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2012/01/25

子どもの時間の流れって、本当に大人とは違うんだなと思う。

なんで子どもってこんなに今が楽しそうで、一生懸命なんだろうとふと疑問に思った。
自分の子どもの頃はどうだったかなとか思い出してみて、考えてみた。

大人にとって、時間は当たり前に、過去があって現在にあり、未来になる、という感じだと思うんだけど。
子どもの時間の感覚って、すべてが並列で進行してるんじゃないかと思ったりする。(個人差はあるけれど)

基本的に「今」しかない。

「今」食べたい。
「今」遊びたい。
「今」欲しい。

すべて「今」の感情で動いているから、約束というものが苦手。

「○○したら、△△する」

って、○○は「今」だけど△△は「未来」。
大人にとって時間は繋がっているから、現在と未来の約束をすることは当たり前だけど。

子どもにとって「今」と「過去」と「未来」は繋がっている時の流れでなくて、別々の瞬間でしかないんじゃないかと。
だから大人にとっての、現在と未来をつなぐ「約束」がなかなかできないのかなと思う。

実際どうなってるかなんて調べようがないんだけど、だからこそ、「今この瞬間」に集中して生きていられるのじゃないかな、と。
大人は過去とか未来とかに注意力散漫で、だから子どもみたいに「今」に集中できてないから、子どもみたいに楽しく生きられてないのかなとか。

と、一生懸命に約束を反故にする王子を見ていて思ったわけです。

そうです。
夕飯の後に、チョコを食べたい王子。
チョコを食べるならおっぱいはないよ、と約束をしました(まだ飲んでますよー。そろそろ国の天然記念物入りになるのではないかと思います)。

で、チョコを食べ。

そしておっぱいを飲みにくるわけです。

「約束したから、おっぱいはないよ」と言うと、ものすごく不思議そうな顔をするわけです。
だってそれは並列進行の、別の瞬間にした約束で、今の時点では有効ではないわけです。彼の中では。
何を言っているんだ、この人は、という顔をするわけです。

でも親は時間が繋がっているから有効な約束なんですよね。
そのズレがあるのじゃないかと。

そして、少しずつ子どものそういった感覚を大人の感覚と同じように塗り替えていくのが、いわゆる「教育」とか「しつけ」なのかなと思ったり。

まぁ、単純に「おまえん家のガキはわがままでしつけがなってねーだけだろうが!!!」と言われたらそれまでですけどねー笑。
反論のしようがありません(反省)。

でも、大人と子どもそういうズレの原因を考えて、仮説をたてて「しょうがないんだな」と思って接してみると、自分のストレスが減るので、私にとってはものすごく有効な考察です。
そんなわけで、寝る前にチョコを食べたがっても、約束はせず、単純に取り上げてしまうことにしました笑。

2012/01/18

もうすぐ王子は3歳になります。
次の子の気配もないので、絶賛ひとりっこ中。
いろんな意味でひとりっこ気質全開で育っております。

最近の王子の趣味は、iPadでユーチューブを観ることと、プラレールをやることです。
iPadに関しては、そこらのおっさんよりもよほど使いこなしているでしょう。
王子仕様のアプリもたくさん入ってます。

そしてクリスマスにゲットしたプラレール。
我が家は、埼玉県の西武池袋線沿線にあるので、西武線のプラレールをいたく気に入り、N700系新幹線より30000系のスマイルトレイン(西武の最新車両)で遊んでおります。
西武線の特急車両、レッドアローのプラレールも欲しいところですが、今は売ってない…。
誰か、レッドアローのプラレールをご不要の方がいらっしゃいませんかー??

さて、気付くと王子に対して言っているのが「ダメ」「やめて」「ちょっと待って」。
とにかく言ってることが多い。

お店で勝手にモノを触るので「ダメー!!」
いきなり外で靴を脱いで脱走するので「やめてー!!!」
何かしてる時に限って「だっこー」と言うので「ちょっと待って」

毎日それしか言ってないんじゃなかろうか…?

というくらい言ってしまう言葉。

でも。
「ダメ」「やめて」って、絶対に聞かないし。
「待って」ばっかだと、自分が急いでほしい時には絶対に急いでくれない。
そこで考えるわけです。
理想の叱り方を。
自分がどう言われたら言う事を聞く気になるか。

そして気づくのです。
親に言われて嫌だったのと同じ怒り方をしている…と。

考えてみれば、「聞きたくない怒り方」は学校やら親やらなんやらで、散々されてきているけれども。
自分が「そういう言われ方されたい!」みたいな叱り方なんてほとんどされてきない。
つまりは、知らない。
知らないからできてない。

こりゃ困った。
困って本棚の中でも断トツに数の少ない育児書本とか読んでみる。

それで効果的だったのは「主語を自分にする」言い方。

例えば、「○○は、やめて」は「あなた」が主語。
それを「私は○○してほしくない」に変える。
禁止することから、要請することになって、聞いてくれる確立がけっこう上がる。
それでももちろん聞いてくれなくて、イライラしたりもするんだけど。
イライラしてもどうにもならないのが子育てで。
本気で殴り飛ばしてやろうかと思うことも正直あるけど。
聞かないからって「ダメ、やめて」を連呼しても聞かない→イライラの悪循環。

結局、落ち着いて話してコミュニケーションしていくしかない。
そうやって落ち着いて話す時間を増やすと、言う事を聞いてくれる確立も上がるんです。
いそがしい時の「抱っこ」も。
とにかく20秒くらいでもいいからまず、手をとめて抱っこする。
抱っこして「お母さんは○○してるから、もう抱っこやめていい?」と聞く。
そうすると20秒だけで満足してくれる事が結構多い。

すぐに抱っこできない状態の時は、「お母さん、○○で今は抱っこできないから、終わってから抱っこするね」とちゃんと落ち着いて説明する。
落ち着いて説明するとおとなしく待っててくれ事が多い。

「○○してんるんだから、抱っこできるわけないでしょー!!!」って言うと、泣くのにね。

でもこれって大人同士でも同じだよなーと感じるわけです。
ハニーちゃんに対しても、ちゃんとこういう小さなことを心がけていかないとですね。

子どもを通して考えさせられること、学ぶことって、本当に多いです。
感謝感謝ですねー。

2011/08/03

たまには真面目に育児について。

富士宮に引っ越してきてから、仕事を探す以外はニートのような生活をしている。
朝起きて掃除をして、歯を磨いて朝ごはんを食べて。
着替えて出かけて、帰ってきてお昼を食べて、子どもと遊んで帰ってきて掃除をして、洗濯物を片付けて、お風呂に入って、ご飯を食べて、歯を磨いて寝る。
そんな生活。

で、暇なので、暑い日はイオンのおもちゃコーナーで遊ばせる。
そうすると、いろいろ欲しがる。
プラレールやらトミカやら、知育おもちゃやら戦隊モノやら。
で、買う。
でも本当に遊ぶのは数時間。
床に転がって泣きわめくくらい叫んで、その果てにやっと買ってもらったおもちゃでも、しょせんその程度。

「片付けないなら捨てるよ」と言って、捨ててもケロっとして遊んでる。
そうなのだ。
今、これが欲しい=なくてもいい、なのだ。

そして考えてみる。
それって、結局は大人の姿と同じだなと。

あれがあったら便利。
これがあったらもっと豊か。

そうして、結局はたいして必要でないものがほとんど。
子どものおもちゃと同じだ。

結局、イライラしてるのは子どもに対してではなく、同じことをしている自分自身になのだ。

怒ったときの金切り声も、なんでもやりっぱなしなのも、話しを聞かないのも、やりたいことの邪魔するのも。
それがムカつくのは、子どもが自分の行動を丸写しにしていると潜在的にわかっていて、自分に対してイライラしているのだ。

結局、これに尽きる。
子どもの行動を正したいなら、自分が自分を正すしかないのだ。
子育てって、自分を育てていくことなのだ。

2011/07/22

みなさま、本当にご無沙汰しております。
えぇもうすっかり記憶から消えてしまった方も多いのでは思われますが笑、mたちゃんと始めようと思います。

で、ワタクシ、ちょっと静岡県富士宮市に引っ越してまいりました。
理由としては、やっぱり放射能問題。
最近も汚染された藁を食べた肉牛が普通に流通していたりすることが問題になってたりとか。
結局、今もその隠蔽体質は変わっていないことが伺えるわけで。

そんな状況で関東にはいたくないな、と。
本当はもっと遠いところに行きたいとも思いましたが、ハニーちゃんを残して行く状況では、海を越えて九州や四国は非現実的。

なので、知人がいる富士宮に引っ越してきました。

なんてたって、私は初めての1人暮らし。
王子と一緒ですけどね!

結婚してからしてなかった、掃除、洗濯、ゴミ捨てにいそしんでおります。
えぇ、そうです。
結婚してから、というか、ハニーちゃんと一緒に暮らし始めてから、掃除、洗濯、ゴミ捨てはほぼ彼の担当でして。
ワタクシは、料理しながらごろごろしたり、もの食べながらうろうろして食べこぼして怒られるにおいが担当でございまして笑。

一応、私の名誉のために言っておくと、掃除機かけたり洗濯物を畳んで仕舞うのは不本意ながらやっておりましたですよ。

そんなわけで、私が埼玉の家を脱出して約二週間。
我が家は汚す人がふたりもいなくなり、キレイにする人しか残っていないので、ものすごくキレイになっていることでしょう。

とはいえ、私も仕事を探している状態につき、端的に言えば、暇。
一日三回くらい、ほうき⇒コロコロ⇒クイックルとい一連の作業をこなしている次第です。

仕方ないので、入間のごみの日は知らないけど、富士宮のごみの日は覚えましたよ笑。
一連の問題が収束して、またごみ捨てから開放される日がいっこくもはやく来るよう、祈っております!

ま、本当は、私は非常にさみしがりやですので(似合わないというツッコミは受け付けません)、正直、あんま長いこと離れ離れ生活が続いてほしくないなと。

2011/05/06

みなさま。
本当にお久しぶりです。
3.11からすでに2ヶ月。
私の更新も2ヶ月ぶり……。

震災特需による、バイト先のパン屋フィーバーがあったり。
1週間で2回も身内に不幸があって、王子をつれてお葬式に行って、大変な目にあったり。

まぁ、いろいろあったと言えばあったのですが。
ずっと考えていたことがあって。
それを書くべきか書かざるべきか、考え続けていました。
でもやっぱり書きます。
だって、主張しないことは、黙認するという事だから。

私が今、母親として、息子のためにすべきこと。
その筆頭は、すべての原子力発電所の即時停止を求めること。

批判はあるでしょう。
代替え電力がどーすんだ、とか。
Co2の排出とか。
火力に切り替える方がエコじゃないとか。

正直、そんなの、電気を使わない生活にすればいいだけ。
私は、オール電化住宅に住んでるから、計画停電の時(必要なかったって噂だけど)、何もできなかった。

でもね。
各家庭で使える電力が半分になってもいいから、私は原発を即時停止を訴える。

だって。
もはや、関東全域は子どもに水も安心して飲ませられない。
これは、いつでもどこでも快適な温度で、いつでも物が好きなだけ買える生活を享受してきた私たちのツケを、子どもに払わせていることに他ならない。
結局、私たちが”今”、快適な生活をするために。
誰かの命を危険にさらして。
そして未来を生きる子どもたちや、孫たちや、その次、その次、その次、とたくさんの世代に、核燃料廃棄物をおしつけることに他ならない。

そんなのイヤだ。

私は、今まで原子力発電所というものに対して、本当に無知だった。
それは恥ずべきことだ。

事故がおきてから何を今さら、と思われるかもしれない。
それでもいい。

だって、あんなもの、子どもにも、孫にも、会えるかわからないその子どもたちへも、残したくない。
遺産として、おしつけたくない。

もうすでに、核燃料廃棄物は、300年先の世代へ押し付けることが決まっている。

どっかの都知事が、それでも原発を推進すると言っていたけれど。
私は子どもに水も飲ませられないようなことにしてしまったものを、推進するなんて言える神経が信じられない。
彼はもう生きてあと20年くらいからだからいいだろう。
でも、これからその3倍も4倍も生きていく世代だとしたら、彼は本当に同じことが言えるのだろうか。
自分が快適さを享受してきたわけでもないのに、放射性物質で汚染された水や食べ物を口にするしかないとしても、彼は同じことを言えるのだろうか。

私はイヤだ。
もう原発はイヤだ。
あんなもの要らない。
未来を生きるすべての人へ、あんなものを残したくない。

私にできることは少ないけれど。
でもできることをしていこうと思います。

この意思表示もそのひとつ。

2011/03/13

電気もガスも水道も通じてる、埼玉以南のみなさん。
不安がって水やレトルト食品、カップ麺を買いに走るのはやめましょう。
ガソリンをいれるのはやめましょう。

私たちは、被災者ではありません。
不安を勝手に増大させて、被災者のフリをするのはやめましょう。
私たちは、被災者ではありません。

私たちがやるべきことは、できる限り、可能性を創出することです。

水道が使えるなら、水は買わない。
電気もガスも使えるなら、レトルト食品もカップ麺も買わない。
パックのごはんではなく、おコメを炊きましょう。
パンがないなら、自分で焼くか、食べるのを控えましょう。
ガソリンを、必要もないのにいれろのはやめましょう。

パンを食べないと命の危険がありますか?
お米を買わないと、食べるものがなくなりますか?
明日、車が動かなくなりますか?
今夜、石油ストーブが使えなくなりますか?

今、食糧がない人がいます。
今、水がない人がいます。
今、命を助けるために使われるガソリンがあります。
今、寒さをしのぐのに必要な石油があります。

その人たちに、届けられるかもしれない水や食糧を、ガソリンや石油を、無事な私たちが奪うのはやめましょう。

スーパーは、なくなれば発注します。
ガソリンスタンドも同じです。
発注されれば納品するのが企業です。
でもその発注がなければ、企業が被災者へ援助を行うかもしれません。

いつか起きるかもしれない地震に備えるのは、今ではないでしょう。
本当に不安な人たちを差し置いて、勝手に不安になるのはやめよう。

今、無事な私たちが、今、できることは、被災者にならず、被災者にまわるかもしれない可能性をひとつでも減らさないことだ。

今、無事なのだから、今、被災者への思いやりをもとう。
今、無事な人間に課せられているのは、不安になることじゃない。
本当に不安な人たちの不安をひとつでも少なくすることだ。

昔、私たちの知らない日本人がトルコ人を助けた。
それが今、トルコから三億円もの義援金となって帰ってきている。
今までたくさんの国に援助してきたから、国連も日本への全面的な支援を表明してくれた。
70カ国以上の国々が援助表明をしてくれた。

私たち首都圏の人間は、今まで原発という不安をずっと今回の被災地の人たちに抱えさせてきたのだ。
福島原発も新潟の原発も、首都圏の電力供給のための原発なのだ。
自分たちのためではない原発のせいで、ものすごい不安にさらされている人たちが、今、いるのだ。

明日、車が動かなくなりますか?
今夜、レトルト食品を食べなければいけませんか?
今、灯油がなくなりますか?

今、本当にそれは必要ですか?

何度でも言います。
私たちは被災者ではありません。
被災者に必要な物質を、無事な人間の不安で奪うのはやめましょう!!

レトルト食品、カップ麺、パンにビスケット。
ガソリン、灯油。
カセットコンロ用のガスボンベ。
トイレットペーパー、ティッシュペーパー。

それは、本当に、今、あなたの命にとって必要なものですか。

テレビの悲惨なニュース映像の見すぎではないですか。
その情報も、本当にあなたに必要ですか。
テレビを消して、好きな音楽でも聞いてみてください。
録画してたビデオでも見てください。
不安がって被災者になることは、本当の被災者に失礼だと思えてきませんか?

被災者にならない。
それが、私たちにできる、最大の事です。

毎日できる節電を心がけましょう。
不安を増大させず、普通に生活をしましょう。
それが、私たちにできることです。

2011/03/12

今回の地震、埼玉南部でもびっくりするくらい揺れた。
電車も止まり、私は旦那さまを迎えに行った。
いつもなら40分の道が、1時間半以上かかり。
それでも無事に会う事ができ、家族とも連絡がとれた。
その帰りに、水を買った。
一応常備している水がそろそろ、賞味期限切れだから、丁度いいと思ったのだ。

私が今、できること。
それは自分が被災者にならないことだと思う。
もし、停電となった場合、オール電化のマンションの我が家は水もでなくなる。
モーターで水をあげてるからで、そのモーターはもちろん電力で動いているからだ。
ご飯も焚いて冷凍した。
最悪、解凍すれば食べられる。
リビング以外のブレーカーは落とした。
後は、とにかく冷静でいることを勤めるのみ。

私は妊娠した時に、防災グッズを準備した。
そしてとりあえず3日分の水は確保している。
一日ひとり4リットル×2人×3日分。
ちょうど、2リットルのペットボトル1箱分。
それと、その他で使えるように3リットルの水道水(3ヶ月に1回は入れ替えている)。

後は、いつも、少し多めに調味料と主食を確保していくことを心がけている。
パスタもうどんも、乾麺だけど多めに準備。
おむつも、1パックは余分を確保。

何かあった時、自分が被災者にならなければ、他の被災者を受け入れる余裕ができる。
だから、自分が被災者にならないことは自分以外の誰かを助けることにもなるのだ。

私が知っている簡単ポカリの作り方を。

水1リットルに、砂糖大さじ2と1/2(40g)、塩小さじ1弱(3g)を混ぜるだけ。
風邪の時なんかもいい。その時はあればレモン汁やクエン酸を少々入れると本当にポカリのようなる。
しかもポカリよりも浸透率がいい。

赤ちゃん用の糖水は、水100mlに砂糖小さじ1(5g)を入れるだけ。
これで、一時的だけど、おっぱいの代用にもなる。

そして。
全国のお父さん、お母さんに声を大にして言いたい。
親やテレビがいつもと違うと子どもはとても不安になるから。
できるかぎり、自分が冷静になるようにしよう!!

妊婦さんも、不安になると、お腹の赤ちゃんにも不安になる。
だから、大丈夫だと思いこもう!!

私ができることは少ない。
たくさんの人を歌ではげますこともできないし、笑わせて元気にさせることもできない。
命をかけて原発で処理をしている人にもなれないし、医者や自衛隊にもなれない。
地震で原発の怖さにさらされている人たちがたくさんいるのは、私達首都圏の住人が電力を使っているからなんだから。
だからせめて、自分がなるべく被災者にならないように心がけて。
パニックにならず、被災者へ思いやれる余裕を持とう。

そして母としてできることは。
家族くらいは笑わせられるように、笑顔でいるようにする。
今だからこそ、笑うのだ!!

2011/03/07

京大のカンニング事件。
報道を見ていて、怒りを覚える。

まずマスコミは、「若者」か「ネット」というキーワードがきたら「闇」か「依存」しかつけない。
産まれた時からケータイが身近になったからどうとか。
なんでもかんでもネットに頼る時代だとか。
自分が理解できないものに対して拒否感を示すまではいいが、貶めるのはいかがなものだろう。
大半の若者は、ネットでしかコミュニケーションができないのはなく、コミュニケーションの1つの手段としてネットを利用しているだけだ。
ごく少数にばかりフォーカスして、それがまるで大半を占めるような報道の仕方は情報操作以外の何物でもないと思うのだけど。
コミュニケーションがどうのこうの、というなら、若者を理解できない自分たちが、若者とのコミュニケーション能力が欠落している証だということを理解してほしい。
そもそも、育児の観点からすれば、私たちをコミュニケーション不全と言うなら。
「若者(10代20代)」を育ててきた年代(50代60代くらいかな)が、コミュニケーション不足だったからこそ、コミュニケーション不全の子どもばかり育ってしまったのだと、なぜ思えないのだろうか。
若者否定は、自分たちの育児能力や社会形成能力も否定していることにほかならないでしょう。
自分たちが思い描く教育や育児や社会の在り方が、偉そうに言えるくらいきちんとしていれば、否定するような若者は量産されていない。
便利さと成果主義という資本主義の在り方を、そのまま素晴らし物として受け入れ、大きな未来の在り方なんか考えもせず、なんとなく目の前の資本主義に踊らされていたから、こんな嘆くような世の中になっただけだ。
そろそろ、被害者ぶるのもやめてほしい。
20年そこそこしか生きていない人間と、その倍も生きている人間と、どちらがより社会に対しての責任があるか、考えてみてほしい。
私には数年前まで、選挙権すらなかったのだ。
社会の在り方を、公的に行使する権利すら与えられていなかった人間に、どうしてこんなに無責任に非難ばかりできるのだろうか。
私にはわからない。

ケータイを早打ちさせてワイドショーでさも大変なことのように報道しているのもみたが、アホじゃなかろうか。
毎日やってるんだから早いに決まってる。
毎日料理してれば、ある程度うまくなるのと同じだ。
ケータイを早く打てるから、カンニングをしたわけじゃない。
そんなのむしろどーでもいいことだ。

数年前、高校生がカンニングをし、教師に問い詰められたとして自殺した事件が大々的に報道された。
あれは私の母校で、関係者だった元担任は、その数週間で見る影もないほどにやつれてしまった。
教師が周りを取り囲んで責めた、とか、事実をまったく検証しないような報道が行われいた。
その時の風潮は「カンニングくらいで、そんなことして」というものだった。
カンニングくらいで問い詰めるなんて、教師が取り囲むなんて、という報道をしていたではないか。

なのに、今回の事件はどうだ。
同じ”カンニング”ではないのか。

むしろ、そんなケータイで何度も投稿してしかもそれを確認しているにも関わらず、気付かないような監視体制に問題があるんじゃないのか。
警察に届けるようなものなのか。
しかも逮捕まですることなのか。
罪状は「偽計業務妨害」だっけ?
マスコミの報道のほうが業務を妨害してるんじゃないの??
というか、カンニングを未然に防ぐために監視官がいるんじゃないの??
監視業務を全うできてない人間が、業務を妨害されたとかよく言えるもんだと思う。

しかもあんな風に報道されて。
住んでいる地域も報道されて。
もうネットで検索すれば、逮捕された浪人生の名前や住所、在籍していた学校の名前や写真、人となりまで閲覧することができるだろうね。
たかがカンニングで、もしかしらその人は自殺に追い込まれるかもしれないんだよ。
マスコミの過剰な報道のせいで。

カンニングくらい、学内で処理できるでしょう。
その人はもう、大学に行くことはできなくなってしまうだろーね。
他の学校にも受かっているみたいだけど、どうせ入学拒否とか、いたたまれなくて行けないとかで。

ネットの闇だの依存だのって、言葉だけで結局なんの理解もしていない。
ネットが怖いのはそういうところでしょう。
ネットに残されている大量のログを、情報を、検索できる人がいる。
世界と繋がっているから、新しい情報をどんどんと公開する人がいる。
それは、情報の良し悪しを区別せず。

マスコミの心ない報道で。
自分たちは悪くない、という責任逃ればかりの世代のせいで。
カンニングくらいで、これからの人生をぼろぼろにされた人がいる。

本当に怒りを覚える。

声を大にして言いたい。
今の若者を非難する前に、自分たちが作ってきた社会や教育あり方を見直せ。
ゆとり教育を推進したのは、誰だ。
その時に選挙権を有していたのは誰だ(教育方針は選挙で決められるものではないけど)。
物質的に豊かになることのみを追いかけて、資本主義のみに傾倒したのは、誰だ。

私たち若者ははバブルも知らない。
不景気しか知らない。
ゆとり教育しか知らない。
物質至上主義の資本主義しか知らない。

それは、私たち若者の責任なのか。
考えてみてほしい。

でもだからって、私は責任を他人に押し付けるつもりもない。
私は私なりに、できることをちゃんとやっていこうとしている。
選挙にも行くし。
こうして記事を書いたりするし。
私のできるかぎりの育児をしている。

20年後、王子が大人になった時、「どうしてこんな社会にしたんだ」と言われないように。
ちゃんと、私はできることをやったと言えるように。

2011/01/21

前回、前々回、前々々回と、ずいぶんと愚痴っておりました。
今年は、毎週水曜日に更新するぞ!!と思っていたのですが、すでに挫折。
でも毎週更新だけはキープしたいと急いでパソコン開いてます。

実は私、これから、出産してから初めての一人旅に行くのです!!
正確には、出かけるのは明日の朝。
出発が早いので、これから実家へ行きまず一泊、そして王子が寝ているすきに出発します。
場所は静岡。
私がカウンセリングを勉強しているところの本拠地へ行くのです。

というのも約1ヶ月前。
育児に疲れ、仕事でも疲れていた私が、この旅行をほぼ泣き落としで「考えとく」とハニーちゃんに言わせ。
「考えとく」=「OK」と勝手に都合良く解釈した私がホテルをキープ。
もう行く気満々で押しきって実現しました。

いやね、ほんとにね、もう一人で寝たいんですよ、私は。

で。
さすがに自分のわがままを聞いてもらうのに、好き放題しているわけにもいかず。
そしてこれからの我が家の平和のため、私は前回の勉強の時に色々計画をしたわけです。

今、私はヒプノセラピー(催眠療法)の勉強をしていて。
前回は「自分の近い将来を潜在意識にインプットする」という回だったので、こうなってたらいいな、と考えました。
それは。
「息子がぐっすり毎晩寝る」と「夫婦の時間を作る」で。
それが水野家の平和の足がかりと気付き(実際問題、私がいらいらしてると王子もイライラし、泣きわめき、それがハニーちゃんに伝染してイライラすると、私ももっとイライラするという、イライラスパイラルに陥っているわけですよ、我が家は。大問題です!!)。
そうするためにはどうすればいいかを、先輩のカウンセラーと話し、しかもその先輩は元保育士(しかもベテラン)。
アドバイスを受けつつ、イメージをインプットしてもらったのです。

で、当たり前ですがヒプノセラピーは魔法でもなんでもないので、私にインプットしたからって王子がすぐに寝てくれるわけもない。
そういうイメージを実現するためにもやることはやらんといかんわけです。

私は食べる事を勉強していたこともあり、最近食生活が乱れていることも原因のひとつではないかと思っていて。
久々にマクロビの本を読み、ちょっと頑固になる(とマクロビではされている)食べ物と、眠れなくなるような食べ物(以下同様)を食べ過ぎているなと気付きました。
王子は母乳も飲んでいるので私も気をつけねばなりません。
なもんで、それ系の食べ物、濃い塩分と王子の大好きなドライフルーツ(特にマンゴーが大好き)を減らし。
ご飯を主食に、お味噌汁も飲ませる。
そして、とにかく仕事から帰ってきてめんどくさくても外で遊ばせる。
帰宅したら昼寝させずに間髪入れずに風呂。
お腹が空いたら、玄米餅。
7時半にはご飯にして、9時には寝かせる。
と、生活リズムも変えています。

王子は母乳を飲んでいるので、夜にお腹が空いて起きている可能性もあるなと思い。
昨晩は別の部屋で寝てみました。
すると、夜中(3時ころか??)に起きて私を探していましたが、見つからずに諦めて寝ました。
そして朝起きると、いつもは飲まない水を飲み、いつもは食べないご飯をむしゃむしゃ食べているではありませんか!!!
しかもいつもは欲しがる母乳を欲しがらずにご飯!!!!

すーごーいー!!!

私が仕事でいない時などの、親やハニーちゃんに言われる「お前がいないとよく食べる」を、初めて目の当たりにしました。
超感動。

「そんなに大変なら母乳やめればいいのに」と、お思いでしょう、みなさん。
実際、友達にも言われたし、自分でも考えました。

が、正直今の体力と、今の王子のおっぱい星人ぶりだと厳しい。
1週間くらい仕事を休んで、かつ、ハニーちゃんも3日くらい休んでくれるなら話は別ですが。

なので、なるべくおっぱいを減らしでご飯を食べさせて、少しずつ減らせていけたらいいなと思っています。
というわけで、水野家平和化計画はまだまだ続きます!
さー。
そんな私の勉強の集大成のイベントがこちら↓↓
会場で「水野あきこさんの招待です」と言っていただければ、入場料無料です☆☆☆
ぜひぜひ横浜までお越しくださーい。
loranfestivalnow.jpg

2011/01/05

明けましておめでとうございます!
2011年もどうぞよろしくお願いします。
年賀状替わりに、王子の超かわゆす写真を。
超かわいいー!!!(親ばか)
masaki0105.jpg
さて、早速ですが、新年らしくないタイトルで申し訳ないです。
が、書かずにはいられない事に気づいてしまったのです。

年末に両親のスキーにくっついて新潟に行ってきたのです。
くっついて行くのが決まった途端、父親が王子のウェアにソリにグローブにと買ってきたわけです。

もちろん、初孫だし資金的に余裕があるからというのもありますが、父親の愛情表現が「物を買い与える」ということになってるなと。
自分は自分で父親への甘え方が物を買ってもらうこと、になってしまっている。
その原因はどこからきているのだとうと思ったら、父親の母親、父方のばーちゃんがそうなんです。
もちろん私は孫なので、物や金銭を与えられやすいのでしょうが、ばーちゃんはなんでもかんでもくれる。
ばーちゃんは家庭環境が複雑で、でも金銭には恵まれていたので、愛情が金銭や物だったんじゃないかと思うんです。
そうやって、愛情の形が金銭や物で受け取っていると、自分の愛情の表現の仕方もわからなくなっているんじゃないかと。
で、しかもお金は仕事で稼いでこれるので、特に男性の言い訳になりやすい。
子どもとの関わり方がわからなくなってしまっても、「仕事をしてるから仕方がない。生活できてるのは自分のおかげだとそのうちわかってくれる」みたいになってしまいがちじゃないかと。
私の父親はそんなに残業残業という感じではなかったけれど、ゆっくり遊んでもらったとか話をした記憶が少なくて、いまだに甘え方というのがわからないし、なんかちょっと緊張している自分がいる。
そして、困ってすぐに「○○買って」みたいな感じになってしまう。

その原因を考えてみると、結局私が欲しいものは、本当にそのモノではなくて、買ってくれるという願いを叶えてくれる(つまり甘えさせてくれる)父親だったり母親だったり好きな人なんだなと。
新年早々、買ってもらったソリに王子を乗せて、公園の芝生の上をひっぱっていた時にそんな事に気付いてしまったわけです。

それを考えるに至った原因は、由佳さんも言っていた「断捨離」という本
掃除とか整理整頓の本と思いきや、すっごい精神的な話の本で。
大掃除でもないのに、新年からがっつりモノの選別をしている最中なのです。
で、なんでこんなにモノが多いんだろうなと思って。
捨てられない理由を考えていて。
そこに至ったのです。
結局、私は愛情をモノで量ろうとしているんだなと。

それで何が言いたいかと言うと。
その連鎖を断ち切らなきゃいけない!! ってこと。
愛情=モノ、になっている自分を自覚して、自分を変えて、親との関係を変えて、新たな子どもとの関係を築いていかなきゃいけない。

親が「子どもの事がわからない」状態になってしまっていると、子どもも「親の状態がわからない」になってしまっているとわけで。
そうするとやっぱりうまく甘えるとかできなくなってしまう。
甘えるって言うと、抱きしめてもらうとかスキンシップを想像しがちだけでども、話を聞いてもらうとか、自分の悩みを告白するとかも「甘える」ことで。
そういうことがちゃんと家族間で行われていかないと、社会にでた時にも他人とのコミュニケーションがうまくできなくて八方ふさがりになってしまう可能性が高いんじゃないかと私は思っていて。
その根本的な甘える方法がモノになってしまっていると、モノでしか繋がれなくなってしまう。
そしてモノばかりが家に増えてしまうのかなと。

というわけで。
今年の目標は、自分の物欲のコントロール。
愛情=モノからの脱却。

さー、2011年も張り切っていきましょう!!

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