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2010/01/30

先日学校公開があった。

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授業参観ではなく、地域の人なら誰でも授業を見ることが出来る、結構いいシステムだと思う。登校から下校まで、休み時間も給食の時でもいつでも見ることが出来るし、金曜日と土曜日に行われるのでありがたい。

学校公開と同時に、作品展というものがあり、図工や5年生以上の家庭科の作品が体育館に展示されている。

 

 

娘の猫3匹のひなたぼっこの版画

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正直、絵は幼稚園のときの方が上手だったと思う。

子供ができてからは今の学校教育に疑問を感じ、ドイツのシュタイナー教育を実践する日本のフリースクールに関することなどを聞いたり見たりしてきた。

 

シュタイナーシューレの横浜校が翌年開校するということで、見学に行き、さらには学校作りから家族で参加をしていた。床を貼ったりペンキを塗ったり、50分で休憩があり休憩時間には子供達が自由に絵を描き、適当なものを集めて物を作る。

 

絵などは「曖昧な色・滲み絵」に特徴があり、色が滲んでも否定をせずに、それを生かして気持ちのまま描いていく。幼稚園でサクラの木を「自由に描きなさい」と言われたのにもかかわらず、太い幹の一部分と花びらを大きく描いて「どうしてそんな風に描くのか」と言われている男の子を見て、先生はちゃんと学校で幼児教育の授業を受けてきたはずなのにとがっかりして、シュタイナーに傾倒して行ったのかも知れない。

 

無論通常の授業もあるが、ざわついた子供達に教師はいつも小声で集合をかけ、なぜか1分も経たないうちに集まってしまうのが不思議だった。

 

 

母親が学校に参加することが多く、病気の再発からはあきらめざるをえなかった。もっとも、あのまま通っていたら、フリースクールで授業料もある程度の額なので、この不況の真っ最中に「別なたいへんさ」があったのは言うまでもないが。

 

 

今通っている公立小学校は、自然環境にも恵まれ、新任の微熱血女性教師にも恵まれ、まあ良かったのではないかと思う。2年生のときに乱暴な男子がいてちょっとクラスが荒れたが、世間一般で言う荒れた学校ではない。

 

いま思えばだが、2年のときに少し荒れたクラスを経験したことで、大概のことは「たいしたことではない」と、楽に過ごせるようになったような気がする。ウチの家庭環境からすると、精神的に強い子になってもらわなければならないので、それはそれでよい経験だったかもしれない。

いろいろと批判されることが多い教師という仕事。個人個人は努力をしているのに、仕組みがどうなのかと思ってしまう。うるさいガキを廊下に立たせることも出来ないのはどうなのか。

 

今だけの問題ではなく、ずっと続いてきた平均的な人間を育てる教育。それでも昔は、教師の個性による指導も可能だったのだろうが、一部のへんてこな父兄や偉い人々のバカな政策で、個性的な人間は育ちにくくなってしまったのは残念。

学校公開には土曜日に行った。「今日は日直なんだ」というので、では日直の様子を見に行くぞ!と宣言して、いつもの寝癖を直せといわれたので必死に直し、時間に余裕を持って出かけたはずが、時間を間違えていたらしい。

到着と同時に「着席」の号令・・・。

教育云々の前の段階にいる親ということですか。

2010/01/30 05:07 | 家族 | No Comments

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