小林信彦の二つの作品--ふたつめは『うらなり』(文藝春秋社)です-

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この作品は、夏目漱石の『坊つちやん』を基に、その中の登場人物古賀先生(すなわち「うらなり君」)の視点で物語のその後を書いている。

漱石が書いた本編の語り手である「おれ」は、物理学校を卒業するとすぐ四国(松山がモデルか?)の中学校に数学の教師として赴任する。そして無鉄砲な江戸っ子気質ゆえにさまざまな騒動を巻き起こし、しまいにはクビににもならないのに辞表を送りつけて東京に帰ってくるのだが、その「坊っちゃん」がとてつもなく「いい人」(=君子)として同情するのが古賀先生、すなわち「うらなり君」だ。

小林信彦はそこに注目する。

「ぼくの考えでは、坊っちゃんの行動は、うらなりから見たら、まるで理解できないのじゃないかと思うのですよ。不条理劇みたいでね」(創作ノート)と小林信彦は言う。

なるほど、狂言回しとしての異邦人が松山にパラシュート部隊(ある意味ではプレデター的?)よろしく突入し、土地の文脈もあらばこそ、直情的に滑稽な振る舞いでかき回した挙げ句、何の解決にもならないまま帰郷する「坊っちゃん」は、主人公というよりむしろ狂言回し(=仕掛け)に近いかもしれない。
語り手「坊っちゃん」は、単なる「ことの深い意味を察知しない」語り手に過ぎないのであって、「喜劇の向こう側に悲劇」を蔵している、という指摘も一理ある。

このアイディアは素晴らしい。
けれどその結果として完成した作品『うらなり』は、残念ながらあまり面白く感じられなかった。

なぜ古賀先生はこの作品中で「語り手」として存在しなければならないのか。
その動機は古賀先生の中にではなく、むしろ作者小林信彦自身の中にあるのではないか。
そういう疑問が最後まで解決しないままだったのだ。

名前のないタッグである「猫」にも「坊っちゃん」にも、へんてこりんな人間世界や四国の田舎という「他者」と出会い、それがいかに滑稽か、ということを語りたい欲望を抱えた、 いかにも初期夏目漱石漱石的な語り手だ。

それに対して「うらなり君」的語り手が、そのような欲望に支えられているのでないことは分かる。

淡々とした語りは、一見「うらなり君」にふさわしいとも言えよう。

だがでは、「うらなり君」は一体どんな語りの欲望を持っているというのか。

いくら作品『うらなり』が志賀先生の視点から語ろうとしていても、結局のところその「語り」は古賀先生のものではなく、四国か江戸か、という区分ではあくまで江戸(=「坊っちゃん」)の側にいる。しかも「坊っちゃん」のようには無教養でも無鉄砲でもない「モダン」な「東京少年」としての小林信彦が、着想に頼って想像して書いたという範囲を超え出ていないように感じられてしまうのだ。

あるいは、視点は過去と現代の側なら、現代の側にいるといってもいい。

『東京少年』では自伝的な作品であるが故に、「東京少年」的な「モダンボーイ」小林信彦の視点が自由に過去と現在を行き来する。そしてそのことが、過去の自分を内在的に徹底して再構成するという作品の強度をしっかりと支えている。
それに対し、その同じ視点が『うらなり』の場合には、周到な準備にもかかわらず(あるいはそれゆえに?)圧倒的な視点の平板化を生んでしまった。
これを「静謐」と呼ぶ人もおそらく存在するだろうが、それは小林信彦的視点をあらかじめ無前提に共有することが前提になるのではないか。
『東京少年』は作品の語りそれ自体が時代に対して開かれているのに対して、『うらなり』では、語りがまったく閉じたところに終始している。ある意味では敢えて狭い場所に向かってボールを投げ込んだ、というべきかもしれない。

『東京少年』という見事な作品を読んだ後で『うらなり』を読むと、むしろ「うらなり君」の側からではなく、「坊つちやんを評価する気にさせなかった」といい切ってしまう(創作ノートP176)「東京少年」としての小林信彦の側から、徹底的に「おれ」と「うらなり君」を同時にずらして見ていったならばもっと面白い作品になったのではないか、と無い物ねだりをしてみたくなった。

それは、読者としての「私」の恣意的な欲望に過ぎないのだろうか。
それとも、小林信彦の名を持つ言葉が、「私」にそれを欲望させているのだろうか。
その答えを探すためにも、もう一つ別の種類の小説をこの作家に書いて欲しいと思う。
つまり、佐藤正午の『5』や佐藤亜希の『ミノタウロス』のような圧倒的に面白く、しかも徹底的に虚構化された語りが書かれてしまっているからには、この二つの作品のもう一歩先を望みたくなってくる、ということだ。

大きなお世話は重々承知の上で、なお欲望しておきたい。

2 Responses to “小林信彦の二つの作品--ふたつめは『うらなり』(文藝春秋社)です-”

  1. 深爱五月激情 Says:

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  2. nike internationalist heren Says:

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