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2009/12/07

皆さん、おはようございます。
(商売柄、いつでもこの挨拶です。)

さて、今回は実際に「梵智惇声」という名前が
どのような意味を持った名前なのか、
解説していきたいと思います。
まずはバラバラに分解してみましょう。

「梵」
漢字には音読みと訓読みがあります。
訓読みとは日本語としての読み方なのですが、
音読みというのは、本来いくつかの時代の中国の読み方です。
例えば、この梵という字を、呉音という、
日本における一般的な読み方をすると「ぼん」になります。
日本の「着物」のことを「呉服」というように、
三国志に出てくる「呉」というのは、
どうやら日本文化の基礎になっているようですね。

では、梵という字を、漢音という漢の時代の読み方で発音すると、
これは「ふぁん」という読み方になります。

読み方はともあれ、この「梵」という字は、
仏教用語としては、「ブラフマン」、という言葉に当てます。
ニュアンスとしては、「宇宙の創造神」という感じでしょうか。
創造神ですから、同時に宇宙そのもの、という感覚もあります。
ですから、「梵」という字は「大宇宙」という意味にもなります。

「智」
これは言わずとしれた、「智慧」という言葉の智です。
智慧は、知恵とは少し違います。
「おばあちゃんの知恵」という場合は知恵なのです。
これは、生活の知恵、というように、
俗世間を上手く処理する技術、知識のことを指す言葉で、
智慧の方は、もっと深い叡智、
悟りの世界でも、慈悲よりはもっと知的な側面を表す言葉です。

「惇」
これは訓読みでは、「あつい」と読み、
真心のある、とか、あたたかい、手厚い、
というような意味合いがあります。
「智」にある、悟りの知的側面より、
慈悲の側面を表す文字と解釈して下さい。

「声」
これも言わずとしれた、読んで字の如く、「声」という字です。
私が音楽の中でも、声楽を第一の専門としている、
ということもあるのですが、
もう一つには、僧侶用の仏教音楽である、
「声明(しょうみょう)」を頑張ろう、という意思も込めています。

さて、一つ一つはこのような意味合いですが、
今度は組み合わせ、という観点から見ていきます。
まず「梵智」をそのままに意味づけするとしたら、
「大宇宙の智慧」とか「梵天(ブラフマン)の智慧」、
ということになり、
「惇声」を意味づけすると、
「暖かみのある声」とか「真心のある声」となります。

仏教の奥義は智慧と慈悲の不二(ひとつであること)ですが、
「梵智」が智慧を表し、「惇声」が慈悲を表します。
分解すれば、「智」と「惇」がそれを表すのです。

名前の天地である、「梵」と「声」を組み合わせれば、
「大宇宙の声」である森羅万象の音になります。

これらすべての意味合いは、
坊さんとしての私には当然課していることですし、
音楽家としての私にも提示されている目標、信条です。

この4文字を呉音で読むと、「ぼんち じゅんしょう」になり、
漢音で読むと、「ふぁんち とんせい」になります。
さて、感想文を前回の日記に対していただきました。
その中でのご質問に回答したいと思います。

私が、「梵智さん」なのか「惇声さん」なのか、という問い。
つまり、どちらで呼ぶのが正しいのか、ということですね。

ずばり結論としては、「梵智さん」なのです。

皆さんは「一休さん」をご存知ですよね?
「一休さん」の実名は「一休」ではありません。
実名というのは、私で言うところの僧名、
つまり、「惇声」の部分です。
「一休さん」の実名は「宗純(そうじゅん)」といいます。
フルネームで書けば、「一休宗純」。
形式は「梵智惇声」と同じです。

確か禅宗だったと思いますが、
坊さんを呼ぶとき、下の名前は呼びませんでした。
「宗純さん」とは呼ばないわけです。
これは失礼にあたる、とされています。
武士の世界でも、一番下につく名前は、
呼ばないのが礼儀でした。
例えば、大岡越前守忠相、というお奉行さんがいましたが、
彼に対して「忠相さん」なんて無礼は誰も申しません。
もし彼が誰か殿様にでも仕えている人間であれば、
その殿様は「大岡」と呼んだでしょうし、
実際江戸城内では「越前守殿」だったでしょう。

しかも、坊さんの世界でもさらに徹底したところでは、
下の名前さえも、生前の仮名、として扱われ、
死後、初めて「本当の下の名前」が公表される、
という習慣も物の本で読んだことがあります。
つまり、下の名前は絶対不可侵なのです。

・・・まあ、私の場合そこまで徹底しているわけではないですが、
正しいのはどれか、と尋ねられたら、
「梵智さん」が正しい、ということになります。

実際出家前もネット上のハンドルネームは「ぼんち」だったので、
どのみち「ぼんちさん」と呼ばれていたのですよ。
音楽業界でも俗名より「ぼんち」の方が有名でしたし。(笑)

さて、これで名前の解説はお仕舞いです。
とりあえず私が、どんな人間になりたいか、
ということの一端はおわかりいただけたのではないでしょうか。

次回からは私と、私を取り巻く環境について、
基本的には時系列に沿ってお話ししたいと思います。
まずは、私の生まれ育ちの概要からお話し致しましょう。

2009/12/07 11:46 | 私の説明書 | 1 Comment

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