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2011/03/07

京大のカンニング事件。
報道を見ていて、怒りを覚える。

まずマスコミは、「若者」か「ネット」というキーワードがきたら「闇」か「依存」しかつけない。
産まれた時からケータイが身近になったからどうとか。
なんでもかんでもネットに頼る時代だとか。
自分が理解できないものに対して拒否感を示すまではいいが、貶めるのはいかがなものだろう。
大半の若者は、ネットでしかコミュニケーションができないのはなく、コミュニケーションの1つの手段としてネットを利用しているだけだ。
ごく少数にばかりフォーカスして、それがまるで大半を占めるような報道の仕方は情報操作以外の何物でもないと思うのだけど。
コミュニケーションがどうのこうの、というなら、若者を理解できない自分たちが、若者とのコミュニケーション能力が欠落している証だということを理解してほしい。
そもそも、育児の観点からすれば、私たちをコミュニケーション不全と言うなら。
「若者(10代20代)」を育ててきた年代(50代60代くらいかな)が、コミュニケーション不足だったからこそ、コミュニケーション不全の子どもばかり育ってしまったのだと、なぜ思えないのだろうか。
若者否定は、自分たちの育児能力や社会形成能力も否定していることにほかならないでしょう。
自分たちが思い描く教育や育児や社会の在り方が、偉そうに言えるくらいきちんとしていれば、否定するような若者は量産されていない。
便利さと成果主義という資本主義の在り方を、そのまま素晴らし物として受け入れ、大きな未来の在り方なんか考えもせず、なんとなく目の前の資本主義に踊らされていたから、こんな嘆くような世の中になっただけだ。
そろそろ、被害者ぶるのもやめてほしい。
20年そこそこしか生きていない人間と、その倍も生きている人間と、どちらがより社会に対しての責任があるか、考えてみてほしい。
私には数年前まで、選挙権すらなかったのだ。
社会の在り方を、公的に行使する権利すら与えられていなかった人間に、どうしてこんなに無責任に非難ばかりできるのだろうか。
私にはわからない。

ケータイを早打ちさせてワイドショーでさも大変なことのように報道しているのもみたが、アホじゃなかろうか。
毎日やってるんだから早いに決まってる。
毎日料理してれば、ある程度うまくなるのと同じだ。
ケータイを早く打てるから、カンニングをしたわけじゃない。
そんなのむしろどーでもいいことだ。

数年前、高校生がカンニングをし、教師に問い詰められたとして自殺した事件が大々的に報道された。
あれは私の母校で、関係者だった元担任は、その数週間で見る影もないほどにやつれてしまった。
教師が周りを取り囲んで責めた、とか、事実をまったく検証しないような報道が行われいた。
その時の風潮は「カンニングくらいで、そんなことして」というものだった。
カンニングくらいで問い詰めるなんて、教師が取り囲むなんて、という報道をしていたではないか。

なのに、今回の事件はどうだ。
同じ”カンニング”ではないのか。

むしろ、そんなケータイで何度も投稿してしかもそれを確認しているにも関わらず、気付かないような監視体制に問題があるんじゃないのか。
警察に届けるようなものなのか。
しかも逮捕まですることなのか。
罪状は「偽計業務妨害」だっけ?
マスコミの報道のほうが業務を妨害してるんじゃないの??
というか、カンニングを未然に防ぐために監視官がいるんじゃないの??
監視業務を全うできてない人間が、業務を妨害されたとかよく言えるもんだと思う。

しかもあんな風に報道されて。
住んでいる地域も報道されて。
もうネットで検索すれば、逮捕された浪人生の名前や住所、在籍していた学校の名前や写真、人となりまで閲覧することができるだろうね。
たかがカンニングで、もしかしらその人は自殺に追い込まれるかもしれないんだよ。
マスコミの過剰な報道のせいで。

カンニングくらい、学内で処理できるでしょう。
その人はもう、大学に行くことはできなくなってしまうだろーね。
他の学校にも受かっているみたいだけど、どうせ入学拒否とか、いたたまれなくて行けないとかで。

ネットの闇だの依存だのって、言葉だけで結局なんの理解もしていない。
ネットが怖いのはそういうところでしょう。
ネットに残されている大量のログを、情報を、検索できる人がいる。
世界と繋がっているから、新しい情報をどんどんと公開する人がいる。
それは、情報の良し悪しを区別せず。

マスコミの心ない報道で。
自分たちは悪くない、という責任逃ればかりの世代のせいで。
カンニングくらいで、これからの人生をぼろぼろにされた人がいる。

本当に怒りを覚える。

声を大にして言いたい。
今の若者を非難する前に、自分たちが作ってきた社会や教育あり方を見直せ。
ゆとり教育を推進したのは、誰だ。
その時に選挙権を有していたのは誰だ(教育方針は選挙で決められるものではないけど)。
物質的に豊かになることのみを追いかけて、資本主義のみに傾倒したのは、誰だ。

私たち若者ははバブルも知らない。
不景気しか知らない。
ゆとり教育しか知らない。
物質至上主義の資本主義しか知らない。

それは、私たち若者の責任なのか。
考えてみてほしい。

でもだからって、私は責任を他人に押し付けるつもりもない。
私は私なりに、できることをちゃんとやっていこうとしている。
選挙にも行くし。
こうして記事を書いたりするし。
私のできるかぎりの育児をしている。

20年後、王子が大人になった時、「どうしてこんな社会にしたんだ」と言われないように。
ちゃんと、私はできることをやったと言えるように。

2011/03/07 06:14 | 母はまじめに考える | No Comments