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2010/11/12

王子はただいま1才8ヶ月くらい。
もう習い事かよ!とお思いでしょうが、別に英語やらお受験対策やら、というわけではありません。
リトミックというリズム遊びをさせたいなーと思っていたのです。

で、近くの公民館でやっているということで行ってみたところ。
泣きわめいて脱走(涙)。
結局、ほとんどホールにいることなく、時間終了。

あぁ…。
向いてないのか、と実感。

その後、卒園した保育園でリズム遊び(いわゆるリトミック的なもの)をやったりしているらしと。
というわけで行ってみました。
するとなじみ顔のベテラン保母さんがいるいる。
「あっこー!!!いつお母さんになってたのー!!!」と大騒ぎ。
もうやめてしまった保母さんまで駆けつける始末。
「あんなに手の掛かった子が、お母さんになって…」と、恥ずかしい保育園時代の話をされるされる。
聞きたくないっつーの!と思いつつ。
リズム遊びがスタート。

どうなることかと思っていると、ホールから続く他の部屋へ逃げ場があるからか、楽しそうに飛んだり跳ねたり。
途中遊びへ出かけたものの、終始にっこにこ。
ひとしきり終わった後、晴れていたので園庭へ。
庭へ放した途端、走り回る。
私がお世話になった保母さんとくっちゃべっている間、ずーっと勝手に砂遊び。
なんて楽な子だ。
まだまだ遊びたそうだったけど、回収して帰宅。
おなかが空いてどうしょうもなさそうだったので、おにぎりを買ってあげると、珍しく半分も食べ。
そくざに撃沈。
めずらしく2時間半も昼寝。

最近は体力がついてきて昼寝時間が短くなってきていたんだけど、ありがたい母親の休憩にもなりましたー。

しかも、ありがたいのは無料!ってこと。
保育園のおもちゃでも遊べるし。
また行こう!

そして近くの保育園の園庭解放にも行ってみます。
楽しいなー♪

やっぱり、親の「やらせたい」だけで習い事させてもダメなんだと実感しました。

11:11 | 母はまじめに考える | ■子どもの習い事。 はコメントを受け付けていません
2010/09/03

友達から、「一読者として訊きたい。母親業に向いてる人、向いてない人は?」と、聞かれた。
ので、少し考えてみた。

そもそも私は「やってみたら意外と向いてたかも」とは思っているけれど、決して世の中的に「母親が向いている人間」とは思わない。
相変わらず特に子ども好きではないし、道端で往来の邪魔をしていたりする子どもの母親の、子どもがいるからわかるでしょう?的な感じにも普通にいらっとする。
結構、母親(というか、子どもがいる人間)として、どうなのかなー??と自分でも思ったりする。
本当にイライラすれば、王子がどんなに泣きわめようが暴れようが、押し入れの二階(上の段)に避難してマンガを読んでいたりもする。
正直、殴りたくなったことだって何度も何度もある。

そんな私が「母親の適正」を語るなんておこがましい気もするけれど、考えてみた(とはいえ、真剣に)。

私が思う、『母親の適正』は『必要な時に自分の欲望より子どもを優先する覚悟』だ。
例えば虐待は、自分の殴りたい欲望を、子どもの命より優先した結果だと思うし、
子どもを放置してホストクラブに飲みに行くのは、自分の遊びたい欲望を子どもより優先した結果ではないかと思うのだ。
自分がどんなにイライラしていても空腹の子どもを放置しないとか、外出の前に自分の化粧より子どものおむつ替えを優先するとか、結局は同じことだと思うのだ。
必要な時に、自分の欲望よりも子どもを優先できるか、できないか。

子どもができれば自分の欲望のままには生きられなくなる。
おやつだって子どもが見ると欲しがるから食べられなくなるし、服も靴もバックも制限されてくる(そうじゃない人もいるけど、それを貫き通すにはかなりのエネルギーがいる)。
それなりに経済的なものも必要になってくるから、自分の好き勝手には使えなくなってくる場合の方が多いだろう。
部屋の掃除も増えるし、夜遊びもできなくなる。妊娠中や授乳中にはお酒も食べ物も制限される。
家具も壁紙も汚れていくし、いたずらの規模もどんどんと拡がってゆく。

それでも、得るものはそれ以上と私は感じる。
笑ってくれれば本当に幸せを感じるし、その成長を見られるのは何にも代えがたい喜びだ。
自分も成長できるなと思うし、成長できているなと思う(他人から見てどうかはわからないけどね!!)。

それに何より、子どもはやっぱり自分を親に選んで来てくれると思うし、幸せにするためにしてくれるために来てくれたと思うのだ。
だから、子どもにはできる限り幸せになってほしいなと思うし、自分も幸せにならなきゃなと思う。
もちろんその幸せが、子どもよりも自分の欲望を優先する幸せではないと思うけど。

08:15 | 母はまじめに考える | ■母親の適正を考える。 はコメントを受け付けていません
2010/07/23

仕事を始めて約半年。
珍しく王子ががっつり熱を出した。
これまで、突発性湿疹以来の、ちゃんとした発熱(というのもおかしいけれど)。
これまでほとんど風邪知らずだった王子。

実は週の半ばから、具合が悪くなりそうだなぁと思っていました。
仕事が休みの日も、友達と遊んでしまったため、ゆっくりできませんでした。
それはそれでもちろん王子も楽しく遊んでいたのですが、疲れがたまってしまったよう。
金曜日に出勤し、迎えに行ったら39度の熱。
病院でも病院からの帰宅後も、ずーっとおっぱいを離しません。
体温が高く寝苦しいらしく、すぐに起きてしまいます。
そして、久しぶりの嘔吐。
おっぱいをがぶ飲みしたため、大量のおっぱいがそのままでてきます。
その量を見ると、こんなに飲まれていたのかー、とおっぱいの生産量にちょっと感動します(笑)

さて、問題は次の日。
実はその週の土日、私が仕事を始めることにした目的である勉強会があったのです。
土曜日の朝ももちろん、熱は下がらず…。
それでもその日を逃すといつ次に進めるかもわからないし、静岡までいかないと同じ講座が受けられない。
目的のための仕事のせいで、子どもが熱を出してしまうという本末転倒ぶり。
しかもタイミング良く、旦那様も仕事を休めない日。
もう本当に申し訳なさでいっぱいになりながら実家に預け、講座へ。
結局、旦那さまに仕事を早引けしてもらいました。
帰宅後もひたすら抱っこ&おっぱい。

やっぱり、何のために仕事をしているのか、ちゃんと考えて働かなくてはいけないな、と反省&実感させられました。

本当に、ごめんね王子。
 

11:57 | 子育て雑記, 母はまじめに考える | ■王子の発熱。 はコメントを受け付けていません
2010/05/09

働く(今回は、お金を稼ぐ、という定義)、って何だろうか。
久々にバイトを始めて考えるようになった。

私のように、手の職もなく、資格もない人間の場合、大抵パートやアルバイトや派遣が一番多い選択肢で。
バイトやパートは時給制なので、つまりそれは時間の切り売りに他ならない。
どんなに働いてもたかがしれてるし、社会的な保証もなければ、将来もほとんどない。

とはいえ、他に優先事項がある場合、責任もないバイトは楽でいい。
私は学生時代もすんごいバイトをしていて、1ヶ月に20万くらい稼いだこともある。
その頃はなぜか責任感とかすごくあったけど、今は皆無。
バイトで、時間を切り売りしているのだから、休むときは休む。
自分の都合のいい時しか、働かないように決めている。

だって、私には優先すべきものがあるから。
それは育児であり、家事である。
それを優先できないバイトなら、私はすぐにやめようと思っている。

確かに、バイト程度で働くと、子どもと離れて気分転換になるし、社会とのかかわりが生まれるし、生活にメリハリもできるし、自分が必要な人間な気分が味わえるし、お金ももらえる。
でもそれが楽しくて、育児や家事がおろそかになってはいかんなーと、すごく思う。

先日、知人の娘さんが熱を出し、救急車で運ばれた。
父親がついていてくれたけど、母親の自分は残業していたと言うのだ。

別に、それが悪いとは思わない。
何を取捨選択するのは個人や家庭や家族の自由だし、他人にはわからないいろんな事情があるのだろうから。

ただ、私はそういうのは嫌だ、と思うのだ。
JunkStageの飲み会で、実は幼稚園の園長さんをやっている方がいて。
「僕は、保育園に子どもを預けて働いて、良い車に乗っていて、数年に一度は海外旅行をしてる親を見ると、どうかなと思う。僕が幼稚園の園長をやっていて、幼稚園が子どもを預かる時間が短いのは、基本的に子どもは親を一緒にいるのが良いと思っているからだ」というようなことを言っていて。
すごく納得したのだ。
近く保育園の前を通る時、エルグランドとか止まっていると、なんだかなぁと思うのだ。

働いて、お金を稼ぐ。
それは、何のためなのだろうか。
保育園に子供預けて働かないと生活が成り立たないのならば仕方がないし、そういう人は社会福祉というもので守られるべきだと思う。
でも。海外旅行や良い車のために、子ども預けるのって、どうなんだろうな、と私は思うのだ。

何のために働き。
何を得るために働いているのか。
常に忘れないようにしよう、と、バイトに行くたびに思う。

だって「水野さん、この日、入れない?」と言われると、ついつい働きたくなってしまうのだ。
欲しいものなんて山ほどあるし(必要かどうかはおいておいて)。
ありがたいことに預け先もあるし。

ちなみに、私の母はフルタイムで働いていたので、すごくさみしい思いを私はした。
やっぱり保育園で最後まで迎えに来てもらえなかったりすると、すごくさみしい。
家に帰って、誰もいない玄関をあけるのはさみしい。
私の今現在思いだせる一番古い記憶は、新しく替わった保育園に預けられ、母親を泣きながら追いかけようとしているところで。
そういったたぐいのさみしさははたぶん、同じ保育園や学童クラブに通っていた全員が共有していたように思う。
でも、そのおかげで、私は自由に学校を選ぶことができたし、大学に行った後に専門学校まで行かせてもらえたし、今もなんだかんだと助けてもらっている。
それはすごくありがたくて、とても感謝している。
だから一長一短だなと、思うのだ。

子どもにさみしい思いをさせて。
働くのは、何のためか。
子どものために”働かない”(帰るとか、1日でも休むとかも含む)を選ぶ境界をどこにするのか。

だからこそ、考えなくてはならない。
と思う。

10:14 | 母はまじめに考える | ■働く、ということ。 はコメントを受け付けていません
2010/04/20

偉そうなことを言えるほど、私は育児の達人でもないし、経験があるわけではない。
私のおかーさん歴は、たったの1年で。
子ども歴のほうがはるかに長い。

でも。
どうしてこんな苦しそうに子育てしてる人が多いのかなぁ、とも思う。
子どもがわからない、とか。
どう接していいかわらかない、とか。

親子や家族って、血のつながりはあまり関係ない。
どれだけ、互いに理解しようとし、理解してもらおうとし、近づこうとし、よりよい関係を築こうとしてきたか、が大事だと思うのだ。
子どもをわかろうとしない限り。
自分をわかってもらおうとしない限り。
たくさんある人間関係の中で、親子や家族としてずっと一緒にいることはできないと思うのだ。

別にそういった宗教を信じているわけでもないし、確証があるわけでもないが。
私は王子がきてくれて、本当に助けられている。
本当に、私を助けるために、旦那さまを助けてくれるために、きてくれたと思うのだ
私は本当に、子どもは親を選んで産まれてくると思っている。
それが、たとえ中絶されるとわかっていても、虐待されるとわかっていても、先天的な障害でさえも、だ。
親を救うために、助けるために、親は親を選び、そういう自分であることを選んで産まれてくると思うのだ。
自分の死や苦しみでさえも受け入れて、子どもたちは親を選んで産まれてきてくれるのだ。

いろいろ考えていて、話を聞いて、カウンセリングの勉強をしている中や、胎内記憶(赤ちゃんが母親のお腹の中にいた時や、もしかするとそれ以前の記憶)の本を読んだりしていて。
私はこの考えが一番腑に落ちた。
王子が産まれてきてから、私の精神は安定したし(以前は精神病と診断されていた)、夫婦関係もよりよくなった。
私と両親との関係もよくなったし、自分と向かいあうために、カウンセリングの勉強も始めた。
妊娠し、出産して約2年。
私は本当に変わったと感じるし、言われる。
本当に助けにきてくれたと思うのだ。

だからといって、それを信じろ、信じれば楽になる、というわけではない。
子育てを楽にする方法は、子どもの方が自分よりはるかに上等で、上質で、完璧な存在であると認めてしまえばいいのだ。
排泄物の処理もできず、自分の栄養摂取することもでない存在が、どうして完璧だと思うかもしれない。
が、考えてみてほしい。
親だとうが何だろうが、所詮、他人だ。
別個の存在だ。
そんな存在に、自分のすべてをゆだねることが、あなたにはできるだろうか。
温かい場所で、栄養も供給され、排せつ物の処理も勝手にされる世界から、いきなり別世界に来て、食事も、排せつも、自分の命を左右するそのすべてを他人にゆだねることができるだろうか。
彼らはやすやすと、そんなことをしているのだ。
それが、私達より上質でなくて、なんだと言うのだ。
私達は大人は、やれ旦那が浮気をしてるだの、愛してくれだのと、文句ばかりで。
すべてをゆだねられるような信頼関係なんて、稀有でしかない。

虐待された子どもの書いた本を読んだことがある。
もちろん、壮絶な虐待の内容にも驚いたが、驚愕したのは、それでもなお母親を求める子どもの心だ。
自分を傷つけ、嘲笑し、物のように扱って、それでも親に愛されたいと思う子どもの心だ。
そんな親でも、子どもは愛してくれるのだ。

そんな素晴らしい存在を、どうにかしようとする必要なんてないと思うのだ。
私達大人は、赤子よりできることが少し多いだけなのだから。
赤子の可能性を狭めることのないようにと思いながら、共に生活してけばいいと、私は思うのだ。
自分より上質である魂と、何か教えるとか、育てるとか思わずに、学ぶことばかりと思えばいいのだ。
自分よりずっと上であると認めてしまえば、本当に楽になる。

私は、そうわってから、本当に楽になった。
苦しいと思ったことは、それはあるし、殴りたくなった事もあるけれど。
自分をダメな親だとか思ったことはない。
だって、赤子の方がはるかにすごいのだから。
それなのに、それもわかっていて自分のとこにきてくれたのだから。
ダメと思った時は反省し、それでも愛してくれる子どもに感謝し、一緒に生きていけばいいと思うだけだ。

10:57 | ストレスレス育児のミソ, 母はまじめに考える | ■育児に苦しんでいるお母さんに伝えたいこと。 はコメントを受け付けていません
2010/04/01

王子も1歳になり。
ハイハイはまったくしなくなり、まだまだガニマタ歩きではありますが、歩行もどんどん上手になってきています。

そんなこんなで。
まだ乳離れもしていませんが、離乳食も進み、昼間はおっぱいを飲まなくてもOKになってきて、生理も始める兆しがないので次の子のメドも立たないので。
バイトを始めました。

2歳くらいまでベタ付きで、と思っていたのです、が。
どうやら王子、そこまで親とべたべたしなくても大丈夫な子のよう(これは本当に個性)。
やりたいこともあるので、ちょっと働くことにしました。

やりたいことというのは、カウンセリングの勉強。
別にそれを職業にしたいわけではなく、自分のため、家族のために勉強したいのです。
妊娠期間を含め、ほぼまる2年、専業主婦をしていてわかったのですが(家事に目覚めたのはここ半年くらいのダメ嫁ですけどね!!!(笑)
家事は、掃除や洗濯、食事の支度はもちろんながら、一番大事なのは、家族のメンタルケアだなと。

家族って、やっぱり親を中心としたひとかたまりで。
親の感情にふりまわされがちで。
仕事だ、満員電車だ、ママ友だ、と、なんだかんだストレスをもらいがちな親の感情に振り回されがちだなと、実感。
実際、親のストレスって、どんどん家族に感染するんです。
それで、夫婦ケンカなんか始めてしまえば、子どもはぎゃん泣き。
ぎゃん泣きする子どもに親はさらにイラつく、みたいなストレス・スパイラル。
殺伐としてくるんです、これが。

そんなわけで。
やっぱり自分のストレスケアも、家族のメンタルケアもできるようになりたいなー、と思い。
それには多少のお金がかかるので、バイトを始めるに至りました。

ついでに言えば、気分転換にもなり、仕事をして自分の存在を認められ、さらにお金という目に見える形で報酬もいただけて、すごく楽しいではないかと思ったのですが。
正直、私には今のところ、家事と育児の方が断然楽しいです(笑)
と、仕事を始めて2週間。
生理がきました!!!(笑)
約2年ぶりの生理。
ものすごく戸惑います。
いやー、まるで初めての時のよう(笑)
生理痛なんて、すでに意味不明状態。
一体、どのくらいのペースでナプキンを変えればいいのか、さっぱりわかりません。
そもそも始まった時も気付かず、尿モレかと思いました(爆)
妊娠すると、その辺の筋肉がゆるむため(赤子を間違えて出してしまわないように、らしい)、下半身に力を入れたはずみにちょっとモレる、尿モレに悩まされる妊婦さんも多いもの。
くしゃみの時に気を使うものの、特にそんなことはなくきたのに、いまさら尿モレか!? と思ったのです(笑)
そしたら、パンツが真っ赤になってました。
いやーびっくり。
最初、何かと思いました。
これで、すぐに妊娠とかなってしまったら、どーしましょうね(笑)
こればっかりは授かりものなので、わかりませんが。

12:23 | 夫婦関係と子育て, 母はまじめに考える | ■仕事、始めました。 はコメントを受け付けていません
2010/02/26

オリンピックの開会式の選手入場の時、腰パンだったのが問題になり、記者会見をして「反省してまーす」と言ったのが大問題になったのですが。
私は最初、なぜそれが問題なのか一切わからなかった。

正直、25歳の私にとって、オリンピックが他の世界大会と比べて、なんで特別なのかもわからない。
だから、国家の威信とか国の代表とか言うのがわからない。
国母君は、自分の実力でオリンピック出場の機会を得たのであって、文部科学省やらなんちゃら省とかの推薦とかで出場しているわけではないのだから、政治家が文句を言うのもわからないし、文句言いたいなら欧米並みにスポーツに対してお金を使ってからにするべきだと思う。
街頭インタビューとかで「けしからん」とか平然と言ってるおじさんやおばさんが多かったけど、そもそも彼の出場する競技がどんなものかも知らないし、もちろん見たこともない人がなんでそんなこと言うのかわからない。
そもそも、彼は腰パンしか、ズボンの履き方を知らないのかもしれない。
私から見たら、安藤美姫のガングロと同レベルの話で、なんでガングロはよくて腰パンがいけないのかわからない。
自分にとって競技に必要な心構えなら、ガングロも腰パンも一緒じゃないのか。

そう思うから、ツイッターで上記のような事を呟いてみたら、フィルコさんから素晴らしい答えをいただいた。

曰く。
「オリンピックは他の大会とは違う。
戦争中や内戦状態の国から、本当に命をかけて脱出して出場する選手だっている。
そういう選手達が集まって競い合う場に敬意を表すため、ナショナルチームは正装する。
それを教えられない大人が悪い。周りの騒ぎ方はもっとダメだけどね。」

この、約140文字のフィルコさんの言葉で、私はこの事を記事に書こうと思ったのだ。
さらに追加の約140文字に、国母君の問題の原因が集約されていると思うのだ。

「騒がれ方を見る限り、批判してる大人は「自分達のメンツ」しか見てない。
そんなの全然関係なくて、オリンピックの歴史や、
参加する世界トップレベルの選手達への敬意や礼儀、
そういうものを軽く見て、子供に教えられない社会的な空気が一番ヤバイね。」

そもそも、問題になった会見だって、国母になぜ腰パンがいけなくて、なぜ謝罪の会見をしなければならないのか、誰も彼に伝えていないからあんな会見になるのだ。
彼は競技者としてのプライドがあるに違いない。
苦しい生活をしながら(アメリカのプロスノーボーダーの数十分の一も、日本のスノーボーダーは稼げないし、国母君もサラリーマンの平均年収より下との報道があった)、自分の実力で勝ち取ったオリンピックの出場権なのだ。
何が問題なのかわからないまま謝れと言われたら、今の若者のほとんどがあのような会見になるのではないかと思う。

私が問題だと思うのは、彼の態度を批判している世代が、批判されている世代を育ててきた、という事だ。
自分達が育ててきた子どもを自分達が否定するのは、おかしいことではないだろうか。
「親の顔が見てみたい」、と良く言うが、25年~30年上の世代が、自分の子ども世代を平然と批判するのはどうなのだろう。
国母君のお父さんは自衛官だそうだ。
お父さんは「次のオリンピックに息子は出る資格がない」と言っているそうだが、私は残念でならない。
私は、子どもが頑張って頑張って出場できたオリンピックなのだから、「自分の育て方が悪かった。悪いのは自分だ。批判するなら自分にしてくれ」と言う親に成りたい。

そして。
オリンピックの入場で腰パンをしてはいけないのはなぜか。
オリンピックはなぜ特別なのか。
それを教えてこなかった大人が、なぜ偉そうに彼を批判できるのか、私にはわからない。
なぜそういう若者が増えてしまったのか、と、自分たちが作ってきた社会や、選んできた教育の在り方を、反省できないのだろうか。

別に、今の社会の悪い所すべてを、私達の親世代(50代以上かな)のせいにするつもりはない。
その恩恵を受けているのも事実なのだから。
でも、誰かを批判する前に、自分達が子どもにしてきた教育や、生きてきた社会がどういうものだったのか、振り返ってみる必要があるんじゃないかと思うのだ。
もちろん、同じことが私達にも言える。

金メダルがすごいのか。
オリンピックに出場し、金メダルをとれるだけの努力を積み重ねができたことがすごいのか。

親になってみて思うのは、「なぜ」や「なに」や「どうして」が子育てにはとても重要なのだ。
「なぜ」してはいけないのか。
「なに」が悪いのか。
「どうして」謝らければならないのか。
そこをきちんとしてこなかった人たちや社会が、その結果である国母君(やその世代)を、批判してはいけないと思う。
そして、国母君が批判される事がおかしいと思う人たちは、その「なぜ」や「なに」や「どうして」を自分できちんと考え、大事にする社会を作っていき、自分の子どもを育てなくてはならないのだ。
いつの時代も、「子は親を写す鏡」なのだ。

自戒を込めて。
それにしても。
ヨナちゃんの鬼気迫る美しさ、まおちゃんの笑顔、みきちゃんのエロさ、みらいちゃんのかわいさ、あきこさんのはつらつさ。
女子フィギアは楽しかったし美しかったなー。
だいすけくんとのぶなりくんとと共に、みんなソチに期待。

08:50 | 子育て雑記, 母はまじめに考える | ■親になって見る、バンクーバーオリンピック・国母君のお話。 はコメントを受け付けていません
2010/02/17

子育てをしていると、多く使ってしまう言葉。
親と言うのものは。
他人の子がたくさん食べる分には「たくさん食べるのは元気な証拠」と言い、自分の子だと「この子、本当に食べ過ぎでお腹なんかぱんぱんで困る…」と言う、摩訶不思議な生き物。

「やれ歩くのが遅い」「しゃべるのが早い」と友達と比べてしまいがち。
成長には差があるし、数ヶ月後に振り返ってみるとそんなことで悩めて幸せだったなと思うんですが(笑)
何より子育ては、日が追うごとに大変になっていくのでして。

確かに成長の目安はあるものの、その子の興味の方向によって順番がかわってくるのが日常茶飯事。
首が据わる前に寝がえりをする子も居れば、ズリバイができるようになるまで寝がえりをしない子もいます。
ハイハイがやたらと早かったのに、歩くのがすごく遅い子もいます。

しいて言うなら、下の子ほどしゃべるのが早い、というのは本当。
それは、言葉はまずインプットがあって、それがいっぱいになるとアウトプットが始まるものだからです。
深い、底の見えない井戸に2年くらいかけて、毎日毎日言葉という水を入れ続けると、ある日水道の蛇口をひねるように言葉があふれだすそうです。
つまり、インプットが多ければ、アウトプットもある程度早くなるので、兄弟が多く、たくさんの会話を聞く機会の多い下の子達は、言葉がでるのが早い事が多い、というわけです。
じゃぁテレビを見させておけばいいかというと、それは違い、生の人間同士の会話、または自分に話しかけられた言葉でないと、いけないようです。
なので、お父さんが仕事に励み、ほとんどシングルマザーのようになっているお家の子は、言葉が遅い傾向にあるようです。
また、脳の構造の違いによって、女の子の方が男の子よりも言葉は早い傾向にあるそう。

うちの子はどうやら、興味の方向が歩く事に向いているようで。
お座りより先に、つたい歩きをしていました。
最近できるようになったハイハイを1ヶ月もしないうちに、数歩歩けるようになりました。
そして手を離して歩けるようになった途端、カタカタを使ってひたすら歩きまわっています。
立っていられるようになったので、今までできなかったカタカタの方向転換もできるようになり、壁にぶつかれば方向転換、壁にぶつかれば方向転換、とひたすらカタカタの音が響いています。

言葉はそこまで早くなく、うんちをしても「んまんま」、おっぱいが欲しくても「んまんま」、ごはんが食べたくても「んまんま」としがみついてきます。
どうやら、自分ではできない何かをしてもらいたい時に使っているよう。

友達の、王子より1ヶ月年上の女の子は、すでにちゃんと大人にわかる使い方で「ママー」と言っています。
が、歩いてはおらず。
高速ハイハイで移動しています。
ハイハイが長いと、足に筋力がついてから歩くことになるので、歩き始めた途端に走れるようになってたりするそうです。

子どもの成長は本当に早いので。
来週の更新の時には、てくてく歩いているかもしれません。

11:21 | 母はまじめに考える | ■早い、遅い。 はコメントを受け付けていません
2010/01/23

知り合いに。
「専業主婦は税金払ってないんだから仕事じゃない。家でのんびりしてる人間に、控除とかあってムカツク」という趣旨のことを言われた。
世の中一般的によく言われることだし、必死で働いている人からすればそう見えるのだろう。

正直。
妊娠して、学校も辞め、バイトも辞め、ずっと家にいるときは、職業欄に「主婦」と書くのは抵抗があった。
「社会的地位のあるニート」と言ってた事もあるし、今でも冗談で言ったりもするし、職業欄に「主婦」と書くのは、なんだかしっくりこない。
職業、ではないんじゃないかな、と思うからでもある。

サラリーマンが主婦を養っていると税金も控除される。
年金も会社に払ってもらえる。
子育てを自分でしてれば、金銭を得ることもないから、消費への貢献度も低い。
自分自身の労働で金銭を得ていないから、その分の税金も払ってない。
子育ても自分でするから、保育士という雇用の創出にも貢献していない。
さらにうちは母乳で布おむつなので、オムツメーカーにもミルクメーカーにも貢献していない。
主婦はニートかもしれない。

でも、だからと言って、それを体験していない人に言われたくない、と思うのはなんでもそうではないだろうか。

まず、子どもが産まれない社会は縮小していくだけだ。
だから出生率の落ち込んだ先進国はこぞって少子化対策を行った。
ヨーロッパの必死さはすごいじゃないか。
国が成長していくには、子どもは絶対に必要な存在なのだ。
未来への投資なのだから、多少優遇されてもいいんじゃないかとも思う。
日本ほど、子育てに金のかかる先進国はないのだ。
本当に必要なのは、子どもがいるから経済的にプラスする政策、ではなく。
子どもがいてもマイナスにならない社会の仕組み、だと思うのだが。
日本ではまだそういう社会の仕組みにはなりそうにないのだから。

「家事って一日を費やすような仕事じゃない」とも言われたけれど。
毎日掃除機をかけ、クイックルをかけ、洗濯物を干し、たたみ、布団を干し、Yシャツにアイロンをかけ、お弁当を作り、買い物をし、ごはんを作る。
という家事の中に、子どもという存在が入ると結構大変だ。
正直、じゃぁ同じレベルで家事も育児もやってみてください、と思う。
そのうえで仕事をしているなら、何を言われても反論しない。

翻って。
保育園に子どもを入れて親が働き、母乳ではなくミルクで育て、紙オムツをばんばん使い、離乳食はレトルトを使い、子ども服も育児用品も買いまくれば、税金にも消費にも貢献できるし、社会の労働力ともなれるし、雇用の創出もできる。
世の中が資本主義である以上、その方が社会に貢献できるだろう。
が。
それは本当に親子にとって幸せなのだろうか、と思う。
親が離婚して、父親か母親か祖父母に育てられ、保育園で日々を過ごしている子が不幸だと言うわけではない。
両親がいて、母親が専業主婦でつきっきりで面倒見てもらっている子が幸せとは限らない。
でも。私は保育園でいつも母親の帰りを待つのは寂しかった。
帰ってきた母親が、ストレスでイライラしているのは悲しかった。
親が離婚している友達は「やっぱり、父親がいる家庭がうらやましかった」と言っている。
だからわたしは、子どもが小学校に上がるくらいまでの間、専業主婦でいたっていいじゃないか、と思うのだ。

でも、両親が働いているからこそ、私は金銭的には恵まれた生活を送ってこれたのも事実だ。
なんでもそうであるように、何事にもプラスとマイナスが必ずある。
だからこそ仕事をしているから偉いとか、していないから劣っているということはないと思うのだ。
子どもが自分のおかれた環境をどう思い、それが子どもにどんな影響を与えるかなんて、はかりしれないなのだから。

ちなみに。
私の住んでいる埼玉の田舎の市でも、待機児童が多すぎて、フルタイムでも公立の保育園に入れない。
専業主婦の友人は、「働きたいから保育園に入れたいけど、保育園に入れられないから仕事探しもできない。仕事が決まってないから、保育園に入れてもらえない」と。
これが、日本の現状だ。

結局。
仕事をしているから偉いとか、専業主婦だから劣っているとか、ないと思う。
正直、家事と子育てを金銭に換算したらいくら、とかそんなくだらない調査はもういい。
子育ても家事も社会的ないわゆる「仕事」も、みんな仕事で、素晴らしい労働だ、とみんながそういう認識を持てる社会が素晴らしいのだと思う。
そして。
シングルマザーでもシングルファザーでも、主婦でも主夫でも、誰でも。
妊娠や出産、子育てをすることになったときに。
子育てと社会的な仕事を両立するのも、社会的な仕事をしないで子育てをするのも、選べる世の中であってほしいと思う。

関係ないけど最後に。
JunkStageの代表と明け方にメールをしていた時に。
彼女は仕事で起きていて、私はおっぱいで起こされたついでに起きた午前3時半。
「主婦って、専門職だよね。わたしにはできない」と言われて。
死ぬほど働いている彼女の言葉だけに、すごく嬉しかった。

12:05 | 母はまじめに考える | ■主婦は、仕事か否か。 はコメントを受け付けていません
2010/01/16

点検中王子1(掃除機のコンセントを引っこ抜いたところ)
点検中王子2(おとーさんが来てはしゃいでいるが、この後怒られて泣く)

王子が産まれてはや、10ヶ月。
龍馬伝の福山雅治を指差し「ほら、パパだよ」と言い。
「英語の勉強」と言いながら初夏公開という噂の「SexAndTheCity2」の予習のため、ドラマを見ている今日この頃。
エーサイキョウイクはばっちりです。

このところ、本当につかまり立ちとハイハイとずりばいを駆使して、家中を点検して回る王子。
普通は嫌がる掃除機も大好きで、かけていると必ず近寄ってきて、ぺしぺし叩き「ちゃんと働けよ(実際は、あーうーとか)」と声かけをおこたりません。
掃除大好きハニーちゃん(旦那さま)がぱたぱた(ほこりをはらうやつ)をかけていれば点検(邪魔)。
私がキッチンの引き出しを開けていれば点検(中身をちらかす)。
下駄箱の扉があいていれば点検(靴を引っ張りだす)。
リビングの棚の扉を開けては点検(ペン立てをひっくり返しばらまき、CDやらキンチョールやらを出す)。
着替えている最中、クローゼットの中を点検(バックやバックの中のカードケースやパスケースを出してぶちまける)。
バックがあれば、点検(中身を全部ぶちまけ、財布をよだれまみれに)。
おかーさんが昼寝なんぞしようもんなら…………。
点検されすぎてとんでもないことになっています。

でも、ここで怒ってはいけません。
イライラしてもいけません。
触られたくないものを、触れないようにしておかない自分がいけないのです。

たたんだ洗濯物をぐちゃぐちゃにされても、キッチンに落ちているネギの青い部分を口にくわえていても、白菜の葉っぱをむしられていても、整理したジップロックコンテナーを全部ぶちまけられても。
それはそうされるようにしてしまった親(自分)がいけないのです。

洗濯物をたたむときは、ハンガーと洗濯バサミを与え。
パソコンをやる時は、マウスを与え。
キッチンにきたら、ジップロックコンテナを2つばかり与え。
生協のカタログをみる時は、見ないページを与え。
とにかく興味を持つ「親がやっている&持っている何か」から興味をそらすのです。

そこで大事なのは、父親と母親の触っていいもの・悪いものを統一することかなーと思います。
おかーさんはハンガーで遊ばせてくれるのに、おとーさんは怒る、では赤子も混乱するかなと。

我が家で徹底してるのは、親が先に触るな、と言ったもの以外は点検されても怒らない事。
怒る時は、2回警告して、3回目は思いっきり手を叩く事。
の、2つ。

何にでも興味がでてくるのはわかりきっているのに、出しっぱなしにしておいて子どもを怒るのはおかしいですよね?
どんなに大事なものでも、それは自分がいけないのです。
そして、本当に危ないものや、触られたくないもの(テレビとか)は、根気よく何度も「触ってはいけない」と教えます。
触りそうになる前に「触ったら怒るよ」と言います。
それでも触ったら、「やめなさい」と手をどかし、「次に触ったら叩くよ」と言います。
さらに触ったら「やめなさいって言ったよね」と手をひっぱたきます。
一瞬触ったくらいじゃやけどしそうにないものなんかは、「触ったら熱いよ」と言い、それでも触るなら触らせます。
当然熱くて泣いたりもしますが、「だから言ったよね」で終わり。
なぐさめたりなんて絶対にしません。

……と、文章にするとまじめっぽいですが。
実際は。
ハニーちゃんに怒られて泣いたら、「やーいおとーさんに怒られたー!!(のびたをいじめるスネオのノリで)」とからかったり(余計に泣く)。
椅子から落ちそうになって泣いてても「だから危ないって言ったじゃん」と助けもせずに写メっていたり。
ビデオに撮っておいて思春期に見ようもんなら、盗んだバイクで走りだし、校舎の窓ガラスを割ってまわりそうな感じな日々です。

ちなみに。
言ってることはだいたいわかっている(と思う)ので、言葉をかけるのはとても大事。
どんどん知恵がついてきているので、都合の悪いことは聞こえないふり、親の目を盗んでいたずら、怒られる時は絶対に目を合わせない、などはお茶の子さいさいですから。

08:43 | 子育て雑記, 母はまじめに考える | ■10ヶ月、王子は毎日点検中。 はコメントを受け付けていません

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