« | Home | »

2010/04/20

偉そうなことを言えるほど、私は育児の達人でもないし、経験があるわけではない。
私のおかーさん歴は、たったの1年で。
子ども歴のほうがはるかに長い。

でも。
どうしてこんな苦しそうに子育てしてる人が多いのかなぁ、とも思う。
子どもがわからない、とか。
どう接していいかわらかない、とか。

親子や家族って、血のつながりはあまり関係ない。
どれだけ、互いに理解しようとし、理解してもらおうとし、近づこうとし、よりよい関係を築こうとしてきたか、が大事だと思うのだ。
子どもをわかろうとしない限り。
自分をわかってもらおうとしない限り。
たくさんある人間関係の中で、親子や家族としてずっと一緒にいることはできないと思うのだ。

別にそういった宗教を信じているわけでもないし、確証があるわけでもないが。
私は王子がきてくれて、本当に助けられている。
本当に、私を助けるために、旦那さまを助けてくれるために、きてくれたと思うのだ
私は本当に、子どもは親を選んで産まれてくると思っている。
それが、たとえ中絶されるとわかっていても、虐待されるとわかっていても、先天的な障害でさえも、だ。
親を救うために、助けるために、親は親を選び、そういう自分であることを選んで産まれてくると思うのだ。
自分の死や苦しみでさえも受け入れて、子どもたちは親を選んで産まれてきてくれるのだ。

いろいろ考えていて、話を聞いて、カウンセリングの勉強をしている中や、胎内記憶(赤ちゃんが母親のお腹の中にいた時や、もしかするとそれ以前の記憶)の本を読んだりしていて。
私はこの考えが一番腑に落ちた。
王子が産まれてきてから、私の精神は安定したし(以前は精神病と診断されていた)、夫婦関係もよりよくなった。
私と両親との関係もよくなったし、自分と向かいあうために、カウンセリングの勉強も始めた。
妊娠し、出産して約2年。
私は本当に変わったと感じるし、言われる。
本当に助けにきてくれたと思うのだ。

だからといって、それを信じろ、信じれば楽になる、というわけではない。
子育てを楽にする方法は、子どもの方が自分よりはるかに上等で、上質で、完璧な存在であると認めてしまえばいいのだ。
排泄物の処理もできず、自分の栄養摂取することもでない存在が、どうして完璧だと思うかもしれない。
が、考えてみてほしい。
親だとうが何だろうが、所詮、他人だ。
別個の存在だ。
そんな存在に、自分のすべてをゆだねることが、あなたにはできるだろうか。
温かい場所で、栄養も供給され、排せつ物の処理も勝手にされる世界から、いきなり別世界に来て、食事も、排せつも、自分の命を左右するそのすべてを他人にゆだねることができるだろうか。
彼らはやすやすと、そんなことをしているのだ。
それが、私達より上質でなくて、なんだと言うのだ。
私達は大人は、やれ旦那が浮気をしてるだの、愛してくれだのと、文句ばかりで。
すべてをゆだねられるような信頼関係なんて、稀有でしかない。

虐待された子どもの書いた本を読んだことがある。
もちろん、壮絶な虐待の内容にも驚いたが、驚愕したのは、それでもなお母親を求める子どもの心だ。
自分を傷つけ、嘲笑し、物のように扱って、それでも親に愛されたいと思う子どもの心だ。
そんな親でも、子どもは愛してくれるのだ。

そんな素晴らしい存在を、どうにかしようとする必要なんてないと思うのだ。
私達大人は、赤子よりできることが少し多いだけなのだから。
赤子の可能性を狭めることのないようにと思いながら、共に生活してけばいいと、私は思うのだ。
自分より上質である魂と、何か教えるとか、育てるとか思わずに、学ぶことばかりと思えばいいのだ。
自分よりずっと上であると認めてしまえば、本当に楽になる。

私は、そうわってから、本当に楽になった。
苦しいと思ったことは、それはあるし、殴りたくなった事もあるけれど。
自分をダメな親だとか思ったことはない。
だって、赤子の方がはるかにすごいのだから。
それなのに、それもわかっていて自分のとこにきてくれたのだから。
ダメと思った時は反省し、それでも愛してくれる子どもに感謝し、一緒に生きていけばいいと思うだけだ。