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2009/12/19

今年の娘の誕生日は土曜日だったので、午後から友達3人と家でず~っとボードゲーム。人生ゲームに始まって、複数のゲームを混ぜて勝手にルールを作り、「オリジナルゲ~ム!」などと叫び笑い悲鳴を上げて数時間。「そんなに大声出していたら喉が渇くだろう」とジュースを出すと、立ったまま一気に飲んでゲームに復帰する。

私の4年の時はどうだったんだろうか。女子特有なのだろうか。

一応誕生日だからケーキを食べている間だけは静かになるかと思いきや、1分もたつと常に2人は話をしていて常に2人は笑っているという状況に戻る。

こんな楽しそうな日常は、いつまで続くのだろう。

子供から大人になっていき、嫌なことや辛いこと苦手なこと、様々なことに取り組まなければならなくなる。それが成長なのだろうけど。

友人の米国人が「生まれてきてもたいへんなことが多い。これからは俺たちの時代よりもっとそうなるだろう。心の豊かさでは無く、違うところに幸福の評価が移ってしまったからね。だったら子供はいらない」と言っていたのを思い出す。

もうすぐクリスマス。

昨年の夏頃からサンタクロースの存在について何度も問いかけられたが、「信じない人のところにサンタは来ない」と言って誤魔化していた(去年もそんなこと書いた

この2週間またまた「サンタクロースはどこから入ってくるか」「サンタクロースは何故私の好みを知っているのか」ちなみに返事は全部絵本の受け売り。

私は3年まで、妻は中学1年!まで信じていたが、いつまでだろうか。そろそろかなと思う。

サンタクロースの存在を確認すると、なんかちょっとだけ子供から成長するような気がする。成長を見るのは嬉しいが、まだ子供でいてもらいたい気もする。

娘の友達たちは既にサンタクロースにおねだりする物を決めていて、紙に書いて張ってあるらしいが、なかなか決められない娘はこれまで同様「私の好きなものを下さい」とイブの夜に書くらしい。
さて、何にするか。

今年のクリスマスは、「こんなご時世に子供はいらない」と語っていた前出の米国人家族が家にやってくる。もうすぐ3歳になる男の子を連れて。物凄い親バカで見ていて怖くなる一家。

誕生日やクリスマスに2人ではちょっと寂しくないか?と思って来てくれる娘の友人たち(と、そのお母さん方)、私たちの友達に感謝。

彼らからの私へのクリスマスプレゼントのような気がする。娘の笑顔が私には一番だから。

また1年続けられたJunkstageにも感謝!

ちょっと早いけど、今年最後です。

Merry Christmas & a Happy New Year

よい年をお迎えください。

01:04 | 感謝 | No Comments
2009/10/18

前日、娘が帰宅して「そういえば明日は都民の日で学校お休み。知ってた?」と聞かれ、ああ、4回目でもまたやってしまったか。「忘れていたがどうするか?」と聞くと「多分そうだと思って、OOちゃんともしかしたら午後から遊ぼうと約束してきたから大丈夫、安心して仕事していいよ」と、父親が覚えているわけが無いことを前提に行動してくれるようになったので、結構楽になってきたな~と考えながら、都民の日の最寄り駅で知人と待ち合わせをしていた。

「共同募金よろしくお願いしま~す」と声をそろえて赤い羽根共同募金。そうか、共同募金か。
私が小5の時、母親に勝手にセッティングされてこれに参加したことがある。前日からイヤで仕方なかった。募金しても大してお金が集まるとは思えず、それなら、その時間働いたお金を寄付した方がどれだけ効率が良いか。それに、ウチだって母子家庭でたいへんなのに母は何を考えているのだろうか。

更には、募金箱に細工をして、なんとか数百円くすねることが出来ないだろうかと真剣に考えたものだ。
そんな素性の父親だが、40過ぎて募金や署名集めを自分でするようになったのは、当事者になったから。ゲンキンなものである。

当事者にならないで、そうした活動が出来る方は、どれだけの想像力や知恵があるのだろうかと感心する。

募金と署名でお世話になった、キュアサルコーマの主宰者のおひとり、kyonさんという方が亡くなった・・・。

以前にもこのキュアサルコーマのことを書いたが、kyonさんも奇跡のような方のおひとり。
自らたいへんな状況にもかかわらず、多くの平滑筋肉腫の方々に情報と希望を与え、妻は勿論、妻が亡き後も娘や私にとても優しい気配りをして下さった。
kyonさんの奇跡のような人生は、キュアサルコーマのブログと
kyonさんを悼む ~日本の肉腫医療に新しい扉を開いたひと~
に大阪府立成人病センターの高橋先生、山村先生の追悼メッセージの中に。彼女の人生の、ほんの一部分しかわからないが、とても素晴らしい人生だったと思う。

私のこれまでの人生で3つ後悔していることがある。ひとつは内緒、大学を中退したこと、kiaraさんkyonさんに直接お会いして御礼を言う機会を逃してしまったこと。

ご冥福をお祈りします。

私が今も継続して募金活動をしているのは、キュアサルコーマのwebの維持費。
amazon.co.jpで買い物をしていただくとアフィリエイトとなり、1年分を取りまとめて寄付をしている。

今回だけ下記にリンクを貼らせていただくので、気が向いたらここ経由で買っていただけると幸いです。

キュアサルコーマ 活動費募金 アマゾンで買い物する時にはこちらから

このアフィリエイト収入は、全てキュアサルコーマの活動へ寄付を致します。

こんな善意のかけらも無い子供・青春時代を過ごしてきた親ではあるが、娘は毎週せっせとペットボトルのキャップを集めている。

「ワクチンワクチン」とか言いながら。

母親似で良かったと思う瞬間。

01:00 | 感謝 | No Comments
2008/12/09

一年で一番父親がたいへんなイベント、お誕生会無事終了。何がたいへんって、散らかりっぱなしの家中の掃除。普段からくる友達だから、彼女たちはもうウチが散らかり放題だと言うことは知っているし、あきらめてしまえばよいのだが、まあ、年末も近いし大掃除と誕生会一気にやってしまおうということ。

誕生会のメニューは、娘の希望でチーズフォンデュとポトフ。ケーキはみんなで作らせた。

cake.jpg

 人生ゲームをしながら歓声をあげ、ご飯を食べながら奇声をあげ、ケーキを作りながらゲラゲラ笑い早口でまくし立てる。

とても幸せな風景。

 cake2.jpg

帰宅の時間が迫ってくると、「あと5分?じゃあOOごっこしよう!」と、5分で何かをはじめるから時間がなく、「じゃあ早口でやろう!」と聞き取るのも容易ではない速さで、みんなで笑いながら喋っていた。

恐るべし女子小学生。

そんな幸せな雰囲気を、きっと妻も見ていただろう。

もうこのブログのコメントの方が気がついたように、しばらくしたらバレるだろうから(悪いことではないが)。妻の闘病中に、その経緯と心情を綴ったブログをやっていた。その後は父子家庭の愚痴ブログ。

妻の場合、癌ではなく(がんではあるが癌ではない。がんの中で癌cancerと肉腫sarcomaにわかれる。肉腫は癌の1/100程度らしい)「血管肉腫」という、がんの一種の肉腫の中でも稀な病気で、標準治療が全く無い病気。それも再発となると、日本の病院・医師はほぼあきらめてしまう。

  患者本人が「最後まで戦いたい」というのであれば、戦う権利があると私は思う。海外で奏功例が報告されているのに、それが日本では未承認薬=個人輸入でべらぼうな額だったり、乳がんでは保険治療なのに肉腫だと保険外だったりする=ドラッグ・ラグを何度も経験した。そんな時にへたれオヤジ(私)が書いていたブログを読んで、「平滑筋肉腫」という血管肉腫と比較的近い肉腫の方々が運営する、「キュアサルコーマ」の方々からご連絡を頂いた。海外の治療情報、個人輸入での治療薬の入手、医師へのアプローチの仕方やどの種類の治療であればどこの医師がよいのか。家族や本人の精神的なケアまで。どれだけ私たちが助けれたことか。

キュアサルコーマの方々とは、私がやり取りしていた。欧米の最新治療を、自分たちの病気とは違うために改めて収集しメールで送ってくれる。「これは凄い!これで戦えるぞ!」と力瘤を作っているときに、「明日から手術で入院、メールができません」とメールが来て、愕然としたのを良く覚えている。きっとご自身は、再々発後安定した時期なのだろう、そう思っていたから。

自からの手術直前に、会ったことも無い人の家族のために、多くの時間を割き情報提供し精神的なケアまで・・・。

妻が亡くなった翌年、キュアサルコーマの方のおひとりが、娘の入学前に手作りの体育着入れと給食袋作って送ってくれた。直接お礼を言いたかったが、その夏に亡くなられ、娘と一緒にはじめてお会いしたのは、葬儀ということになってしまった。

肉腫は稀な病気のため、製薬会社も積極的に治療薬開発をしない。患者が少なくて売れないから。医療の世界も資本主義。個人的には医療は公共性のきわめて高いもので、市場化しすぎてはならないものだと思うのだが仕方が無い。

アメリカには「サルコーマセンター」が存在し、最新の情報が集められ、患者同士の交流なども行われている。そんなシステムを日本にも!ということで、「サルコーマセンターを設立する会」もできたようです。

ドラッグ・ラグや医師の肉腫に対する認識不足・知識不足=初期治療の不備 など、様々な問題解消のために役立つものだと思う。「ちょっと見てやるか」でOK、時間をもてあました時にでもどうぞ。

奇跡のような人々にめぐり合えたのは、妻・ママのおかげ。

「いま、できることは全てやった。本人の望みから逸れることなく、共に歩めた」と思えて、誕生会で「もうおながいっぱ~い」と言い、顔面が崩壊するまで笑い早口でまくし立ててはしゃぐ女子小学生たちを見て、新たな幸せを感じられる。

奇跡のような人々のおかげということです。

12:56 | 感謝 | No Comments