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2008/10/26

僕は海外経験年月が浅い。10年前の1998年、博士課程1年目の秋に初めて海外に出た。その後、NASAのミッションで世界各国の米空軍基地に離着陸しながら夜の観測を遂行(パスポートには空軍基地のスタンプばかり)、チェコ・台湾・ハワイに住むなど、一気に世界が広がった。しかし僕の場合、”Travel = Trouble” という方程式が良く成り立つ。9.11テロ後に、エドワーズ空軍基地のゲートを、自分の運転する車で(間違って)突破、更に逃走して、モハベ砂漠でアメリカ軍警察に捕まるなどのエピソードがあるが、今回は、初めての海外旅行記を紹介したい。

回顧録(1998年10月26日〜11月11日)の日記より抜粋。

はじめての海外、はじめての国境突破

11月2〜5日にドイツの Garching のESO(ヨーロッパ南天天文台)で行なわれた太陽系外縁部天体(カイパーベルト、彗星)の国際学会に出席した。初の海外という事もあり、まずは海外に体を慣らせようと、マレーシアとシンガポールで1週間を過ごした。成田空港で初の海外に備えるべく、3時間も前に空港に到着しながら、防犯対策にあくせくしてたら飛行機が出発してしまい、タラップといっしょに車で1km程飛行機を追いかけ搭乗させてもらった。一眠りして到着陸した場所が、マレーシアの首都クアラルンプールと勘違いして颯爽と一番乗りで下車。出国ゲートでもめた挙げ句、この旅で度々お世話になる国境(空港)警察の部屋に飛び込み、「クアラルンプール出口はどこですか?」と尋ね、皆に爆笑されて、はじめてそこが貨物運搬で立ち寄った島(別の国?)であることを知り唖然とした。飛行機は給油中だったので、幸い再度搭乗させてもらえた。既に2つのトラブルをクリアしてようやくマレーシアの首都の玄関口、クアラルンプール国際空港に到着。クアラルンプール市内は国際空港から70kmも離れているので、夜遅くに到着する場合は、空港ホテルに泊まる事をお奨めする。小生は何も考えずに21時頃に空港をうろついており、声を掛けてきたマレー人にのこのこ着いて行き、両替をしてから彼の違法ポンコツ車に乗って(エンジンは三菱だと威張っていたが)、車中で値段交渉し市内まで送ってもらった。運転は荒かったが良い人だったので救われた。空港から市内までのタクシー料金の相場は、70RM[リンギット](2000円程度)、小生の場合は夜遅くであったので80RMであった。空港乗り入れタクシー会社は限定されているので、個人タクシー(シロタク)は違法タクシーなので注意。

マレーシアの首都クアラルンプールは人種の坩堝、訳の分からぬ言葉を叫びながら近づいてくる人々、ヤパーナ? チャイニーズ? と呼びかけて来る人、ふと気が付くとすられていたりと、とてもシュールな町であった。Pudu Rayaバスターミナルで、「俺もシンガポールへ連れていってくれ」 と金をせがむ “手ぶら” のマレー人と30分以上会話を楽しんだ後(その方が、他の輩の相手をしなくていいので安全)、会話のお礼として10RM(リンギット)=300 円 をプレゼントし、握手と軽い包容と「Have a nice journey」の言葉を背にシンガポールへ向かった。

搭乗した中華系バスは、華僑の中国人バスで、たった一人の日本人であった(失敗したと思った)。クアラルンプールからシンガポールへの7時間の陸路の途中、国境審査を受けてバスターミナルへ戻ると、小生の乗ってきたリムジンバスが小生の荷物を全て乗っけたまま去ってしまっていた。中国人らにまんまと騙され手ぶらになって気が動転していた小生は、チケットの裏に書かれたバス会社の連絡先に電話しようと、越えてきたゲートの向うにある電話を使うために逆走。思いっきり “国境” を走り抜けた。挙げ句挙の果てに “国境突破” と勘違いされ「ワラワラ」と訳の分からぬマレー語と自動小銃で警官らに脅されながら国境警察へ連行された。事情を説明して釈放。マレーシアの公衆電話は壊れているものが多く、3台目でようやくバス会社に電話が通ずるも、英語が全く通じない。バス捜索のため、結局、国境を3往復し、顔パスで国境を通過できるまでになった。ジョホールバルというマレーシア側の町で高速バスのチケットを入手し、ようやくローカルバスでシンガポール駅に辿り着いたのは夜9時過ぎ。既に到着予定時刻を2時間もオーバーしていて諦めムード。高速バス乗り場を探すと、なんとそこで小生の荷物と共に待っていた中国人添乗員と奇跡的に再開!

中国人:「君なら来ると思ってたあるよ」(みたいなニュアンスの中国語)
日本人:「じゃあ置いていくなよ」(日本語)

という会話の後、固い握手で結ばれた。お礼に修論テーマであり持参していたヘール・ボップ彗星の写真をプレゼントし、ついでに彗星の尾(ダストテイルとプラズマテイル)の説明もしておいた。いやぁ、それにしても凄い一日だった。

造られたマーライオン

シンガポールでは日大時代の友人宅に3日間厄介になった。シンガポールは “造られた街” というのが印象である。ごみも無いし、治安も良い。取り敢えず名所は大体全て回ったが、シンガポールらしさというのはあまり見えてこなかった。といいつつ、SENTOSA島には2回も行き、巨大なマーライオンにも2度登ってきた。マーライオン・ライターは笑える。ちなみに本物のマーライオンは、河口にあるので注意! 夜、チャイナボートに乗って河口まで行ってもらうのがお奨めコースである。

再びクアラルンプールへ

そして、再度クアラルンプールへ挑戦。今度は陸路を長距離列車で移動。マレーシア-シンガポールの国境通過の常連となっていた小生は、国境審査で戸惑う臨席の乗客に、国境書類の手ほどきをした。2度目のクアラルンプールでは、中華街はこりごりなので、インド街に宿泊(インド人は嘘つかない)。市内をあちこち回った。不浄の左手も経験。プラネタリウムも見学した。女子トイレに間違えて侵入し、女学生らに悲鳴を上げられ、引率の先生に叱られた。平日の昼間でも学生達で超満員。番組終了後には割れんばかりの拍手がありびっくりした。ちなみにプログラムは「KOMET」(マレーシアでは、CではなくKを使うのである)。またこの日は、自動小銃なんかで武装した何百もの警官によって市内が物々しい雰囲気に包まれていた。タバコ屋のおばちゃんに聞くと「いつもの事だよ」と笑っていた。なんでも毎週土曜日はデモの日だそうだ。でもデモがあるって事は国民の不満が募っているので、やっぱり危ない。マレーの物価は、日本の 6/1- 1/3 程度で、日本製のカメラや電気製品も激安である(日本の企業が多数進出している為)。クアラルンプール ←400km:7時間→ シンガポールの長距離バスは500円、ゲーセンも1ゲーム5円程度(但し、リッジレーサーは20倍の値段で10円もする)。日本で買ったら1.5万円はするようなブーツ型のブラウンの革靴を買って、靴ずれのする古い靴と交換した。共通語としてブロークン英語が通じるのでいろいろな人達と接する事もできた。

パスポート偽造容疑

その後、クアラルンプール国際空港で日本から来た国立天文台の仲間3人と合流しミュンヘンへ向かったが、ドイツ入国の際には、小生だけパスポート偽造の容疑でIPA(銭形警部が所属するあのインターポール)に連行され1時間以上も尋問を受けた。国境でのトラブルには既に十分に慣れていたので、尋問の合間には、人権侵害 “question of human right” などの単語を調べ(当時の小生の英語力はボキャ貧)、反撃する余裕さえあった。結局、小生の身元は、VISAカードと大使館によって証明され “釈放” された。拘束された理由を聞いた所、顔写真の上下にある桜印を拡大するとわずかにフォントの荒いようなギザギザがあるという事で、拡大写真も見せてもらった。帰国後にパスポートを拡大して見てみたが、そんなギザギザはないし、どうやら人権侵害で訴えられるのを恐れた言い訳だったようだ。

歴史漂うドイツ、オーストリア

ミュンヘンでは、ESO と MAX-PLANCK のある Garching という静かなで美しい田舎町に滞在し、4日間、ESO(ヨーロッパ南天天文台)まで通った。毎日、旨いビールとソーセージとジャガイモばかり食べていた。太る訳である。また、ミュンヘン市内で必見なのは、IMAXというプラネタリウムとドイツ博物館である。特にドイツ博物館は凄い!屋上で太陽観測をていた職員のおじさんと仲良くなり立ち入り禁止の望遠鏡なども見せてもらった。ここでもお礼にヘール・ボップ彗星の写真もプレゼントした(おじさんは、小生が百武彗星の百武さんだと勘違いしていた)。さて、学会も無事終了し、今度はEC(Euro City)列車を使いオーストリアのウィーンへも足を運んだ。ウィーンでは、13〜16世紀の歴史的建造物の迫力に圧倒されっぱなしで、世界史をしっかり勉強しておけば良かったと痛感した。また、夜中にウィーン南駅前の露店で○○本も同僚への土産として購入した。再びドイツに戻り、MAX-PLANCKで研究をしているハイデルベルクの先輩宅を訪れた。ハイデルベルク城へも登った。また、本家本元の “哲学の道” もここハイデルベルクにあった。

最後の ”かつあげ”

そんなこんなで半月があっという間に過ぎ、帰国する為にフランクフルト空港へ向かったのだが、再びトラブルに巻き込まれた。地下鉄で柄の悪い10代後半かと思われる女グループの “かつあげ” に合い、不覚にも20DM[ドイツ・マルク](1600円相当)を持っていかれてしまった。その手口は巧妙で、まず一人の女が金を札で両替してくれと近寄ってきて、札を出した瞬間、別の女が強引に札をひったくるというものである。頭にきた小生は、その女を追いかけて捕まえ、ホールド・アップさせ身体検査をしたのだが、既に彼女は小生の金を持っていない。代わりにその女が持っていた小銭を全て奪うと、今度は彼女らが金を返せと騒ぐ始末。仲間が複数おり、何だかヤバイ雰囲気になり(ナイフを片手に持っていた)、英語で暫くもめたのだが、時間も無かったのとこれ以上の危険を避け、悪態(Get out of here!!!)をついてからフランクフルト空港へ向かった(駅警察に被害報告だけはした)。結局、小銭に10DMほど回収できたが(10DMは、彼女のボディーチェックの触り賃)、今思えば、かなり危険な行為をしていたと思う。海外では、善人になる事は極力止めた方が良いという教訓であった。

コクピット侵入

帰りのマレーシア航空ボーイング777では、飛行中にコクピットに入れてもらい、20分ほど機長と歓談できた。なんと、副機長が席を外し、操縦席に座りながらの歓談。航空の話しから(小生は航空宇宙出身である) 、1999-2002年に大出現する”しし座流星群” の話しまで盛り上がった。機内から見たカノープスも非常に印象的であった。マレーシア航空は、サービス&スチュアーデスもとても良かったので、機内でマレーシア航空のマイレージのメンバーシップ入会手続きも行なっておいた。

最後に

初の海外はとても新鮮でまた行きたくなる。マレーシアは、とてもいい国である!

成田→クアラルンプール(マレーシア)→シンガポール→クアラルンプール→ミュンヘン(ドイツ)→ウィーン(オーストリア)→ハイデルベルク(ドイツ)→フランクフルト→ 延べ16日の放浪であった。

2008/10/26 07:25 | | 3 Comments

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Comment & Trackback

はじめての海外、はじめての国境突破…

「Junk Stage」に掲載;
http://www.junkstage.com/abe/?p=24 (more…)

タラップと一緒に飛行機を追走ですか、見たかったですねぇ。お金を引ったくられて、犯人を追いかけるというのもすごい。私なら何だか危険過ぎて諦めてしまいます。体さえ無事であれば、トラブルもいつか笑い話に変わるものさえあるのでしょうが、旅の最中は用心に越したことはないですね。来月からヨーロッパ旅行に出掛けるので、気をつけないと。。ルートはまだ考え中ですが、コペンハーゲンからリガ、そこから3ヶ月弱で周れる所へ行きます。何より、写真の中の世界だったチェコ、ようやく歩けそうです。

Posted at 2008.10.29 8:19 AM by nanahasi

nanahasiさん
タラップといっしょに移動して搭乗したときは、恥ずかしかったですね。でも、もう一人同じように乗り遅れた人がいたのでちょっと気が楽でした。普段は大人しいんですが、危機に直面するとトンでもない行動に出る癖は、危ないですよね。

3ヶ月とは長いですね。チェコも含め、初冬の欧州(人々とのふれ合いも)、是非楽しんできてください。

Posted at 2008.10.30 12:40 PM by SOLA
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