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2009/09/06

9/5のジャンクステージの第二回公演。
ふだんおつきあいのないいろんな社会に触れることができてすごく楽しかった。

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オベラ(肉声の快感、きもちよかった)、現代書道(肉体美かっこよかった)、ミュージカル(空気を支配する迫力)、演劇(オビー大好きっ)、ロボットアート(包帯を解く姿にマッドサイエンティストのロマンが)、タンゴ(人形浄瑠璃に通じるんだなーと感心)、天文学(ご教授感謝)、一輪車(ファンが増えそう)、音楽・音響(すごく効果的で印象的)、照明(さすが)、仏師(すごいなー、実物の説得力)、・・。

参加者は、通常の「公演」とはちがうその雑多な出し物に最初はちょっととまどいながら、でもだんだんとその「異種格闘技」のようなさまざまなパフォーマンスの楽しみ方がわかったように、笑顔ですごしていた。演者を拍手で盛り上げる人たちをながめながら、これは実はすごいことかもしれないと私は思った。

ジャンクステージの価値。スタッフでさえ、言葉で説明しきれていないがたしかに存在するその「場」としての価値。それをぼんやりと南青山の初秋の窓辺で考えていた。

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ふだんから濃密で専門性の高いコミュニティの内部で活動している人たちが、一見すると、ランダムにひとつの空間に集まり、その一端を披露してくれた。それは、たくさんの「出会い」を凝縮した「お見合いパーティ」でもあった。こんなに面白いことをやっている私です。いかがですか。多くの人にとって、そうしたものの存在は知っているけど、深くかかわることのない世界であり、ひとつひとつを自分からかかわろうとすることを普段は考えもしない。偶然の出会いの集合体。雑多であり、それだけでは、ジャンク。投げ出され、散らかるだけの、宝石の群れ。

今回のイベントではそれらを「ひとつのメッセージ」として届ける仕掛けが用意されていた。

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二人の「花嫁姿の動く人形」が、この雑多な世界を有機的に整えるルールとして、物語を紡いだ。(イトウシンタロウはすばらしい物語作者だ。遅筆なところも大家の風格)冒頭から出し物の間に、白いマスクをした二人の花嫁が、妖しく、生々しく、舞い、佇む。表情と言葉のない花嫁は、舞台に浮遊感と不安感をもたらす。(花嫁姿はむかしからミステリーのキーアイコンでもありますからね)

「どれだけたくさんの人を知ったとしても、最後にはあなたはたった一人の人をえらばなければなりません」

花嫁は、唯一マスクをとった姿で演じた「劇」の中で、婚約者でもある黒子から語られる。

あなたは運命の人を探すという。でも、誰が運命の人かはわからないじゃないか。
結婚とは、運命の人を捜し当てることではなくて、この人を運命の人にしよう、と選ぶことなんだよ。
どれだけたくさんの相手がいたとしても、あなたの人生は一回限り。
どれだけたくさんの結婚をしても、あなたが選ぶのは、相手ではなく、あなたの一回限りの人生なんだ、と。

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そして、その黒子のメッセージは、イベント全体を見た人たちの心に、こんな風に届いたはずだ。
あなたはこの舞台の花嫁のように、漠然となにかをさがしつづけていませんか。 そのたった一つの人生を、好きなことに没入していている人たちがこんなにいますよ。あなたの一回限りの人生を、もっと目を開いて、熱く楽しいものにしましょうよ。

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多数の趣味生活のコミュニティがある中、人の興味・趣味嗜好は、どうしても狭いコミュニティに没入する方向に行きがちだ。 昔は「タコツボ」ともいわれた、コミュニティや仲間内の中での価値観が、人を支配しがちだ。会社員はその業界の生活に、舞台人はその生活に、アーティストはその生活に、特定の音楽ファンはその生活に。没頭するからこそ、面白く楽しいのは当然だが、それぞれは独立で、じつは息苦しいこともたくさんある。

ソーシャルネットワークサービス(SNS)が、人々の間で浸透している。日本では、mixiやモバゲーだったり。欧米では、facebookや twitterが、あたらしい関係をつくるメディアとしてすごい勢いで浸透している。(ともに小文字なのが意味深だ。大文字の権力的な存在はもういらない)人々は、どんどん他者とつながりたがっている。そして、そうすることで「社会」や「世間」のありかたがかわろうとしている。そのなかで、「コミュニティ」は無数発生し、それ自体が生命体であるカのように、インターネット空間に生息している。

その情報空間の中では、検索して「探す」ことはできる。探して、情報をとることは簡単だ。世界のすべてを知ることができるような錯覚、全能感をもってしまう人が登場するのも必然かもしれない。しかし、黒子が言うように「あなたの人生は一回限り」であり、「興味のある検索キーワード」を入力するのはあなたが探そうと思う相手「だけ」なのだ。そこに「運命の人」がみつかればいいが、どうなのだろう。

だったら、自分がかかわるコミュニティ以外の、自分の興味関心ではかかわりえない人とも「出会える場」は、あなたの世界をひろげるためにも、あなたの運命の人候補の範囲を広げるためにも、大切なのではないだろうか。

インター・コミュニティ・ネットワーク。多種多様なコミュニティを結ぶネットワーク。

それが、9月5日に青山骨董通りを終電を気にしながら歩きながら到達した、ひとつの結論。

スタッフのK君が、大変だけどめちゃくちゃ楽しいですよ、といっていたその根っこがここにあると思う。

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イベントにかかわったすべての人たちに、おつかれさまでした。すごく楽しかったね。ありがとうございます。

PS. 私はJunkStageの創生期から、「コゴトじじい」として関わってきましたが、昨夜をもって終了します。 今後は一ライターとして記事をあげることだけにします。もう安心だね。代表、スタッフのみなさま。ね。


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