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一年で一番父親がたいへんなイベント、お誕生会無事終了。何がたいへんって、散らかりっぱなしの家中の掃除。普段からくる友達だから、彼女たちはもうウチが散らかり放題だと言うことは知っているし、あきらめてしまえばよいのだが、まあ、年末も近いし大掃除と誕生会一気にやってしまおうということ。
誕生会のメニューは、娘の希望でチーズフォンデュとポトフ。ケーキはみんなで作らせた。
人生ゲームをしながら歓声をあげ、ご飯を食べながら奇声をあげ、ケーキを作りながらゲラゲラ笑い早口でまくし立てる。
とても幸せな風景。
帰宅の時間が迫ってくると、「あと5分?じゃあOOごっこしよう!」と、5分で何かをはじめるから時間がなく、「じゃあ早口でやろう!」と聞き取るのも容易ではない速さで、みんなで笑いながら喋っていた。
恐るべし女子小学生。
そんな幸せな雰囲気を、きっと妻も見ていただろう。
もうこのブログのコメントの方が気がついたように、しばらくしたらバレるだろうから(悪いことではないが)。妻の闘病中に、その経緯と心情を綴ったブログをやっていた。その後は父子家庭の愚痴ブログ。
妻の場合、癌ではなく(がんではあるが癌ではない。がんの中で癌cancerと肉腫sarcomaにわかれる。肉腫は癌の1/100程度らしい)「血管肉腫」という、がんの一種の肉腫の中でも稀な病気で、標準治療が全く無い病気。それも再発となると、日本の病院・医師はほぼあきらめてしまう。
患者本人が「最後まで戦いたい」というのであれば、戦う権利があると私は思う。海外で奏功例が報告されているのに、それが日本では未承認薬=個人輸入でべらぼうな額だったり、乳がんでは保険治療なのに肉腫だと保険外だったりする=ドラッグ・ラグを何度も経験した。そんな時にへたれオヤジ(私)が書いていたブログを読んで、「平滑筋肉腫」という血管肉腫と比較的近い肉腫の方々が運営する、「キュアサルコーマ」の方々からご連絡を頂いた。海外の治療情報、個人輸入での治療薬の入手、医師へのアプローチの仕方やどの種類の治療であればどこの医師がよいのか。家族や本人の精神的なケアまで。どれだけ私たちが助けれたことか。
キュアサルコーマの方々とは、私がやり取りしていた。欧米の最新治療を、自分たちの病気とは違うために改めて収集しメールで送ってくれる。「これは凄い!これで戦えるぞ!」と力瘤を作っているときに、「明日から手術で入院、メールができません」とメールが来て、愕然としたのを良く覚えている。きっとご自身は、再々発後安定した時期なのだろう、そう思っていたから。
自からの手術直前に、会ったことも無い人の家族のために、多くの時間を割き情報提供し精神的なケアまで・・・。
妻が亡くなった翌年、キュアサルコーマの方のおひとりが、娘の入学前に手作りの体育着入れと給食袋作って送ってくれた。直接お礼を言いたかったが、その夏に亡くなられ、娘と一緒にはじめてお会いしたのは、葬儀ということになってしまった。
肉腫は稀な病気のため、製薬会社も積極的に治療薬開発をしない。患者が少なくて売れないから。医療の世界も資本主義。個人的には医療は公共性のきわめて高いもので、市場化しすぎてはならないものだと思うのだが仕方が無い。
アメリカには「サルコーマセンター」が存在し、最新の情報が集められ、患者同士の交流なども行われている。そんなシステムを日本にも!ということで、「サルコーマセンターを設立する会」もできたようです。
ドラッグ・ラグや医師の肉腫に対する認識不足・知識不足=初期治療の不備 など、様々な問題解消のために役立つものだと思う。「ちょっと見てやるか」でOK、時間をもてあました時にでもどうぞ。
奇跡のような人々にめぐり合えたのは、妻・ママのおかげ。
「いま、できることは全てやった。本人の望みから逸れることなく、共に歩めた」と思えて、誕生会で「もうおながいっぱ~い」と言い、顔面が崩壊するまで笑い早口でまくし立ててはしゃぐ女子小学生たちを見て、新たな幸せを感じられる。
奇跡のような人々のおかげということです。










