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2009/12/25

「夫婦の営みの時、他の男性の名前を呼ぶ」

おはようございます。
この衝撃的ともいえる一文は、
両親の離婚裁判の折、父が訴状に記したものです。
これを読んで、「そういう楽しみ方もあるのか」と
ニタニタ笑いながら読んでいた12歳の私。

これが私の感覚なのですが、これは明らかに母親譲りです。

両親が同棲するようになってから数年後に曽祖父が亡くなりますが、
それまでの間にこういうことがあったそうです。
曽祖父には、船場の儲かっている商家がよくそうしていたように、
2号さん、つまり愛人を囲っていたわけですが、
それを私の母親は曽祖父の正妻、つまり曾祖母に
電話で密告したのだとか。
どうやらこういう行為で騒動を起こすのが好きなようです。

こういう一面も、私は明らかに受け継いでいます。

他にも枚挙に暇はありませんが、
こうした女性が、船場の商家の嫁でいられるわけがありません。
そして、本人は働きたがっているけれど、
その職種はクラブのホステス。
これも船場の嫁として相応しからざるもの。

そもそも大変に気が強いのですが、
父もこれまた途方もなく気が強い。

わざと少しとりとめもない書き方をしましたけれど、
このような夫婦が同居していて、
家庭内が穏やかであろうはずがありません。

この母親の出身地は鹿児島の甑島という離れ島。
フェリーと高速船が日に各2便という僻地です。
一般に九州、ことに鹿児島の女は、
男の後ろを三歩下がってついてくるというイメージがありますが、
そんなイメージは母親を1時間も見れば吹き飛ぶでしょう。

もちろん、ホステスに向いているだけあって、
表面上、常々居丈高なわけではありません。
しかし、いきなり怖くなる。
それも、怒ったら最後、まず刃物を持ち出します。
私もナイフをつきつけられたこと数回、
母親が自殺すると喚いて自ら喉に当てたこと数回・・・

そんなわけで、私は刃物恐怖症です。
普通、包丁というものは食べ物を刺したり切ったりするもの、
という発想がまずあると思いますが、
私の場合、人間を刺したり切ったりするもの、
という発想が先に来るわけです。
だから、他の人が包丁を握った時、
その人がどんなに信頼のおける人間であっても、
私はその瞬間、その人が信用できなくなりますし、
自分が包丁を握れば、自分が信用できなくなります。
いつ気が狂って目の前の人間を刺すかもしれない、
あるいは私が自身を刺すかもしれない、
という感情が私の頭を支配するのです。

このような性格である一方、
優しい時は徹底的に優しいのです。
ただ、その優しさは気まぐれなものですし、
近親相姦的な一面も持ち合わせています。
私は、キスの実地訓練を母親から直接受けました。
もちろん、それなりのセックスアピールの持ち主でしたから、
幼少期の私がこの色気にノックダウンされており、
離婚によって私が母親と別れるまで、
母親というよりは一人の女として意識していました。

冒頭に掲げた、離婚訴訟訴状の一文は、
どうやら父と一緒になる前から付き合っていたらしい男性と、
一緒になった後もデートを重ねており、
(しかも父は待ち合わせ場所までアッシーとして使われた)
床の中でその男性の名前を呼んでいたんだそうです。
このような浮気性な女性を性的対象として育った私が、
先日、あまり本気でなく「彼氏になってよ~」と
ある女性の友達に言われた時、
「浮気しないからさ~」と付け加えられたので言った言葉。

「浮気しないような女はいらない」

今回はわざと自由奔放に、飛躍させて書いてみましたが、
これが私の置かれていた精神的環境の一端です。
次回はこれを緩和する働きをしていた環境について書きましょう。
これだけがすべてでは、いくら私でもグレてしまいますからね。(笑)

2009/12/25 12:12 | 私の説明書 | No Comments

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