2009.01.05
過去ログは「こちら」。
中学校の頃を思い返すと、浮かぶのは通学路の暑かった日々だ。それはいわゆるところの悩みの旅路であり、右顧左眄をした日々だった。
そこらの中学生と同じように、あらゆるものに興味を持ち、簡単に悩むような年頃で。ただ、その頃の思索や出会いはそれなりに今に繋がっていることに改めて気づく。スティーブジョブスのスタンフォードの名スピーチを借りるまでもなく、我々の人生ではあらゆるものが想像もしない形で繋がっていくものだ。
以下、半分独白なので、興味が重なっていない人にはどうしようもない文章ですがご容赦。
スポーツでいえばバスケットボール部で筋肉痛に悩まされた。ただ、この頃学んだ走り込みは、今のマラソン好きに繋がっている。読書では、筒井康隆氏との出会いがあった。ちょっとした旅行用の本を買おうと立ち寄った古本屋でたまたま氏の本と出会い、それからのめり込むことになる。それが大学時代の取材にさえも繋がった。著作で思い出したのだが小学校のころ、愛読していた「ずっこけ三人組」シリーズという小説がある。三人組を主人公とした冒険活劇的なもので、その中でも最も好きなのが「ずっこけ株式会社」という一冊だった。タイトルの通り、ビジネスをするという話なのだが、その頃からこれが一番好きなことを考えると、今の起業もむべからぬものだったのかもしれない。
中学生での本での出会いは、当時流行っていた「ソフィーの世界」も印象深い。これによりある程度、哲学への傾倒が始まったような気もしないでもない。また、ジェームスレッドフィールドの「第九の予言」も詳細は避けるが、少なからず当時は影響を受けた。また、小学校から愛読していた「ぼくら」シリーズ(宗田理氏のシリーズでぼくらの七日間戦争が有名)も中学生のころにシリーズが終わったような記憶がある。
音楽は小室哲哉全盛期でテクノ好きはこの頃の影響もあるかもしれない。ドラマは、野島伸司の高校三部作「高校教師」「人間失格」「未成年」にはまっていた。特に未成年に登場する河合我聞氏の節回しには影響を受けた。
映画でも、「パルプフィクション」を初めてみたのが、中学生のころで、今でもこのタランティーノ好きは変わっていない。とはいえレザボアドッグスの楽しさが理解できたのは、高校の頃だったが。また日記(アイデア帳)もこの頃から書き始めた記憶がある。無印良品の茶色のバインダにルーズリーフで入れていた記憶があるが無印のものではなかったかもしれない。
ジョジョの第三部が終わったのもこの頃であったか。Death13がもっとも好きなスタンドだったが、これはまぁどうでも良い話。
なんだか駄文すぎる駄文になってしまったので、中学校時代はこのような感じで。
2008.12.20
今月に気になった話ではないが、昨今、ちょっと思った話。
本の話。
自分で本は読む方だと思う。世界を2分割すれば。しかし、世の中には驚くほどの量の本を読む人たちが数多くいる。昨今は本が売れない時代などともきくけれども、それでも読む人の数や量はあまり変わっていないような気もするほど、まわりでは本を読む人を見かける。
たとえば毎週末にブックファーストや丸善、紀伊国屋の大型書店にいって20冊ほどの本を毎回買う人や、本なしでは電車に乗れず、もし本を持っていない場合は売店に駆け込み何かしらを買う活字中毒な人など、快挙にいとまがない。
もちろん絶対数は多くない(10人もいない)のだけど、それでも彼ら・彼女らを見ていると、その読書量には圧倒される。
また昨今の不景気を反映してかどうか、自分の学習のための本がよく売れているようだ。実際、勝間さんの本や速読、英語の本などは相変わらず人気が高い。
個人的には実用書やビジネス書よりも小説が大好きで、主にその周りを読んでいるのだが、これは当然、人によって嗜好が異なる。ビジネス書ばかりを読む人や本屋の平積みになっている本だけを読む人、または何でも読む人など、その人の嗜好性が本棚にありありと表れており、非常に興味深い。
その人たちに共通するのは、どこかの陳腐な例えのようになるが、「砂漠で水を求めるように本を読む」ということだろう。それが我が身の血と肉になるがのごとく、あるいは空気を吸うように本を読む。電車で、家で、会社で、時には歩きながらだって読む。
だから何?といわれてもないのだが、そのように本を読む人たちをみていると、また本屋に向かってしまう自分がいる。とりあえずAmazonのカートに入っている200冊以上の本を選別することから始めよう。
2008.12.05
過去ログは「こちら」。
小学校で思い出すのは、自分で何かイベントを開催することが大好きだった、ということだ。
たとえば、朝の7時から校庭で「コオリオニ」大会を開催したり、砂場でキックベースボール大会を開催したり。
その中でも評価が高かったのは、「紙のゲームセンター」制作だった。サイコロやおもちゃのルーレットを使い、疑似ゲームセンターを創る。参加者にはポイントが与えられ、ゲームで勝って溜めていく。人生ゲームみたいなゲーム、ルーレット、RPGなどを作成していた記憶がある。
またある時は、「天下一武道界」が開催された。これは、当時のドラゴンボールに非常に影響を受けているのだが、「背中が床についたら負け。打撃なし」という凄いルールの大会で、柔道を模したものだった。その時に大外刈りなどを憶えた記憶がある。確か、誰かが後頭部をひとしきり床でぶつけて事件になって終わってしまった。
また、アダルト雑誌を自作したこともあった。コラージュやホゲホゲを活用したヒドイ代物だが、それは通称「麻薬」と呼ばれ、教室中を駆け巡っていた。当時はヤングジャンプが我々のエロホンの世界だった。
雑誌関連では「4コマ漫画」をよく書いて回していた。サザエさんやドラえもんのパロディだが、すぐ人が他界するし、なぜか18禁の内容だし、ひどいものだったが、お陰様で評価を得てノート五冊分くらいは書いた記憶がある。
また、ブーメラン大会もあった。近所のCD屋(タブチ)で、シングルCDが一枚10円で売られていた。それを何百枚と買って、教室内で、そのCDをフリスビーとして投げまくった。放課後に2チームに分かれて、机を城にして戦うのだが、あのCDは意外と破壊力があり、ガラスが割れてお開きになってしまった。同様に「水風船」大会も、先生に投げつける不届き者がいたせいで禁止になってしまった。怒られたものだと、「香水の瓶」でアイスホッケーの時も怒られた。そのままだが、校舎の廊下を全部使い、香水の瓶でアイスホッケーをする。ほうきがスティックだ。これの難点は、ゴールを決めたら、瓶が割れてしまいもの凄い臭いが廊下に蔓延したということだ。
また、教室の天井に上ってみたくなり、上ったのはいいが、底が抜けて教室の天井に穴が空いたこともあった。さすがに焦って、ノートを二〇枚くらいノリでつなぎ合わせ、天井に貼ってごまかした。あとでこっそり呼び出しをくらった。もはや聞かずとも犯人がばれていた。
思い返すと、色々企画していたのだ、と思うけれど、当時は、ただ退屈な日々をエキサイティングにすることに精一杯だった。
2008.11.17
こんにちは。月1回のニュースご報告ですが、今回は自社のサービス紹介プラスアルファでお願いできれば、と。宣伝チックですいません ><
■アポロン
先日、apolon.jp - 仕事と才能を結びつける、クラウドソーシングサービス アポロンというサービスをリリースしました。
これは「才能を売買できる場」というようなサービスで、仕事の受託・委託をB2B、B2C、C2Cで無料で行うことができます。クラウドソーシングの一環という試みです。
個人のエンパワーメントという理念を実現させるためのサービスの1つと位置づけています。
思いとしては「世の中にはビジネスにはしにくいけど、凄い才能がある」「そういう才能はビジネスになればもっと素敵そうだ」というような流れがあります。たとえばもの凄いニッチ分野の知識とか技巧とか。あとC2Cの市場が今後広がることを願い。
詳細は以下です。もしよろしければご登録頂けると末代まで喜び、庭かけめぐります。
» クラウドソーシングというトレンドに関して: SNS,ソーシャルネットワーキング.jp
■ドメイン売買
自分の持っているドメインの価値を、ユーザに評価してもらえるサイトです。あと売買する機能もあります。
» ドメイン売買.com -ドメインの価値を知り、より良いライフを-
■ピンポン
mixiやFlickrなどのSNSの自分のプロフィールリンクを簡単に作成できるブログパーツです。
» ピンポン46:ブログパーツで繋がるハッピーソーシャルライフ
■リスる
ソーシャルメディアに特化したソーシャルブックマークサイトです。UIは英語で世界向けのサービスとして開発しました。
» Risuru.com -discover new socialmedia!-
■まとめ
ということで、ここ一ヶ月ちょっとで4つのサービスリリースにこぎつけました。後半3つは3日連続という強行スケジュールで結構しびれました。しかも、3日目は出張と重なっていたので、リモートからの参画になってしまいあたふたと。
あと開発はリスるはアルゼンチン人にしてもらったのですが、やはりコミュニケーションが大変でした。時差がちょうど12時間前後あったような気がしています。そのため打ち合わせが夜中から起こることもしょっちゅうで。ただ、英語も能力も問題なかった人なので、いろいろ参考になりました。
何卒よろしくお願い申し上げます!
2008.11.03
過去ログは「こちら」。
小学校のお話。
小学校の頃の自分にとって、未来は永遠だった、よくある話と形容詞としての未来の永遠さ。それは、まさに真夏の青空が無限であるのと同様に無限の未来と将来があり、ただそれは輝いているもので、手を伸ばせば手を届くものだった。その永遠の未来を、無限に享受し、そして怠惰にむさぼった。
ただ、ざりがにを取ることに時間を費やし、あるいはカブトガニの生態に知見を抱き、駄菓子屋のビジネスモデルを知ることもなくただくじ引きを続けるような、明快でシンプルな日々。ただ日々の欲望に忠実に生き続けるだけで日々は綺麗に回ったし、小学生のルーティンなんてあってないようなものだった。
ある日、授業でジブリの映画を教室で見ることになった。トトロだった。その得たいのしれないネズミのオバケみたいな生き物が空を闊歩するというシュールな物語は数度目だったけれども、その日の見るその映画の趣は一風変わっていた。
そのヘンテコな映画の中にカンタという少年が登場するのだが、私たちのクラスにも「カンタ」という男の子がいた。そうすれば必然的に「ヒロイン」の女性はクラスで言うならば誰か、という話になる。ちょうど、先日、転校してきたばかりの可愛い女の子に白羽の矢があたる。
子供に限らず、人は何かしらの抽象ないし存在せぬものに具象の対象を当てはめ、そして自分の中に消化する。それこそ枯れ尾花に幽霊を見るように、あるいは夢の中の銃弾にリビドーを打ち込むように。
そうして、クラスでは、トトロという形の借りた愛憎劇の幕があがり、そして、それは私の心を少なからず穏やかではないものにし、転校生の目尻が心なしか下がっていることを長めながら、映画は「歩こう」と連呼するのだった。
2008.10.19
今月、一番気になったニュースとしては、やはり「金融業界」の動きだろう。もっと大きな意味でいうところの大不況への入り口。
起業をする1人としても、やはり看過はできない話題で。周りのベンチャー企業でも、話題になることが多い。同時に、金融業界は当然ながら商社やコンサル、広告業界でも少なからずの影響は受けている。ないし、今後1年、2年で、さらにうけるであろうインパクトをどう流すか、という点は考えざるを得ない。
しかし、同時にこのような動きに対して、武者震いをする人々もいる。そう。起業家たちだ。
「社会が変わる。いくぞ」
と意気込み、彼らはこの社会変革を好機としてとらえる。社会が変わる時には、大きな市場も生まれ、またニーズも生まれるからだ。つまりたとえその変化が「上下」し、ハイリスクハイリターンだったとしても今までになかった需要が生まれることは間違いなく、その時には平和な時代よりも、大きなチャンスを得ることができる。
もちろん、今後くる不景気にはノーガードでいけば、一発でやられてしまうほどの大波となるろう。同時に、うまくいっていたものがうまくいかなくなり新しい考え方やビジネスモデルが必要とされるだろう。
さりとて、我々は今の時代にいきている。バブルのような好景気ではなく、また先の見えぬ底の分からぬ不況だとしても、この時代に我々は生きている。それはつまりは生き抜かなければならないのだ。ならば、ぐじぐじ行っているよりも、チャレンジした方がよっぽどすがすがしい。
そこには多くの屍ができるだろう。未曾有の倒産や失敗が生まれるだろう。しかし、その上に、今までになかった新しい時代が生まれてくる萌芽を見ることができるだろう。不景気とはいえ、時代は前に進み続ける。立ち止まることはない。
そしてそのような今は「やってみる」ことでしか、新しい道は生まれないのだ。茨の道だとしても、希望の轍は人々が作っていくものなのだ。
なんともエキサイティングな時代がやってきた、と思う。
2008.10.04
how to cook me vol.1の続き。前回は大阪の岸和田というヤカラな町で生まれたというところまで書いたのかな。
幼稚園のお話でもしましょうか。三つ子の魂百まで、と言いますが、必ずしも、人は幼いころの自分と、大人になってからの自分は一緒ではない。もちろん厳密な意味で言えば一緒なのけれど、なんというか嗜好や性格などは、ある時を境にしてガラっと代わることがある。
これは周りでもよく聞く話で。
それは、一種の「何かを通過する」ということのように起こる。たとえば、それは小学校のイジメか、中学校での親の死去か、高校での恋愛や、人によって、そのトリガーは代わる。しかも、問題はその時は「変わった」ということに気づいていないのだ。
大人になって思い返して、いつか過去の自分と今の自分がリニアに成長しているわけではないと気づく。いつか、どこかで「変容した」ことに気づく。
私の場合は、それは幼稚園での引きこもり体験からの脱却かもしれない。幼稚園のころ、私は、泣き虫で、いつも母親の名前を呼んで泣いていたそうだ。さすがに憶えていないが。そして、ひとしきり泣いた後は、ひたすらツミキをしていた。それはなんとなく記憶がある。人が苦手で、人としゃべるのも苦手だった機がする。
そして、年長組になった。つまりそんな孤独の中1年がたった。そこで、友人の藤本君がしゃべりかけてきてくれた。正確にいうと、僕の作っていたツミキの城を蹴飛ばしたのだけれど、それから彼と急速に仲良くなり、いつしか私は、引きこもりから脱却していた。むしろ、脱却するどころか、過剰なほどにはしゃぐようになってしまった。
たとえば、滑り台の上から、竹馬を投げ飛ばし、年少の方の顔面に当ててしまったということや(それを母親に半年言えなかった)、女性の先生が小用中にトイレのドアを開けたりと、なんというか、アドレナリンが過剰だった。その傾向はそれから20年近く続くことになるのだが、それはまた別の話。
まぁ、そういう風に私の幼稚園時代は、何かの通過儀礼を得て、過剰という概念を知ることになった。
2008.09.20
第四週目は、昨今気になったことに関して述べる、という設定でお送りいたします。
私はネットの業界に身をおいているもので、その周りの動きには怒濤のように影響を受けているのですが(iPhoneやGoogle Chromeなど)、一般的なニュースでいえば、何になりますやろうか。
私は家にも当然会社にもTVはなく、新聞は読むものの経済系ばかりですし、そう考えるとニュースの導入口というのはやはりネットが大部分のような気もします。ただ、そういう人は昨今、とみに増えてきているようですが。
そんな中、気になったのは以下のニュース。マスメディアでどれだけ取り上げられているのかわかりませんが。
asahi.com(朝日新聞社):エレベーターで宇宙に行けるかも 東京で今秋国際会議 - サイエンス
宇宙へいく、というのはなんともロマンのある言葉で。確か1980年より宇宙は人類の新しいフロンティアとして夢と希望を生んできました。ただ、私自身、宇宙へ行きたいと思ったことはなかったのですが(世界でも十分広い)、最近、ふと宇宙に興味がわいてきました。
もっともIT起業家の方々は少なからずそのようなものにロマンを抱いているようではありますが。あのバージン帝国のブランソン卿が最たる方ですが。
なぜ宇宙に興味をもってきたかというと単純で、どこかで読んだ宇宙飛行士の方のコメントがきっかけです。「宇宙にいくと変わります」と彼はいっておられました。
残念ながら「何が」変わるのかは失念したのですが、世界観かもしれないし価値観かもしれない。人生かもしれない。あるいは生き方かもしれない。いずれにせよ、そのような何か「大きなもの」が変わるそうです。
そういうものを読んで以来「ほほう、何が変わるのか知りたい」という純粋なる知的好奇心によって宇宙に興味がでてまいりました。ただ、高校生のころは「起業するなら宇宙ビジネスだ」と思っていたので、いくばくかの夢はそこに付与されてはいたのですが。
それでも、まだまだ宇宙にいくには条件が多い。お金を筆頭に、まだ簡単にいける世界ではありません。もっとも数十年もすれば、ガラパゴスにいくのと同じ程度でいけるようになっているのかもしれませんが。
ただ、このニュースでは「エレベーターで」いけるという点が非常に興味深い。なぜ興味ぶかいかというと、エレベーターだからです。
エレベーターには色々ロマンがあって、さらにそこにロマンのある宇宙が組み合わさるものだから、なおさらロマンの二乗なわけです。
そういう点で、このニュースにはロマンがあるなぁ、と思うのでした まる
2008.09.06
今月から趣向が変わったとのことで。原田が頂戴したお題は「原田和英がどうやってできたかの自分履歴書」を一つ頂いているので、毎月第一週はそれに関して書いてみたいと思います。
わたくしなんて、まだまだヒヨっこのムシケラのミミズの金魚鉢なので、「どうやってできたか」なんて書くなんてオコガマシイのですが、まぁ、でもせっかく頂戴したお題なのでがんばってみたいと思います。と、恥ずかしいので、いろいろ前置きとか入れてみる次第。ただ興味ある人がそうそういるとは思えないので、できるだけ原田に興味がない人にでも読めるような構成にできるようにがんばります。
■自己紹介
改めて自己紹介すると、わたくしはいわゆる起業家の末席に所属するもので分野はインターネット。年齢は28歳。変わったところとしては海外放浪していた(累計90カ国くらい)点でしょうか。好きな食べ物は豆腐。嫌いな食べ物はセロリ。
そんな感じです。
■生まれ
生まれた時の記憶があると書いたのは三島大先生だが、私は自分が生まれた時の記憶は憶えていない。後付ですり込んで憶えていたとすることも可能なのだけれど、そこまでする利点が思いつかないのでしない。記憶があってもなくても生まれたことは間違いないのだし(おおよそにおいて)、まぁ、現状では、生まれた時の記憶がないからとて不自由はしていない。ただ人間の脳はあらゆるものを記憶しているそうなので、そう考えると、走馬燈では、そのような穴から光が差すシーンを思い返すのかもしれない。蛇足だが臨死体験をした人が「暗闇があって、光に吸い込まれていった」という経験を語ることがある。これは、つまり、自分が生まれた時のシーン(母親の胎内から出てくる時)の再現であるという分析がある。つまり、人間は自分でそのシーンを再現して臨死体験をしているのだ、と。まぁ、非常に興味深い示唆ではあるけれど、さりとて、どこにもたどり着かない。
さて、一番古くの記憶は幼稚園で泣いていた記憶だろうか。もちろん、これよりも古い記憶はあるのだけれど、なんだかんだ人は過去を思い返す時に自分の属性から思い返すのであって(例:「小学校のころ」「母親が他界したころ」など)、そのような属性やイベントが起きていないころの記憶は、成人後も思い返しにくい。記憶をまさぐる時にインデックス化されていないのだ。ただ、人間は三歳くらいからの記憶はあるんだっけ?いずれにせよ、比較的、わかいころからの記憶は残っているそうだけれど。あるいは、大きくなってから自分の写真を見て、親がそれについて語る時、自分の中でそれが再現されて、それがあたかも自分の記憶のように再構成されるので、憶えているという記憶も実はねつ造されたものかもしれないので、結局のところ、記憶なんて曖昧なものなのだ。
さて、幼稚園の話をしてもつまらないので、もう少し大枠の話をしようか。
私が生まれたのは、大阪の南にある岸和田という街で。泉州地区と呼ばれる繊維が有名な街。大阪湾に面し、他方、奈良寄りには葛城山などがある。つまり海も山もある場所だった。と自伝風に書いてみるテスト。
まぁ、そんなことはどうでもいいや。えっと、大阪人は、生まれながらにして、「ツッコミ」をされていく人生を歩むことになる。誰しもがとりあえずボケるので、それに対してツッコメという暗黙のプレッシャーがコミュニケーションの必須事項として培われるようだ。私自身、そのような「ツッコミ」という概念は、あまり気にしたことがなかったのだが、確かに、東京にくると、そのような「ツッコミ」をする人は相対的に少ないような気がして、そう考えると、「ツッコミ」はある種の土壌に根ざしたコミュニケーション方法なんだろう。欧米人のハグに近いのかもしれない。
ツッコミは何が重要かというとボケに欠かせないものだからだ。ツッコミのないボケは、いくら切れ味が鋭くとも一割くらいの力しか出せない(当社比)。ツッコミがあってこそ、ボケが生きる。そういう意味でツッコミをしない人はボケ殺しであり、そなわち「回答に返答をしていない」というようなものに近い。そのため、「ツッコミがない」とたまに関西人が東京で嘆くのは「コミュニケーションを拒否されている」という言葉に近いのかもしれない。
もっともボケとツッコミはコミュニケーション手法の一つなので、ボケ担当、ツッコミ担当がわかれているわけではない。もちろん漫才師などは別れていることが多いが日常では、あくまでも傾向があるに過ぎない。そして、たまにツッコンデ、たまにツッコマレテという何かしら淫靡な相互依存関係こそがコミュニケーションをはぐくむのであり、そういう点では両方できてナンボの世界なのである。
ということで、岸和田の説明終わり。
2008.08.05
「金銭感覚」は、狂っているか狂っていないか、でしか存在しない。
たとえば「走る金銭感覚」はないし、「苦い金銭感覚」もなく、「金銭感覚のラップトップ」や「現代版金銭感覚」もない。金銭感覚は、「狂う」と連れ添った慣用句の域を超えることはできない。
そのように金銭感覚は人の狂気(ないし侠気)の基準として存在する。お金使いのあらい人を「金銭感覚」がおかしいと揶揄し、あるいは「金銭感覚」がしっかりしていると糟糠の妻をほめるわけである。
ただ、人は誰しもうまくバランスを保って狂っている。たとえば、普段は、バスに乗ったり、スーパーの閉店間際の総菜を買うなどの節約家が趣味のフィギアやギターに関しては、目を見張るようなお金を使う。これは誰しもある経験だと思う。
ただ、これは「金銭感覚」が狂っているのではなく、自分の趣味対象が偏っており、それの傾きが「金銭」という通貨を通じてチャート化されているだけだ。つまり、その人の金銭感覚の対象は、単純にその人の嗜好を表しているだけだと考えればいい。
ただ、その「指向性」が突如狂うと、まさにそれが「金銭感覚」が狂うことになる。たとえば、空腹の時に思わずコンビニで必要のないものまで買ってしまい福沢が飛んでいったり、風俗の客引きに声をかけられて知らない間にボーナスが飛んだり、あるいはセールのチラシにひかれ、そのまま3年のリボ払いを決めてしまったり、と。時に、物欲の感覚が狂い、そして人は金に狂う。
しかし。しかし、ここで少し話をずらしてみよう。
故人はこういった。「時は金なり」と。すなわち、時はお金である。そうすると、金銭感覚とは「時間感覚」でもあるのだ。そう考えると、自分がなにもしないでボケーっとしてしまう時。あるいは寝坊してしまう時。友達と時間を忘れて馬鹿な話を続けてしまった時。それはあなたの時間浪費(そうでない場合もあるが)であり、すなわち金銭の浪費であり、金銭感覚の狂いなのだ。
しかし、これがなかなか体感できないのは、時間が目に見えないからに他ならない。そこから、目に見えることの大切さが改めて判る。
そう。そう考えると、その人の指向性や精神状態は目に見えない。そんな時に、金銭感覚がその人の狂いを判断するためのバロメターとなるのだ。だから、金銭感覚って三半規管で管理すべきだ、と思うのだ。