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2007/11/27

告白するな、誘惑しよう

あなたは好きになった人に告白したことがありますか。告白サービス

(いまどきの人は「コクる」というそうですが、個人的には「コックリさん」を連想してしまうこともあり、いまひとつ気持ち悪い言葉だと思ってます。ま、それはそうと、)告白することは勇気が要りますね。

そういう勇気を後押しするサービスもありますね。SNSを通して気になるアノ人に告白をするためのサービスもあるとか。ほかにも、「女から告白することはいいか悪いか」など、サイト上にはいろんなコメントや意見が散乱しています。人々はこんなにも愛の告白をしたいのですね。しかしこれは、かなり疑問があります。
告白するのって、いいことなの?

告白する。それを単純化して考えてみましょう。告白とは、硬い言葉でいうと「心情開示」。情報理論的にみると、「一方向の情報伝達」でしかないわけです。自己紹介と同じです。自分の「気持ち」を伝える。形式的には、名前や仕事を伝えるのと変わらない、たんなる情報伝達の行為です。

とはいえ、愛の告白を受け取った人の反応は実にさまざまなものが想定されます。
にっこり笑う。私も同じ気持ちですと返事をする。いきなり襲い掛かってくる。突然自宅に来て住み込んでしまう。というものから、無視をする。変なものを見るような目でみる。周囲の人に公表して笑いものにする。などなど・・。でも、これは仕方ないことです。告白したあなたは、他に言葉を足さない限り、自分の心情開示をしただけで、相手を誘惑したわけではないのですから。

告白とは、つまり、私はこんなことを思っている人ですと表明しているだけ。もし、「誘ったつもりで、告白した」のだとすると、この「告白」というコミュニケーションの戦略は、成功率の非常に低い、へたくそなやり方だと言わざる得ません。

愛の告白の場合、あたりまえですが告白自体が目的ではないわけですね。相手に自分のことを好きになってもらい、できればラブラブになって付き合ってもらおうというのが、ほんとうの目的ですよね。だったら、「告白する」のではなく、ちゃんと「誘う」ことを考えましょう。

説得するな、誘惑しよう

たとえば、ふたりっきりでゆっくり過ごすイベントに誘いましょう。「恋の吊り橋理論(注)」もありますから、ジェットコースターやアイススケートなんかも「心臓がドキドキして」急接近するには最適です。お酒好きならほろ酔い気分で「ドキドキして」親密になれるかも。
さぁ、告白するのはあとにして、誘い出しましょう。ここからは、デートに誘うためのコミュニケーションについての考察です。

(注)恋の吊り橋理論・・人間は自分の生理的な反応を頭が誤解するという癖がある。
つり橋の上で心臓がドキドキするという生理的な反応を、そのときの眼前の異性への
好意の反応として理解してしまうという心理学上の理論。あとは自分で調べてね。

あなたは、どう話して、デートに誘いますか。

例を単純化するために、「食事に誘う」ことにします。初めてのデートのつもりで、誘ってみてください。どう会話を切り出しますか?

A)「今度の金曜日の夜、食事に行きませんか?」 すごく普通でリラックスしていて、いいですね。でも、ブーです。理由はかんたん。いきなり「ノー」という機会を相手に与えてはいけません。

B)「自分が良く行くおいしい店があるのだけど知ってるかなぁ?」 これはかなりいいですね。
なになにと身を乗り出してくればオーケーですね。でも、一部のケースを除くと、ブーです。

一部のケースと言うのは、「あなたの食事のセンスに対して相手が興味や信頼を
置いている場合」か、「あなたの誘いであればなんでも乗るという気持ちに相手が
なっている場合」です。そんなときは、こんな誘い文句でもまったく大丈夫。
でも、ほとんど自分のことを知らない相手にはどうでしょうか。

相手は質問するかもしれません。「どんな料理なの?なにがおいしいの?」あなたは、その店のよさを滔々と説明します。相手はその後、ぐるなびあたりで調べて、やっぱりやめるわと断ってくる可能性もあります。その後なぜその店が良いかを、あなたは実に論理的に語るかもしれません。そうなると最悪です。それは「説得」であって、「誘惑」ではないからです。

お互いに知っている知識の上でその選択について論理的に検討して、AよりもBが優位であることを相手に納得させること。それが「説得」です。
生命保険の商品を買うときなどにセールス担当者が説明します。今入っている保険よりもどこがどのようによいから新しい商品に入りなおすべきか。これが「説得のコミュニケーション」です。

説得は、論理的な判断を求められるときには必要な行為です。でも、あなたと食事に行くべきかどうかを判断するのに、論理的である必要はありません。論理的になられると成功率が下がるのが通例です。人は、論理で行動を決めているわけではないのですから。

このあたりを理解していない、成績優秀だけど?な人って時々いますね。自分がなぜこんなに不幸なのかを、自分を説得して納得している人も実は多いのかも。とにかく、説得して得をする状況なら別ですが、デートに誘うのには説得は不要です。

興味を引き、関心を持って、将来の行動をこちらの提案に沿って決めてもらう。それが、誘惑です。理屈や状況証拠のようなデータを並べることは無意味なのです。

では、誘惑のコミュニケーションを実践するにはどうすればいいか。(それは次回に続く)

今回は個人生活の中で「告白すること」「説得すること」の意味や機能についてみてきました。

ちなみに、広告の中でも、似たようなアプローチって多くないですか?
やたらと「私はこう思います。私の思いはこうです」とコクってる広告。
やたらと理屈っぽく「いままでにないこんな効果が期待できるものです、すごいでしょう、なのになぜこんな優秀なものをあなたは選ばないのか」って説得に走ってる広告。
どちらもどこかで滑ってたりしませんか。誘惑してない広告は、広告じゃないぞ。単なる「情報」。

もっと、広告に誘惑を。

次回#3誘惑者の立場とリスク。(予定より一つずれました・・)
ちぇけら。

2007/11/23

ディベートが上手くても、広告は作れない

こんにちは。あなたに向けた広告は今日も元気ですか?広告でココロが動きましたか?時々は広告がいつもとちがう生活に気づかせてくれるといいですね。
広告企画や商品のネーミングやプロモーションの企画をやっているときに、何を考えていたかという話をしていきます。広告という「情報の塊」の作り方について、極々個人的なことを並べるだけです。広告やメディアの仕事をしていない人にも役立つといいな。そんな「コミュニケーション」に関するお話です。気軽に、読み飛ばしてください。

突然ですがクイズです。次にあげる二人のうち、将来、すばらしい「広告を企画する人」になるのはどちらでしょうか。
A) ESS出身ディベート大会で優勝経験のある語学堪能で頭脳明晰な人
B) イベント企画したり大勢の異性と付き合ったりしてる軟派な、サークルな人
多くの人が、Bと答えるのではないですか。でも、それはどうしてでしょう。

一般社会では当然Aでしょう。それが広告になるとなぜBなのですか。これもあくまでイメージにすぎないのですが、ここにこそ、実は「広告」の本質を直感されているのだと思います。

そうです、「ディベート」は「広告」にとって、本質的には役に立たないのです。
これも、実際のところは、前提条件があります。
「広告ビジネス」には不可欠ですが、「広告企画」には不十分です。

「広告ビジネス」というのは、提案している広告表現がなぜよいのかというのを広告主企業の方々に納得していただく作業が大切です。ですから論理的に説明して他のアイデアよりもこちらがよいことをうまく説明できること、すなわち、「ディベート」にたけていることが大事な能力になります。
(だから、営業職などにはこういうタイプの人が必要だったりします)
一方、当たり前ですが、ディベートのような「論理的勝敗」を考えていても「いい広告づくり」はできないのです。どんなに良く考えられている広告でも、広告の「勝敗」つまり成功したかどうかは、つねに実施された後、「広告した後」にならないとわからないのです。

この不確かさ。一見すると、すごく「運任せ」な感じ。そこが私個人としては若いときに、歯がゆく、曖昧で、なかなか納得できなかったように思います。現代言語論

そんなもやもやを一掃してくれた、一冊の本があります。
『現代言語論』立川健二・ 山田広昭著 新曜社 1990

薄い本で、ソシュールなどの当時流行した「記号論」関連の言語論をわかりやすく解説した本でした。
その中で、コミュニケーションを二つのタイプにわけて論じています。
A)説得のコミュニケーション、B)誘惑のコミュニケーション。

あ、これだと思いました。自分の関わっている仕事の領域はこの違いなのだと。
グラフ書いたり企画書書いたりとこまごまと地味な作業ばかりで深夜帰宅が続いて、それでいて興味が今ひとつ湧かないつまらない毎日の、その「意味」を、それこそ全身全霊で、合点したのです。この本を読んだ日、転職をしばらく延ばそうと思ったくらいです。

広告業界関連の人でもし未読でしたら、だまされたと思って古本でも探してください。あなたの関わる仕事の本質がわかりますよ。それが新鮮な気づきか、既知のことなのか、それはわかりませんが。でも、その後二十年近くたっても、このような明快な「社会の中での広告」の役割を定義した言説に出会ったことがありません。

その後私は、「誘惑のコミュニケーション」を上手にやるための秘訣探しを大きなミッションとして、毎年の手帳のページに書き込んできました。結果として「有能なセールスマンの口説き方」「詐欺師が人をだます手口」「新興宗教の信者維持の方法」まで興味はつながるわけです。

広告人は詐欺師と同じです。
だって、コミュニケーションの相手を「誘惑」するのが仕事なのですから。
誘う。たぶらかす。フェロモンだけではできません。
だから単なる「ディベートの上手い秀才」には向かない仕事なのです。
広告は人をたぶらかす仕事。だからこそ今の社会で貴重なのだと思います。
地球温暖化も南北問題も、多くの人たちをたぶらかして、なんとかしなきゃいけない社会的問題ですからね。
誘惑コミュニケーションは、社会的なスキル、なのです。

次回は♯2「誘惑するのはリスクをともなう」。発信者の心構えについて。ちぇけら。

2007/11/23

トラッドな広告企画人ですが、それが?

世の中には、二種類の人間しか存在しない。あなたはどちらですか。タイムズスクエア

広告業界に関わっている不幸な人か、そうでない人か。

わたしはたまたま前者に属して、なんと二十数年になります。新入社員の頃にいわれた「40歳業界現役引退説」に従うと、すでにご隠居してるはずの年齢です。
でも今日も、CGMマーケティングは終わりだの、エンゲージメントってやつは食えるのかとか、モバイルのリスティングは食えないだの、と現場第一主義、現役バリバリに、メディアの企画を考えたり、広告を考えたりしています。
でも、ケータイの文字を読むにも、老眼ではつらい。隠居生活はどこへ行ったの・・・。
あぁ、バブルの頃夢見た、青い海に浮かぶ南の島の、ハッピーぃ・リタイアメントぉっ!!

個人的なボヤキはさておき、広告業界の関係者ばかりがこの記事を読んでいるわけではないですよね。そうではない、幸せな方にも楽しんでいただけるように、これから、社会の中での広告について考えていこうと思います。
中学二年生にもよくわかるニュース。昔ニュース番組を新しくしようと考えた人が思いついたコンセプトです。なかなか明快です。だから、この記事も中学二年生にもよくわかる「広告」についての説明、ということにしましょう。なぜそうするのか? だって、中学二年生といえば、誕生日を迎えると「14歳」です。怖いですね。親殺し、人殺し、褒め殺し、何でもする年齢です。神をも畏れぬ人たちです。そういう人には、媚びを売っておいた方がいいんです。昔からいうでしょ、長いものには巻かれろ。権力とは仲良くしておいた方がいいんです。中学二年生というのは今の日本においては司法も警察も無力な一大権力なのですから・・・。

さてさて、まずは「広告」の歴史から始めましょうか。広告はもともと「高度資本主義社会」の産物です。そう典型的な国は、アメリカ合衆国。むかしむかしアメリカは、大量生産、大量消費の「マスマーケティング」という仕組みを発明しました。それを効率的効果的に動かすため、必要があって生み出されたもの。それが「広告」なのです。詳細は、ネットで調べたり、たまには本でも買って読んでください。最近は図書館も設備が良くなったみたいですよ。コンビニ以外にも暇つぶしに出かける先を作ってはどうでしょう。ということで、広告の歴史はみなさんへの宿題にします。歴史の時間は以上。

このブログでは、Wikipediaや図書館においてある広告関係の本には書いていない、「広告のもつ性癖・くせ」についてお話をしていきます。そのコンセプトは、こんな感じです。

広告の最大の役割は、人々を「誘惑」すること。
広告は、人々に新しい何かを期待させ、行動を促すのが仕事。
広告は、今日よりもすこしだけ明るい気分の、明日を語る。
そして、人の気持ちを相手にする所業はすべからく、文化的であり詐欺的である。
うさんくさいなぁ、と思われるのも当然。だからこそ魅力的でもある。
「誘惑」という仕事。それが広告ビジネス。

(注)上記の「広告」の代わりに、たとえば「通信販売」や「宗教」を入れて読んでみてください。

ネット系の方々で鼻息の荒い人の中には「マス広告の時代は終わった」とか、「オールドメディアのマスメディアと一緒に広告会社は近々消滅する」とかと堂々と発言する人がいたり、収入源である広告取引を『オークション』方式のシステムで浸食しようとする会社が出てきたりと、トラッドな広告会社を取り囲む状況は、ほとんど「いぢめ」状態です。それが正しいかどうかは別の議論として、そういう方々はたぶん上記のようなことを真剣には考えないのだと思います。
それでいいのです。だって、そういうことを考えるために私たちが存在するのですから。
(他に誰?っていう質問は却下します。何人かいるのでおいおい紹介予定)

前置きだけで長くなりました。本論は、次回から。
次回のタイトル(予定)は「詐欺師と広告人の共通点」。ちぇけらっ。