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2010/10/02

「はやぶさ2」実現に向けて、皆様のご協力が必要となる最後のチャンスです。はやぶさ2を応援して頂ける皆様には、何卒ご協力を宜しくお願いいたします。

これから台湾から成田へ飛びます。10月3日〜10月5日は、山梨の山中に入ります。JAXA・入笠山・スペースデブリ観測所にお世話になります。10月6日〜8日は、名古屋大学で開催される学会(日本惑星科学会)に参加します。10月9日は、世田谷区教育センター・プラネタリウムで「はやぶさ講演会」を行います。日本の皆様と、何処かでお会いできることを楽しみにしております。

桃園国際機場貴賓室より

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「はやぶさ2」のパブリックコメントについての対応のお願い

すでにご承知のことかと思いますが、「元気な日本復活特別枠」要望についてのパブ
リックコメントの募集が始まっています。「はやぶさ2」もこの特別枠で提案されて
いますので、このパブリックコメントが非常に重要です。
是非、いろいろな立場の多くの方からご支援のコメントをいただきたいと思います。
このご連絡を差し上げている皆さんには、是非、「はやぶさ2」を支援していただく
コメントを書いていただきたいですし、ご家族の方、お知り合いの方にもご連絡いた
だけますと幸いです。
「はやぶさ2」としては最後のチャンスとなりますので、よろしくお願いいたします。

吉川 真(JAXA はやぶさ2プリプロジェクトチームリーダー)

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※パブリックコメントについて情報

■トップページ:http://seisakucontest.kantei.go.jp/

■はやぶさ2に関連するページ

・トップページからの移動の仕方
分野別:新成長戦略(デフレ脱却・経済成長)

担当府省:文部科学省

事業名:1908 我が国の強み・特色を活かした日本発「人材・技術」の世界展開
http://seisakucontest.kantei.go.jp/project/detail.php?t=1908 ←直接のURL

・我が国の宇宙技術の世界展開(資料)
http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2010/09/22/1297943_01.pdf

・JAXAのWebから:http://www.jaxa.jp/info_public_j.html

■応募の締めきり:2010年10月19日(火)17時まで

Webから意見を表明するには、まずユーザー登録が必要です。
https://seisakucontest.kantei.go.jp/login/user.php

■応募の仕方

・Web上のフォームから:
http://seisakucontest.kantei.go.jp/project/detail.php?t=1908

・FAX、郵送の場合:
用紙(http://seisakucontest.kantei.go.jp/pdf/fax_form.pdf)に書き込む
送り先:
FAX : 03-3592-2301 内閣官房副長官補室(政策コンテスト担当)あて
郵便:〒100-8968 東京都千代田区永田町1-6-1
内閣官房副長官補室(政策コンテスト担当)あて
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2010/09/24

はやぶさ講演会に参加して (JunkStage女子部/Reinaさん)
以下の講演会を行います。皆様のご参加をお待ちしております。

hayabusa2.jpg

世田谷区教育センタープラネタリウム講演会

小惑星探査「はやぶさ2」へ向けて

「はやぶさ」から何を学び何を探求していくのか

【日時】
2010年10月9日(土曜日)
18時30分 – 19時30分 (入場は,18時20分〜18時30分)

【場所】
世田谷区教育センタープラネタリウム
住所; 東京都世田谷区弦巻3-16-8
http://www.city.setagaya.tokyo.jp/030/d00007490.html

【講師】
阿部新助 (あべしんすけ)
台湾・國立中央大学天文研究所/助理教授。理学博士(総研大/国立天文台)
宇宙科学研究所(現JAXA),チェコ・オンドジェヨフ天文台,
神戸大学地球惑星科学専攻などの勤務を経て現在に至る。
小惑星-彗星-流星などの太陽系小天体を専門とする。
http://nemesis.astro.ncu.edu.tw/~avell/
http://www.junkstage.com/abe/

【内容】
2005年に小惑星イトカワの探査を終えた探査機「はやぶさ」は,7年間の宇宙旅行を終えて,2010年6月に地球に戻ってきました。これまで私が行ってた「はやぶさ」搭載機器の開発,打ち上げ,イトカワ探査と,オーストラリアでの地球帰還の地上観測の様子を,世界最大の1億4千万個の星を映し出すプラネタリウムを使って紹介するとともに,地球に衝突する危険性のある天体「イトカワ」の探査から何が分かったのかを説明します。現在,地球を取り 巻く小惑星は約7千個見つかっていますが,いま研究者達が目指しているのは何なのか, そして我々は何処に向おうとしているかをお話しします。

【観覧料】
おとな;400円、こども(小中学生);100円
観覧券を当日午前9時から券売機で販売します。
先着140名です。

【お問い合わせ先】
教育センタープラネタリウム
電話; 03-3429-0780
FAX; 03-3429-0780

2010/09/19

7年間の旅を終え、2010年6月に地球に帰還した小惑星探査機「はやぶさ」の観測紀行文を2回に渡ってお伝えします。

2001年4月にハヤブサ・チームにポスドク(宇宙科学研究所・プロジェクト研究員)として入隊した博士号取り立ての私は、探査機搭載機器(近赤外線分光器; NIRS)、及び地上ソフトの開発に従事した。宇宙研とメーカーさんの工場で明け暮れた2年間。そして2003年5月9日、紅蓮の炎に包まれながら、鹿児島県内之浦の青空を突き抜け宇宙へ旅立つ君を「いってらっしゃい、再見!」と見送った。打ち上げ成功後間もなく、私も有無を言わさず、見事に宇宙研から打ち上げられてしまった(失職Orz)。運良く日本学術振興会・海外特別研究員に選抜され、小惑星に到着するまでの2年間は、欧州・チェコ、プラハ郊外のオンドジェヨフ天文台の研究員になれた(チェコでは、流星とPivoの研究を行っていた)。チェコ滞在中もハヤブサ・チームと連絡を取りつつ(クルージング中のデータ解析とかしつつ)、小惑星到着を心待ちにした。ハヤブサの小惑星イトカワ到着の目処が立つと、神戸大学・大学院・惑星科学研究科COEプロジェクトからハヤブサ探査機搭載機器LIDAR(レーザー高度計)のデータも扱える人材の公募が出され、採用に至った。2005年8月に神戸大学に赴任し、神戸大がサイエンスを担当するレーザー高度計(LIDAR)と(開発責任者; ISAS・水野貴秀先生)、当初から携わってきた赤外線分光計NIRS(開発責任者; ISAS・安部正真先生)を担当することになった。臼田局を経由して送られて来るハヤブサLIDARからのデータ処理を行うソフトを作り(NIRS-QLをうまく移植した)、12月初旬までの3ヶ月間、特等席で小惑星イトカワ探査に携わった。その間は、引越先も決まっていなかったので、24時間宇宙研に “住んで” いたのである。みなさんがご存知のような数々のトラブルを乗り越え、7年の宇宙の旅路を終えようとする君を迎えるため、2010年6月、私は台湾から日本を経由してオーストラリアの地の果てへと向った。

ハヤブサの地球帰還カプセルは、地球周回軌道に入らずに、惑星間軌道から直接大気圏へ再突入を行うため非常に高速で地球大気に衝突する。これは天然の流星の対地速度(秒速12km〜72km)と比較した場合、小惑星起源の隕石のような、非常に遅い流星(隕石火球)の速度に匹敵する。はやぶさ帰還カプセルが受ける加熱はスペースシャトルの帰還時に受ける加熱のおよそ30倍。過去にこのような高速度での大気圏再突入を行った宇宙ミッションとしては、「ジェネシス」(NASA、2004年9月再突入)と「スターダスト」(NASA、2006年1月再突入)がある。日本の探査機としてはこのような(第二宇宙速度を超える)速度での大気圏再突入は初の例である。ハヤブサの地球帰還カプセルの実験機であった宇宙科学研究所の「DASH」は、2002年にH-IIAロケット2号機を使って打ち上げられ分離される予定であったが、分離に失敗し実験は失敗に終わっている。つまり、ハヤブサの地球帰還カプセルは、検証なしの一発勝負であった。なお、「再突入(re-entry)」という用語の「再」は、突入する物体が、もともと地球から打ち上げられた物体であることを表している。流星や隕石など、もともと地球外にあった物体が地球大気圏に突入する場合は、単に「突入(entry)」という用語を使用する。

実は、私はハヤブサ以前に2度、地球帰還カプセルの観測に参加したことがある。2003年5月末に小笠原沖(グアム沖)に帰還した経済産業省の「USERS」カプセルと、2006年1月中旬に米国ユタ砂漠に帰還したNASA・彗星探査機「スターダスト」のカプセルである。「USERS」の時は、航技研(現JAXA)の藤田和央先生の指示のもと、航技研(現JAXA)の柳沢俊史先生らとともに小笠原諸島・母島担当になり、父島の山田哲哉先生(ISAS)、矢野創先生(ISAS)らと2点観測を行うために、南海の孤島に想定外の半月ものあいだ閉じ込められた。カプセルは無事に回収されたものの、残念ながら観測は悪天に阻まれるという結果に終わった。しかし、高速移動する地球帰還カプセルの地上観測を行う上での数々の議論と準備、そして、僻地でカプセルを待つ忍耐力は、後にハヤブサに生かされることになる。また、イルカとの交流、ウミガメ産卵の手伝い、第二次大戦中の “戦闘壕” 探検などの貴重な経験も積んだ。一方、NASAの彗星探査ミッション「スターダスト」では、国立天文台の渡部潤一先生、理研(現名古屋大)の海老塚昇先生、ISASの矢野先生、神戸大の向井正先生らの協力・支援のもと、高知工科大の山本真行先生とNASA-DC8航空機に搭乗し、紫外線分光と撮像観測を成功させた(NASA機に搭乗するのは、1999, 2002年しし座流星群以来だった)。夜間にどのようにカプセルが地球に突入してくるのかとい う “観測経験” を持っていたので、ハヤブサへのイメージは既にできていた。ただし、ハヤブサの場合、探査機本体も超高速で突入するという未体験大火球が予想された。

流星や隕石、帰還カプセルは大気圏内において、大気との高速衝突によりプラズマを形成し発光する(「大気との摩擦で熱くなって燃えて光る」という表現は比喩的なものであり、科学的には正確な表現ではないが)。 しかしながら流星や隕石火球の発光メカニズムは完全には解明されていない。「分光(光を虹色に分散)」は、突入物質および地球大気分子がプラズマ化する過程の時間変化を調べることを可能にし、発光の物理・化学的なメカニズムを理解する上で重要な観測手段となる。また、「撮影」により大気減速するカプセルの地球大気中での軌跡、および地球大気突入直前の軌道推定を行うことが可能になる。天然の流星や隕石衝突は、いつどこに発生するか予測できないため、このような精密な観測が行える機会はほとんど無い。また、流星や隕石物質は、地球に突入する前の元々の形状、大きさ、質量、化学組成などの不確定要素があるが、ハヤブサの地球帰還カプセルは全てのパラメータが既知のいわば「人工流星(人工隕石)」であり、「予測された地球衝突物体」に見立てることで、流星、隕石や小惑星の科学研究にとって貴重な観測データを取得できることが期待された。

ハヤブサ回収隊は宇宙航空研究開発機構(JAXA)が組織したもので、オーストラリア南部の砂漠地帯において、「はやぶさ」の帰還カプセルの回収と大気圏への再突入の観測を行った。カプセル回収隊には、カプセルの着地した方位を探知するDFS班(Direction Finding Station; 電波方向探査局)、実際にカプセルを捜索し拾いに行く回収班、突入の火球を記録する光学班とこれら全ての班をまとめる本部がある。皆それぞれの役目を担っているが、JAXA・藤田和央氏を中心した16名の「光学班」は、科学的な目的を掲げた各種観測(軌道決定および広報用の撮影、カプセルと探査機の分光、衝撃波に伴うインフラサウンドなど)を実施した。私が率いる地上観測班・分光チームは、阿部新助(台湾 國立中央大學 天文研究所)、飯山青海氏(大阪市立科学館)、柿並義宏氏(台湾 國立中央大學 大空研究所)、鈴木雅晴氏(五藤光学研究所; 国内支援)のメンバー4名で構成され、2地点に分散して立体観測を実施した。プラネタリウム「HAYABUSA Back to the Earth」の総合プロデューサーである飯山氏とは、学部1回生からの悪友(天文同好会の流星観測&酒飲み仲間)でもあり、観測経験と技量を熟知していたので、今春になってから急遽メンバーに加わって頂いた(結果として、ハヤブサ地球帰還観測を成功させ、日本帰国後に関西圏でのハヤブサ広報に大活躍することになる)。

6月1日、15kg分の超過料金4万円をカンタス航空に支払い成田でチェックイン。ハヤブサ関係者が多数を占める機体は、シドニーを経由して、6月2日朝にアデレードに到着。カンガルー避けの立派なバンパーのついたランクル4台で、機材と食料の買い出しを繰り返しながら陸路を300km移動し、すっかり日が暮れてからポートオーガスタに辿り着いた。南十字星と初めて見る南半球の星空に、疲れも忘れ暫し言葉を失い仰ぎ立ち尽くした。6月3日、ポートオーガスタの町を出て、砂漠の景色が何処までも広がる道を快適に進む。ロケットの街ウーメラに到着し、JAXA隊本体と合流。長距離移動したので、日本から輸送してきた機材のチェックを行う。その晩は、地の果てで自炊を余儀なくされる我々タコーラ(Tarcoola)班の料理長に任命した飯山氏による食事(オージービーフ)が振る舞われ、隊員が必要な食材の量と、関西-関東人混合隊による調理の味見がテストされた。

6月4日、全打(全体打合わせ)および、ウーメラ立入り制限区域内内(WPA)での注意事項、野生生物の危険についてのレクチャーを受け、WPA内へ移動。WPAの倉庫に、船便で運ばれて保管されていた機材の開墾を行った。ハヤブサ機材倉庫に営巣していたつがいの「隼(ハヤブサ)」が我々を迎えた。これは何と幸先が良いことか! 出立前の全体晩餐会がウーメラで行われた。6月5日、各地へ向けてそれぞれの隊が移動を開始。藤田氏率いる光学班は、グレンダンボへ移動。夜間走行は野生動物(カンガルーやエミュ、羊、牛などが多数生息)との遭遇・衝突による危険性が増し、また、グレンダンボから先のダートは、車の故障は即生死に関わるので、必ず2台以上の車で昼間に行動しなければならない。分光班(阿部・飯山氏)、軌道決定班(JAXA・黒崎氏、九州大学・シューメーカー氏、日本流星研究会の上田氏)の5名が車2台に分乗して、いよいよ未舗装路へ突入した。途中、アボリジニが住む村(キングーニャ)を過ぎ、恐怖すら覚える地平線まで続くダートを130kmも突っ走った。我々が到着したのは、世界で一番人口の少ない町(ゴーストタウン)である。我々の到着により、人口が2倍に膨れた(つまり人口5人)。お世話になるキャロルさんに挨拶し、住まわせてもらう離れの家を案内してもらった。廃墟となった病院や、町外れには金鉱跡がある。2kmほど離れた丘に登ると、カンガルーが我々を迎えてくれた。「カンガルーの丘」と名付けたその丘から360度の地平線を臨む。人口音、人口灯は皆無である。さあ、ハヤブサ地球帰還を、地上の最果ての地で迎える準備だ!

6月6日から1週間は、本番のタイムラインに沿った観測、データ送受信、画像と映像の速報配信の手順を繰り返しながら、13日の本番を待った。食料の買い出しを見込んで持参した食料には限りがある。しかし、食料調達が想像以上に大変だということを現地に到着してから認識した料理長・飯山氏から振る舞われる食事量は、戦時中のように(戦時中を知らないが)質素だった。しかし、栄養バランスはちゃんと考えられていたようだ。結局、キャロル家からの支援もあり、買い出し無しで食料が足りる見込みがたつと、それなりに満足行く分量に変わって行った。生活水は全て雨水。砂漠の粉末状の赤土が混ざっているためか茶色である。洗濯機で洗濯すると、白いシャツが薄茶に変わった。キャロル家には、娘さん一人、孫のキャメロン(6歳)、ドゥリュー(6歳)、ルーク(2歳)がいた。最寄りの街まで車で3時間もかかる場所に住む彼らは、衛星インターネットを使って授業を受けている。キャメロンとドゥリューが、オーストラリア式のフットボールを教えてくれて、いっしょにプレーした。既に亡くなった祖父は、タコーラの駅長だったそうだ。ここは、西はパース、北はアリススプリングへ向う線路の分岐点になっている。実際、長さが数kmに及ぶ貨物が一日に何度か通過し、2-3日に一度客車が通過して行った(乗降はできない)。

1995年11月21日未明、ウーメラ(WPA)テストレンジから打ち上げられた観測ロケットは、270秒後に高度272kmに達し、搭載機器(NASA Black Brant 36.126 UG)により紫外線領域で銀河系の観測が行われた。そして、打ち上げから811秒後、ペイロードとパラシュートがタコーラ村に落下した。落下の衝撃音を聞いたタコーラ駅長は、翌朝ペイロードとパラシュートを付近で発見し、NASAから表彰を受けた。地面との衝突で凹んだペイロードが入っていたノーズコーンが、庭のオブジェとして飾ってあった。奇麗な状態で回収されたパラシュートも見せて頂いた。ハヤブサよりも前に、宇宙からここタコーラに帰還していた物体があるとは驚いた。そして、この事件がWPAのコーディネーターとの交流のきっかけとなり、今回の我々の滞在先としても快く受け入れて頂けたのである。せっかくの機会なので、タコーラの全住民5名を集めて初等天文学の特別生授業を行った。我々がタコーラへ来た経緯も説明した。子供達からは質問が沢山出た。中でも小学校4年生のキャメロンは、目を輝かせながらとても熱心に聞いていた。「太陽系がどうやって生まれたなんてどうして分かるの?」というキャメロンの質問には驚いた。夜は家の前で、満天の星空にレーザーポインターを差しながら星星の説明をした。中国から伝わった織女-牽牛物語も教えた。南十字星付近の天の川には、どうしても目が奪われ、(ギリシャ神話も無いので)ただただ茫然自失するだけだ。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」では、北十字(白鳥座)から旅が始まり、天の川を下り南十字(南十字座)で終わる。世界一小さな町に暮らすオーストラリアの分岐駅タコーラが、7年間の旅路を終えたハヤブサの終着駅になろうとは、彼らにとっても忘れられない出来事になるだろう。

(つづく)

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片道約700kmの陸路を移動。何処までも続く路は、遠近感を無くし眠気を誘う。山羊、エミュ、カンガルーの突然の出没は緊張する。良い眠気覚まし?

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ハヤブサ機材倉庫に営巣していた「ハヤブサ」。写真は雌。小振りだが、羽を広げると巨大なハヤブサとなる。

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最初は質素だった自炊した夕食メニュー。小生は、ペペロンチーノとブランボラーク(チェコ風お好み焼き)を担当。

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洗濯機内の水も茶色だった!

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私と飯山氏で運用した観測機材群。分光および撮像カメラ3台を同架させてハヤブサを追尾。2人で合計9台のカメラを運用した。

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リハーサル観測風景。

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タコーラの住民に天文学初等レクチャー。

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タコーラに落ちてきたロケット・ノーズコーンは、ウーメラから打ち上げられたものだった。ノーズコーンとパラシュートは、NASA/豪州からもらったそうだ。

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ウーメラで星空案内をする大阪市立科学館・飯山氏と、本職の解説を楽しむJAXAの面々。ウーメラにて。

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タコーラ滞在先の庭先にて。晴れると想像を絶する天の川が広がる。ハヤブサの終着駅には最高の場所である。

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分岐駅「タコーラ」は無人駅。かつては駅長の仕事だったが、現在は衛星電波でポイントが切り替わるようになっていた。

2010/08/09

「独創力」を花開させるための3ヶ条、糸川英夫先生(日本のロケット開発の父) 曰く、

  • 徹底した学習 (徹底的學習; A thorough and comprehensive study)
  • 粘り強いやる気 (高度的熱情; A tenacious motivation and persevering in research)
  • そして、出会いである(社會聯結; Chances for meetings and connections)

  • ()内は、台湾中国語と英語訳。

(勝手な解釈ですが)どういうことかというと、

現在の研究・開発(科学以外でも)は、人類の過去からの積み重ねで成り立っている。その分野で独創的・パイオニア的な仕事をするには、過去にどんな人がいて、何をやったのかを徹底的に学習することから始まる(もちろん、現在の世界中の動きも知る必要がある)。情報がインターネットで溢れる現代、自分が本当に必要な情報を選んで学習することも、また重要となる。

そして、粘り強いやる気こそ、一番大切なことではないだろうか。壁にぶつかった時こそ、粘り強さが新たな展開を生み出す。失敗を繰り返しても、試行錯誤を重ねることで、次の一手が見つかる可能性が広がるのである。

一人で独創性のある仕事を成し遂げたら、それは素晴らしい。同業者と協力して成し遂げるのも良い。同業者以外の人々と接して、創造性が生まれる場合もある。そして、自分が如何に素晴らしい独創力のある仕事をしたとしても、それが世に認められなければ、埋もれてしまうことになる。独創性を生み出す切っ掛けになったり、独創的な仕事を世に広める絆になるような “出会い” もまた大切なのである。自分を支えてくれるこれらの “出会い” には、常に感謝の気持ちを持ち続け大切にしたい。

この3ヶ条;「学習・根気・出会いと感謝の気持ち」を常に心に留めておくように、次の一年を過ごせたらと思います。今後ともよろしくお願いいたします。

追伸、

7月31日は、以前住んでいた神奈川県相模原に出向き、JunkStageスタッフの方々と「探査機はやぶさ」の地球帰還カプセル一式(ヒートシールド熱防御材, パラシュート, インストゥルメントモジュール,カプセル(プロトモデル)) を見学した。午前10時30分に到着したものの、猛暑と長蛇の列にげんなりして諦めて、宇宙研特別公開の見学に徹した。会場では、はやぶさプロジェクトメンバーの皆様にも再会できた。また、一般見学者に混じっておられたハヤブサ立役者でラッコ提唱者であるNECのエンジニアさんにも、イカロスの横で偶然再会して歓談した。諦めて帰りかけていたのだが、NECのそのお方の「今なら空いていますよ」の一言で、なんとか日暮れに1時間強待ちの列に並んでカプセルを見学できた。オーストラリアの砂漠で、目の前の夜空を通過して行ったあの時の眩い光は、この「ヒートシールド」のアブレーション発光だったのだなぁと感慨無量の瞬間であった。

8/15-19に東京丸の内で見学できるそうなので、まだの方は是非どうぞ。目玉は、偽物(モデル)のカプセルではなく、宇宙帰還からカプセルを守ったヒートシールドでしょう。

ISAS-1 最大で4時間待ちになった、カプセル見学の行列。

Junkスタッフ 月探査機かぐやの3D映像を楽しむ、Junkスタッフの面々。

Hayabusa, ISAS openhouse大人気の「はやぶさ」ブース。小惑星イトカワに到着したころは、こんなに混んではいなかったはず。

祝賀記念品 祝賀会に出席できなかったので、特別公開の日に頂いた記念品(特性4GbUSBメモリ)。中には、なんと小生ら地上光学班がオーストラリアで撮影した映像が入っていた。

ヒートシールド ヒートシールド(前面)と山田先生(左; ヒートシールド開発責任者)、川口先生(右; はやぶさ開発責任者)。プレス写真より。

イトカワグッズ イトカワ煎餅行列に並んでいる間に「イトカワ揚げパン」を食べ、お土産に「はやぶさ煎餅」を買った。砂粒は入っていなかったが、砂糖の粒は入っていた。

PS;

惑星地質ニュース「地球の果てでハヤブサを迎える (阿部新助)」

ツイッター始めました; @AvellSky

2010/07/06

ハヤブサは粉々になって地球大気の一部になった。ハヤブサの灰は、貿易風に乗って地球の陸地や海底に降り注いでいる頃だろう。。。

我々(JAXA光学班)が撮影したハヤブサ・地球機関の映像 

一方、ハヤブサが残した虎の子のカプセルの内部の一部がいよいよ開けられ、昨日記者会見が行われた。

http://www.isas.jaxa.jp/j/topics/topics/2010/0705.shtml

サンプルコンテナは、内部を真空に保ったキュレーション設備に収められており、コンテナの蓋を開け、サンプル・キャッチャーを取り出し、A室の蓋が開けられた。初期捜索から、0.01mm (10μm)程度の大きさの粒子が2つ見つかった(写真1)。ダスト形状は、宇宙塵(成層圏で採取される宇宙起源の塵)には似ていないとのこと。成層圏・宇宙塵も地球大気突入の影響を受けているので、直接比較はできないので、イトカワ起源の可能性は否定できない。

Capsule-dust1 (JAXA提供)

目視で確認できる物質が、サンプル・コンテナに確認できるが、これは、コンテナを開けた先月末の時点で分かっていたもので、この大きさからして小惑星以外からのコンタミの可能性も考えられるが、それにしては大き過ぎる気がする(写真2)。

Capsule_dust2 (JAXA提供)

サンプルコンテナの中には、サンプル・キャッチャーが収納されているキャッチャー内部は、A室とB室に分離されており、第一回目の着陸時の時にはB室が、2回目のタッチダウンではA室が開かれ、サンプルが導かれるようになっていた。A・B室共に、着陸・タッチダウン後に速やかに閉じられた。探査機が姿勢を崩してロスとされ、通信が復活した数ヶ月後にサンプルをキャッチャに導いている捕集チューブがキャッチャ部から退避させられ(うろ覚え)、キャッチャ部を回収カプセルへ搬送し、キャッチャ部はカプセル内の真空コンテナに格納、固定された(写真3)。

カプセル機構 (JAXA提供)

従って、今回開けたA室よりも、小惑星表面に複数回バウンドして、30分間表面に滞在した第一回目の格納室Bの方に期待が持てる訳だ。

キャッチャーの全容積は、約70cm3で、最大粒径10mmまでの粒子を捕獲できる仕組みになっている。キャッチャ内には、全サンプリング終了後サンプルが回転筒を通して外部に漏洩しないようサンプル漏洩防止板が設置されている。

摺動部品を除く全ての構成部品については、サンプルへの不純物付着を極力低減するために、表面に純アルミコーティングが施されている。またキャッチャカバーには、サンプル回収時までのコンタミ付着レベルをモニタする目的により、コンタミネーションクーポン(サファイア製円盤と高純度アルミ枠で出来た支持柱; Stardust彗星サンプルリターン探査機で用いられたものと同型)が取付けられている。

また、カプセルの各部分には、大気突入で経験した温度を知るためのシールが貼ってあったはずである。このシールは、何度以上の温度を経験すると色が変わるといった単純なものだが、最終的なカプセル内部への熱の進入についても知る事ができる重要な情報である。

いずれにしても、分析結果が出れば全てが明らかになる。

ハヤブサが、ここまでして地球に戻ってきたのには訳がある。それは。。。。

7月30-31日にJAXA・宇宙科学研究所の一般公開が相模原である。ハヤブサの地球帰還カプセル(実物)も、展示されるそうなので、ハヤブサやイカロス、アカツキなどの最新情報も含め、今年は特に楽しめそうである。

追伸;

JunkStage代表の須藤優さんが、ハヤブサを切っ掛けに台湾にいらっしゃることになった。行き先は未定だが、取りあえず南へ向う?

http://www.junkstage.com/world/yuu/?p=672

2010/06/15

ハヤブサ探査機が地球大気に突入する、まさにその直前の姿を見た。

大きな翼を広げ、満身創痍の倒れ込むような格好。地球大気の摩擦で全身が燃え始め輝いている。地球に抱かれ、燃え尽きる覚悟はできている。

その数キロ先を、カプセルが飛翔している。小惑星イトカワから持ち帰ったカケラだけは無事に地上へ届くように、最後の力を振り絞って切り離した虎 の子だ。

ハヤブサは、ウーメラ砂漠上空で最期を迎えつつあった。粉々に砕け、青、緑、橙、紅蓮の光を放つ星粒のようなフラグメントは、それぞれが、僕らが 手塩にかけた君のパーツだ。

バラバラになり燃え尽きる巨大なハヤブサ火球の中から、オレンジ色の一筋の光が飛び出した。飛び出した光点は尾を引きながら、力強く地上へ向けて 突き進む。

「ただいま!」
「 待たせたね。やっと、地球に帰って来た。」
「みんなのもとへ、僕からの最期のメッセージが届くように!」

” オカエリナサイ、そして、お疲れさま、ハヤブサ!! ”

遥か彼方、小惑星イトカワからのメッセージを必ず届けるという意思を受け継いだカプセルは、身にまとったヒート・シールドで大気衝突の凄まじい加熱に打ち勝 ち、パラシュートを展開して、とうとう僕たちのもとへ戻ってきた。

ハヤブサは、小惑星からのロゼッタ−ストーンを地球に届け、その命を全うした。

君と過ごせて、本当に幸せでした。

はやぶさに関わった皆様、お疲れさまでした。そして、応援してくださった皆様、ありがとうございました。

阿部新助 ウーメラにて。

hayabusa_abe_large.jpgJAXA/國立中央大學

(光学班・阿部新助)

JAXAの映像および画像の使用にあたっては、JAXAのデジタルイメージアーカイブスの利用規定に準じま す。詳しくは http://jda.jaxa.jp/jda/service_j.html をご覧ください。

2010/02/20

新年快樂!

2月13日〜21日の旧正月休み、日本に帰るでもなく(チケット取れず)、連日の雨で山岳地帯の土砂崩れで予定していた天体観測にも行けず、毎日映画やネットサーフィン、温泉、スポーツジムとゴロ寝で、かなり堕落した生活に陥っていた。冬期オリンピックは、どこも放映していないので、全く見ていない。また、休み前半は、契約会社が原因で、インターネットにも繫がらなかったので、まさに孤島と化していた。旧正月は、殆どの店が閉まる。いつも使う、近所のコンビニまで閉まっていたが、食料は十分に蓄えていたので、生き延びている。

昨夜、台灣で放送しているNHKワールドプレミアムで「第137回 上田泰己 | NHK プロフェッショナル 仕事の流儀」を観た。研究の花形分野である、生命科学で活躍する若手研究者(小生よりも若い)、上田泰己に密着した番組。研究者がもの凄くカッコよくドラマチックにまとまっていた。テレビ番組なので、美化脚色は多少はあるだろうが、それでも研究の最先端の現場での臨場感と躍動感が、リアルに伝わってきた。

「わけがわからない事」にこだわる。普通なら無視するささいなデータや、実験の本筋とは全く関係ない末端部分の数値。そこに今まで考えてきた仮説や理論と食い違う「わけがわからない事」が少しでもあれば、その原因を探るべき徹底的に考え続ける。これまでの考え方では迫りきれない壮大な生命の謎。

同じ研究分野で切磋琢磨する研究者の知的レベルに、大きな違いはないと小生は思っている。優れた研究者とそうでない研究者で決定的に違うのは、まさにこの点だと思う。視点を変え、とことん試行錯誤することで、これまで気付かれなかった新しい発見への糸口が見つかるのだ。仮説を立てて、その仮説が正しいかどうかを、観測、実験や理論を駆使して検証を行い、新たな科学を切り開いていくのが、研究者としてのあり方だが(ボス(元神戸大学・向井正教授)の最終講義より)、大事なのは、”どのような仮説を立てるか”、そして ”それをどうやって検証するか” だと思う。そして、一貫した ”こだわり”と”粘り”が必要だ。

今朝、海外の共同研究者から連絡が来た。共同研究者の計算によって、我々が立てた仮説が証明できそうな結果が出て来たのだ。共同研究者の計算結果は、東京三鷹にある国立天文台の大型コンピューター施設を使って独自に計算を行ってきた小生の計算結果とも、驚くべき一致を示していた。我々が立てた大仮説を示すことができる理論武装の目処が立った。俄然やる気が出てきた(ので誰もいない大學の研究室に出てきた)。あとは、小生らが世界最大級のハワイの望遠鏡で、昨月実施した観測での検証結果を示すことができれば、Nature級の仕事になる。天文学なんて、我々の生活には全く関係ないと思うかもしれないが、今回の我々の大仮説 が正しいことが証明されれば、我々(地球)の過去、未来、そして現在にも大きく関わることになる。

「大事なのは、自分が何をやりたいのかということ。それによって選ぶべき道は複数あって、その方が面白いと思うのです」

自分のやりたいことへアプローチする道は複数ある。視野狭窄にならずに、広い視点で見渡せば、必ず自分に合ったやり方が見つかるはず。その道を極めるということは、本人にとってはとてもエキサイティングでやりがいのある人生だと思う。もちろん、苦労や犠牲にすることも人一倍多い。

追伸;

今週は、海外共同研究者のサポート観測を予定していたのだが、全くの雨天続きで天文台にも上がれず、全敗だと諦めていた。さきほど、ようやく空が晴れてきたので、観測スケジュールを台灣・鹿林(ルーリン)天文台駐在のスタッフに送付して、観測を開始してもらった。

写真; 夕方まで雨が降っていた影響か水滴が付いているが、外の湿度は10%ほど。冬の大三角と大インベーダー+火星が月明かりに負けずに良く見えている。

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2009/11/17

ご無沙汰しております。3ヶ月間更新が無かったので、既に登録抹消されたかなと思いながら久々にJunkStageの皆様の記事を*海外*成田で拝見しています。今、ハワイから台湾へ帰る途中の成田国際空港ですが、日本へは入国していません。さて、トランジットの時間を使い、インターネット無料コーナーから近況報告を記したいと思います。

7月19-24日;豪雨の上海皆既日蝕

五島光学研究所、プラネタリウム職員らで構成されるインターネット・ライブ中継チームに参加させて頂いた。アマチュア天文の世界では、流星嵐、巨大彗星、オーロラ、皆既日蝕を天文四大現象と呼び、すべてを達成することがある種の目標になっている。小生は、しし座流星嵐、百武彗星、ヘールボップ彗星、チェコでの見事なカーテン・オーロラ観測を達成しており、皆既日蝕を観ることが、最後のアイテムであった。しかし、上海郊外の上海交通大學にて観測を行うも、皆既直前に太陽が隠れ、なんと雷鳴轟く豪雨に見舞われながら闇夜を迎えるという、貴重な体験をした。四大天文現象達成は、次回、イースター島?、オーストラリア?に持ち越された。日蝕後、上海で大学時代の天文サークル仲間等と久々の再会を果たした。

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8月26-9月3日;ボストン滞在、天下のハーバード大学にて初の講演

10年振り2回目のボストン滞在。今回は、ハーバード大学で開催されたPanSTARRS(パンスターズ)プロジェクトのサイエンス・コンソーシアム会議。いよいよ、この初冬からの本格的な全宇宙サーベイ開始を前に、各分野のサイエンス・クライアントやデータ処理系、そしてサイエンス・テーマの発表と討論が1週間行われた。台湾・國立中央大學が貢献している太陽系のソフトウェアーの部分についての講演を無事に終え、ロブスターとビールを存分に楽しんだ。

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9月4日; JunkStage第二回舞台公演に参加

これまで「講演」は山ほど行って来たが、初めて「公演」なるものに参加させていただいた。しかし、いくら歌って弾ける天文学者といっても、舞台で人様にお見せできるようなものではない。今回は、舞台の外の展示コーナーで、天文学者・阿部新助のプロフィール映像を上映するというパフォーマンスを行った。ボストンからの帰路、ニューヨーク・JFK国際空港でのトランジットと機上で作成したムービーだが、我ながらなかなかの(自己陶酔的な)出来栄え。この映像の短縮版を小生のホームページから見れるようにしたので、どうぞご覧ください。

http://nemesis.astro.ncu.edu.tw/~avell/

JunkStage1

公演会の打ち上げで使われたイタリアンの店にまた行ってみたいのですが、店の名前を失念してしました。スタッフの方、どうかお知らせください。→ 無事に行って来ました。

10月11-11月17日; ハワイ(オアフ島)

ハワイ大学にて仕事をしてきた。あまり詳しくは書けないが、今回は、我々がハワイで使っている移動天体(小惑星や彗星)の位置推算-軌道決定システムの中で使っていて、アメリカの法律で輸出が禁止されているNASA-JPLの天体軌道計算モジュールを、フリーな別の軌道計算プログラムに置き換える作業を重点的に行った。軌道決定精度はJPLのものと同じなので、今後はJPLに頼らずに惑星の重力摂動を考慮した太陽系天体の軌道決定を(台湾で)計算できるようにする予定である。また、地球接近小惑星(NEO)の研究議論に基づくシミュレーションと論文執筆も行った有意義な滞在であった。その他の収穫としては、毎週末はサーフィン三昧であったので、まだまだ下手ながら、波乗りができるようになった。これで、インターネットがなくてもサーフィンが楽しめる。グリーン・フラッシュ(写真)も2回拝めた。ハナウマベイの野生の亀(寅次郎と命名)にも1年振りに再会できた。元気に餌(珊瑚?)を食べていた。

Hawaii09-1TurtleAstroHaleGreen Flash

11月20-23日; 一時帰国予定。

目的は、以下の研究会の招待講師として、東大で「講演」を行う。参加は誰でも自由(アマチュア天文家の方々も参加可能)、参加費無料。

では、台北への搭乗時間ですので、これにて失礼。今宵は、しし座流星群の極大です!

第6回 始源天体研究会 の御案内

小惑星/彗星/流星といった始源的な小天体は、太陽系の初期状態とその後の進化を研究する上で非常に重要です。しかしながら、その研究手法は地上からの望遠鏡による観測,隕石や惑星間塵の分析,惑星形成/破壊過程の数値計算,実験室での衝突破壊実験と多岐に渡り、分野間の連携は必ずしも十分とは言えませんでした。また近年では、探査機が小天体に赴き,その場観測やサンプル採取を行うようになっており、今後も Rosetta, Dawn, Stardust NeXT、はやぶさ2 といった小天体探査が続々と行われます。そこで、日本惑星科学会小天体探査研究会では、従来の研究分野間の垣根を取払い、今後の小天体探査をいかにすすめるべきかを議論するための場として、以下のとおり 始源天体研究会を開催いたします。みなさま、振るってご参加くださいますようお願い申し上げます。

日時:2009年11月20日 10時〜18時
場所:東京大学総合研究博物館
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/information/map.html
主催:日本惑星科学会 小天体探査研究会
後援:日本鉱物科学会, 日本地球化学会, 日本スペースガード協会

プログラム (時間が表示してない講演は30分)

セッション1 10:00〜12:00
木下大輔(台湾中央大)「ふたご座流星群母天体 Phaethon と 2005 UD の関連と表面の非一様性」
前田誠(神戸大学)     「Aqueous alteration in CM chondrites: Implications for early processes and environments of the CM parent bodies」
北里宏平(会津大)     「小天体探査候補天体の可視近赤外分光特性」
薮田ひかる(阪大)  「初期太陽系における有機物の化学進化:隕石研究かStardust ミッションまで」

セッション2 13:30〜15:15

藤原英明(東大)    「中間赤外線で探る太陽系外黄道光」
山本聡(環境研)   「衝突による始源天体の内部構造探査」
阿部新助(台湾中央大)「Pan-STARRSで探る近地球型小惑星の進化」
吉川真(JAXA)      「はやぶさ2の現状」(15分)

セッション3 15:30〜16:45
平田成(会津大)      「小惑星の地形学」
丸山智志(東大)       「イトカワ上の岩塊の分布から推定する内部構造」」15分
竹内洋人(東大)   「イトカワの岩塊表面に分布する高輝度スポット:形成過程と年代の推定」15分
中村良介(産総研) 「YORP効果が小惑星およびダストの自転・軌道進化に与える影響」 15分

全体討論 17:00〜18:00

2009/06/26

先週末から1週間ほど、台北のうだる暑さから逃れ、台湾南部の玉山國立公園内の鹿林(ルーリン)山の山頂にいる。○鹿と煙と天文学者は高い所が好きだと言われるが、まさにここが鹿○山である。鹿山天文台は、1998年に國立中央大學が建設した天文台である。2002年秋には、台湾最大の望遠鏡である口径1メートル望遠鏡が完成し、2003年より一般に公開され、公募で採択された課題研究の観測が開始。延べ20ヶ国以上の国々から研究者が訪れている。また、Taiwan-America Occultation Survey(TAOS)の口径50cmロボット望遠鏡4台も設置され、掩蔽による太陽系外縁部天体(カイパーベルト天体)の観測も行われ、幾つかの大きな成果がこの天文台より生み出されてきた。今年最も明るくなった「鹿林彗星(Comet C/2007 N3 (Lulin)」は、我々のグループのサーベイで発見された彗星だ。口径2-m望遠鏡どドームも新たに建設中である。

LulinMap鹿林天文台

國立中央大學から車で約5時間。駐車場から更に徒歩で20-30分ほど登ってようやく、標高2862メートルの天文台に到着。昨年はここを3回訪れ、7月の滞在中に巨大な台風「カルマエギ(KALMAEGI)」の直撃を食らい、100年に1度の大雨(約1000mm)で、巨大な土石流が発生し、帰路を失った小生らも天文台で4日間孤立した。厭な予感がしていたのだが、今回も台風3号「リンファ(LINFA)」に襲われた。幸い2日間の暴風雨に襲われただけで済んだが、台湾の台風は発生してすぐにやってくるので、日本の台風の威力に比べると遥かに強力で侮れない。毎回台風が近づくと、国民の休日が発令されて、自宅待機となるほどだ。

MilkyWay-1

さて、台風が去り、念願の星空に巡り会えた。ここは、北回帰線のほぼ真上。緯度でいうとハワイ諸島とほぼ同じであり、南天の宝石「南十字星」も楽に見えてしまう。日本からは見えない南天の天の川も、ここでは天高く登る。観測のルーチンを設定して、漆黒の闇夜に出ると、息をのむような天の川が龍の如く天高く立ち昇る。銀河中心から遥々3万年掛けてやってきた僅かな光の響宴が、束となって台湾の鹿林山に降り注ぐ。大袈裟ではなく「天の川が眩しい!」。

MilkyWay-2銀河中心の円盤が大きく広がっているのが肉眼でも分かる。

しばしの「天の川浴」を楽しみ、再び望遠鏡制御室に戻って観測を継続。今回のターゲット(小惑星)は、天の川の近くにあり、最初は見つけるのも一苦労だった。天の川の距離に比べると、小惑星なんてたかだか数億キロメートルと非常に近いなぁ、などと考えつつ、淡々とコンピュータを通して、望遠鏡をコントロールして観測をこなしていく。ようやく天候に恵まれ、初めて分光観測(光を虹色に分けて組成などを調べる)を遂行できたので、試行錯誤しながらの観測だったが、晴天夜2日目には自分なりの観測ルーチンを確立して、ずまずのデータを取得できた。

LOT-2

観測中の望遠鏡ドーム内部と制御室で観測中の小生。技官が観測を手伝ってくれる。

こんな山中だと、色々と不便もあったりするのだが、人間は美味いものを食べていれば居心地が良いのだと思う。鹿山天文台では、4名の原住民が働いており、1週間交代で2名が滞在しながら、インフラ整備や台湾料理も作ってくれる。彼らの手料理が、また美味い。更に今回は、マンゴー、ライチ、パイナップルなどが花を添え、食後のデザートにも大満足であった。

晩飯ある日の晩飯。

夜空が白む頃に観測を終え、校正データを取得して外に出ると、鹿林山よりも遥かに巨大な山系が朝日を背に鎮座している。台湾最高峰、標高3952メートルの玉山(ゆいさん)である。新高山(にいたかやま)と言った方が日本人には馴染みがあるだろう(真珠湾攻撃のGoサインの暗号にも使われた)。日本統治時代に、明治天皇により「新しい日本最高峰」の意味で新高山と名づけられた。台湾の険しい山岳路の多くは、日本統治時代に開拓され、至る所に和名が残っている。富士山級の山が、九州程度の台湾島に20座もある台湾は、まさに山大国である。山登りを好み、日本のアルプスやスイスのマッターホルン、スロベニアのトリグラフなどの世界中の山々を登ってきた小生の今年の目標は、あの「新高山」である。

朝焼玉山玉山東峰(左;3869 m)と主峰(右;3952 m)。

天の川の光と台湾の山々から鋭気をもらい、これから下山 & 長距離ドライブだ。7月5−10日に観測のために再びここを訪れる。

2009/05/19

2006年8月の冥王星降格事件以来、約3年振りにチェコに舞い戻ってきた。今回の滞在は、5月9日から9日間。隕石火球国際会議とプシュブラム隕石50周年記念、そしてチェコのズデネェック・セプレハ(Zdeněk Ceplecha)教授80歳記念を兼ねた会議(Bolides and Meteorite Falls)である。参加者は約60名。国際会議としては最も小規模な部類の学会だが、チェコ、スロバキア、ロシア、カナダ、ポーランド、タジキスタン、イタリア、バチカン、スイス、フランス、スペイン、イギリス、ノルウェー、フィンランド、ドイツ、アメリカ、チリ、日本、そして台湾から、その道の精鋭達が名を連ねた。

Praha-1ティホブラーエが天体観測していたクレメンティヌ天文塔から望むプラハの町並み。日本人は、小生とアマチュアのNさんのみの参加。先に帰路につくNさんを天文塔へ案内した。

Praha-2 旧市街広場の天文時計。

Praha-3 プラハのプラネタリウム。珍しいチェコ語版の星座早見版を複数枚購入。マニアの先生に献上する予定。
František Linkに師事したCeplechaは、1951年夏によりチェコスロバキア(現在のチェコ共和国)の2カ所で(f=180mm/F4.5レンズを使った30台のカメラで観測を開始。8年間、2500時間のトータル観測の後、1959年4月7日、歴史に残る火球が撮影された。同年4月20日、Luhy村 で4.48kgの隕石が発見された。6月9日 (800g)、8月15(420g), 24(105g)日にも引き続き発見が続きプシィブラム(Přibram)隕石と命名された。これが、初めて軌道が求まった隕石である。一般的に隕石は小惑星を起源にすると考えられており、流星観測ネットワークから、これまでに約10個の隕石の軌道が求まっているが、軌道の決定精度が悪いこともあり、同じ軌道に当てはまる小惑星は見つかっていない。隕石の故郷を同定する決定的な証拠は、まだ存在しないのである。

Ondrejov-1 Ondrejov天文台の初代ドーム。

Ondrejov-2 Ondrejov天文台の60cm小惑星ライトカーブ観測望遠鏡。

Ondrejov-3 Ondrejov天文台の流星ロボットカメラ。ロボット(robot=robota)はチェコ語。

Ondrejov-4 Ondrejov天文台にある旧ドイツ軍のウルツブルクレーダー。太陽観測に使われていた。

カタリナ・スカイサーベイは、アリゾナ大学・月惑星研究所行っている全天サーベイで、レモン山にある口径1.5mの望遠鏡を用いて、主に地球軌道接近型小天体(NEO)の捜索を行っている。2008年10月6日6時39分(世界時; 以下全て世界時)から7時23分の間に撮影された4枚の画像中を、高速で移動する18等級の小惑星が発見された。観測の1時間後には、ハーバード・スミソニアン宇宙物理学センターのマイナー・プラネット・センター(MPC)を通して、”地球に異常接近する”ことが確認され、8時7分に電子メールやウェブを通して小惑星「2008 TC3」の情報が世界に発信された。

観測データが更に加わり、地球大気突入時刻は10月7日2時46分、場所はアフリカのスーダン北部と分かった。同日22時22分には、カナリア諸島の口径4.2mのウィリアム・ハーシェル望遠鏡を用いて、組成を調べる分光観測も行われた。衝突のわずか20時間に発見されたが、世界中の26箇所の観測所で計570回の観測が行われ、軌道が改善された。小惑星の明るさと、後に回収された隕石の反射率から、その直径は4mと推定された。また、49秒と97秒の2つの周期で、1.02等級の振幅で光度変化しており(位相角17度を補正した振幅は0.76等級)、いびつな形状をした天体であったことが推察された。これまでの解析から長半径7mのUFO形状、体積は28m^2、平均密度は3.1g/ccと推定されている。補正した自転周期からは数千万年のダンピング・タイムが推定された。小惑星は太陽光の反射で光っており、刻々と地球に近づく微小な小惑星は、13等級まで増光したが、地球の影に入った10月7日1時49分以降、小惑星「2008 TC3」の姿を追いかけることは、もはや誰にも出来なかった。地球衝突まで1時間をきっていた。

Ceplecha-Jenniskens 歴史に残る隕石を発見したZdenek CeplechaとPeter Jenniskensと、2008 TC3の破片。

TC3 小惑星2008 TC3 = Almahata Sitta隕石

約1時間の”ダークフライト”の後、「2008 TC3」は、秒速12.4kmの速度で地球大気に突入し、その痕跡を様々な形で残した。2時45分40秒、1400km離れた場所を飛行中のKLMのパイロットが地平線の向こうが、短時間に3〜4回フラッシュするのを目撃。南エジプトの防犯ビデオカメラに火球の爆発で辺りが昼間のように照らし出される様子が記録された。落下地点付近の鉄道の駅の管理人は、眩い光で目を覚まし、エジプト国境付近からは、朝の祈りからの帰路に着く人々が火球を目撃。また、米国のスパイ衛星は、高度65kmからの熱輻射を感知し、欧州の気象衛星も高度37km付近からの発光と、赤外線放射を捉えた。気象衛星の赤外線カラースペクトルからは、10μmのアモルファスのSi-Oバンドが隕石後のダスト雲中から捉えられ、クリスタルSi-Oに変化する様子も分かった。遥か彼方のケニアに設置された核爆発探知用の微小気圧計でも、広島型原爆の約1/10の爆発として探知された。「2008 TC3」の大火球が残したロケット雲のようなダスト雲が、携帯電話のカメラで撮影された。kmと秒の精度で落下地点と時刻が予報され、時と場所を同じくして、これだけ多くの”地球大気に衝突した証拠”が僻地から集められたのである。

2ヶ月後の12月6日、宇宙生物学研究所(SETI)のピーター・ジェニスキンズが主導し、現地の天文学者と大学生45名の協力のもと、隕石落下予想区域のスーダン・ヌビアン砂漠の大捜索が行われ、捜索開始の2時間後に最初の隕石が発見された。2009年3月まで継続された捜索で、最終的に280個、1.5gから283gまで総重量約4kgの隕石群が、差し渡し29kmの範囲で発見されたのである。これらの隕石は、「アルマハータ・シッター(Almahata Sitta)」隕石と名付けられたが、まだ多くの隕石が残っている可能性がある。これまでの分析からは、ユレイライトの特殊なタイプと分類された。ユレイライトは、始原的な石質隕石(コンドライト)が、溶融プロセスを経て生成され分化した隕石であるエコンドライトの一種で、カンラン石と輝石の間を炭素質物質が埋めた組織を持ち、ダイヤモンドも含んでいる。回収された炭素に富む隕石は、反射率が4.6%と”とても黒く”、これまで謎とされてきたFクラスに分類される小惑星と類似していることが突き止められた(現段階では、反射率は0.5%〜0.19%と、破片によって大きくばらついていて鋭意測定中)。また、隕石の平均密度は、2.1〜2.5 g/cc で、典型的なユレイライトの粒子密度を仮定すると、空隙率(体積に対する内部の空隙の割合)は 25〜37% と非常に大きく、もろいことが分かった。このような非常にもろい隕石は、上空で粉々になり燃え尽きてしまうため、今回のように回収されたことはなかった。隕石のさらなる分析結果が楽しみである。

地球に衝突するわずか20時間前に発見された「2008 TC3」は、地球への衝突が事前に探知された初めての小惑星となった。更に「2008 TC3」は、これまで軌道が決定された最も精度の良い隕石の、約10000倍も精度の良い軌道が与えられた隕石として回収され、小惑星の姿で地球から目撃された初めての隕石となったのである。現在、地球軌道接近型小天体(NEO)は、約6千個が見つかっており、そのうち約1千個は、地球衝突危険性天体(PHO)である。現在、我々が取り組んでいる今夏始動のPan-STARRS(パンスターズ)全天サーベイにより、新たに数千個のNEOが発見され、この隕石がやってきた小惑星や分裂した更なる破片天体が見つかる可能性は十分にある。

さて、今回は、学会のエクスカーションとして、プラハからバスで1時間弱のオンドジェヨフ天文台も訪れた。ここは、小生が2003-2005年に住んでいた人口1000人の村にある、チェコ最大の天文台である。チェコ語も全く分からず、よくもこんな田舎に飛び込んで来たなぁと思うとともに、あの頃の素晴らしい日々が懐かしく感じられた。今年から台湾-チェコの交流助成金が設立されたこともあり、再びチェコ人らとの交流が復活する具体的な相談なども行えた。プラハでは、以前からの知り合いであるチェコで戦う日本人侍らとも過ごすことができ、毎日チェコの美味いビールを沢山飲んで、楽しい一時を過ごす事ができた。プラハの春国際音楽祭ということで、スメタナ・ホールでフランス・シャンゼリゼ交響楽団のオーケストラを堪能した。古色蒼然としたプラハを舞台に、研究だけでなく、国籍問わず、多くの友人らとの再会を果たした。台湾に戻ってからも心機一転して研究に取り組みたい。

Smetana-hole プラハの春の音楽祭。スメタナ・ホールにて。

Praha-4 黄昏れる小生。

Praha-5プラハ城,カレル橋とブルタヴァ川

【プラハからの帰路(プラハ-ヘルシンキ-香港-台北)の機内にて】

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