2010/09/23

中秋節は、旧暦8月15日の満月=中秋の名月を祝う。

台湾では何故か、全国至る所で焼肉が行われる。「中秋節烤肉 (zhong1 qiu1 jie2 kao3 rou4 ) 」が町中に溢れる。

これは1980年代に勃発した焼肉のタレのCM合戦に端を発しているらしい。日本のバレンタインデーがチョコレートと結びつけられるようになった経緯と同じだ。

そして、この規模が半端でない。町中の道端の至るところで焼肉を夜中までやっている。中には、ガソリンスタンドの横で焼肉パーティーが行われ、危険極まりないというニュースまで流れていた。この2日間で、明らかに大量のCO2が台湾から排出されたはずである。定番の「月餅」菓子も健在である。月餅と中秋節の結びつきも焼肉と似たような経緯があるが、その歴史は、元王朝末期というから、1000年近い歴史がある。

小生も昨年同様、親しい台湾人が働く桃園にある日本企業の下請け会社の焼肉パーティーにお邪魔させて頂いた。30名ほどでワイワイ楽しんだ。ただし、ビールを飲まないのが台湾らしいが、日本人には物足りない。台湾では、日式焼肉店が流行っている。炭火で焼肉をするのが、どうやら日本式ということらしい?ビールは持ち込みOKの店も多いと思う。

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また、大學教員には、大學から中秋節禮物(zhong1 qiu1 jie2 li3 wu4 )が配られる。 今年は、太陽餅、月餅などの菓子類の他、台南からザボンが届いた。 台湾中国語だと文旦(wen2 dan4 )。日本語でも「ブンタン」と呼ぶ地域もある。 これが、日本のモノよりも巨大!暫くおいてから食べると甘さが増すと言われた。

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生憎の曇天だったが、近くの温泉に浸かりながら、霞がかかった月を観望できた(写真も撮影)。台湾から見ると、日本で見るよりも兎がひっくり返って見えるのは気のせいだろうか。台湾では、兎の餅つきは想像できそうにない。

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Nikon D300s 18-200mm(200mmで撮影)。底辺が水平線にほぼ平行なので、兎もひっくりがえっている。

2010/09/23 06:26 | 台湾 | No Comments
2010/09/19

7年間の旅を終え、2010年6月に地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」の観測紀行文を2回に渡ってお伝えします。

2001年4月にハヤブサ・チームにポスドク(宇宙科学研究所・プロジェクト研究員)として入隊した博士号取り立ての私は、探査機搭載機器(近赤外線分光器; NIRS)、及び地上ソフトの開発に従事した。宇宙研とメーカーさんの工場で明け暮れた2年間。そして2003年5月9日、紅蓮の炎に包まれながら、鹿児島県内之浦の青空を突き抜け宇宙へ旅立つ君を「いってらっしゃい、再見!」と見送った。打ち上げ成功後間もなく、私も有無を言わさず、見事に宇宙研から打ち上げられてしまった(失職Orz)。運良く日本学術振興会・海外特別研究員に選抜され、小惑星に到着するまでの2年間は、欧州・チェコ、プラハ郊外のオンドジェヨフ天文台の研究員になれた(チェコでは、流星とPivoの研究を行っていた)。チェコ滞在中もハヤブサ・チームと連絡を取りつつ(クルージング中のデータ解析とかしつつ)、小惑星到着を心待ちにした。ハヤブサの小惑星イトカワ到着の目処が立つと、神戸大学・大学院・惑星科学研究科COEプロジェクトからハヤブサ探査機搭載機器LIDAR(レーザー高度計)のデータも扱える人材の公募が出され、採用に至った。2005年8月に神戸大学に赴任し、神戸大がサイエンスを担当するレーザー高度計(LIDAR)と(開発責任者; ISAS・水野貴秀先生)、当初から携わってきた赤外線分光計NIRS(開発責任者; ISAS・安部正真先生)を担当することになった。臼田局を経由して送られて来るハヤブサLIDARからのデータ処理を行うソフトを作り(NIRS-QLをうまく移植した)、12月初旬までの3ヶ月間、特等席で小惑星イトカワ探査に携わった。その間は、引越先も決まっていなかったので、24時間宇宙研に “住んで” いたのである。みなさんがご存知のような数々のトラブルを乗り越え、7年の宇宙の旅路を終えようとする君を迎えるため、2010年6月、私は台湾から日本を経由してオーストラリアの地の果てへと向った。

ハヤブサの地球帰還カプセルは、地球周回軌道に入らずに、惑星間軌道から直接大気圏へ再突入を行うため非常に高速で地球大気に衝突する。これは天然の流星の対地速度(秒速12km〜72km)と比較した場合、小惑星起源の隕石のような、非常に遅い流星(隕石火球)の速度に匹敵する。はやぶさ帰還カプセルが受ける加熱はスペースシャトルの帰還時に受ける加熱のおよそ30倍。過去にこのような高速度での大気圏再突入を行った宇宙ミッションとしては、「ジェネシス」(NASA、2004年9月再突入)と「スターダスト」(NASA、2006年1月再突入)がある。日本の探査機としてはこのような(第二宇宙速度を超える)速度での大気圏再突入は初の例である。ハヤブサの地球帰還カプセルの実験機であった宇宙科学研究所の「DASH」は、2002年にH-IIAロケット2号機を使って打ち上げられ分離される予定であったが、分離に失敗し実験は失敗に終わっている。つまり、ハヤブサの地球帰還カプセルは、検証なしの一発勝負であった。なお、「再突入(re-entry)」という用語の「再」は、突入する物体が、もともと地球から打ち上げられた物体であることを表している。流星や隕石など、もともと地球外にあった物体が地球大気圏に突入する場合は、単に「突入(entry)」という用語を使用する。

実は、私はハヤブサ以前に2度、地球帰還カプセルの観測に参加したことがある。2003年5月末に小笠原沖(グアム沖)に帰還した経済産業省の「USERS」カプセルと、2006年1月中旬に米国ユタ砂漠に帰還したNASA・彗星探査機「スターダスト」のカプセルである。「USERS」の時は、航技研(現JAXA)の藤田和央先生の指示のもと、航技研(現JAXA)の柳沢俊史先生らとともに小笠原諸島・母島担当になり、父島の山田哲哉先生(ISAS)、矢野創先生(ISAS)らと2点観測を行うために、南海の孤島に想定外の半月ものあいだ閉じ込められた。カプセルは無事に回収されたものの、残念ながら観測は悪天に阻まれるという結果に終わった。しかし、高速移動する地球帰還カプセルの地上観測を行う上での数々の議論と準備、そして、僻地でカプセルを待つ忍耐力は、後にハヤブサに生かされることになる。また、イルカとの交流、ウミガメ産卵の手伝い、第二次大戦中の “戦闘壕” 探検などの貴重な経験も積んだ。一方、NASAの彗星探査ミッション「スターダスト」では、国立天文台の渡部潤一先生、理研(現名古屋大)の海老塚昇先生、ISASの矢野先生、神戸大の向井正先生らの協力・支援のもと、高知工科大の山本真行先生とNASA-DC8航空機に搭乗し、紫外線分光と撮像観測を成功させた(NASA機に搭乗するのは、1999, 2002年しし座流星群以来だった)。夜間にどのようにカプセルが地球に突入してくるのかとい う “観測経験” を持っていたので、ハヤブサへのイメージは既にできていた。ただし、ハヤブサの場合、探査機本体も超高速で突入するという未体験大火球が予想された。

流星や隕石、帰還カプセルは大気圏内において、大気との高速衝突によりプラズマを形成し発光する(「大気との摩擦で熱くなって燃えて光る」という表現は比喩的なものであり、科学的には正確な表現ではないが)。 しかしながら流星や隕石火球の発光メカニズムは完全には解明されていない。「分光(光を虹色に分散)」は、突入物質および地球大気分子がプラズマ化する過程の時間変化を調べることを可能にし、発光の物理・化学的なメカニズムを理解する上で重要な観測手段となる。また、「撮影」により大気減速するカプセルの地球大気中での軌跡、および地球大気突入直前の軌道推定を行うことが可能になる。天然の流星や隕石衝突は、いつどこに発生するか予測できないため、このような精密な観測が行える機会はほとんど無い。また、流星や隕石物質は、地球に突入する前の元々の形状、大きさ、質量、化学組成などの不確定要素があるが、ハヤブサの地球帰還カプセルは全てのパラメータが既知のいわば「人工流星(人工隕石)」であり、「予測された地球衝突物体」に見立てることで、流星、隕石や小惑星の科学研究にとって貴重な観測データを取得できることが期待された。

ハヤブサ回収隊は宇宙航空研究開発機構(JAXA)が組織したもので、オーストラリア南部の砂漠地帯において、「はやぶさ」の帰還カプセルの回収と大気圏への再突入の観測を行った。カプセル回収隊には、カプセルの着地した方位を探知するDFS班(Direction Finding Station; 電波方向探査局)、実際にカプセルを捜索し拾いに行く回収班、突入の火球を記録する光学班とこれら全ての班をまとめる本部がある。皆それぞれの役目を担っているが、JAXA・藤田和央氏を中心した16名の「光学班」は、科学的な目的を掲げた各種観測(軌道決定および広報用の撮影、カプセルと探査機の分光、衝撃波に伴うインフラサウンドなど)を実施した。私が率いる地上観測班・分光チームは、阿部新助(台湾 國立中央大學 天文研究所)、飯山青海氏(大阪市立科学館)、柿並義宏氏(台湾 國立中央大學 大空研究所)、鈴木雅晴氏(五藤光学研究所; 国内支援)のメンバー4名で構成され、2地点に分散して立体観測を実施した。プラネタリウム「HAYABUSA Back to the Earth」の総合プロデューサーである飯山氏とは、学部1回生からの悪友(天文同好会の流星観測&酒飲み仲間)でもあり、観測経験と技量を熟知していたので、今春になってから急遽メンバーに加わって頂いた(結果として、ハヤブサ地球帰還観測を成功させ、日本帰国後に関西圏でのハヤブサ広報に大活躍することになる)。

6月1日、15kg分の超過料金4万円をカンタス航空に支払い成田でチェックイン。ハヤブサ関係者が多数を占める機体は、シドニーを経由して、6月2日朝にアデレードに到着。カンガルー避けの立派なバンパーのついたランクル4台で、機材と食料の買い出しを繰り返しながら陸路を300km移動し、すっかり日が暮れてからポートオーガスタに辿り着いた。南十字星と初めて見る南半球の星空に、疲れも忘れ暫し言葉を失い仰ぎ立ち尽くした。6月3日、ポートオーガスタの町を出て、砂漠の景色が何処までも広がる道を快適に進む。ロケットの街ウーメラに到着し、JAXA隊本体と合流。長距離移動したので、日本から輸送してきた機材のチェックを行う。その晩は、地の果てで自炊を余儀なくされる我々タコーラ(Tarcoola)班の料理長に任命した飯山氏による食事(オージービーフ)が振る舞われ、隊員が必要な食材の量と、関西-関東人混合隊による調理の味見がテストされた。

6月4日、全打(全体打合わせ)および、ウーメラ立入り制限区域内内(WPA)での注意事項、野生生物の危険についてのレクチャーを受け、WPA内へ移動。WPAの倉庫に、船便で運ばれて保管されていた機材の開墾を行った。ハヤブサ機材倉庫に営巣していたつがいの「隼(ハヤブサ)」が我々を迎えた。これは何と幸先が良いことか! 出立前の全体晩餐会がウーメラで行われた。6月5日、各地へ向けてそれぞれの隊が移動を開始。藤田氏率いる光学班は、グレンダンボへ移動。夜間走行は野生動物(カンガルーやエミュ、羊、牛などが多数生息)との遭遇・衝突による危険性が増し、また、グレンダンボから先のダートは、車の故障は即生死に関わるので、必ず2台以上の車で昼間に行動しなければならない。分光班(阿部・飯山氏)、軌道決定班(JAXA・黒崎氏、九州大学・シューメーカー氏、日本流星研究会の上田氏)の5名が車2台に分乗して、いよいよ未舗装路へ突入した。途中、アボリジニが住む村(キングーニャ)を過ぎ、恐怖すら覚える地平線まで続くダートを130kmも突っ走った。我々が到着したのは、世界で一番人口の少ない町(ゴーストタウン)である。我々の到着により、人口が2倍に膨れた(つまり人口5人)。お世話になるキャロルさんに挨拶し、住まわせてもらう離れの家を案内してもらった。廃墟となった病院や、町外れには金鉱跡がある。2kmほど離れた丘に登ると、カンガルーが我々を迎えてくれた。「カンガルーの丘」と名付けたその丘から360度の地平線を臨む。人口音、人口灯は皆無である。さあ、ハヤブサ地球帰還を、地上の最果ての地で迎える準備だ!

6月6日から1週間は、本番のタイムラインに沿った観測、データ送受信、画像と映像の速報配信の手順を繰り返しながら、13日の本番を待った。食料の買い出しを見込んで持参した食料には限りがある。しかし、食料調達が想像以上に大変だということを現地に到着してから認識した料理長・飯山氏から振る舞われる食事量は、戦時中のように(戦時中を知らないが)質素だった。しかし、栄養バランスはちゃんと考えられていたようだ。結局、キャロル家からの支援もあり、買い出し無しで食料が足りる見込みがたつと、それなりに満足行く分量に変わって行った。生活水は全て雨水。砂漠の粉末状の赤土が混ざっているためか茶色である。洗濯機で洗濯すると、白いシャツが薄茶に変わった。キャロル家には、娘さん一人、孫のキャメロン(6歳)、ドゥリュー(6歳)、ルーク(2歳)がいた。最寄りの街まで車で3時間もかかる場所に住む彼らは、衛星インターネットを使って授業を受けている。キャメロンとドゥリューが、オーストラリア式のフットボールを教えてくれて、いっしょにプレーした。既に亡くなった祖父は、タコーラの駅長だったそうだ。ここは、西はパース、北はアリススプリングへ向う線路の分岐点になっている。実際、長さが数kmに及ぶ貨物が一日に何度か通過し、2-3日に一度客車が通過して行った(乗降はできない)。

1995年11月21日未明、ウーメラ(WPA)テストレンジから打ち上げられた観測ロケットは、270秒後に高度272kmに達し、搭載機器(NASA Black Brant 36.126 UG)により紫外線領域で銀河系の観測が行われた。そして、打ち上げから811秒後、ペイロードとパラシュートがタコーラ村に落下した。落下の衝撃音を聞いたタコーラ駅長は、翌朝ペイロードとパラシュートを付近で発見し、NASAから表彰を受けた。地面との衝突で凹んだペイロードが入っていたノーズコーンが、庭のオブジェとして飾ってあった。奇麗な状態で回収されたパラシュートも見せて頂いた。ハヤブサよりも前に、宇宙からここタコーラに帰還していた物体があるとは驚いた。そして、この事件がWPAのコーディネーターとの交流のきっかけとなり、今回の我々の滞在先としても快く受け入れて頂けたのである。せっかくの機会なので、タコーラの全住民5名を集めて初等天文学の特別生授業を行った。我々がタコーラへ来た経緯も説明した。子供達からは質問が沢山出た。中でも小学校4年生のキャメロンは、目を輝かせながらとても熱心に聞いていた。「太陽系がどうやって生まれたなんてどうして分かるの?」というキャメロンの質問には驚いた。夜は家の前で、満天の星空にレーザーポインターを差しながら星星の説明をした。中国から伝わった織女-牽牛物語も教えた。南十字星付近の天の川には、どうしても目が奪われ、(ギリシャ神話も無いので)ただただ茫然自失するだけだ。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」では、北十字(白鳥座)から旅が始まり、天の川を下り南十字(南十字座)で終わる。世界一小さな町に暮らすオーストラリアの分岐駅タコーラが、7年間の旅路を終えたハヤブサの終着駅になろうとは、彼らにとっても忘れられない出来事になるだろう。

(つづく)

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片道約700kmの陸路を移動。何処までも続く路は、遠近感を無くし眠気を誘う。山羊、エミュ、カンガルーの突然の出没は緊張する。良い眠気覚まし?

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ハヤブサ機材倉庫に営巣していた「ハヤブサ」。写真は雌。小振りだが、羽を広げると巨大なハヤブサとなる。

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最初は質素だった自炊した夕食メニュー。小生は、ペペロンチーノとブランボラーク(チェコ風お好み焼き)を担当。

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洗濯機内の水も茶色だった!

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私と飯山氏で運用した観測機材群。分光および撮像カメラ3台を同架させてハヤブサを追尾。2人で合計9台のカメラを運用した。

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リハーサル観測風景。

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タコーラの住民に天文学初等レクチャー。

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タコーラに落ちてきたロケット・ノーズコーンは、ウーメラから打ち上げられたものだった。ノーズコーンとパラシュートは、NASA/豪州からもらったそうだ。

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ウーメラで星空案内をする大阪市立科学館・飯山氏と、本職の解説を楽しむJAXAの面々。ウーメラにて。

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タコーラ滞在先の庭先にて。晴れると想像を絶する天の川が広がる。ハヤブサの終着駅には最高の場所である。

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分岐駅「タコーラ」は無人駅。かつては駅長の仕事だったが、現在は衛星電波でポイントが切り替わるようになっていた。

2010/09/19 09:34 | 天文・宇宙, | 1 Comment
2010/08/09

「独創力」を花開させるための3ヶ条、糸川英夫先生(日本のロケット開発の父) 曰く、

  • 徹底した学習 (徹底的學習; A thorough and comprehensive study)
  • 粘り強いやる気 (高度的熱情; A tenacious motivation and persevering in research)
  • そして、出会いである(社會聯結; Chances for meetings and connections)

  • ()内は、台湾中国語と英語訳。

(勝手な解釈ですが)どういうことかというと、

現在の研究・開発(科学以外でも)は、人類の過去からの積み重ねで成り立っている。その分野で独創的・パイオニア的な仕事をするには、過去にどんな人がいて、何をやったのかを徹底的に学習することから始まる(もちろん、現在の世界中の動きも知る必要がある)。情報がインターネットで溢れる現代、自分が本当に必要な情報を選んで学習することも、また重要となる。

そして、粘り強いやる気こそ、一番大切なことではないだろうか。壁にぶつかった時こそ、粘り強さが新たな展開を生み出す。失敗を繰り返しても、試行錯誤を重ねることで、次の一手が見つかる可能性が広がるのである。

一人で独創性のある仕事を成し遂げたら、それは素晴らしい。同業者と協力して成し遂げるのも良い。同業者以外の人々と接して、創造性が生まれる場合もある。そして、自分が如何に素晴らしい独創力のある仕事をしたとしても、それが世に認められなければ、埋もれてしまうことになる。独創性を生み出す切っ掛けになったり、独創的な仕事を世に広める絆になるような “出会い” もまた大切なのである。自分を支えてくれるこれらの “出会い” には、常に感謝の気持ちを持ち続け大切にしたい。

この3ヶ条;「学習・根気・出会いと感謝の気持ち」を常に心に留めておくように、次の一年を過ごせたらと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

追伸、

7月31日は、以前住んでいた神奈川県相模原に出向き、JunkStageスタッフの方々と「探査機はやぶさ」の地球帰還カプセル一式(ヒートシールド熱防御材, パラシュート, インストゥルメントモジュール,カプセル(プロトモデル)) を見学した。午前10時30分に到着したものの、猛暑と長蛇の列にげんなりして諦めて、宇宙研特別公開の見学に徹した。会場では、はやぶさプロジェクトメンバーの皆様にも再会できた。また、一般見学者に混じっておられたハヤブサ立役者でラッコ提唱者であるNECのエンジニアさんにも、イカロスの横で偶然再会して歓談した。諦めて帰りかけていたのだが、NECのそのお方の「今なら空いていますよ」の一言で、なんとか日暮れに1時間強待ちの列に並んでカプセルを見学できた。オーストラリアの砂漠で、目の前の夜空を通過して行ったあの時の眩い光は、この「ヒートシールド」のアブレーション発光だったのだなぁと感慨無量の瞬間であった。

8/15-19に東京丸の内で見学できるそうなので、まだの方は是非どうぞ。目玉は、偽物(モデル)のカプセルではなく、宇宙帰還からカプセルを守ったヒートシールドでしょう。

ISAS-1 最大で4時間待ちになった、カプセル見学の行列。

Junkスタッフ 月探査機かぐやの3D映像を楽しむ、Junkスタッフの面々。

Hayabusa, ISAS openhouse大人気の「はやぶさ」ブース。小惑星イトカワに到着したころは、こんなに混んではいなかったはず。

祝賀記念品 祝賀会に出席できなかったので、特別公開の日に頂いた記念品(特性4GbUSBメモリ)。中には、なんと小生ら地上光学班がオーストラリアで撮影した映像が入っていた。

ヒートシールド ヒートシールド(前面)と山田先生(左; ヒートシールド開発責任者)、川口先生(右; はやぶさ開発責任者)。プレス写真より。

イトカワグッズ イトカワ煎餅行列に並んでいる間に「イトカワ揚げパン」を食べ、お土産に「はやぶさ煎餅」を買った。砂粒は入っていなかったが、砂糖の粒は入っていた。

PS;

惑星地質ニュース「地球の果てでハヤブサを迎える (阿部新助)」

ツイッター始めました; @AvellSky

2010/08/09 09:38 | 天文・宇宙 | No Comments
2010/07/31

我々研究者の日常は、研究にだけ没頭している訳ではなく、学生の面倒(授業も含めて)、ビジターの面倒、様々な書類執筆(外部資金調達、観測時間獲得など)、会議・会議・会議、合間にメール処理と、なかなか集中して研究する時間がないものである。かつて文豪は、温泉宿などに籠り集中して筆を走らせた。温泉街は、温泉以外にも食や自然の楽しみもあり、気分転換にもなっただろう。実は、我々もこれを真似て「論文執筆合宿」なるものを時々開催する。昨秋は、台湾の清泉温泉という温泉街のユースホステルを貸し切って論文合宿を開催した。ここは、新竹市から(直線距離では)さほど遠くないので、小生が選んだのだが、実際にはかなりの山奥であった。それもそのはず、到着して知ったのだが、なんと「張學良」が幽閉されていた温泉だったのである。現代においてもそこは隔絶された世界であった。インターネットの無い3泊4日の滞在中は、自炊しながら、温泉と自然の景観を楽しみながら論文執筆に没頭できた。原住民の住む村であったため、我々の滞在が珍しかったのだろう、地元の子供達が集ったので、彼らを招き入れて持参したPCプロジェクターを使って「ロケットの打ち上げ(MV-5号機)」映像を見せてやった。子供達の驚きようは、今でもよく覚えている。

論文合宿

さて、5年に一度の自動車免許更新のため、8月9日の誕生日前後1ヶ月の間に手続きをする必要があり、日本へ一時帰国する計画を練っていたところ、国立天文台の渡部潤一さん(博士課程の時の親方=指導教官)から、論文執筆合宿の案内が届いた。開催場所が「会津大学」ということで、すぐに参加することを決めた。理由 (1) 会津にはまだ行った事がない、(2) 宇宙研や「はやぶさ」でいっしょだった共同研究者が沢山いる、(3) 温泉がある。ところが年度末(台湾では、7月は年度末)だっため、研究費がないので自費で行く事にしたのだが、渡部さんのご好意で、会津のご実家に宿泊することができ、大変助かった。7月25日、東京駅初の高速バス「白虎」に乗車。会津まで2500円ポッキリである。
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会津到着は、土用の丑の日の前日ということで、神戸大の時の同僚の平田成さんの案内で、鰻の老舗「えびや」で久々に蒲焼きを楽しんだ。ちなみに土用の丑の日は、鰻供養のため営業していないので絶好のタイミングであった。スタミナをつけ、いよいよ論文合宿開始である。ホストになってくださったのは、会津大学の浅田智朗先生・出村裕英先生率いる惑星科学の面々である。ネットワーク(寺薗淳也先生担当)、珈琲などが用意された教室を貸し切り、各々の宿題/論文執筆が開始された。開始に先立ち、各自の目標が掲げられた。この目標に日々の達成度を記していくのである。窓の外は、会津磐梯山の頂きが浮かんでいる。

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執筆、執筆、執筆、ひたすら執筆。。。のはずであったが、会津の先生方を交えてのミーティング、国立天文台-神戸大-台湾を繋いだビデオ会議、米国と繋いだSKYPE会議と幾つかの有意義なミーティングもこなした。インターネットは無いと不便だが、あるとやはり執筆効率は落ちる。特に最近は、ツイッターやmixi、Facebookなどなど、全くもってネット無しの生活は考えられない。さらに毎晩、会津の美味と美酒を楽しみ、東山温泉でまったりするなど、すっかり満喫してしまった5日間となった。それにしても、毎晩よく飲んだなぁ。。さて肝心の執筆の方は、(1)「地球の果てでハヤブサを迎える」を惑星地質ニュース巻頭記事として投稿、(2)「潮汐分裂小惑星の発見」をネイチャーに投稿した。記事と筆頭論文を仕上げる事ができたので、一応の目標は達成。特にNature論文は、春先から取り組んでいた国際協力の紆余曲折あった論文なので、ようやく肩の荷がおりた(あとは朗報を待つのみ)。

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最終日は別の〆切の文章作成が終わらず、結局、会津観光をせずに後ろ髪を引かれる思いで帰路に付いた。「集中講義」を頼まれているので、また近々会津を訪れる日があることを期待したい。

さて、今日(7月31日)は、宇宙科学研究所の一般公開に足を運ぶ。Junk Stageの皆さん方を案内する予定である。一般公開初日の昨日は、はやぶさカプセルに2時間待ちの長蛇の列ができたそうで混雑は必至。一日がかりの見学会になるだろう。

2010/07/31 06:43 | , 美酒・美食 | No Comments
2010/07/06

ハヤブサは粉々になって地球大気の一部になった。ハヤブサの灰は、貿易風に乗って地球の陸地や海底に降り注いでいる頃だろう。。。

我々(JAXA光学班)が撮影したハヤブサ・地球機関の映像 

一方、ハヤブサが残した虎の子のカプセルの内部の一部がいよいよ開けられ、昨日記者会見が行われた。

http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2010/0705.shtml

サンプルコンテナは、内部を真空に保ったキュレーション設備に収められており、コンテナの蓋を開け、サンプル・キャッチャーを取り出し、A室の蓋が開けられた。初期捜索から、0.01mm (10μm)程度の大きさの粒子が2つ見つかった(写真1)。ダスト形状は、宇宙塵(成層圏で採取される宇宙起源の塵)には似ていないとのこと。成層圏・宇宙塵も地球大気突入の影響を受けているので、直接比較はできないので、イトカワ起源の可能性は否定できない。

Capsule-dust1 (JAXA提供)

目視で確認できる物質が、サンプル・コンテナに確認できるが、これは、コンテナを開けた先月末の時点で分かっていたもので、この大きさからして小惑星以外からのコンタミの可能性も考えられるが、それにしては大き過ぎる気がする(写真2)。

Capsule_dust2 (JAXA提供)

サンプルコンテナの中には、サンプル・キャッチャーが収納されているキャッチャー内部は、A室とB室に分離されており、第一回目の着陸時の時にはB室が、2回目のタッチダウンではA室が開かれ、サンプルが導かれるようになっていた。A・B室共に、着陸・タッチダウン後に速やかに閉じられた。探査機が姿勢を崩してロスとされ、通信が復活した数ヶ月後にサンプルをキャッチャに導いている捕集チューブがキャッチャ部から退避させられ(うろ覚え)、キャッチャ部を回収カプセルへ搬送し、キャッチャ部はカプセル内の真空コンテナに格納、固定された(写真3)。

カプセル機構 (JAXA提供)

従って、今回開けたA室よりも、小惑星表面に複数回バウンドして、30分間表面に滞在した第一回目の格納室Bの方に期待が持てる訳だ。

キャッチャーの全容積は、約70cm3で、最大粒径10mmまでの粒子を捕獲できる仕組みになっている。キャッチャ内には、全サンプリング終了後サンプルが回転筒を通して外部に漏洩しないようサンプル漏洩防止板が設置されている。

摺動部品を除く全ての構成部品については、サンプルへの不純物付着を極力低減するために、表面に純アルミコーティングが施されている。またキャッチャカバーには、サンプル回収時までのコンタミ付着レベルをモニタする目的により、コンタミネーションクーポン(サファイア製円盤と高純度アルミ枠で出来た支持柱; Stardust彗星サンプルリターン探査機で用いられたものと同型)が取付けられている。

また、カプセルの各部分には、大気突入で経験した温度を知るためのシールが貼ってあったはずである。このシールは、何度以上の温度を経験すると色が変わるといった単純なものだが、最終的なカプセル内部への熱の進入についても知る事ができる重要な情報である。

いずれにしても、分析結果が出れば全てが明らかになる。

ハヤブサが、ここまでして地球に戻ってきたのには訳がある。それは。。。。

7月30-31日にJAXA・宇宙科学研究所の一般公開が相模原である。ハヤブサの地球帰還カプセル(実物)も、展示されるそうなので、ハヤブサやイカロス、アカツキなどの最新情報も含め、今年は特に楽しめそうである。

追伸;

JunkStage代表の須藤優さんが、ハヤブサを切っ掛けに台湾にいらっしゃることになった。行き先は未定だが、取りあえず南へ向う?

http://www.junkstage.com/world/yuu/?p=672

2010/07/06 12:23 | 天文・宇宙 | No Comments
2010/06/15

ハヤブサ探査機が地球大気に突入する、まさにその直前の姿を見た。

大きな翼を広げ、満身創痍の倒れ込むような格好。地球大気の摩擦で全身が燃え始め輝いている。地球に抱かれ、燃え尽きる覚悟はできている。

その数キロ先を、カプセルが飛翔している。小惑星イトカワから持ち帰ったカケラだけは無事に地上へ届くように、最後の力を振り絞って切り離した虎 の子だ。

ハヤブサは、ウーメラ砂漠上空で最期を迎えつつあった。粉々に砕け、青、緑、橙、紅蓮の光を放つ星粒のようなフラグメントは、それぞれが、僕らが 手塩にかけた君のパーツだ。

バラバラになり燃え尽きる巨大なハヤブサ火球の中から、オレンジ色の一筋の光が飛び出した。飛び出した光点は尾を引きながら、力強く地上へ向けて 突き進む。

「ただいま!」
「 待たせたね。やっと、地球に帰って来た。」
「みんなのもとへ、僕からの最期のメッセージが届くように!」

” オカエリナサイ、そして、お疲れさま、ハヤブサ!! ”

遥か彼方、小惑星イトカワからのメッセージを必ず届けるという意思を受け継いだカプセルは、身にまとったヒート・シールドで大気衝突の凄まじい加熱に打ち勝 ち、パラシュートを展開して、とうとう僕たちのもとへ戻ってきた。

ハヤブサは、小惑星からのロゼッタ−ストーンを地球に届け、その命を全うした。

君と過ごせて、本当に幸せでした。

はやぶさに関わった皆様、お疲れさまでした。そして、応援してくださった皆様、ありがとうございました。

阿部新助 ウーメラにて。

hayabusa_abe_large.jpgJAXA/國立中央大學

(光学班・阿部新助)

JAXAの映像および画像の使用にあたっては、JAXAのデジタルイメージアーカイブスの利用規定に準じま す。詳しくは http://jda.jaxa.jp/jda/service_j.html をご覧ください。

2010/06/15 11:45 | 天文・宇宙 | 1 Comment
2010/02/20

新年快樂!

2月13日〜21日の旧正月休み、日本に帰るでもなく(チケット取れず)、連日の雨で山岳地帯の土砂崩れで予定していた天体観測にも行けず、毎日映画やネットサーフィン、温泉、スポーツジムとゴロ寝で、かなり堕落した生活に陥っていた。冬期オリンピックは、どこも放映していないので、全く見ていない。また、休み前半は、契約会社が原因で、インターネットにも繫がらなかったので、まさに孤島と化していた。旧正月は、殆どの店が閉まる。いつも使う、近所のコンビニまで閉まっていたが、食料は十分に蓄えていたので、生き延びている。

昨夜、台灣で放送しているNHKワールドプレミアムで「第137回 上田泰己 | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀」を観た。研究の花形分野である、生命科学で活躍する若手研究者(小生よりも若い)、上田泰己に密着した番組。研究者がもの凄くカッコよくドラマチックにまとまっていた。テレビ番組なので、美化脚色は多少はあるだろうが、それでも研究の最先端の現場での臨場感と躍動感が、リアルに伝わってきた。

「わけがわからない事」にこだわる。普通なら無視するささいなデータや、実験の本筋とは全く関係ない末端部分の数値。そこに今まで考えてきた仮説や理論と食い違う「わけがわからない事」が少しでもあれば、その原因を探るべき徹底的に考え続ける。これまでの考え方では迫りきれない壮大な生命の謎。

同じ研究分野で切磋琢磨する研究者の知的レベルに、大きな違いはないと小生は思っている。優れた研究者とそうでない研究者で決定的に違うのは、まさにこの点だと思う。視点を変え、とことん試行錯誤することで、これまで気付かれなかった新しい発見への糸口が見つかるのだ。仮説を立てて、その仮説が正しいかどうかを、観測、実験や理論を駆使して検証を行い、新たな科学を切り開いていくのが、研究者としてのあり方だが(ボス(元神戸大学・向井正教授)の最終講義より)、大事なのは、”どのような仮説を立てるか”、そして ”それをどうやって検証するか” だと思う。そして、一貫した ”こだわり”と”粘り”が必要だ。

今朝、海外の共同研究者から連絡が来た。共同研究者の計算によって、我々が立てた仮説が証明できそうな結果が出て来たのだ。共同研究者の計算結果は、東京三鷹にある国立天文台の大型コンピューター施設を使って独自に計算を行ってきた小生の計算結果とも、驚くべき一致を示していた。我々が立てた大仮説を示すことができる理論武装の目処が立った。俄然やる気が出てきた(ので誰もいない大學の研究室に出てきた)。あとは、小生らが世界最大級のハワイの望遠鏡で、昨月実施した観測での検証結果を示すことができれば、Nature級の仕事になる。天文学なんて、我々の生活には全く関係ないと思うかもしれないが、今回の我々の大仮説 が正しいことが証明されれば、我々(地球)の過去、未来、そして現在にも大きく関わることになる。

「大事なのは、自分が何をやりたいのかということ。それによって選ぶべき道は複数あって、その方が面白いと思うのです」

自分のやりたいことへアプローチする道は複数ある。視野狭窄にならずに、広い視点で見渡せば、必ず自分に合ったやり方が見つかるはず。その道を極めるということは、本人にとってはとてもエキサイティングでやりがいのある人生だと思う。もちろん、苦労や犠牲にすることも人一倍多い。

追伸;

今週は、海外共同研究者のサポート観測を予定していたのだが、全くの雨天続きで天文台にも上がれず、全敗だと諦めていた。さきほど、ようやく空が晴れてきたので、観測スケジュールを台灣・鹿林(ルーリン)天文台駐在のスタッフに送付して、観測を開始してもらった。

写真; 夕方まで雨が降っていた影響か水滴が付いているが、外の湿度は10%ほど。冬の大三角と大インベーダー+火星が月明かりに負けずに良く見えている。

AllSKYAllSky2

2010/02/20 06:12 | 天文・宇宙 | No Comments
2010/01/29

ハイチ(海地)共和国は、中央アメリカの西インド諸島に位置する、世界初の黒人による共和制国家である。ドミニカ共和国と国境を接する島国で、カリブ海・ウィンドワード海峡を隔てて北西にキューバ、ジャマイカ海峡を隔てて西にジャマイカが存在する。総人口は約1千万人。ハイチ時間の2010年1月12日16時53分(世界時=21時53分)に起こったマグニチュード7.0の地震で、首都ポルトープランスでは、首都の3/4が壊滅的打撃を受け、大統領府や国会議事堂、台湾大使館など多くの建物が倒壊し、死者最大20万人と予測されている。ハイチは、台湾にとってとても大切な国である。台湾を国家と認める国は、世界にたった23ヶ国しかない。ハイチは、数少ない国交のある国の一つなのだ。

Haiti

小生が神戸を去るときに、神戸市灘区役所に提出した届け出住所に「台湾…」と記入したところ、「中国…」と強制的に書き直させられた。お互いにビザ無しで自由に観光旅行ができる日本と台湾は友好国なのに、日本は「台湾」を国として認めていない、つまり公式な国交が無いのである。従って、両国間に大使館も存在しない。ちなみに、(大陸)中国と日本は国交はあるが、中国人のビザ無しでの日本入国は認められていない。

台湾の外交関係を調べると、ここ10年間で、これまで国交があった、マケドニア、リベリア、ドミニカ国、グレナダ、ナウル、セネガル、チャド、コスタリカ、マラウイが、(大陸)中国による金銭援助という名の下の買収により、国交が断交されている。1970年には、67ヶ国あった国交国が23ヶ国に減った。国連や世界保健機関(WHO)等にも加盟できないのも全て、覇権的な態度で、大きな経済力をもって台湾を圧迫しようとする、中国の卑劣な政治活動と言える。

今回のハイチ大地震で、中国は100万USドルの支援を約束し、すかさず台湾は、その5倍の500万USドルの支援を打ち出した。日本も500万USドルの支援を行うことを発表している。一方で、カリブ海諸国での影響力とキューバを牽制する目的もあり、米国は1億ドルを支援し、大量の兵士を送り込み、 中南米の左派国の非難を受けている。多くの人々が苦しんでいるハイチを前に、このような政治的目論みの援助が遂行されているとは悲しい限りだ。

ハイチへの救援物資を載せた台湾の軍用輸送機が、グアム、ロサンゼルス、フロリダの米国領内の3カ所を経由して、ドミニカに到着した。1979年の米国との断交以来、台湾軍機が給油のため米国領内での着陸が許可されたのは初めてとのこと。昨年8月には、モーラコット台風による台湾中南部の大被害の救助のため、米国軍が1999年の集集大地震以来10年振りに台湾に上陸し、中国が非難をしている。

さて、ハイチ支援を行う台湾では、ハイチからの留学生を広く受け入れている。小生が働く國立中央大學にも、多くのハイチ留学生が中国語の勉強に励んでいる。中国語の授業を受講している小生も、ハイチ留学生らと知り合うことができた。ハイチ語とフランス語を母国語とし、流暢な英語も話し、更に中国語もペラペラと話す姿をみて衝撃を受けた。母国の大惨事で家族を失った學生もいるが、彼らはラテン系の明るさを失わず、日々勉学に精進している。 加油!(頑張れ!)

台湾へ入国する観光客で一番多いのは日本人である。美味い飯食べて、マッサージして、温泉入って、台湾人の優しさに触れて帰っていくだけでなく、日本人は台湾のこういう事情、日本と台湾の関係なども知った上で、観光に来て欲しい。

國語授業の同學達。ハイチ人、アメリカ人、イタリア人、タイ人、ホンジュラス人、台湾人、と日本人。タイ人學生の家族が経営するタイレストランにて。

NCU國語同學

台湾と国交を結んでいる23ヶ国の分布。(http://blog.goo.ne.jp/szyu より)

23 countries accepted Taiwan

  • 東アジア・オセアニア; パラオ、ツバル、マーシャル諸島、ソロモン諸島、キリバス、ナウル
  • ラテンアメリカ; セントルシア、グアテマラ、パラグアイ、セントヴィンセント・グレナディーン諸島、ベリーズ、エルサルバドル、ハイチ、ニカラグア、ドミニカ共和国、ホンジュラス、パナマ、セントクリストファー・ネイビス
  • アフリカ; ブルキナファソ、サントメ・プリンシペ、スワジランド、ガンビア
  • ヨーロッパ; バチカン市国
2010/01/29 08:03 | 台湾 | No Comments
2010/01/05

グレゴリオ暦、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

台灣で年を越したが、新年を迎えた感じが全くしません。こちらの正月休みは、1月1日だけ。NHK紅白を見ながら、気分を盛り上げようとしましたが、何事もなかったように年が明けました。テレビの中継で、世界一高い台北101ビルから打ち下げされる花火中継を見ながら、日本と時差1時間の台灣が新年になったことを知りました。ちなみに、台北101(509.2m)は、2010年1月4日にドバイに完成したブルジュ・ドバイビル(828m)に世界一の座を奪われました。

新暦の正月を祝う日本は、アジア諸国では少数派で、台灣や中国、韓国などの殆どの東アジア諸国では太陰暦、いわゆる旧暦の正月を盛大に祝うため、正月休みはまだ先です。旧暦は、月の満ち欠けを基準にした暦で、新月 (朔)となる日をその月の一日として日付を数えます。三日月は三夜、半月は七夜や二十三夜、満月は十五夜です。一方、現在一般的に使われている西暦は、太陽暦、いわゆるグレゴリオ暦や新暦と呼ばれるものです。グレゴリオ暦は、1582年にローマ教皇グレゴリウス13世が制定してもので、太陽の動きを基準に1年を365日とし、4年に1回閏年を設けて366日にし、400年に3回は閏年とせず平年とする。詳しく言うと、西暦年を4で割り、割り切れる年は閏年となります。但し、西暦年を100で割り、割り切れる年は閏年とはしません。更に、西暦年を400で割り、割り切れるとしは閏年とします。閏年が何故こんな複雑?な定義なのかというと、太陽が地球を回る周期が365.25日であるために、太陽の動きとカレンダーがずれてきてしまうからです。日本では、明治5年(1872年)にグレゴリオ暦が採用され、明治5年12月2日の翌日が明治6年1月1日になっています。

さて、2009年の旧暦1月1日は、2009年1月26日でしたが、2010年の旧暦1月1日は、2010年2月14日です。これは、2009年の5月と6月の間に閏月が挿入されたので、2010年の旧暦元旦は、2月中旬にずれ込みました。 月の満ち欠け(1朔望月)は、29.3 〜 29.8 日の間で変動し、平均周期は29.53日ですので、旧暦の1年は354.36日になり、1年間で約11日、新暦より短くなります。これでは季節(太陽の季節変化)と月がずれて困るので、閏月を導入し、1年が13ヶ月になる年が旧暦には設けられます。19年に7回程度、この閏月を導入します。中秋の月(十五夜祭り)の時期が、大きく異なる理由も同じです。

台灣では、新暦や旧暦の正月を迎える頃には「新年快楽 (xin nian kuai le; シンニィェンクアイラ)」というのが挨拶となりますが、日本の「あけましておめでとう」とは異なり、むしろ「A Happy New Year」に近い表現です。従って、新年が明ける数日前から「新年快楽」が「良いお年を & あけましておめでとう」という意味の挨拶として使われています。

台灣の旧正月が訪れるまでは、あと1月余ありますので、仕事ももう一踏ん張りといったところです。

2010年は、いよいよ小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還します。

小生も台灣を拠点に、今年も世界を東奔西走して研究活動を繰り広げていくことになりそうです。みなさまと地球の何処かでお会いできることを楽しみにしております。

2010 New Year Card

2010/01/05 04:02 | 台湾 | No Comments
2009/12/23

秘書さんから郵便局の人が小生を探していると聞いていた。丁度、日本-台湾惑星科学ワークショップと、直後の鹿林観測所出張などですっかり忘れていたのだが、今日郵便局に行った時に、窓口のおばちゃんに聞いてみたところ、小生宛の「督促状」が届いていた。

罪状; 速度超過
撮影日時; 2009年10月4日 09:51:12 (LST)
場所; 台北市 重慶北路4段

計測速度; 61 km/h
法廷速度; 50 km/h
超過速度; 11km/h

罰金; 1600 台湾元 (食費1週間分)

いやはや、とうとうここでも捕まってしまった。

台北に行った際、高速道路の降り口を間違えて、Uターンした後に撮影されたようだ。それにしても、高速を降りたばかりの4車線大通りが 50 km/h 制限とは全く分からないし、更にたった11 km/hオーバーである。罰金支払い期限は、11月23日だったらしい。書類を見ると、この書類を受け取ってから15日以内に支払えば良いと書いてあるので、問題はないようだ。台湾のオービスは、後ろから撮影するタイプなので、小生の愛車「スズキ SWIFT」の華麗な後ろ姿が刻まれた記念写真も同封されていた。この写真は、貰って良いとのこと。

窓ガラスには、日本では違法になるような真黒な遮光シートが貼ってあるので、内部の様子は見えない。台湾は、夏の日差しが強烈なので、フロントガラスにも遮光シートを貼るのが普通である(ただし、夜の運転は外が見えず危ないので、貼っていない車も多い)。小生の車も、フロントの上部にはこれと同じ濃さのシートを貼っているので、前から撮影されても顔は映らない。これが理由で後方から撮影しているのか否かは定かではない。

以前日本で天体観測に行く途中、やはりスピード違反でオービスに捕まった.検察官に呼び出された際に「この写真くれませんか?」 と本気で頼んだが断られた(怒られた?)。ようやく念願のオービス記念写真を入手できた訳だ。

Over speed-1

気になるのは、速度の小数点以下が無いこと。つまり、速度の測定精度は 1 km/h ということである。日本のオービスに捕まった時は、小数点以下1桁まで表示されていたので、本当にそんな精度があるのか疑わしく、簡易裁判前に検察官に文句を言ったことがある。それとも、台湾のオービスはドップラー式なので、測定精度はまあこの程度なのだろう。先日、台湾の正式な免許証を入手したばかりだし、減点制度を導入するとかされたとかの噂を聞いるので、果たして小生の持ち点は何点か気になるところだ。これで、小生の愛車でのスピード違反歴は、日本、チェコ、ドイツ、台湾の4ヶ国になった。アメリカでは、レンタカーでエドワーズ空軍基地の軍警察に捕まっているので、5ヶ国目か。チェコは汚職警官だったので、違反金をその場で値切り交渉した。

台湾の交通ルールはあってないようなもの。11 km/h のスピード違反者より、もっと悪質なドライバーを捕まえて欲しいものである。

とにかく、安全運転で行きましょう。

2009/12/23 10:10 | 台湾 | No Comments

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