ほぼ、国語と英語の功績でしかない。
わかってはいたけど、わかりたくなかった結果が白日の下に晒された。
ただ、それだけの事実が判明し、特にオチらしいオチもなかった。

数学と地学は、正直悔しいので、ちょっと勉強し直そうかな…

2015/10/28

大学助手という肩書きを得て、早半年。
すっかりコラムを放置してしまったのは、助手の仕事が忙しかったから、
というわけでは特にない。

世の中で、大学助手という職ほど、一般の方々から見て、
何をしているかわからない職種も、あまりないだろう。
正直に言って、就いている自分ですら、半年経った現在に至ってもなお、
他の助手の方々が、いったいどんな働き方をしているのか、全くわからない。

わかったのは、同じ「助手」であっても、どこの所属かによって、
その仕事内容には天と地ほどの差がある、ということ。
そして、これも正直に言って、自分が所属している学科の助手の仕事は、
誤解を恐れずに言えば、相当ヌルい、ということ。
こんなことを書くと怒られそうだが、まあ事実だから仕方あるまい。

そんな恵まれた環境に身を置くと、得てして人は堕落するものだ。
堕落とは穏やかではない表現だが、しかし、
「新しい職に就いて半年くらいは慣れるまでに時間がかかる」
などと、さもありがちな言い訳でお茶を濁すわけにもいかない。
なんせ、慣れるほどの仕事など、どこにも有りはしないのだから。

強いて、一つだけ、言い訳をするとしたら、いままでは、
「三十路過ぎのくせに学生」という尻に火がついた立場だったのに比べて、
下手に再就職してしまったおかげで、ハングリー精神を失ってしまったのだ。
率直に言って。

そもそも、本コラムのタイトルは「職を捨てよ」と謳っているのに、
書いている本人が職に就いているのだから、いよいよ本末転倒である。
あまり一般的な理解を得られそうもないことを承知で書くとするならば、
自由すぎる職に就くことによって逆に縛られる、みたいな状態に陥ったわけだ。


という、無為な葛藤を抱えた半年を経て、さすがにマズいと思い立ち、
ブータンへの渡航計画を真面目に立てはじめたのが、この9月のこと。
今回は、これまでの学生の立場での私費調査ではなく、
晴れて「出張」という大手を振って渡航できる立場になった。
が、あくまでも出張費は自力でどこかしらからもぎ取ってくることが前提だが。

幸いにも、研究出張費の目処が立ち(ある意味、この半年はそのためにあった)、
残る障壁は、僅かばかりの助手のお勤めを果たさねばならない日程と被らないこと。
こうした状況を踏まえて、日程は11月前半とすんなり決まった。

今回は、3週間の全行程を組んだのだが、
相も変わらず、スケジュールの立て方が下手なのか、
あるいは、せっかく行くのだからなるべく詰め込もうとする性分のせいなのか、
どう考えても無謀な強行軍になりそうな予感である。

どれぐらい無謀か、伝わるかわからないが、Google Maps上に落としてみた。
ちなみに、ブータン国内道路は、筆者は「常時いろは坂」と表現しているが、
とにかくひたすらに山道なので、例えば、B→C間は直線距離では60kmほどだが、
道路延長ではおよそ150km、車で走ると6〜8時間くらいかかる。

A. グワハティ(インド)空港着 from バンコク(タイ)

B. ブータン入国@サムドゥプ・ジョンカル

C. ブータン王立大学シェラブツェカレッジ訪問

D. メラ村訪問

B. ブータン出国@サムドゥプ・ジョンカル

A. グワハティ(インド)空港発

E. パロ(ブータン)空港着

F. 首都ティンプー
(おまけ1:11月11日 ブータン第4代国王生誕60年記念式典出席)

G. ブータン出国@プンツォリン

H. サムツェ県訪問

G. ブータン出国@プンツォリン

F. 首都ティンプー
(おまけ2:11月17日 サッカーW杯アジア二次予選ブータンvsカタール観戦)

E. パロ(ブータン)空港発 to バンコク(タイ)

今回のハイライトは、「D. メラ村訪問」と「H. サムツェ県訪問」である。
メラ村は、標高約3,500mに位置する遊牧民族の村。
つい最近まで電気も来ていなかった、まさに未開の地である。
サムツェ県は、上記ほど秘境ではないが、ちょっと理解しがたいことに、
ブータン国内からは自動車道路が通じておらず、インドから入国するしかない。

いずれも、かなり面白いものが見られるのではないかと期待が膨らむ。
ただし、今回は初めての訪問となるため、正式な調査ではなく、
あくまでも外国人観光客目線での観察と聞き取り、という形になりそうだ。

なお、これまであまりにもサボりすぎたので、今回の出張については、
逐次、この場を借りて、現地から速報レポートを書こうと思う。
(そうでもしないと、なかなかアウトプットを出さない難儀な性格のため)