2008.06.30

■ブログ更新に関するお知らせ

JunkStageをご覧の皆様、こんばんは。
いつもJunkStageをご訪問いただき、ありがとうございます。

さて、フランス留学中・中山小百合の「ことばで見るフランス」を読んでくださっている皆様にお知らせがございます。
現在、著者が多忙のため、次回更新が8月になる見込みです。
楽しみにしてくださったみなさま、大変申し訳ございません。
次回更新の際をお楽しみにお待ちくださいますよう、お願い申しあげます。

(JunkStage編集部)

2008.06.09

▼一枚の絵に魅せられて

フランスに恋をしたのは、14歳の時。
おばあちゃんがコツコツ貯めた年金旅行のお供で行った時に見た
一枚の絵がその恋の始まりでした。
並み居る名作の中でも、一番圧倒されたのがこの絵、
ルーブル美術館所蔵のダビッドの「ナポレオンの戴冠式」

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今でもその時の圧倒された感覚はありありと思い出すことができます。
毛皮の重厚な質感、宝石がキラキラ光る様子、
ジョセフィーヌのほんのりとしたほほの赤みや
ナポレオンの毅然とした横顔、
二人を取り巻くギャラリーの一人ひとりの表情は、
息をしているようで絵の具でこんな世界が表せるなんて、とただただ驚くばかりだった私。
画面に引き込まれるような魅力を感じ、芸術の国と言われるだけあるなと舌を巻いた覚えがあります。

このとき買ったこの絵の絵葉書は、ずっと大事にしていました。
上京したときも、この絵の絵葉書だけは一緒に持ってきて東京の家に飾ったくらい。
考えてみれば、元々好きだった美術が、そしてフランスが、
拍車を掛けて好きになったのは、おばあちゃんと一緒に見たこの絵がきっかけでした。
大学受験期は美術史学科か社会学科に行きたい!と
文学部を目指していたくらいだったので
この絵から相当影響を受けているのは間違いありません。

それから8年後、22歳になってまた同じ絵を見てみても、やっぱり圧倒されたし、
同時に久しぶりに会う友達のような懐かしさと親しみを感じました。
また来ちゃいました、って。

年を経ただけにあの時とは違った観点から見れるのも楽しかったりもします。
8年ぶりの再会を経てもっと年を取ってからも
またフランスに来てこの絵を見たいなと思いました。

どうやら、この恋はまだまだ長く続きそうです。

2008.05.27

▼それいけ!日本のモノ達!

留学して新発見したもの。それは日本の魅力だったりします。

やはりまず最初に上げられるのは、日系電気メーカーと日系車メーカーの影響力でしょうか。この留学中、どんな都市に行っても「Panasonic」や「HITACHI」などの日系電子メーカーのビルや「TOYOTA」「MATSUDA」などの車メーカーの看板が見受けられました。見るたびごとになんとなくほっとした気持ちや嬉しい気持ちになったのは私だけじゃないはず。

またユニクロは「世界のユニクロ」になるがごとく、ロンドンの地下鉄内で駅張り広告ジャックをするだけに留まらず、歴史あるデパートとして有名なパリのギャラリーラファイエットにも特設ブースを出すなど着々と諸外国に進出しています。日本でおなじみの無印良品も、ベルリンの新旧ごちゃまぜになった無骨な街並みの中やパリのトレンドスポットとして名高いマレ地区に平然とたたずみ、街の風景にしっくりと馴染んでいました。両方のメーカーが日本のスタンダードを越え、世界のスタンダードになってしまう日はそう遠くなさそうです。

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▲ロンドンの地下鉄のユニクロ駅張り広告。なんかおしゃれ。

日系メーカーや商社の力ってすごい!と実感したのは街中だけではありません。芸術面でも彼らは大分貢献してます。その証拠にイギリスのブリティッシュアルバートミュージアム内にある日本の美術を紹介する日本館のスポンサーは東芝で、大英博物館の日本館のスポンサーは三菱商事でした。英国の国立美術館・博物館の中に日系企業が入り込むなんて!と結構な衝撃を受けた私。日本館の中にはナウシカのセル画から紫式部の絵巻物まで取り揃えられており、日本企業のメセナの力を思い知りました。

また、コンテンツビジネスの進出も盛んです。もはやマンガやアニメ、ゲームのの人気はいうまでもありません。スペインで見たドラゴンボールは、主題歌が日本のものとは違ってリズムが違って不思議な感じでしたが、それもそれでまた独特の味がありました。やはり現地でも人気番組だそうです。そういえば「漫画大使を作って外交に役立てよう!」と言っていた大臣がいましたが、結局どうなったのでしょうか。どの国でも無表情で愛想を振りまく世界で一番稼ぐネコ・ハローキティーがすでにその役割を担っているような気もしますが、それはさておき。

イタリアの駅の本屋でも、平台に吉本ばななや三島由紀夫の小説が置かれていました。現地の人が手に取ってるのを見るとなんだか違和感がありますが、私達が日本で諸外国の映画なんかを見て感動するのと同じ感覚なんでしょうね。肌の色も、髪の色も、周りの環境が違っても、どんな国の人にも共通する感性はあるのだなと改めて実感しました。

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▲イタリアで見た吉本ばななの本。表紙はナラミチ氏。

またロンドンの名門大学として知られるインペリアル・カレッジには、「タナカビジネススクール」というちょっと間抜けな名前のビジネススクールがありました。なんでもこのビジネススクールがあるサウス・ケンジントン・キャンパスのエントランスは、卒業生の日本人・ゲイリー・A・タナカ氏による2700万ポンドの出資で建設されたようで。ちなみにこれは日本円で約55億円。うーん、お金がありますね。間抜けなんていってごめんなさいって感じです。

モノも豊か、コンテンツも豊かな日本。いくら不況と嘆かれようと、世界規模で相対的に見れば、お金持ちで豊かな国であることは言わずもがなです。留学に来るまで超ドメスティックだった私としては、今までなかなか自分が日本人だということを自覚すること、そして日本の世界に対する影響を実感しにくかったのですが、こういった現状を見て日本に対する考え方が変わりました。

しかし、諸外国で日本がこんなに氾濫しているのにどうして日本への外国人ツーリストは少ないのでしょうか。「東京から来たんだよ」というと外国人は皆、口を揃えて「東京ってモノが高いんでしょ!」と言ってきますが、ユーロやポンドと比べると実際そうでもないような気がします。なんだかんだ欧米コンプレックスがある日本人としては、欧米の国がなんとなくかっこよく見えてしまいがちですが、衛生的にも、治安的にも、サービス的にも日本が一番なのに、なんて思ってしまう私。確かに英語などの諸外国語が話せない人たちが多いのは、外国人のツーリストから見たら不安要素なのかもしれませんが、ミシュランの日本版が出版された時、日本の食事のレベルが高くて星が出すぎたなんて話があるくらいですし、その他の面を見ても世界的にレベルが高い国であることは否めません。滞在しやすい国だと思いますし、もう少し評価されてもいいのでは?と首を傾げてしまいます。せっかくたくさんステキなものを持っている国なのだからもっとその魅力を発信していければいいのですが。まぁ、そういう部分を担っていくのが私達学生の役目なんでしょうけれども。

この留学を通して私は日本がすごく好きな愛国主義者になってしまいました。今なら自信を持って言えます。日本が大好きです!!と。秋から就職活動が始まるのですが、何かしら日本に貢献できるような仕事を選べればいいなと思います。

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▲ロンドンの中心地・ピカデリーサーカス。
  しかし、コカコーラの看板とGAPの店舗と共にSANYOとTDKの看板が。
  英国企業の看板はここまで大々的にはない。日米資本の力を思い知る。
  レンガ作りの建物が多いロンドンだが、ここだけまるで新宿のよう。

2008.04.23

▼je vois!/ 百聞は一見にしかず

英語で「分かりました」ということを「I see」と表します。
フランスでも同じように「je vois」と表します。
「see」も「voir」も「見る」といういう意味を表す動詞です。
どちらも日本語に直訳すると「私は見ました」という意味。
「百聞は一見にしかず」ってところでしょうか。

しかし、授業中のフランス人は「見る」だけでは「分かる」ことを良しとしません。
彼らは「見る」だけではなく「聞き」「書きとる」ことをして「分かる」ことに全力投球します。

彼らの聞き取り力と書き取り力は生半可ではありません。
授業中の彼らは真剣そのもの。
教授は基本板書をしないので書き取らないと授業が分からなくなってしまうこともあり、
彼らは先生の言葉を一言一句逃さぬものか!といわんばかりにすごい勢いでノートを取ります。
聞き取れなくてノートを取らないと逆に目立ってしまうくらい
皆が皆、神経を尖らせて授業に臨むのです。
チラ見した3時間の授業で取ったノートは
米粒みたいな小さな文字で取ったものがA4の裏表で10枚以上。
よくやるなーと感心してしまいました。

授業態度も大変マジメです。
普段はめんどくさがりで「君ら休みことばかり考えてるんじゃないの!?」って感じの
何でも適当な人達ですが、授業の5分前にはみんな座ってるし、
朝8時からの授業にも誰一人遅れずに座ってます。
居眠りなんてしてる人は一人もいません。
分からないところがあると日本と違ってすぐに質問するので授業の理解も深そうです。

ただ意にそぐわないところがあると
先生にも平気で歯向かっていくのでなんだかなぁという気もしますが。
フランス語は早口になると普通のことを言っていても
攻撃的で怒っているように聞こえるので
先生との対話が盛り上がっていくとなおさらその度合いが増し、
見てるこちらは「先生にそんな感じのもの言いをしていいの?」とヒヤヒヤします。
まぁそれだけ真剣なんでしょうね。きっと。

しかし、そんなにマジメなのも授業中だけ。
3分も経たないうちに教室からは誰一人として人がいなくなります。
先生も「よっし!終わった!!もうたくさん!!」と逃げるようにすぐに消えてしまいます。
なんていうかこの人たちってかなりメリハリが利いた人達なんだなと感じさせられました。

こんな彼らが
彼らが遅刻、早退、代返、居眠り、携帯いじりが当たり前で
テスト前だけあわてて勉強する日本の大学生を見たら一体どのように思うのでしょう。

 「集中しないから日本人は8時間も働かなきゃいけないんだよ。
 5時間集中して働いて3時間遊べばいいじゃない。 日本人は効率が悪いね!」
なんて言われてるので思いっきり馬鹿にされそうです。
スーパーで10分以上も待たなきゃいけない国の人達にそんなこと言われるのも癪ですが、
彼らの姿勢は見習わなきゃいかないよなと思った一件でした。

日本の大学生、もっと頑張れ!!

2008.04.23

▼10年前の30秒

皆さんはこのCMを覚えていらっしゃるでしょうか。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm552402 
(ニコ動しかありませんでした。見れない方はごめんなさい) 

日清カップラーメンCMでカップラーメンを持った永瀬正敏が
現地の人たちと一緒にベルリンの壁の崩壊現場に立ち会っている場面を描いたものです。
こんな感じのもの。

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もう10年以上前のCMでしょうか。
CG技術が駆使され、あたかも実際にその場に立ち会ってるかの様に見えるこのCMは
崩壊が何を意味するのかも分からない私に
「私もCMみたいにここに立って見たい!」という憧れと強烈なインパクトを残していきました。

とはいえども、それだけ影響与えられたくせに壁に対して本当に無知な私。
壁は言うなれば戦争のシンボルですが、
受験の歴史でやったくらいの知識しかなくよくわかりません。
でも友人のフランス人にレジスタンスミュージアムに連れて行かれた時、
熱心に見てる彼らを見て戦争のことを知らないのは恥ずかしいことだし、
もっと知らなきゃ!って思わされたのですよね。

そこで、14日から休みに入ったので本当にベルリンに行っちゃいました!!
どーん!ベルリンの壁 with 私!! 目つぶってますがねw

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ベルリンの壁ってなーに?よくわかんないわ!っていう方はこちらをどうぞ。
http://www.mauer.jp/top_j.html

元々は150kmもの長さがあったベルリンの壁ですが、
ほとんどが取り壊され、現在残ってるところはほんのわずか。
そこで今回私は、現在最も長く壁が残されているEast side galleryという壁群を見に行きました。
これは崩壊後にベルリン内外のアーティスト達が
ベルリンの壁の東側に施した壁画群です。長さは1200m!!
崩壊が1989年ということで劣化が激しめで落書きもひどかったのですが、
なんというかパワーがありました。
今は普通に穴が空いてるけど、どれだけ多くの人が
穴の向こう側に行くことを切望したのかな、なんて考えてみたり。なんか切ない。

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ちなみに西側は地元の人たちが書いたであろう渋谷のガード下のようなスプレーアートだらけ。
今でも東側と西側の表情が全く違うのが不思議な感じがしました。

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翌日は、壁博物館という壁にまつわるエトセトラを紹介する博物館に行きました。
平日で雨が降っていたのみも関わらず博物館の前には行列が。30分近く待ちました。
人、人、人で溢れかえり、いろんな言葉が飛び交う館内でアジア人は見渡す限り私ぐらい。
他はほとんど欧米の方々で彼らの関心の高さを感じさせられました。
展示が独英仏伊の4ヶ国語で説明されてたのが印象的でしたね。

展示を見るにつれ対面していく想像以上にショッキングな現実は、
私をいたたまれない気持ちにさせます。
日本にいるとニュースか社会の教科書ぐらいでしか知れないですから。
やっぱり現地に足を運ぶと違います。
知らないことが多いのって嫌なことだなと思い、苦虫を潰したような心持になりました。

それでも壁の崩壊の様子を表す博物館の最後の展示を見た時には、
あぁ、私はあのCMの現場に本当に来ちゃったんだなぁとなにかこみ上げてくるものがありました。
10年前のたった30秒に動かされて我ながらよくやるなぁと思うのですが、
その価値はあったし、間違いなくこの留学生活でトップ3に入る体験となりました。

もしあのCMがなかったら私はきっとベルリンに来なかったと思うし、
私みたいに実際に足を運ばなくても、あのCMを見てベルリンの壁のことを知った人や
実際にベルリンの壁について調べてみた人って少なからずいるはず。

カップラーメンの広告なのにとっつきにくいこの手の情報を
ポップな形に変えて人々にインパクト与えたこのCMの偉大さを実感しました。
使いようや作りようにもよりますが、やっぱり広告ってすごいですね。

自分がどんな仕事に就くか分かりませんが、生涯でこんな作品を作れたらいいなと思います。

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2008.04.08

▼週に35時間しか働かない人達のメリハリのつけ方

dscf2452.JPG  

「あいつらは、
 仕事の間にバカンスがあるんじゃなくてバカンスの間に仕事があるんだよ」
と揶揄されるくらいフランス人はバカンス好き。
彼らは1日7時間、週に35時間しか働きません。
残業も全くしないし、土日に仕事をするなんてもってのほか!
週35時間以上働くと罰っせられるという法律まであるから驚きです。

「常に働いていたら、頭も身体も満杯になって動かなくなっちゃうじゃない。
 遊ばないと人生にメリハリもつかないしね。
 上手にオンとオフの切り替えが出来ることがいい大人である条件なのよ」
と日常の煩わしさから自由に解放されることを心待ちにしています。

勤勉で几帳面な日本人を見慣れている私から見れば、
正直なところ、彼らの働きっぷりは甘いところが多いのですが、
なんだかんだこの国は世界TOP5に入る大国であり、
きちんと結果を出しているので侮れません。
余裕があるからこそ芸術にも関心が高く、
独自の傑出した文化が作り出せたのかなとも感じさせられます。

さて、そんな身も心も解放されるバカンスを彼らは一体どのように過ごすのでしょう?
フランスのバカンスは大体1~2週間。
大体の人たちが滞在地をひとつ決めて何もせずにのんびりダラダラ過ごすようです。
何も考えずに頭を空っぽにしてリフレッシュすることが狙いだそうです。

ヨーロッパ内を蜘蛛の巣状に張り巡らされている鉄道路線に沿っていけば
国内はもとより国を超えてどこにでもいけるし、
海上を行けばフェリーが他の大陸にも連れて行ってくれます。

中でも私が感心したのが、オンラインブッキング専門の格安航空会社。
予約はインターネットと電話のみ、
機内食や飲料は有料にするなどサービスの徹底効率化を図り、
破格の運賃を打ち出しています。
価格帯は都市にも寄りますが片道5ユーロから最大でも70ユーロくらいでしょうか。
中には0.1ペンス(約20円)から利用できる飛行機もあり、
初めてサイトを見た時、何かの見間違えじゃないかと目を疑った覚えがあります。

私もこないだのバカンスに「EASYJET」という大手格安航空会社を利用して
片道20ユーロでイタリアのローマに行きました。
日本円にして往復約6400円のイタリア。
その一方で実家がある仙台・東京間までは新幹線で往復2万円です。
今まで普通に思えていた新幹線の料金がここに来て恨めしく感じられます。

こんなに安価で様々な国や文化を行き来できるからこそ、
ヨーロッパ人は感性が豊かになるのでしょうね。
課題に追われている今日この頃、私も早くバカンスでリフレッシュしたいです。

2008.03.09

▼鼻風邪は、思想なんかよりずっと多くの苦痛を与える【前編】

鼻風邪は、思想なんかよりずっと多くの苦痛を与える。
と名言を残したのは、「にんじん」を書いたフランスの作家・ジュール・ルナール

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それを現在、嫌というほど痛感している中山小百合です。
季節の変わり目ということもあり、風邪を引きました。そりゃぁもうひどく。
電話で話すと「誰!?」とびっくりされるくらい声は変わってしまい、
ただでさえ回らない頭は、空回りしっぱなしで動くのもままなりません。

日本だったら病院にいけばいい話ですが、なんとなく病院にいくのは抵抗がありました。
というのも、こちらの薬に関するあまりよくない話を聞いていたから。

日本の薬は、体が通常持っている免疫力を最大限に引き出す効果があるらしく、
極力自分の体の力で病気を治すように作られているそうで効き目としては弱めにできているそうです。
それに対して、欧米の薬は、免疫力など関係なしに薬の力だけで病気を治そうとします。
なので、効き目も強め。
実際、効き目が強すぎて薬を飲んで逆に気持ち悪くなった日本人が回りに何人もいたこともあり、
もう完璧に及び腰な私。

とはいいつつも、風邪があまりにもひどく、日本から持ってきた薬も切れてしまい
そんなことを言ってられない状態に。
同じ寮の子から少しずつ薬を貰って援助してもらっていましたが、
いくら日本の薬といえども、いくつも違う種類の薬を飲むのは体に悪そうだし、
何度も貰うのも心苦しいものがあります。

ということで、観念して留学センターに駆け込み、病院を紹介してもらおうと試みた私。
これこれしかじかで風邪引いちゃったので病院を紹介してください、
と言った声があまりにひどい声だったようで、
最初無表情だった担当のお姉さんは、声を聞いたとたん親身になって、
「向かい側の校舎の一階にとりあえず行きなさい」とのアドバイスをくれました。
なんでも健康センターがあり、看護婦さんが常駐しているとのこと。
日本と同じようにフランスにもどこの学校にも健康センターがあり、
薬をくれたり、診察をしてくれるそうなのです。

そういえば、早稲田にいた時もお世話になったなと思いながら
フラフラしながら行って見ると、でっぷりとしたおばちゃんが
奥のほうの「infirmière」(看護婦)と書かれたドアの前に私を連れていき、
乱暴にドアを叩いて、中のこれまたでっぷりしたおばちゃんに
「日本の子がひどく風邪引いてるみたいなのよね。見てあげて頂戴」とけだるそうに伝えてくれました。
中から出てきたナース服ではなくごく普通の服を着た看護婦さんらしいおばさんは、
「先客がいるからとりあえず、あんたそこで待ってなさい。
 どれくらいかかるかわかんないけど」と指示を出し、私を寒い廊下に残し、
また部屋の中に入っていきました。

フランス人のことだから、とりあえずすんごい待つんだろうな、
とうんざりしつつ、為す術がないのでそのまま廊下に待機な私。
廊下には、「栄養をきちんと取りましょう」
「避妊はしっかりしましょう」「エイズには気をつけましょう」的な
健康を促すパンフレットが置いてありました。
性病関係のパンフレットが多かったのは、
この国のアノ回数が世界で一番多いからでしょうか。
朦朧とした頭の中でフランスらしいなぁと思いました。

しかしながら、待てども待てども看護婦さんは出てきません。
一時間ほどしたとき、
「ちょっと大事な話してていつ終わるか分からないのよね。
 これは終わらせることができないわ。
 今日はきっとあなたを見る余裕はないと思うんだけど、まだ待つ?」との驚愕の返答が!

一時間待ってそんな応対ですか!と卒倒しそうになった私。
それは困ります!私だって苦しいんです!

しかし、ここで「そうですか」とスゴスゴ引き下がってはいけません。
フランスで大事なことは、とりあえず言ってみること。
いやね、のども痛し、薬が欲しいんですよ、
病院にいきたいんですけど紹介してもらえませんかね、とごねてみると
嫌々ながら部屋に入りなさいと言われ、
なんだかんだ熱を測ってくれたり、のどの中を見てくれたりと対応はしてもらえました。

部屋の中には、泣いてるフランス人の女の子がいて確かに事態は深刻そう。
その女の子の対処を早くしたかったのか、
看護婦さんはこれを飲みなさいとバファリンのようなよくわからない薬と
着色料で真っ赤なトローチのような甘い飴玉と
もっと薬が欲しいならここに電話してもらいなさいと病院のパンフをくれ、
私を部屋を追い出しました。所要時間5分以下!
「お大事に!」の声に心が篭っていなかったのは言うまでもありません。

こうしてタライ回しにされた私は、為すすべもなく、
私が待ってた時間ってなんだったんだろうと思いながら
また留学センターに行き、予約を取ってもらいました。

「16時ですって。お大事にね」といって
地図まで調べてくれた留学センターのお姉さんの笑顔が
優しくてちょっと泣きそうになりました。
日本に帰ったら私もこのお姉さんのように
留学生に優しくしてあげようと心から思いましたね。
体調が悪いときの優しさは、身に染みこみます。

こうして遠回りながら無事に病院の予約が取れた私。
実際に病院に言った様子は後半に続きます!

2008.02.25

▼AIGUILLE DU MIDI / お昼の針(後編)

後半です!!
一苦労してゲレンデの入り口まで降りてきた私達。
高さは3615M。このフレンチアルプスの最高峰からいよいよ滑り出します。

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これから麓まで総延長20キロのコースを氷河のなだらかな流れに沿って
途中雪上ランチをはさんで一日がかりで降りていくのです。
自分がそこから来たなんて信じられないくらい遠くに見える小さな町を目指して
下山滑走をするのだと思うと冒険に出かけるようでワクワクしました。
さぁ、滑走のスタートです!

出だしは広い雪原が広がります。
すぱんっと開けた雪原は美しい巨大な雪峰に囲まれ、360度どこを見てもため息がこぼれます。
前だけ見て滑るのが惜しまれる美しさです。

しかし、しばらく行くとクレバスを避けるため、滑れる幅が狭くなってきます。
天然でできたコースだけに整備はされておらず、
ところどころにゴツゴツした岩が飛び出ていたり、
青光りする氷河が顔を出していたりと障害物を避けるのに一苦労。怖いくらいの迫力です。
たっぷりと雪が積もったやわらかいコブがふんだんにある
急斜面は、避けて通ることが出来ず、
足をとられないようにストックをつくのにいっぱいいっぱいになります。
滑り応えがある反面、周りの景色を見る余裕はありません。

そうしてヒヤヒヤしながらしばらくしばらく滑ると
「Salle de manger」という場所に到着します。
フランス語で、「食堂」を意味するこの場所は、
雪峰に囲まれた日当たりのいい開けた場所で
前方に雪山、後方に大氷河を臨んでご飯を食べることが出来ます。

ここでお昼ごはんを食べるときには、ひっくり返したスキー板の上に座ります。
直に雪の上に座るよりもスキー板の上に座ったほうが
体重が広い面に分散されるため、クレバスに落ちる可能性が低くなるそうです。
もし座った先がクレバスでも
スキーに座ることで端が地面にひっかかり落下を防ぐことができるとのこと。
ガイドさんに笑顔で
「ブーツなどで歩き回ると落ちるかもしれないからスキーの上以外動かないでね」
と言われた時は、やはり恐怖を感じました。

そうしてご飯を食べ終え、またしばらく行くと開けた平坦なコースに到着します。
スキーヤー達はここで思いっきりスピードを上げて滑ります。
それを横目にびゅんびゅん風を切って長く続く氷河の上を滑るのは
まさにここでしか味わえない醍醐味といえるでしょう。
スピードを上げて滑るにつれ、どんどん後ろに下がっていく岩肌と雪山を横目に
どこまでも続く開けた大地を滑った時は、まさに地球を滑っているような感覚がしました。

そうしてフレンチアルプスの自然を満喫しながら
岩肌の側や氷河の真横を通り、終了地点に無事到着!!
掛かった時間は、ガイドさんの解説や昼ごはんを入れて4時間半ほどだったでしょうか。
この終了地点には、麓の駅に戻る登山電車の乗り場があります。
が、その乗り場は高さビル10階ほどもある長い長い階段の上。
終了地点とはいえども、標高は相当なものです。
長いコースを滑り終え、体力が消耗している中で
スキーを担いで階段を上るのは、マラソン選手の高山トレーニングと同じ。流石に息が切れました。
正直、これが今回のスキーの中で一番辛かったかもしれません。

やっと落ち着いたのは、息を上げて階段を上り、列車に乗り込んで座席に座ったとき。
大きく深呼吸をしたのを覚えています。
電車が進むにつれ、窓の外に徐々に建物や緑が増えていくのを見ていくのは、魔法が解けていくようで
街に近づけば近づくほど今まで滑っていた見渡す限りの世界が
まるで夢だったかのような感覚が増していきました。
もし可能であればあの雪原と氷河の夢世界をもう一度味わいたいものです。
日本では決して味わえないようなスケールの違いを思い知らされた気がします。

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2008.02.22

▼AIGUILLE DU MIDI / お昼の針(前編)

雲よりも高いところに行ってきました。

雲を掻き分けながら2つのロープウェイを乗り継いで辿り着いたその先には、
360度の白銀の世界が広がっています。

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やってきましたフレンチアルプス・シャモニーの山AIGUILLE DU MIDI(お昼の針)。 
このAIGUILLE DU MIDI(お昼の針)という名前は、
シャモニーのふもとの街からその尖った頂に正午に太陽が来ることに由来しています。
事実、太陽と同じ場所に立った私達の標高は、
軽々と日本一の山、富士山の3776mをも越える高さ。雲さえも眼下に見下ろせました。
光を浴びて輝く白銀の山々連なりや遥か遠くに見える小さな街を見ると、
人間の小ささと自然の雄大さに圧倒されます。
 
今回の目的は氷河スキー。
この高さ3842mの地点から青光りする巨大氷河の横を通って
20kmにも及ぶ絶景の大滑降路・Vallee Blanche(白い谷)を滑りぬけるのです。
 


ところで、この滑走に当たっては、必ずガイドがつかなければなりません。
というのも、このコースは人の手が加わっていない全くの天然の山道で
岩肌や氷河が間近にせまっているのにも関わらず、
立ち入り禁止区域のロープや危険物に対する警告がないのです。
またこの区域にはところどころでクレバスという氷の割れ目があるので、
落ちたら最後、ヘリでしか救出
することができません。

コースの途中には避けては通れない傾斜が急なコブ斜面がいくつか現れるため、
滑り応えがある反面、危険を伴うコースとであるともいえます。
スキーの実力の真価が問われるコースと言ってもいいでしょう。 
今回、私達も氷河スキーにあたり5人でガイドさんについてスキーを行うことになりました。

氷河スキーの始まりは、まず安全装備から。
AIGUILLE DU MIDIの展望台に着くやいなや、まず、私達は胸に発信機をつけます。
これは万が一、クレバスに落ちたときに
落下者がどこにいるかをヘリの救助班が見つけやすくするためです。
発信機の大きさは文庫本ぐらいの大きさで2センチでずしりとした重厚感があり、
作動を示す赤いランプが薄気味悪く点灯しています。
次にハーネスという安全ベルトを体に巻きつけ、
付属している金具に命綱を通し、各々のメンバーを全員を繋ぎます。

こうしてひとつの綱で一心同体に繋がれたメンバーは、
展望台からスキー板を履ける場所まで山の斜面沿いの細い道を
スキーを左手に、そしてロープを右手に持って急な斜面を下るのです。

何故命綱をつけるのか?
この斜面の道が、人がよく行き来することもあって雪が剥げ、
氷になっていて滑りやすくとても危険だからです。
ツルツル滑る道で周りにスキー靴は、踏ん張れる靴ではないので力が入りにくい上、
斜面を一歩踏み外すしたと、断崖絶壁な崖が待ち構えています。
もし転んだら約
3800mの高さから転落してしまうのです。
しかし、命綱で繋いでいれば誰か一人がこけてもフォローができるし、
まとまった行動が取れるので一人でいるよりも安全です。
後ろであればあるほど前の人のペースに引きずられることになり
自分のペースが保てなくなるため
ガイドさんが一番後ろになって皆をフォローします。 

こうして安全面を万全にしてようやく斜面降りがスタートします。
道はツルツル滑って危険なため、左右に貼られたロープをぎっちり掴み
細心の注意を払って斜面を降りていきます。
ゆっくり慎重に降りていくのですが、高山病も手伝って足元はちょっとフラフラする感じ。
道は人が2人通れるか通れないかくらいの幅なので
自分の体や担いだスキーが周りの人にぶつからないようにするのも大変です。
アルプスの絶景を眼前にして感動しつつ、
すぐ下の尖った岩が数多くある痛そうな崖を見て

あたしコケたらみんな死ぬ?もしかして死ぬ?死ぬ?死んじゃう?
氷点下なのに背中にタラリと汗が走りました。
3800mから落下してしまうのではないかという恐怖は相当なものです。
一歩間違えたら死ぬということは流石に今まで初めてだったのでかなり緊張しました。

うして、恐怖を感じながら雪がなければ
おそらく5分強で下れる坂道を慎重に慎重に降り、
ようやくスキーを履けるゲレンデの入り口に到着!!
所要時間はおよそ30分!
どっと疲れを感じましたが、
このとき下から見た展望台はとてもキレイで泣きそうになりました。

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まだスキーすら履いていないのにこの時点で命綱でつながれた他の5人と
達成感を感じあってたのは言うまでもありません。笑

こうしてゲレンデの入り口でスキーを履き、
いよいよここからがスキーのスタート!!
・・・なんですが、
実際に滑り降りる様子は後半でお伝えします!お楽しみに!

2008.02.12

▼Les Parapluies De Cherbourg / シェルブールの雨傘

私がフランス語を始めたのは大学2年生の春から。
学校の必修の第二外国語の授業が私とフランス語の初めての出逢いでした。
今でこそフランスに留学してますが、
ここだけの話、フランス語の時間は本当に苦痛な時間でした。
というのも、フランス語の先生が苦手だったから。

土曜の1限から始まるこの授業は、一方的に先生が小難しい文法を説明するだけ。
教材用のCDとは違う音の先生の発音には最後まで混乱させられっぱなしでした。
授業で得たのは、フランス語の知識よりも
毎回授業中に必ず自慢される先生の愛娘さんに関する知識のほうが多いような気がします。

そんなこんなで先生とウマが合わなかったこともあり、
坊主にくけりゃ袈裟まで憎い!とあやうくフランス語まで嫌いになりかけた私。
皆さんもこんな経験ありませんか?
まぁ、うまく行かないのを人のせいにするのは簡単ですよね ^^;

そこで、留学が決まった2006年の秋、これじゃいかん!と心を入れ替えた私は、
なんとかしてもっとフランス語に親しめないものかと頭をめぐらせました。
そこで思いついたのが、シナリオブックをブックを使った勉強法です。

シナリオブックとは、映画のセリフが一言一句載っている本のことです。
実際に映画の中で俳優が言っているセリフと
そのセリフの日本語訳が書かれています。
英語の映画のものが、DHCから数多く出版されていて
私は高校の時に「チャーリーズエンジェルズ」のシナリオブックを使って英語を聞いてました。

勉強法は、まず映画を再生しながらその音声を耳で聞き、
目とシナリオブック上の文章を追います。
所々出てくる分からない単語や文法を確認し、
慣れてきたら目だけではなく、口でも真似して
シャドーウイングをしてみたりという作業を繰り返して総合的な力をつけていきます。

そこで映画なら楽しみながら学べるだろう!と思った私は、
学校帰りに飯田橋まで足を運んでみました。

行き先は、「欧明社」
東京・飯田橋にあるこじんまりとした趣があるこのフランス本の専門店には、
フランス語の本が所狭しと並べられています。
なんでもお客さんの3分の1はフランス人だとか。
飯田橋界隈は、アテネフランセや日仏学院などフランス語学学校があったり、
在日フランス人ご愛用のフレンチの店が多くあったりと
日本風の街並みの中でちょっとしたフランス気分が味わえます。

しかし、意気揚々として行ったものの
置いてあるのは、フランス語のセリフのみが載ったシナリオブックのみ。
日本語対訳がついているシナリオブックが残念ながらありません。
あの有名なアメリもシナリオブックそのものすらないという有様。
アマゾンで見ても結果は同じで日本語対訳の付きのシナリオブックはありませんでした。

唯一日本語対訳がついていたのが
「Les Parapluies De Cherbourg」(訳:シェルブールの雨傘)という映画のシナリオブック。 
1964年のカンヌ映画祭のグランプリに輝いた作品です。

title.jpg
映画を知らなくてもこの音楽を聞いたことがある人はいるのではないでしょうか。
http://www.youtube.com/v/Up7DgD0cgPg&rel=1
http://www.youtube.com/v/Cb5iVFq7qlQ&rel=1

このYOUTUBEを見て分かるように映画自体は、美術や女優さんがとてもキレイな映画です。
セリフも比較的ゆっくりで聞き取りやすく、初心者でもついていけます。
しかし、ミュージカル映画なので全てのセリフに歌の抑揚がついてるので
日常会話に応用しにくいのが難点。
何故に他の映画の日本対訳付きのシナリオないんでしょうね。不思議です。

ちなみにこの映画、彼氏とラブラブで過ごしていた主人公ジュヌビエーヌの彼氏に
2年間の軍役召集が掛かり、別れ離れになってしまうところから話が始まります。
そこからいろいろな登場人物が出てきてすったもんだをくりひろげるわけですが、
この映画をこちらに来ている遠距離恋愛者と一緒に見ると
みんな主人公に感情移入して涙目になったり、苦しそうな声を上げてきます。
2年に比べると私達の留学期間の10ヶ月は短く感じますが、
やっぱり好きな人がいれば、その傍になるべくいたいですよね。
離れて行く方と待つ方の両方の辛い気持い気持ちが痛いくらい伝わってくるこの映画は、
とても現実的な結末を迎えるので見ていて悲しくなってくるかもしれません。
フランス語はもちろんのこと、
遠距離恋愛に「好き」を「距離」に負けさせない強さが必要なことを教えてくれる一本です。 

genin2520garage.jpg

【参考】
▼欧明社
http://www.h6.dion.ne.jp/~omeisha/
▼欧明社・取り扱いフランス映画・原作・シナリオリスト
http://www.h6.dion.ne.jp/~omeisha/cinema_2.htm
▼AMAZON シェルブールの雨傘 DVD
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%9B%A8%E5%82%98-%E3%82%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8C%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%8C%E3%83%BC%E3%83%96/dp/B00005LMHE
▼AMAZON シェルブールの雨傘 シナリオブック
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%9B%A8%E5%82%98%E2%80%95%E4%BB%8F%E5%92%8C%E5%AF%BE%E8%A8%B3%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%82%AA-Jacques-Demy/dp/4560002169/ref=pd_sbs_d_img_4
▼シェルブールの雨傘概要(ネタバレ注意)
http://www5b.biglobe.ne.jp/~sasuraib/sub5_zatsu/eiga/amagasa.htm

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